villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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第三十一章「妖美姫伝」
一話「不穏な影」


 

 

 ギラつくネオンは何時までも消えず、深夜と言えど喧騒が止む事はない。

 曇天の夜空にはワイバーンやガーゴイル、飛空車が飛び交っていた。

 路上では重装甲のサイボーグ同士が殴り合いの大喧嘩を繰り広げている。

 その横では麻薬売人が獣人に襲われており、サキュバスの娼婦がオーク相手に媚びを売っていた。

 

 表世界とは全く違う混沌の世界。

 魔界都市デスシティは何時もと変わらぬ「日常」を展開していた。

 

 中央区の大通りを歩く5人の男達。

 一人はカウボーイスタイルの老人。

 二人目は長い法衣を身に纏った青年。

 三人目は手槍を背負った迷彩服の男。

 四人目はハリネズミさながらに金髪を逆立てた中年男。

 五人目は白いロングコートを着た若者。ポケットに両手を突っ込んでいる。

 

 彼等は賞金稼ぎチーム、通称『流れ星(シューティング・スター)』。

 最近Aクラスの昇進も噂される凄腕の集団だ。

 不用意に近づくゴロツキもいない。

 

「〜♪」

 

 カウボーイスタイルの老人が機嫌がよさげに口笛を吹いた。

 

「何だジジイ、良い事でもあったか?」

 

 ロングコートの若者が問うと、老人は廃ビルの間の路地を指差す。

 光の当たらない闇の中で、白い顔が微笑んでいた。

 女だ。しかも一度見たら忘れられない程の美女。

 自ら燐光を放つ肌に艶やかな黒髪。

 紅い唇だけがやけに艶めかしい。

 

 彼女は呼びかけていた。

「おいで」と。

 

 人間の類ではない。

 しかし大した妖気も放っていないので、小物の妖魔だろうと一同は頷き合う。

 

「ここは拙僧に任されよ」

 

 ずいと前に出たのは法衣姿の青年だった。

 その手には退魔の護符が挟み込まれている。

 

「悪しきものよ、禍つものよ、悪鬼羅刹、全て去りいねと申す」

 

 護符が発光を始め、凄まじい霊力が溢れ出る。

 生半可な妖魔ならばこの破邪の呪文に耐えきれず消滅してしまうだろう。

 

 しかし、予想外の事態が起こった。

 

 何時の間にか美女の唇が青年僧の唇に重なっていたのだ。

 彼は腰砕けになって倒れる。

 

「な、何だ!?」

 

 狼狽しつつも迷彩服の男が背中の手槍を回転させる。

 流れる様に放たれた神速の突き。

 あまりの速さに大気が震え、槍が炎を纏う。

 それは女妖魔を貫き、骨まで焼き尽くす筈だった。

 

 しかし迷彩服の男は固まってしまう。

 怪訝に思った金髪の中年男が声をかけた。

 

「おい、どうしたんだ……!?」

 

 中年男が腰を抜かした。

 カウボーイスタイルの老人が慌てて駆け寄ると、奇声が上がる。

 

 法衣姿の青年に迷彩服の男。彼等は干からび、ミイラと化していたのだ。

 骨と皮が張り付いた死体と成り果ている。

 不気味な事に、二人とも心底幸せそうな表情を浮かべていた。

 

「糞が……!!」

 

 カウボーイスタイルの老人はガンベルトからコルトを抜き、路地に向かって六連射を放つ。

 紅い火線は廃ビルを跳弾した。

 

 しかしゴトリと、横倒れになる。

 

 彼もまた、歓喜の表情を浮かべたミイラと化していた。

 

「チィッ、やばいぞコイツぁ……!」

 

 ロングコートの若者がボケットから両手を出す。

 既にゴツい黄金色のナックルが嵌められていた。

 

 内蔵されたモーターが爆発的な推進力を生み出す『神の拳(ゴッド・ハンド)』と呼ばれる特殊武装。

 

 キュイイインというモーター音と共に排気孔から蒸気が噴き出す。

 繰り出されるパンチのラッシュは一ナノ秒の間におおよそ30発。

 上級妖魔をも瞬殺できる、破格の威力だ。

 

 あの女が近付いた所を確実にブチのめす。

 決意と同時にロングコートを靡かせる若者。

 その時、黒い影が目の前に迫った。

 

「ウォラァアアアアアア!!!!」

 

 目にも留まらぬ光速ラッシュ。

『神の拳』が若者の生来のパワーとスピードを飛躍的に上昇させ、疾風怒濤の拳打を繰り出させる。

 

 数えきれない程の拳打を叩き込まれ、吹き飛ぶ身体がビルの壁を突き破った。

 

「どうだってんだ……!」

 

 若者は鼻を鳴らし、成果を確認しようと死体のある場所へ近寄る。

 しかし転がる肉塊を見て凍りついた。

 

 殴り飛ばしたのは、仲間であるハリネズミさながらに金髪を逆立てた中年男だったのだ。

 

「何ぃ!? そんな馬鹿な!!」

 

 予想外の事態に慌てるものの、すぐに臨戦態勢に入る若者。

 その背後に、何かがいた。

 

「あぁ、強くて逞しい男……妾の好みじゃ。早く抱いてくれ……」

 

 頬を撫でるしなやかな指。

 若者は陶然としてしまった。

 その唇に厚めの唇が重なり、長い舌が舌へと絡み付く。

 柔らかくしなやかな肉体が覆い被さるのを、若者は意識の彼方で感じていた……。

 

 

 ◆◆

 

 

 凄腕の賞金稼ぎ集団『流れ星(シューティング・スター)』は一夜にして壊滅した。

 干からびたミイラ達と、全身が殴り砕かれた無残な遺体のみが中央区の路上に投げ出されていたのだ。

 

 ミイラ達は何故かこれ以上ないほど幸せそうな表情を浮かべていたという。

 

 魔界都市を騒然とさせている謎の妖美姫。

 彼女を討伐を請け負ったのは、魔界都市の月と謳われる漆黒の美青年だった。

 

 


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