Villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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二話「楽園の真実、躍動する影」

 

 

 大聖堂の屋上にある豪華な一室で。

 教皇である老人は、その細い眼を見開いた。

 枯れ木のような壮年である。風が吹けば飛んでしまいそうな……そんな儚さを感じさせる。

 しかし纏うオーラは清らかであり、一宗教の長足り得るカリスマ性を滲ませていた。

 

 純白の司祭服を揺らして、彼は眼前で片膝をつく近衛騎士団の団長に告げる。

 

「それで……マクシミリアン。この国にネズミが入り込んだという件についてですが」

「はい、既に手はうっております」

 

 プラチナブロンドの長髪を揺らす美青年。

 銀縁の眼鏡をかけ、知的な雰囲気をたたえている。

 その肉体は屈強で、法衣の上からでも伺い知ることができた。

 線は細いが、武人特有の無駄のない体つきをしている。

 

 教皇はゆっくりと頷いた。

 

「信頼していますよ。それで……ネズミの正体は判明しましたか?」

「はい。二大宗派プロテスタントの誇る最終兵器、天使殺戮士。中でも冷酷さで知られる死神姉妹です」

「他には……?」

「っ」

「わからないのであれば結構……かなりの手練だ。派手に行動している様で痕跡を一切残していない。……要注意ですね」

「ハッ。現在、捜索対象として国全体を捜索中です」

「よろしい……マクシミリアン。貴方は誠実な信徒だ。その働きに、大いに期待していますよ」

「勿体無き御言葉……!」

 

 深く礼をし、マクシミリアンは部屋を去っていく。

 教皇は隣の窓に視線を移し、西に沈みつつある夕陽を見つめた。

 

 そして、しわがれた声で囁く。

 

「終わらせませんよ……楽園は」

 

 

 ◆◆

 

 

 広大な敷地に建てられたゴシック様式の建築物。これが大聖堂である。

 此処を中心に並び建っている古い遺跡群は1000年以上もの歴史を誇っていた。

 

 何本かの巡礼路には専用の高速鉄道が通っている。

 歩道には照明が完備され、金管楽器を模したホーン型のスピーカーも設置されていた。

 

 何処からか、しわがれた声が聞こえてくる。

 スピーカーを通して、教皇が一日の終わりを告げていた。

 

「民衆よ、お聞きなさい。我々は選ばれた。この争いの絶える日のない混沌の世界で、唯一の救いは『天使様』の存在のみ。平和を祈りなさい、安息を祈りなさい。そして帰依するのです。選ばれし者だけが、この混沌とした世界に理想の世界を見る事が出来るのですから」

 

 民草たちは耳を傾け、両手を重ねる。

 皆、店を畳み早々に帰り支度をする。

 夜がやってくる──静かな夜が。

 

 

 ◆◆

 

 

 大聖堂の扉の前で。

 分厚く頑丈な鉄扉。そこを抜けて、住民たちすら立ち入りを禁止されている螺旋階段をおりていけば……地獄を見ることができた。

 

 地下牢獄。

 今は人ならざるものを監禁、実験する施設に改良されている。

 

 研究員たちを昏倒させたクイン・ギネヴィアは純白のロングコートを翻した。

 その顔は嫌悪で歪んでいる。

 

「……これが楽園の真相かよ」

 

 クインの眼前には培養カプセルに沈んだ天使病の患者たちがいた。

 培養液には強力な麻酔薬が含まれているのだろう、患者たちは微動だにしない。

 

 赤子の腕に女の足、魚の目に虫の羽。

 あらゆる生物的要素を孕みつつ、醜悪の極みに達している化け物たち。

 

 彼等を用いて何をしているのか……ジュリアの口から語られた。

 

「情報は確かだったわ……巷で猛威を振るっている魔薬エンジェルフィン。その材料が天使病の患者で、ここはその生産場」

「ようはケシ畑でしょ、反吐が出る」

 

 クインは盛大に舌打ちする。

 

 最近裏市場に出回るようになった強力な麻薬、エンジェルフィン。

 服用者に多大な幸福感と快感をもたらすが、数度の服用で死に至らしめる……まさしく魔薬。

 

 プロテスタント、真世界聖公教会はこの魔薬の原材料が天使病患者を構成する霊子型ナノマシンであることを突き止め、出所であるこの国へと死神姉妹を派遣したのだ。

 

 ジュリアは冷静に分析しはじめる。

 

「魔薬で稼いだ莫大な資金で信者達の税や物価を抑え、結果、精神的な安息と厚い信仰心を持たせる……考えたわね」

「小さな国を楽園に変えるには一番手っ取り早い方法でしょ。大多数を犠牲にして手の届く極小数を幸せにする……拗らせた偽善者が至りそうな結論だわ」

「国民達には悪いけど……」

「天使病に手ぇ出したのが運の尽きだ。覚悟しろよ……教皇」

 

 死神姉妹は、今夜中にケリをつけるつもりでいた。

 

 

 ◆◆

 

 

 この国で一番豪華なホテルに、大和は泊まっていた。

 夜遅く、彼は受付の男性に告げる。

 

「部屋、少しちらかっちまったから掃除頼むわ」

「かしこまりました」

 

 恭しく一礼した男性はそそくさと大和が居た部屋に向かう。

 マスターキーで解錠し扉を開ければ……そこには淫靡な空間が広がっていた。

 

「ひっ……!」

 

 思わず尻餅をつく男性。

 部屋の至るところに美女美少女達が転がっていたからだ。

 総勢10名ほどか。皆、快感の余り痙攣し白目を剥きかけている。

 

 よくよく見れば、全員この国の誇るシスター達だった。

 

 外を歩いている大和は何時もの一張羅を靡かせながら、クツクツと喉を鳴らす。

 

「いいウォームアップになったぜ」

 

 

 ◆◆

 

 

 静かな夜だった。

 遠くからさざ波の音が聞こえてくる。

 潮を孕んだ夜風が大和の黒髪を靡かせた。

 

 下駄をカランカランと鳴らして歩いていた彼だが、ふと立ち止まる。

 そして路地裏に視線を向けた。

 

「様子見か? マイク」

 

 マイク──そう呼ばれて現れたのは、厳つい欧米人だった。

 サイドにそり込みを入れた金髪に欧米人らしい彫りの深い顔立ち。

 鍛え抜かれた肉体は二メートルを優に超え、大和と並んでいても何ら違和感ない。

 タンクトップから覗く屈強な腕には髑髏の刺繍が彫り込まれており、恐らく背中まで至っている。

 

 見るからに狂暴そうな男は、訛りのある英語で豪快に笑ってみせた。

 

「HAHAHA! 様子見なんて人が悪いぜ旦那! 俺達ぁアンタを心から信頼してる! アンタは世界一のHITMANだからな!」

 

 如何にもアメリカ人らしい。

 大和は笑い返しながら言った。

 

「そっちの首尾はどうだ?」

「おうさ、ボスが最高にCRAZYな後釜を用意してるぜ」

「じゃあ、あとは俺が邪魔な奴等を全員消せばいいんだな。そしたらこの国はお前らのものになる」

「おうよ、俺達ルプトゥラ・ギャングの領地だ。ククク、そんじょそこらのケシ畑より価値があるぜこの国ぁ! ボスも大喜びだ!」

 

 ルプトゥラ・ギャング。

 デスシティが誇る五大犯罪シンジケートの一角。

 メキシコ系ギャングの総元締めであり、麻薬界隈の頂点に君臨している極悪犯罪組織だ。

 

 マイクは武闘派の幹部を務めている強者だった。

 

 ルプトゥラ・ギャングは五大犯罪シンジケートの中でも莫大な財力を誇っており、デスシティでAクラス上位の殺し屋、傭兵、賞金稼ぎを雇い囲っている。

 中にはSSクラスの超越者も混じっており、マイクはその一人だった。

 

 彼はニタニタと下品な笑みを浮かべる。

 

「旦那も味わっただろう? この国の女はベラボウに美味いんだ。FUCKすればすぐ喘いでくれるビッチばかりだからなぁ……ソッチ方面でも稼げる」

「確かにな」

 

 喉を鳴らす大和。

 マイクは機嫌よく言った。

 

「今夜中にキメてくれるってんならありがてぇ。早速ボスに報告しておくぜ」

「おう」

 

 つまりだ。

 この国は五大犯罪シンジケートの一角に目を付けられ、乗っ取られようとしているのだ。

 大和はその先駆け……

 邪魔な関係者達を鏖殺しにきたのだ。

 

 無情な結末がこの国を覆おうとしていた。

 

「で、他には? まだ要件があるんだろう?」

「さっすが旦那……まぁ、他の奴等がしてるかもしれねぇけどよぉ」

 

 マイクは真顔になる。

 

「八天衆のリーダー、帝釈天の暗殺依頼、受けてくれねぇか?」

「…………」

「俺達にとって、いいや五大犯罪シンジケートにとって、あのHERO気取りのGODは目障りでしかたねぇんだよ」

 

 マイクの憎悪のこもった言葉に、大和は灰色の三白眼をスゥと細めた。

 

 

 ◆◆

 

 

「旦那の妹分が最近脱退したって聞いてるぜ」

「耳が早いな」

「俺達にとっては最高のCHANCEだ。なぁ……今なら受けてくれるだろう?」

 

 マイクの懇願するような眼差しを、大和は敢えて流す。

 

「前から言ってんだろ? コレだよコレ」

 

 大和は手で銭のマークを作る。

 

「八天衆のリーダーを殺すんなら、それに足る報酬を払えってこった」

「……」

「テメェらは顧客だ、割引してやる。が……それでも世界最強クラスの武神だ。額は天文学的数値になるぜ」

 

 大和の言葉に、マイクはゆっくりと頷く。

 

「今、五大犯罪シンジケート内で頻繁に会議が行われてるんだ。互いのボスが払えるだけの金を払おうって算段だ」

「ほぉ」

「あと数ヵ月で兄貴の提示する額に届く。だから……聞いておきてぇんだ。正式に依頼すれば、兄貴は引き受けてくれるのか?」

「…………」

 

 大和はうっすらと、不気味に笑った。

 

「受けてやるよ」

「!!」

「きっちり報酬を払うってんなら是非もねぇ」

「Yeah!! なら早速にボスに伝えてくるぜ!! 言質取ったからな!!」

 

 マイクは子供の様にはしゃぎながら屋上に飛び移り、消えていった。

 

 肩をすくめて見送った大和は、「いよいよだな」と嗤う。

 

「こっちとしても、願ったり叶ったりだぜ」

 

 彼もまた、待ちわびていたのだ。

 帝釈天を潰す機会を。

 

「その前に……」

 

 広場前まで歩いてきた大和は、クルリと振り返る。

 その目先には西洋の騎士団らしき団体が列を成していた。

 

 

 ◆◆

 

 

 その頃。

 天使殺戮士、クインとジュリアは教皇のいる部屋に侵入していた。

 正確には、苦もなく部屋の中に入る事ができた──か。

 あまりの警備のザルさに、クインは懸念を隠しきれないでいた。

 

 最奧で座っている教皇に問う。

 

「アタシ等がこの国に侵入してたのは、わかってた筈だ」

「ふむ……君達が天使殺戮士、死神姉妹か。思っていたよりも若いな」

 

 しわがれた声。

 教皇である老人は細い眼で姉妹達を見つめる。

 まるで枯れ木のような風体──老い先短いだろう。

 

 しかし彼女達は老人相手でも手加減しない。

 する筈がない。

 

 クインはズカズカと歩み寄り、飛びかかる。

 

「アンタに対しては特別に殺害許可が出てる。──大人しく逝っとけ」

 

 手首に収納された鎌刃が鋭利な光を放つ。

 一刀両断。教皇の座していたテーブル席が真っ二つに割れた。

 

 しかし──教皇は無事だった。

 

 代わりにクインの背後に切断された鎌刃が突き立つ。

 

「……何だと?」

 

 クインは思わず呟く。

 教皇は膝上に乗せていた日本刀を納刀した。

 チャキンと、鍔鳴りの音が響き渡る。

 

「昔、剣術を極めた事があってね。……少し錆び付いているが、まだまだ若い者には負けんよ」

「ッッ」

「小野派一刀流免許皆伝──エンデバー、推して参る」

 

 緊急事態──姉のジュリアが思わず叫ぶ。

 

「クイン! 離れなさい! 彼は『咎狩り』のエンデバー、超越者よ!」

 

「~~~~っっ!!」

 

 首筋に閃く銀線をクインは残った鎌刃で辛うじて防ぐ。

 大聖堂の屋上で大爆発が引き起こった。

 

 

 ◆◆

 

 

 白づくめの集団。

 白いフードを被り、白銀の重厚な甲冑を身に纏っている。

 余程訓練されているのだろう、足取りは軽やかだ。

 ヘルムに刻まれた十字架が教会関係者である事を示唆している。

 腰に下げた巨大なバスタードソードが物々しい雰囲気を醸していた。

 

 彼等を前にしても大和は余裕を崩さない。

 よっこいせとベンチに腰を下ろす。

 そして遠くを見てフムフムと顎をさすった。

 

「武術の超越者がいるな。こりゃあ、アイツ等にはキツいか? いいや……しかしかなり弱ってるな。これならワンチャン」

 

 騎士団に目もくれていない。

 有象無象の輩だと決めつけているのだろう。

 

 数名が無言でバスターソードに手を添えたが、ふと左右に分かれた。

 突然の行動に流石の大和も意識を向ける。

 

 現れたのは、プラチナブロンドの長髪を揺らす美青年だった。

 銀縁の眼鏡をかけ、知的な雰囲気をたたえている。

 

 彼──騎士団長マクシミリアンは苦笑をこぼした。

 

「我々の事は眼中にありませんか……世界最強の殺し屋、Mr.大和」

「そりゃあな。お前らみてぇな雑魚ども、わざわざ意識しなくても──」

 

 そう言った大和は硬直した。

 マクシミリアンを見て目を丸めた後、徐々に敵意を滲ませる。

 途轍もない圧が周囲の空間を圧迫した。

 

「テメェ……何でこんな所にいやがる」

「はて? なんの事やら……」

 

 

「とぼけんじゃねぇ!!!!」

 

 

 怒号は衝撃波となって広場を吹き飛ばした。

 騎士団が紙屑みたいに飛んでいく中、マクシミリアン──彼だけはやれやれと前髪を掻き上げている。

 

 そして獰猛に笑った。

 

「そう吠えるなよ、好敵手」

 

 刹那、至上の斬撃が唸りをあげた。

 大和の右腕を断たんとする魔剣──本来、超越者の攻撃であろうとも防御しない大和が明確な回避行動をとった。

 刀体の腹を掌で押して軌道を逸らす。

 

 生じた斬撃波は国を、海を、いいや地球を優に断った。

 世界中の強者達が驚愕する。

 すぐさま黄金祭壇の魔導師達が地球を修復し、超高密度多重障壁で大和がいる国を覆った。

 

 他の超越者達は気付いた。そして驚愕する。

 彼は……容易に地上に出ない存在の筈だからだ。

 

 大和は野獣のように吠える。

 

「答えろ……何でこんな所にいやがる、サタンッッ!!」

 

 その者、別次元に存在する世界「魔界」の統治者。

 世界最強の悪魔であり、悪魔という種族の超越者。

 

 あらゆる種類の魔剣を創造し意のままに操る、無敵の魔剣使い。

 通称『魔剣帝(ブレイドマスター)

 

 EX+クラスの超越者。

 悪魔王──サタン。

 

 常勝無敗の魔剣帝は、唯一無二のライバルに歪んだ笑みを向けた。

 

「老い先短い偽善者に付き合っていただけだよ……しかし、嬉しいな。誰でもない、貴様が釣れたのだから!!」

 

 滑らかな金髪が禍々しい紫色に変わる。

 生っ粋の戦闘狂である彼は、世界の被害など一切考えずに魔剣を振るった。

 

 

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