Villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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三話「鎌鼬と毒蜘蛛」

 

 

 超犯罪都市、中央区。とあるモーテルの一室にて。

 薄暗い部屋の中、ソファーに座している男性が居た。

 ビジネススーツをしっかり着こなした日本人である。

 

 彼はとある政治家の代理人だった。

 大和の暗殺をデスシティの殺し屋に依頼しに来たのだ。

 依頼を託す殺し屋は、目の前にいる。

 

「……」

 

 美しいサムライだった。

 肩まで流した黒髪。女性と見紛うほど端正な顔立ち。

 細身ながらも鍛え抜かれた肉体。清涼感を醸す紺色の浴衣。

 傍らには大小二本の打刀が置かれている。

 

 重い空気の漂う中、代理人は何とか言葉を紡いだ。

 

「此度は面会に応じていただき、誠にありがとうございます。無礼を承知で、貴方が疾風(はやて)様で間違いありませんか?」

「はい。間違いありません」

 

 丁寧な返答。

 ほんの少し安心した代理人は、会話を進める。

 

「では率直に──貴方に殺して欲しい存在がいるのです」

「事前の話し合いで、其方(そちら)の素性は一切問わない約束です。私は殺しの対象を明確に示して貰い、報酬を貰えればそれで結構です」

「対象は──大和という男です」

「…………」

 

 疾風は驚愕したのか、その碧眼を見開く。

 

「……冗談の類、でしょうか?」

「冗談ではありません。本気です」

「……」

 

 疾風は顎を擦った後、代理人と視線を合わせる。

 無言の圧力に、代理人は生唾を飲み込んだ。

 

 暫くして、疾風は頷く。

 

「……わかりました。その依頼、引き受けましょう」

「本当ですか!」

「その反応……他の殺し屋には断られた様ですね」

「はい」

「口止めはしましたか?」

「大金で」

「安心しました、この都市の性質をよくわかっているようで……腕の良い用心棒も雇っているみたいですし」

 

 疾風は代理人の背後に視線を向ける。

 そこには、白いスーツとサングラスが似合う大男が佇んでいた。

 

 ベテランの用心棒、右之助である。

 彼は終始、苦い笑みを浮かべていた。

 

 代理人は会話を進める。

 

「それでは、報酬についてお話します」

「はい」

 

 その後、依頼を託した代理人は右之助を伴いモーテルを出て行った。

 最後に右之助は振り返り、疾風に首を横に振った。

 彼が何を伝えたいのか──疾風は概ね察していた。

 

 暫くして。

 疾風はしみじみと呟く。

 

「──遂に来たましたね。この時が」

 

 鎌鼬の疾風。

 巷でそう呼ばれている。

 まるで一陣の風の如く、対象を斬り殺す様から付いた二つ名だ。

 疾風は傍らに置いていた愛刀に触れる。

 

「強者と戦い、打ち勝つのは武人の誉れ。数多の屍を踏み越えた先にこそ、真の強さがある……」

 

 疾風は微笑む。

 その微笑には、武人特有の狂気が滲んでいた。

 笑みから零れる、強烈な死。

 武人と殺戮者が表裏一体である事を、彼は笑顔だけで表していた。

 

「……そう。大和に挑むのね」

 

 部屋に繋がる扉が開かれる。

 そこには、美し過ぎる女がいた。

 

 紫色を帯びた黒髪は腰まで流れ、奈落の底の如き瞳が潤む。

 青白い肌と泣きぼくろが彼女の端正過ぎる顔立ちを更に強調していた。

 服装は純白のドレス、黄金比を誇る女体が際立つ。

 ハイヒールによって元々高い身長が更に高くなっていた。

 

 彼女は心底残念そうに告げる。

 

「右之助の表情、見たでしょう? それでもやるの?」

「はい」

「なら、もう貴方と寝れなくなるわね。……結構気に入ってたのに、残念だわ」

 

 疾風の前を通り過ぎる美女。

 玄関へ続く扉に手をかけ、一度振り返った。

 

「ばいばい」

「……」

 

 疾風は何も言わなかった。

 美女もそれ以降振り返らなかった。

 

 

 ◆◆

 

 

 薄暗い路地裏を歩いていく美女。

 スマホが鳴ったので画面を確認し、応答する。

 

「はぁい、努ちゃん」

『ああ、久しぶりだねアラクネ君』

 

 美女──アラクネは妖艶に笑う。

 

「久しぶりねぇ。どうしたの? 私の身体が恋しくなっちゃった?」

『否定はしないが、今回は急用でね。今、大丈夫かな?』

「大丈夫よ、どうしたの?」

 

 電話の相手──総理大臣、大黒谷努は緊迫した声音で問う。

 

『君は──大和君の暗殺に関わっているかい?』

「これはまた……随分と突拍子な話題ねぇ」

 

 アラクネは先程の疾風の一件を思い出し、薄っすらと笑った。

 

『君とネメア君がどんな立場にいるのか、どうしても気になってね』

「……フフフ、大丈夫よ努ちゃん。少なくとも私は関わってないわ」

『本当かい?』

「ええ、ネメアも同じだと思うわ」

 

 努は安心したのか、大きく溜め息を吐く。

 

『安心したよ。三羽烏同士の殺し合いにならないようで』

「一応、ネメアにも確認をとっておいたほうがいいんじゃない?」

『そうするよ。悪いね、時間を取らせてしまって』

「大丈夫よ。でも、今度は仕事以外で電話してね? 努ちゃんは床上手だから、何時でも歓迎よ」

『ハッハッハ、なら今度お願いしようかな』

 

 互いに良い気分で通話を終える。

 アラクネはスマホをしまい、歩き始めた。

 

 妖物が数名、彼女の背後から迫っていた。

 その極上の女体を眼前にして、彼等は涎を滴らせている。

 

「下手糞ね……呆れちゃうわ」

 

 アラクネが嘆息すると同時に、妖物達が二つに分かれる。

 縦、あるいは横に両断された。

 妖物達は悲鳴を上げる事なく息絶える。

 

 アラクネは自身の周囲に「蜘蛛の巣」を纏わせていた。

 暫くすると、中央区の大通りに出る。

 彼女は暗い笑みを浮かべながら雑踏に紛れていった。

 

 アラクネ。通称「毒蜘蛛」

 鋼糸術と猛毒を中心に、あらゆる暗殺技術を極めた世界最強の暗殺者。

 デスシティの三羽烏の一角──つまり、大和とネメアと同格の存在である。

 

 世界最強の殺し屋、大和。

 世界最強の傭兵、ネメア。

 世界最強の暗殺者、アラクネ。

 

 デスシティの住民は多大な畏怖を込めて、彼等を「三羽烏」と呼ぶ。

 

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