魔界都市の眩いネオンに浮かび上がる、漆黒の堕天使。
艶黒の長髪に覆われた半顔は神霊すら惚れ込む至高の造形美。
自ら光を放つきめ細かな白肌に伏し目がちの切れ長な目。
漆黒色のケープコートには無数の鋲が打ち込んであり、足首まで届くほど長い。
分厚い靴底のコンバットブーツは淑やかな光沢を放っていた。
虚無を感じさせる灰色の瞳、優美なラインを描く鼻梁。
紅く薄い唇は同性であろうとも惹かれてしまう。
深夜、大衆酒場ゲートに呼ばれた十六夜は中央区の大通りを進んでいた。
たまたま横を通り過ぎたエルフとダークエルフが立ち尽くす。
性に奔放なサキュバス達ですら話しかける前に陶然となっていた。
男達にも劣情を抱かせる魔性の色香は間違いなく父親譲り。
美貌の種類こそ違えど、この魔界都市に於いて最上位に位置している。
勝手に付いてくる女の群れを無視し、十六夜は大衆酒場ゲートへと入っていった。
女達は悲しげな喘ぎ声を上げ、その背を見送る。
乾いた音ともにウェスタンドアを開いた十六夜は、艶やかな黒髪に隠れた半顔で酒場全体を見渡す。
漆黒の堕天使の登場に、酒場がどよめく。
そんな中、十六夜は目的の人物を見つけてそちらに歩み寄った。
暗黒のメシアの特等席、その隣に堂々と座っている中華風の衣装を着た絶世の美少女。
十六夜に勝るとも劣らない美貌を誇るこの美少女こそ、此度の依頼主である。
十六夜は冷たい、されど親しみのある声音で告げた。
「お久しぶりです、天道さん。いいえ……師匠、とお呼びしたほうがいいですか?」
「どちらでもかまいませんよ。……お久しぶりですね、十六夜君。また強くなりましたか? 師匠として嬉しい限りです」
◆◆
天道──そう呼ばれた美少女はカウンターに頬杖をつき、優雅に微笑んでみせた。
艶のあるスカイブルーの長髪はサイドで結ってあり、綺麗な髪飾りが添えられている。
よく手入れされているため、宝物なのだろう。
黄金色の目は切れ長く、十六夜以上の冷たさを孕んでいる。丁寧口調が更に拍車をかけていた。
しかしその可憐な声音は天女のものであり、聞いた男達を腑抜けにしてしまう。
容姿的には10代半ばほど。
小柄で、身長は十六夜の胸元ほどしかない。
服装は面積が極端に薄いチャイナ服。
最早布であり、スレンダーながらも出るところは出た魅惑的な体付きがクッキリと浮かび上がっていた。
ブラジャーは付けておらず、パンツは黒のTバック。
服装だけで言えば娼婦か何かだ。
しかし下品さはなく、むしろ艶やかさすらあった。
肩から水色の半袖コートを羽織っており、腰には自作の
男達の下品な視線がその肢体に注がれた。
特に尻が大きい。むっちりと肉が付いている。
揉めばさぞ柔らかいことだろう。
しかし本人から絶対零度の眼光を向けられ、大半が気絶してしまう。
辛うじて意識を保っている実力者達も、顔中に脂汗をかいていた。
デスシティの猛者達を眼光だけで気絶させた彼女は世界最強の用心棒の称号を持つ女傑。
嘗て大和やネメア、氷雨と共に四大終末論を踏破した最古参の超越者。
全ての神々の始祖──原初の女神、超越神『天道至高天』の転生体。
大和のセカンド幼馴染みであり、十六夜の師匠の一人である。
◆◆
森羅万象を形成する『概念』が意思を持ったのが神霊だ。
物質界に囚われない霊的存在、その頂点。
崇め奉られるべき存在。
神代の時代に於いては生態系の頂点に君臨していた。
今でこそ『とある理由』でそれぞれの世界観に籠っているが、その力は生半可なものではない。
最下位の存在でもSランク……全知全能を行使できる。
そんな最強種の始祖であり原点であるのが彼女。
この世界観を創造し、法を定め、神秘の根元となった始まりの女神。
超越神、天道至高天。
とある理由で人間に転生した彼女は、それでも破格の力を備えていた。
あの大和やネメアに勝るとも劣らない格を誇っている。
彼女は十六夜の師であり、彼を我が子の様に可愛がっていた。
「何時の間にか、こんなに大きくなって……嬉しいです♪」
隣のカウンターに腰かけた十六夜の頭をなでなでする天道。
嫌がる素振りは見せない十六夜だが、その心境を察してネメアが声をかけた。
「やめてやれ、天道。その子もいい歳だ」
「そうですか? 大きくなっても、この子は私の可愛い弟子のままですよ」
一通りなでなでし満足したのか、天道は手を退ける。
十六夜は眉一つ動かさずに彼女に聞いた。
「それで、師匠。私に請け負ってほしい依頼というのは?」
「ああ、そうでしたね。弟子の成長が嬉しくてつい忘れていました」
流石の十六夜も肩を竦める。
天道は気にせず告げた。
「最近、デスシティで変死事件が多発しています。被害者は決まって男、それも相応の実力者達です」
「伺っていますよ、Aクラスの方も何名か犠牲になっているようで……」
「妖美姫エキドナ、ご存じですか?」
「…………」
十六夜の目付きが変わった。
ネメアも眉間に皺を寄せる。
「神代の時代に突如として現れたSSSクラスの魔物。当時のギリシャ神話を傾かせた怪物の母です」
「存じております。ネメアさんは私よりも詳しいでしょうが……」
「ああ、エキドナ……相当厄介な奴だ。天道、まさかアイツが」
「ええ、此度の主犯は間違いなく彼女です。実際に、彼女が産み落としたであろう凶悪な怪物を先日依頼の一環で倒しました」
天道はその細い指でテーブルを撫でる。
「その怪物、デスシティの住民を容易く屠れる強さを備えていました。……この都市は彼女にとって絶好の苗床。何せ強靭な雄が沢山いますからね」
「放っておけば、デスシティがかつてのギリシャの二の舞になると?」
十六夜が問うと、天道は肩を竦めた。
「それで済めばいいんですけどね。何せここには神霊の加護がありません。いいえ正確に言えば……善を司る神霊がいない、ですね」
「……」
「被害は飛躍的に加速していきます。今手を打っておかないと手遅れになる」
「貴女が出ればいいのでは? すぐに終わるでしょう」
十六夜の言葉に、天道は眉根をひそめた。
「私の領分ではありません。だから貴方に依頼を請け負って貰いたいのですよ、十六夜君」
「……」
「私は用心棒、依頼人を護るのがお仕事です。そして……もう女神ではない」
それに……と、天道は付け足す。
「嘗てエキドナを封印したのは貴方の母親……あの腐れアマげふんげふん失礼、氷雨さんです。因縁の間柄と思えますが?」
勿論、報酬はキッチリと支払います。
そう言う天道に、十六夜は暫く返事を返さなかった。
目を瞑り熟考し、答えを出す。
「わかりました、請け負いましょう」
「ありがとうございます♪」
「勘違いなされぬよう……あくまで貴女からの依頼だから請け負ったのです。そうでなければ受けない。この都市の屑が何人死のうと、構いませんからね」
「表世界に被害が出るかもしれない。本当の意味での被害者が出るかもしれない……だから請け負ってくれたのですね?」
「…………」
「ありがとうございます……貴方は本当に優しい。私とは大違いです」
そう言って、天道は十六夜の頬を撫でた。
「……どこか、似てきましたね。父親と。顔立ちも信念も、全く違うのに」
その手を優しく払い、十六夜は告げる。
「依頼を請け負いました。それでは失礼します」
彼はそのまま大衆酒場を後にする。
その背中を見つめながら、天道は苦笑した。
「……女に対してドライなところも、ある意味似ていますね」
「大和よりマシだろう」
ネメアが苦い顔をしたので、天道はクスクスと笑った。