魔界都市の中央区は大和にとって庭同然だった。
見知った顔など殆どいない。既に死んでいる。
この都市で、命は花よりも儚いものだ。
それでも、変わらないものがある。
大和の視界で燦々と輝くネオンの海。
数多の命を犠牲にして輝く死の光は、彼の心を一時落ち着かせた。
諸行無常、弱肉強食。
この都市の在り方は、大和にとって大変都合が良かった。
殺し、犯し、蔑むことでしか生を実感できない。
そんな破綻者にとって、ここは楽園──
真紅のマントを靡かせ、下駄を鳴らし歩く褐色肌の美丈夫。
道行く者達が驚き、恐れ、道を開ける。
女共の情欲に濡れた視線がまとわりつき、空気が湿る。
喧嘩をしていた屈強なゴロツキどもは一気に大人しくなり、道の端に逸れた。
大和は不意に欠伸をかく。
無暗に喧嘩を売られるのも面倒くさいが、ここまで畏怖されると暇を持て余す。
程々な刺激は無いものかと、辺りを見渡した。
目の前に稲穂色の金髪を持つ美少女がいた。
普段勝ち気であろう、髪と同じ色の瞳は涙で濡れている。
可憐な童顔にカジュアルな服装。
容姿的年齢は10代半ばほどだろうが、胸は大きく実っていた。
デスシティには似つかわしくない、穢れなき神気を身に纏う美少女。
彼女は掠れた声で大和に話しかける。
「久々だな……兄貴」
「…………」
大和は何も応えない。
ただ、悟空の事を見つめていた。
悟空は唇を噛み、決死の覚悟で告げる。
「俺、やっぱり兄貴が好きなんだ……この想いに嘘はつけられねぇ。……その、もし兄貴が許してくれるのなら、また」
その前に、大和は悟空を抱き寄せた。
驚く彼女の頭を撫で、息を吐く。
「……馬鹿な妹だよ、お前は。心配かけさせやがって」
「っ」
「……会いたかった」
「……うんっ、俺も、会いたかった……兄貴ッ」
ぼろぼろに泣き始めた悟空を、大和は優しく抱き締めた。
◆◆
裏路地、大和の住むアパートで。
部屋の中で大和は悟空を猫可愛がりしていた。
それはもう、ダダ甘である。
「肌色が悪い、髪の質も。目の下にも隈ができてるじゃねぇか……あーもう、馬鹿」
「えへへーっ、兄貴~っ♡」
「暫くは俺が面倒見る。だから帰るんじゃねぇぞ」
「うんわかった♡ 俺ももっと兄貴に甘えてぇし♡ はぁぁ兄貴の匂い、懐かしぃ~。手もゴツゴツしててあったけ~っ♡」
悟空は完全に妹モードに入っていた。
普段から孤児院で姉貴分として振る舞っている反動からか、構ってちゃんのブラコンになっている。
大和はそんな悟空を存分に甘やかした。
キスをねだられれば甘い口付けを交わす。
悟空は表情をふやけさせ、大和に身体をすり寄せた。
暫くして──大和はある事に気付く。
「お前、その傷……」
「!?」
悟空は咄嗟に首元を手で隠す。
しかし遅かった。
大和に手を退けられると……そこには深い傷跡があった。
「これは……」
「~~っ」
悟空は羞恥で顔を赤くする。
「……冥界で俺とやりあった時の傷だな。なんで残してる」
「……い、言えるかよ。そんなのっ」
猛烈に嗜虐心をくすぐられ、大和は傷痕を舐めあげた。
「あっ♡ だめぇ♡ そこ……敏感だから……っ♡」
「言わなきゃやめねぇ」
「っっ」
悟空は涙を浮かべ、顔を真っ赤にする。
しかし観念したのか、ぽそぽそと囁いた。
「兄貴が、付けてくれた傷だから……っ、これを撫でる度に、兄貴を思い出せたから……っ」
かなりマニアックだった。
大和は悟空の変態性に呆れつつも、耳を甘噛みする。
「どうしようもない変態だな」
「あぅぅっ」
「そんなに俺の証を刻み付けてほしいのか? なら……身体の奥まで貫いてやろうか?」
「……っ」
「お前は妹分だが、イイ女に育った。……食わないのは勿体ねぇ」
容姿不相応に豊満な乳房を揉まれ、悟空は甘い喘ぎ声を上げた。
彼女は潤んだ瞳で大和を見つめる。
「兄貴ぃ……俺、兄貴に女として見てもらうの……ずっと夢だったんだ」
「……」
大和は堪えきれず悟空の唇を奪う。
お前は俺のものだと言わんばかりに、強引に。
悟空は嬉し涙を流しながら受け止めた。
◆◆
情熱的な営みだった。
互いに愛し合い、心の底から求め合っていた。
その小柄な身体では受け止めきれないであろう快楽も、悟空は嬉々として受け止めた。
日が沈み、また登り、また沈み──
三回目の夜が訪れた頃に、漸くほとぼりが冷めた。
布団の上で息を荒げながら、悟空は大和の腕に抱きついていた。
大和は彼女の頭を撫で、その桜色の唇にキスをする。
悟空は自ら舌を絡め、顔を蕩けさせた。
濃い淫臭が部屋を満たしている。
汗だくになりながらも、二人は満足そうにしていた。
「ありがとう、兄貴……凄く気持ち良かった♡」
「そうか、よかった」
「♡♡」
悟空は大和の胸板にキスの雨をふらせ、甘える。
すると、とたんに悲しそうな顔をした。
「もう、帰らなきゃ……」
「…………」
大和は悟空を強く抱き寄せる。
その逞しい腕は、決して悟空を離さなかった。
「俺の傍にいろ、目の届く範囲にいろ」
「……兄貴」
「お前をそこまで追い詰めたのは俺だ。だから言うぜ……もう離さねぇ。お前がどう言おうが、俺はお前を帰らせねぇ」
「っ」
「それでも帰るってんなら……帰る場所を「無くしてやる」。嫌なら俺の言うことを聞け」
鬼の様な形相をする大和に対し、悟空は何故か嬉し涙を流した。
彼女は大和の胸板に顔を埋める。
「ごめんよ、兄貴……らしくねぇこと言わせちまって。俺が中途半端だから、そんな事言ってくれるんだろう?」
「…………」
「本当に思うよ、俺は中途半端な奴だ。……もうそろそろ、踏ん切りつけないといけねぇ」
悟空は顔を上げた。
決意のこもった眼差しで大和を見上げる。
「俺、兄貴の事大好きだ。世界で一番愛してる……でも、帝釈天や毘沙門天、弟分や妹分も……大切なんだ」
「……」
「でも、今日愛して貰ってわかったわ。俺……どうしようもないブラコンだ。もう、兄貴から離れられねぇ」
悟空は大和に身を預ける。
「八天衆の一角、斉天大聖は今夜、死んだ。……俺は孫悟空。ただの仙人だ」
悟空は花が咲いたような笑みをこぼす。
「世界の平和とか、理の守護神とか、もうどうでもいいや……兄貴の傍にいれたら、それでいい」
「……そうか」
大和は悟空の頭を撫で回す。
それで全て伝わった。
彼女は嬉しそうに身を捩らせた。
◆◆
世界最強の仙人、至高の武仙と名高き孫悟空が八天衆を脱退した。
世界を揺るがす大ニュースである。
帝釈天を中心とした神々はなんとか彼女を引き戻そうとしたが、駄目だった。
この事件、裏に大和の影があったので、神々は更に大和への警戒心を強めた。
今後、様々な場面で敵対する事になるだろう。
特に八天衆のリーダー、帝釈天の絶望が凄まじく、体調を崩してしまったという。
公には晒されていないが、彼の息子もまた絶望し、これを機に間違った方向へと走ることとなる。
大和からすればどうでもいい事だった。
大事な妹分に代えられるものなどない。
誰かを救うということは、誰かを貶めること。
今回、彼は己のエゴを貫き通した。
そうして、闇の救世主の物語が再び始まる。
この世界の主人公は誰でもない、大和という規格外の悪人なのだ。