Villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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三話「漆黒の死神」

 

 

 十六夜はデスシティの中央区、大通りをふらりと歩いていた。

 視界に入ってきた彼に見惚れてしまい、交通事故を起こす車が続出する。

 

 周囲は大惨事になっていたが、十六夜はどこ吹く風だった。

 眼中にない。

 

 そんな彼の前に見覚えのあるゴロツキ共が立ち塞がった。

 

「ゴルぁ!! ようやく見つけたぜこの色男! テメェには随分と世話になったからなぁ……その礼をしてやる!! オイ、出て来い!!」

 

 彼は以前、十六夜に首を締められたチンピラだった。

 首にはゴツいギブスを嵌め、杖までついている。

 

 その叫びに呼応する様にズイと、2メートルを超す巨体が現れた。

 全身が銀色に光るパワードスーツである。

 その表面はチタニウム鋼に覆われ、スペースシャトルと同じ素材の耐熱タイルでコーティングされていた。

 1000度以上の高熱であろうともビクともしないだろう。

 更に各所にアンチ・マジックの刻印が刻まれており、魔術や呪詛に対して高い防御力を得ている。

 

 デスシティならではの強化外装だ。

 スーツに内臓されているマイクから、荒々しい声が響いてきた。

 

『ガハハハハ!! どうだすげえだろう!! コイツぁまだ市場に出回ってねぇ最新式よ! テメェをブッ殺す為に大枚をはたいたんだぜ! ここに着くまでに試し撃ちして来たからなぁ……動作は保証済みだ!』

 

 ロボットアームが正確に十六夜の額をポイントする。

 そこから伸びているのは20ミリバルカン砲の黒い銃身だ。

 

「何人、殺した?」

 

 十六夜が静かに問う。

 チンピラとスーツ姿は顔を見合わせた。

 そして大爆笑する。

 

「知るかよ!! 手当たり次第に撃ちまくったからな! いちいちそんな事数えてられるかってんだ!! オラやっちまえ!!」

『くたばりやがれ、この野郎!!』

 

 毎分6000発もの徹甲弾を吐き出す凶器が死の炎を放つ。

 十六夜ではなく、傍のチンピラに。

 

「バ……バカヤロウ、俺を撃って、どうすんだ……っ」

 

 あまりの威力に上半身と下半身が千切れたチンピラ。

 完全に即死だった。

 

『そ、そんな!? お、俺は確かに……!』

 

 慌てるスーツ姿に十六夜は囁きかける。

 

「一度は見逃した。二度はない」

 

 ロングコートをはためかせ、悠然と近付いてくる。

 目の前にいる美青年はまさに堕天使……否、美しい死神だった。

 

『ヒイィィィ!! 来るな、来るんじゃねぇ!!』

 

 今度こそ狙いを定めてバルカン砲の射出スイッチを押す。

 ゴトリと音を立てて、金属の右腕が落ちた。

 

「どうせ生かしておいても、人を泣かせるだけだろう」

 

 十六夜が一歩、一歩を踏み出す度に左腕、右足、左足と落ちてゆく。

 噴き出す鮮血、つんざく断末魔の悲鳴。

 

 ヒラ虫の様に這いつくばったスーツ姿が最後に聞いたのは、天上の音楽の様な美しい声だった。

 

「死ね、外道」

 

 スパッと、脳天から股間まで線が奔る。

 真っ赤な液体と共に二つに分かれた肉塊を背に、十六夜は歩みを再開した。

 

 周囲の住民たちは怯えて立ち尽くしていた。

 彼もやはり、魔界都市の住民だった。

 

 

 ◆◆

 

 

 十六夜は考えが纏まったので、その場で立ち止まる。

 そして得物であるミスリル銀性の糸を指先から伸ばした。

 

 1000分の1ミクロンまで研ぎ澄まされたこの糸を目視できる存在は超越者でも極僅か。

 

 更に精神感応金属「ミスリル銀」を用いて造られているため十六夜が思い描いた形状、形態に時間を無視して変質する。

 

 十六夜は師匠であり世界最強の暗殺者、アラクネを除けば最強の鋼糸使いだった。

 

 目を閉じ、デスシティ全域に糸を張り巡らす。

 東西南北、中央の区画に。裏路地から娼館の店内にまで。

 緻密に広範囲に。一部の見落としも無いように……

 

 流れ込んできた莫大な情報量を、規格外の演算能力で瞬く間に処理する。

 

 緻密に過ぎる糸捌きも相俟って、十六夜はデスシティの現状を完璧に把握した。

 

 同時に不覚を悟る。

 背後から妖しい女の気配を感じたのだ。

 背中に柔らかく、重量感のある肉が押し付けられた。

 

「奇っ怪な術を使うのぅ、小僧。まさか妾を探してくれていたのか?」

 

 抱きつかれ、豊満な胸を押し付けられる。

 首筋に這う長い舌に、十六夜は暗い視線を落とした。

 

 

 ◆◆

 

 

 その女、神代の時代にギリシャ神話を傾かせた大化生。

 手当たり次第に雄の精を吸い、数多の怪物を産み落とした魔族の母。

 

 妖美姫、エキドナ。

 

 漆黒の艶髪が瑞々しい肢体に張り付いている。

 吐息と共に漏れ出した色気は厳格な漢すらもたぶらかす。

 そうして精を一滴残らず吸い付くし、殺すと同時に凶悪な怪物を産み落とすのだ。

 

 周囲の男達が忘我の彼方を彷徨っていた。

 エキドナが漂わせる色気に骨抜きにされているのだ。

 

 魔性の美貌。

 彼女はクスクスと笑うと、十六夜の肢体を撫で上げた。

 

「イイ男じゃ……神代の時代でも主ほどの色男はそうおらんかった」

 

 エキドナは堪えきれず、十六夜の横顔を覗く。

 

「……ッッ」

 

 瞬時に飛び退いたエキドナは、顔中に冷や汗を滲ませていた。

 首筋に熱さを感じたので撫でてみると……鮮血が溢れていた。

 

 エキドナは本来の禍々しい邪気を解放する。

 

「おのれ……その氷の様な目付き! 貴様、あの小娘の血族かッ!!」

 

 全身を震わせ威嚇するエキドナに、十六夜は振り返った。

 周囲の住民達は恐怖で震える。

 

 美しすぎる死神がそこにはいた。

 エキドナは憤怒のままに吠える。

 

「小童、貴様の四肢をもぎ取り、あの小娘の前で犯し殺してやるわ……!!」

「…………」

 

 十六夜は何も応えない。

 その灰色の瞳には、殺すべき外道畜生しか映っていなかった。

 

 

 ◆◆

 

 

 一方その頃、高層ビルの屋上で。

 死神と妖美姫が対峙しているのを拝んでいる美女がいた。

 

 拒絶的な美を醸している女である。

 

 容姿的年齢は二十代前半ほど。

 白シャツに黒のスーツ、漆黒のロングコートという出で立ち。

 白シャツを盛り上げる豊満な胸、括れた腰回り。総じて抜群のプロポーションを誇っている。

 

 そしてブラウン色の双眸。

 言い得もしない不気味な輝きを灯していた。

 

 漆黒の艶やかな長髪に氷を連想させる冷たい美貌は成る程、十六夜と瓜二つである。

 

 彼女は咥え煙草から甘い香りの紫煙を吐き出し、鼻で嗤った。

 

「あの淫乱ババァ、封印から抜け出してたのね。……ふぅん」

 

 でも……そう言って調停者、朧氷雨(おぼろ・ひさめ)は目を細める。

 

「私と大和の餓鬼は強いわよ……今度こそ、地獄に落ちなさい」

 

 干渉などしない。

 氷雨は息子の戦いぶりを拝むのみだった。

 

 

 ◆◆

 

 

 僅かな光を吸い込んで妖糸が煌めく。

 絶対的な切断力を持つソレらはまるで意思を持つかの様にエキドナに群がった。

 

 彼女は舞でも踊るかのように不可視の斬撃を避け続ける。

 柔軟かつ強靭な肢体は本来回避てきない筈の攻撃をいとも容易く躱した。

 

 戦闘の余波は瞬く間に中央区に広がり、出鱈目な被害をもたらす。

 高層ビルがズレて倒壊し、住民達が押し潰される。

 逃げ損ねて妖糸の圏内に入ってしまったサイボーグは特殊合金性のアーマーごとバラバラに切断された。

 

 剣士のソレとは違い全方位、ありえない角度から放たれる斬撃は驚異の一言に尽きる。

 

 さしもエキドナも躱しきれなくなり肩を抉られ、耳を削ぎ落とされた。

 

 しかし彼女は悲鳴を上げることなく、傷口に視線を向けた。

 瞬く間に塞がる傷口を見て、フッと鼻で嗤う。

 

 十六夜は美麗な眉を僅かにひそめた。

 

(強力な退魔の波動を練り込んだ筈だ……並の不老不死なら無効化できるほどのものを)

 

 つまり、相手は並の不老不死ではないということだ。

 蛇を司る彼女は、神仏すら越える破格の生命力を誇る。

 

 それがわかった十六夜は別の手法に切り替えた。

 

 鋼糸を更に切断に特化させ、一先ずバラバラにする。

 その後、本命の異能力で魂ごと滅却する。

 

 音も立てず、エキドナに伸びていく不可視の斬糸。

 エキドナはあろうことか、それらを片手の指で絡み取り無理矢理止めた。

 

「……!」

 

 十六夜は目を見開く。

 鋼糸を引き戻そうにも強大な握力で絡め取られている。

 エキドナは手から鮮血を吹き出しながらも、クスクスと嗤った。

 

「この不可視の糸、確かに剣士の斬撃よりも鋭さがあり、多様性に富んでおる。が……重さがない。妾でも対抗できる」

「…………」

 

 十六夜に腕力が無いわけではない。むしろある方である。

 

 エキドナが凄まじいのだ。

 妖魔の女王の一角というだけあり、元々の筋力が違いすぎる。

 

 十六夜は戦法を変え、エキドナの足を鋼糸で絡め取った。

 そして己の方へと無理矢理引き寄せる。

 

 怪訝に思った彼女の顎に渾身の掌底が入った。

 規格外の衝撃が脳を通り抜け、エキドナは大量の血を吐き出す。

 

「な、にぃ……?」

 

 呆然としているエキドナに十六夜の肩が触れ、再度衝撃が徹された。

 エキドナは成す術なく吹き飛ばされたが、十六夜が彼女に追い付き踵落としを鳩尾にめり込ませる。

 

 口から鮮血を吹き出した彼女のマウントを取り、そのまま殴り続けた。

 拳打一つ一つに摩訶不思議な力が込められており、エキドナは成す術なく蹂躙される。

 

 十六夜は天道より勁力の発露を伝授されている。

 中国武術の力の伝達方、その極みを修得している彼は徒手空拳でも無類の強さを誇っていた。

 

 バラバラにできないのであれば殴り殺せばいい。

 退魔の波動をたっぷり込めた拳を、勁力を用いて内部に徹し続ける。

 

 デスシティに震度6強の大地震が発生する。

 エキドナ越しとはいえ、十六夜の拳打に地球が悲鳴を上げていた。

 

 エキドナの足が痙攣しても十六夜は殴る手を止めない。

 その顔に飛び散った血が付着するも、美しさが増すだけであった。

 

 これにて決着か……

 

 傍観者の殆どかそう思った中、十六夜は眉間に皺を寄せる。

 

 その体にいとも容易く蛇の下半身が巻き付いた。

 十六夜を羽交い締めにしたエキドナは、既に治ってしまった美顔をおぞましい情欲で歪める。

 

「濡れたぞ……坊や。千年の恋に落ちてしまいそうじゃ……♪」

 

 艶やかに嗤いながら、エキドナは十六夜の頬を舐め上げた。

 

 

 ◆◆

 

 

「……ったく、あの淫乱ババァ。前より不死性が増してるわね。てか、それ以前に十六夜も十六夜よ。なぁに苦戦してんだか」

 

 高層ビルの屋上で不機嫌そうに紫煙を吐き出している氷雨。

 彼女は細い腰に手を当て、激闘の行方を見守っていた。

 

 その背後から、不意に下駄の音がきこえてくる。

 誰かわかっている氷雨は珍しく嬉しそうに笑った。

 

「私達の息子はまだまだね……大和」

 

 現れた褐色肌の美丈夫は、ギザ歯を見せて嗤った。

 

「厳しいな、もうそろそろケリがつくだろ。むしろよくもったほうだぜ。エキドナ、だったか? ……ふぅん、イイ女じゃねぇの」

「…………」

 

 氷雨は無言で大和の尻をつねる。

 絶対零度の眼差しを向けられ、大和は思わず吹き出した。

 

「なんつー顔してんだよ」

「馬っ鹿じゃないの、この節操なし。死ね」

「カッカッカ!」

 

 高層ビルの屋上で豪快な笑い声が響き渡った。

 

 

 ◆◆

 

 

 エキドナは生来の怪力で十六夜の四肢を完璧に拘束していた。

 白蛇の下半身を持つこの容貌こそ本来の姿である。

 

 十六夜の全身を砕かない程度に締め上げながら、エキドナは恍惚とした笑みを浮かべた。

 

「ああ……良い、良いぞ。妾を殴り倒したその膂力、理解できた。細身ながらも鍛え抜かれたイイ体じゃ♪ 何よりその美顔……はぁぁっ、なんと美しいっ。永遠に妾のものにしたい……」

 

 あのエキドナが、あらゆる雄をたぶらかしてきた妖美姫が、あろうことか魅了されていた。

 それほどまでに十六夜の美貌は凄まじい。

 

 氷雨譲りの美貌と大和譲りの魔性の色香は、本人にその気がなくとも女達を骨抜きにする。

 

「気が変わった……妾のものになれ、坊や。妾だけのものに……」

 

 豊満な胸で十六夜の顔を埋め、表情を蕩けさせるエキドナ。

 不穏にも、彼女は本当に幸せそうな顔をしていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 十六夜は彼女を遠くから見つめていた。

 己が自分のものになるという「幻覚」に酔っているエキドナを──

 

 恍惚とした表情を浮かべているエキドナは、驚くほど無防備だった。

 己が幻覚を見せられていることに気付いていない。

 

「美貌に揺らぐ程度の女でよかった」

 

 どこまでも冷たい言葉だった。

 十六夜はミスリル銀製の鋼糸にありったけの退魔の波動をこめる。

 時間こそかかったが、十六夜はエキドナを絶命させられるだけの力を溜めた。

 

 最後にささやく。

 

「おやすみ」

 

 エキドナが縦半分に裂ける。

 絶命し灰になる瞬間まで、エキドナは幸せそうな顔をしていた。

 

 十六夜は踵を返す。

 やるべき仕事を終わらせた。ただそれだけ。

 

 死神は静かにこの場を去っていった。

 

 

 ◆◆

 

 

 大和は十六夜の背中を見つめながら苦笑する。

 

「冷たいねぇ……美貌の無駄遣いってもんだ。いいや、アイツにとっては美貌も武器の一つでしかないのか?」

 

 それでも面白そうに、嬉しそうにしている大和。

 しかし氷雨は眉間に皺を寄せていた。

 酷く不機嫌そうである。

 

 その横顔を見て、大和はやれやれと肩を竦めた。

 

「まだ認めてやれねぇのか、アイツの生き方を」

「当然でしょ。有象無象のために戦うなんて馬鹿げてる……何時か絶対に後悔するわ」

「覚悟の上だろ、アイツも」

「私は……!」

 

 氷雨は途端に表情を歪ませる。

 そして大和の手を握った。

 

「アンタみたいに、なってほしくないのよ……」

「…………」

 

 大和は何も言わず、氷雨を抱き寄せた。

 そして頭を撫でる。

 

「アイツの選んだ道だ、俺達にどうこう言う資格はねぇ」

「っ」

「見届けようぜ、最期まで」

「……そうね」

 

 二人は十六夜を愛していた。

 だからこそ、傍観を貫く。

 

 彼の行く先に何があるのか……知っていても何も言わない。

 

 また、会う日が来るだろう。

 そう思い、大和は静かに口元をゆるめた。

 

 

《完》

 

 

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