閑話・堕落女神
早朝、魔界都市が静粛に包まれる時間帯である。
生臭い濃霧に覆われた中央区、裏路地にて。
薄汚いこの場には似合わない、静謐な美貌の女がいた。
カジュアルな私服に身を包んだ彼女は、その鋭い碧眼で目の前のアパートを睨み付けている。
カツカツとハイヒールを鳴らし、とある部屋の前までたどり着けば、いよいよその美顔が嫌悪で歪んだ。
本当に、美しい女である。
東洋系で背が高く、スレンダーでありながら胸は豊満。
キツい印象が目立つが、漏れだす色気は男を知っている女のものである。
彼女は結い上げた黒髪を鬱屈げに揺らすと、扉をノックした。
程なくして現れたのは……世にも稀な褐色肌の美丈夫だった。
完成された美。
力強さと妖艶さを兼ね備えた雄の究極系。
魔性の色香と称される美貌を前にしても、黒髪の美女は眉間に皺を寄せたままだった。
ラフな浴衣を着ている美丈夫、大和は何故か面白そうに笑う。
「何のようだよ、世界最強の女武神──毘沙門天サマ」
「……問答はいい、さっさと部屋に入れろ」
「へいへい」
恐らく、いいや確実に大和の事を毛嫌いしている女神。
八天衆の一角であり帝釈天の妻。
毘沙門天は、大和の部屋にズイと入り込んだ。
◆◆
水を出した大和は、卓袱台を挟んで毘沙門天と相対した。
「俺もそこまで暇じゃねぇんだよ」
「ほざけ、犯すか殺すかしかできない屑が」
「じゃあその屑を訪れてきた理由は何だ? わざわざ面と向かって悪口を言いにきたのか?」
「……っ」
毘沙門天は恥辱で顔を真っ赤にする。
「私を犯すがいい……今日は約束の日だろう」
「んんー? なんの日だぁ?」
「貴様……!!」
「約束はしてねぇぜ、空いてる日を教えただけだ」
「っ」
唇を噛み締める毘沙門天に、大和は下種な笑みを浮かべる。
「そんなに嫌か? あの事を誰かに知られるのは」
「当たり前だろう!! アレが無ければ、誰が貴様なんかと!!」
「でもお前の自業自得じゃね? 酒に酔った勢いで俺と寝ちまったってのは」
「~~~~っっ」
太古の昔の話である。
インドで一仕事終えた大和は神々の宴に招かれた。
当時はまだ、神々の嫌悪感がなかったのである。
その時に毘沙門天は過ちを犯してしまった。
当時から大和が嫌いだった毘沙門天は彼が宴に呼ばれた事に不貞腐れ、自棄酒をした。
そして当時結婚したばかりの最愛の夫、帝釈天に慰めて貰おうとおぼつかない足取りで部屋を入ったのだが……朝、目覚めれば大和が隣にいた。
そうして思い出したのである、酔いに流されるがまま、大和と一夜を共にしてしまった事を……
「生涯の恥だ……ッ」
思い出した毘沙門天は泣きそうなほど顔を歪ませていた。
それを見て大和は愉快愉快と嗤う。
「正直に言えばいいんじゃねぇの? 帝釈天に。昔、俺と間違えて一夜を明しちゃったって」
「言えるか!! よりによって貴様と、貴様なんかと……!!」
「てか、そもそもだ」
大和は呆れ半分といった様子で告げる。
「俺が言いふらす、なんて限らねぇだろう?」
「信用できん……ッ」
「だから定期的に俺に抱かれると? 口封じの為に?」
「そうでもしないと貴様は言いふらすだろう!」
「まぁ、黙っておくなんて約束もしてねぇし。酒に酔った勢いで口を滑らす事もあるかもしれねぇな」
「ッッ!!」
毘沙門天は今すぐ斬りかかりたいという激情を必死に押さえ込む。
大和は邪悪にほくそ笑んだ。
「でもよぅ、お前気付いてるか? 俺と寝てる時、喘ぎ声がすげぇ事」
「ッ」
「アレが素なのか? だとしたらスゲェな。それとも……帝釈天のじゃ満足できてねぇのか?」
「貴様ァ!!」
怒髪天となった毘沙門天はそのまま大和の胸ぐらを掴みあげる。
大和はその手を掴み、彼女を胸元まで引き寄せた。
「グダグダうるせぇんだよクソ女神、いいか? 今から言うことをハッキリと覚えておけ」
大和の邪悪な三白眼に竦んでしまう毘沙門天。
ただ彼の言葉を聞くことしかできなかった。
「テメェは俺に抱かれにきた。理由がどうであれ、テメェの意思で」
「っ」
「大層立派な建前を並べるのは結構だぜ。ならなんだ? さっきからチラチラと俺の身体を視姦しやがって……あと匂うんだよ、メスの匂いが」
「何を……!」
大和は毘沙門天のズボンの中に手を入れる。
そして秘部を触り、かきむしった。
「あぅぅッ!」
「なら何でこんな濡れてるんだよ、期待してたんだろう?」
「そんな、ワケ……っ」
勝手に潤む碧眼。
犯される事に期待しているのが丸わかりだ。
大和はそのまま毘沙門天を押し倒す。
「もう面倒くせぇ、今から晩まで犯す。拒否権はねぇ」
「あっ……頼む、キスだけは……駄目なんだっ」
「うるせぇよ」
強引に口付けする。
毘沙門天は抗いながらも、舌を吸われる感覚に表情を蕩けさせた。
そして無理矢理破かれた服の下に隠れていたのは……イヤらしい黒の下着だった。
◆◆
嫌悪感が霞み、熱泥の様な快楽に沈むまでそう時間はかからなかった。
帝釈天より遥かに逞しいもので犯され、何度も何度も絶頂を刻み込まれる。
その度に意識が混濁し、憎悪も罪悪感も薄れていく。
最後には毘沙門天が自ら腰を揺すり、口で吸っていた。
茹だるような湿気のこもる部屋の中。
濃厚なバターを思わせる淫臭が、先程までの激しい営みを物語っている。
大和はベッドの上で座り、煙草に火を付けていた。
横では毘沙門天がぐったりと倒れ、余韻と後悔の念に苛まれている。
すすり泣きしそうなので、大和はやれやれと肩を竦めた。
「ったく……帝釈天の野郎。奥さん一人救えない奴に世界の守護神なんか務まんのかよ」
「……っ、貴様ッ!」
思わず立ち上がろうとした毘沙門天の尻を、大和はひっぱたく。
「うるせぇぞ駄女神、黙ってろ」
毘沙門天は全身を痙攣させた。
大和は鬱屈げに紫煙を吐き出す。
「これなら悟空をコッチ側に連れ戻したほうがいいか? ……こんな馬鹿どもに任せてらんねぇよ」
悪辣なる救世主は理の守護神らを心の底から蔑んでいた。
そしてここから、八天衆の結束に亀裂が奔るのである。