villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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三話「決戦」

 

 時計塔にて。

 時計塔とは、魔術結社「黄金祭壇」の本拠地である。

 表世界のローマやミラノにある支部とは違い、時計塔はあの世とこの世の境目、通称「星幽界(せいゆうかい)」にある。

 

 満天の星空の中、巨大な満月が一際輝いていた。

 巨大な時計塔を中心に複数の都市で形成されているこの場所は、魔術士たちにとって聖地であり、学び舎であり、安住の地だ。

 

 時計塔の最上階、大時計の裏側で。

 荘厳な鐘の音が鳴り響く中、あらゆる総てを睥睨できる玉座から遂に腰を上げた女がいた。

 

 世界最強の魔導師。

 魔法使いの原点にして頂点。

 災悪の魔女──エリザベス。

 

 深紅のドレスが靡く。

 赤みがかった金髪から覗くのは過去、現在、未来で起こる全ての事象現象を見通せる千里眼だ。

 

 突如として確定した世界の破滅。

 

「馬鹿な人──誰が貴方の尻拭いをすると思っているの」

 

 飽きれて囁くエリザベス。

 その眼前には、既に8名の魔導師が待機していた。

 各国の支部長を務めているエリザベスの忠実な僕達である。

 

 エリザベスは彼女達に告げた。

 

「今回の案件、私とリタでどうにかするわ。貴女達は通常業務に戻りなさい」

『はっ』

 

 エリザベスは隣に控えている銀髪のメイド、No.2リタ・リスファーナを見やる。

 彼女は恭しく一礼した。

 

 エリザベスは瞳を濡らして囁く。

 

「ほんと……馬鹿な人」

 

 その囁きは、側近であるリタにしか聞こえなかった。

 

 

 ◆◆

 

 

 天地揺るがす魔闘の奔流。

 大和は地面に両指を突き立てた。

 そして地盤ごと『国』をめくり上げる。

 流動する地形、荒れ狂う海域、歪む時空間。

 倒壊する建造物もろとも持ち上げて、武器として使い潰す。

 卓袱台返し──と言えばわかりやすいだろうが、コレはあまりにもスケールが違いすぎた。

 

 満天の夜空を覆い隠す巨大な一枚岩。

 理屈も糞もない、超広範囲物理攻撃である。

 

 しかし熱線一閃。

 天地逆転を融断したのは、サタンの手中にある灼熱の魔剣だった。

 

 余波で海面が沸騰する。

 刀身で燻る地獄の業火が上空に佇む悪魔王の狂喜の顔を照らし出す。

 

 灼熱一閃。

 兜割りで解放された無限熱量は国だった瓦礫ごと総てを溶かした。

 黄金祭壇の魔導師達が展開した超高密度多重障壁ごと時空間が融断される。

 

 結果、時が止まる。

 

 超絶の剣技と規格外の魔剣が『時』という概念をも切断したのだ。

 

 しかし真っ向から受け止めてみせるのが彼、暗黒のメシアである。

 

 彼は両手で光線を挟みこんだ。

 真剣白刃取りの要領で無限熱量の刃を止める。

 物理法則、理屈を完全無視した出鱈目武術だ。

 

「光線ッッ、白刃取り!!!!」

 

 そのまま背後にぶん投げる。

 指向性を無くした熱線は超高密度多重障壁を溶かし尽くし、夜空の彼方へと消えていった。

 数多の星、銀河、宇宙を消し飛ばし、最終的には数億の三千大千世界を滅却する。

 

 サタンは倒壊した地面に降り立ち、喜悦で口元を歪めた。

 

「流石だ、我が生涯のライバル……出鱈目な武術、極まっているな」

 

 対して大和は、火傷した掌に懸命に息を吹きかけていた。

 

「フー! フーフー! あっつつ……クソが!! 俺が受け止めなかったら地球が消し飛んでるぞ!!」

「知ったことかよ。俺はお前と全力で斬り合えればそれでいいんだ」

「あーそうかよ、俺もどうでもいいけど……後でエリザベスが直してくれるし」

 

「なら全力で斬り合おう……!! 終末論の時の続きだ!!」

「やってやらぁ!! 全力で叩き潰してやる!!」

 

 互いに得物を握り、全力で振りかぶる。

 そうして白刃を削り合わせれば、埒外の衝撃波が地球を揺るがした。

 

 

 ◆◆

 

 

 剣のみで魔界を統一し、悪魔の王になった世界最強の魔剣使い。

 彼は悪魔という種族を愛し、何よりも闘争を愛していた。

 魔界を弱肉強食の貴族社会に変え、終わり無き戦争を誘発した。

 

 しかし近年、悪魔達の間で序列ができあがってしまった。

 

 悪魔の王として、喜ばなければならない。

 だが彼は酷く退屈していた。

 己に敵意を向けてくる存在がいない。

 あるのは畏怖と敬意のみ。

 

 そんなものいらない。

 恨んでくれてもいい。

 もっと闘争を。血湧き肉躍る闘争を──。

 

 しかし世界は存外狭い。

 魔界の外にも彼に挑もうとする存在はいなかった。

 

「今思えば、怠惰だったのかもしれん……待たずとも、俺からお前に会いに行けば良かったのだ!!」

 

 生まれて数億年、未だ負け知らず。

 常勝無敗の魔剣帝が勝ち損ねた数少ない存在。

 

 暗黒のメシア。

 

 何度殺し合おうと必ず引き分ける。

 どれだけ剣技を磨こうが、魔剣の純度を上げようが、決して勝てない。

 

「恋しいぞ……!! この感情、愛に近いッッ!!」

「気色悪ぃんだよバトルジャンキーが!!」

 

 告白と共に放たれた絶剣を大和は脇差でカチ上げる。

 無双の剛力と無窮の剣技の衝突は大気を吹き飛ばし、星を揺らした。

 

 直後に交わる銀閃と魔閃。

 刹那の間に億を越える応酬が繰り広げられる。

 赤柄巻の大太刀が圧倒的膂力からなる質量を以て地を割り、禍々しい魔剣が鋭利な風で虚空を断つ。

 

 神速の歩法で互いに制空権を瞬時に形成。

 苛烈な押し付け合いをはじめる。

 

 剣技に於いては紙一重でサタンの方が上だった。

 しかし速度は紙一重で大和の方が上。

 

 筋力は大和の方が遥かに上であり、万能性はサタンの方が圧倒的……

 

 戦闘センスは全くの互角。

 故に拮抗。戦況はどちらにも傾かず、剣撃は激化の一途を辿る。

 

 制空権が鬩ぎ合う最前線は修羅の領域だった。

 袈裟切り、逆風、逆胴、唐竹、刺突──剣閃と体捌きの応酬はまるで示し合せたかのように互いを傷付けることが無い。

 

 圧倒的戦闘センスと極まった武練が描き出す斬撃予測線は現在(いま)を超越し、遥か未来(さき)にまで及ぶ。

 今起こっている剣撃は既に過去のものなのだ。

 

 互いの体勢、筋肉の動き、視線、速度と膂力、周囲の地形から互いの手札に至るまで──

 ありとあらゆる戦場の要素を捉えることは、両雄にとって至極当然だった。

 

 故に先を出すしかない。

 互いの信じる『最強』を曝け出すしかない。

 

 大和は圧倒的総合力でゴリ押しを敢行した。

 筋力、速度、耐久力、五感、反応速度。

 白兵戦に於ける重要要素を提示し、無理矢理押し付ける。

 

 対してサタンはその万能性を十二分に発揮した。

 大和の攻め方に併せて魔剣を瞬時にオーダーメイド、彼の長所を徹底的に殺し尽くす。

 

 赤柄巻の大太刀が赤熱化し唸りを上げれば、最硬化が施された魔剣が赤刃を滑らせ芯をズラす。

 

 決着は──つきそうにない。

 ならば、更に先を出すしかない。

 

「しゃらくせぇ」

 

 サタンの右半身に突如として鉄塊がめり込んだ。

 

「な、にぃ……!?」

 

 辛うじて魔剣を挟み威力を殺したものの、抗いきれずに吹き飛ばされる。

 後転し着地したサタンは、暗黒のメシアの本来の姿を拝む事ができた。

 

 左手に巨大なモーニングスターを、右手に身の丈を越えるバスターソードを携えている。

 

 大和は獰猛に嗤った。

 

「剣じゃあ何時まで経っても決着がつかねぇ。なら武術家として立ち回るだけだ。テメェも、何時まで怠けてる。テメェは剣士じゃなくて「魔剣使い」だろう」

 

 その言葉にサタンは目を丸めた。

 次には哄笑を上げる。

 歓喜の哄笑だった。

 

「やはりお前は俺の永久の好敵手だ!! 何故こうも昂らせてくれる!! 愛おしすぎて歯止めが効かなくなるではないかッ!!」

 

 禍々しい紫色の魔力が開放される。

 そして見渡す限りに魔剣が突き立てられた。

 その一本一本が世界最強クラスの魔剣である。

 

 サタンは六本の魔剣を指で挟み込み、唇を歪めた。

 

「しかし、いい加減ハッキリさせたいものだな……どちらが強いのか!!」

「俺に決まってんだろ!!」

「ぬかせ!! 俺に決まっている!!」

 

 互いに心底楽しそうに得物を振るう。

 悪魔王と怪物の戦いは佳境に入った。

 

 

 ◆◆

 

 

 何と無情な事か──

 何故、世界はこうも矛盾に満ちているのか。

 

 教皇エンデバーは思わず天を仰いだ。

 夜空が崩れている。

 規格外の怪物達によって、あらゆる事象現象が歪んでいる。

 

 世界各地で天変地異が勃発している。

 海は完全に凪ぎ、山脈は大噴火を繰り返し、野性動物達は本能のままに逃げ惑っている。

 

 地殻変動に巻き込まれた人類は成す術なく死に絶え、崩れた都市の下敷きになっていた。

 

 本来であれば既に世界は終わっている。

 黄金祭壇の魔導師──エリザベスとリタが絶え間なく世界を巻き戻していなければ。

 

 エンデバーは嘆かずにいられなかった。

 己も、巻き戻される側にある。

 

「何もできない──この世界に対して、私は何もできない」

 

 魔導の才能がなく、代わりに剣士としての才能があった。

 だから死にもの狂いで磨き、直接悪人共を斬り伏せた。

 何年も、何十年も。

 

 しかし何も変えられなかった。

 剣では、世界を変えることはできなかったのだ。

 

 後は朽ちていくだけの身。

 中途半端な超越者は老いからくる死を避けられない。

 

 残り僅かな人生、できうる限りの事をした。

 できる限り多くの人を幸せにした。

 憎むべき悪逆も進んで行った。

 

「今思えば……私は間違っていた。老いに急かされるまま、してはいけないことをしてしまった」

 

 エンデバーは眼前に佇む天使殺戮士を見やる。

 瀕死寸前まで追いやった筈なのに、彼女達は立ち上がっていた。

 

 衣服が割け、柔肌が露になり、血潮で汚れていても尚──死神姉妹は戦意を失っていない。

 

 エンデバーは思わず囁く。

 

「君達を見ていると、昔を思い出すよ」

「一緒にすんじゃねぇ……!」

「……そうだな、確かに失礼だ。私は既に咎人」

 

 自嘲しながら、エンデバーは日本刀を携える。

 そして決意を表明した。

 

「……それでも、抗わせてもらう。私なりの矜持というやつだ。楽園は終わらせん」

 

 偽善者は、最期まで偽善を貫き通す道を選んだ。

 

 

 ◆◆

 

 

 曲がりなりにもエンデバーは超越者である。

 剣一本で理外の扉を開いた天才、表世界の強者とは格が違う。

 

 実際、死神姉妹は絶対絶命の危機に陥っていた。

 膂力、技術、経験──勝てる要素は何一つとしてない。

 

 しかし追い詰められているのは実際、エンデバーであった。

 

(その眼──忘れられる筈もない。……執念だ)

 

 譲れないものがある。

 やり遂げねばならないことがある。

 

(……君達を見ていると、本当に思う。私は道を誤った)

 

 この身朽ち果てるまで戦場に出ていれば良かった。

 理不尽な世界に抗い続ければよかった。

 

「しかしもう、遅い……」

 

 沈んだ想いが余分な力を無くす。

 何も考えずに刀を振るえば、九つの銀光が閃いた。

 万魔断つ斬撃は滑らかで、何より迷いがない。

 

 クインとジュリアは向かってくる光速の刃を辛うじて避ける。

 極限まで研ぎ澄まされた超感覚が二名を一つ上の階梯へと押し上げる。

 

 しかし、まだ若い。

 エンデバーは苦笑しながらも、容赦なく白刃を振るう。

 

 クインが避けられない追撃はジュリアがカバーし、ジュリアの隙はクインがカバーする。

 姉妹だからこそ可能な、見事なコンビネーションだった。

 本来であれば既に終わっている筈なのに、未だ終わっていない。

 

 エンデバーは別に手加減しているワケではない。

 死神姉妹が異常にしぶといのだ。

 

 そして何より──

 

(この程度で限界か……我が肉体よ)

 

 戦場に出ていたのならいざ知らず、長い間剣を握っていなかったエンデバーの肉体は予想以上に老いていた。

 

 もって残り十秒。

 その間にケリをつけなければならない。

 

(であれば一秒でいい、この姉妹を殺すのに十秒もいらない)

 

「……いざ」

 

 身を屈めたエンデバーに姉妹達は鋭い視線を向ける。

 執念をそのままに、クインは冷酷な表情で告げた。

 

 それは、死の宣告だった。

 

「悪ぃな……アンタはもう終わりだ」

 

 クインの言葉にエンデバーは驚愕する。

 瞬間、灼熱の熱線に飲み込まれた。

 

 クインの一撃ではない。ジュリアの一撃でもない。

 全く意識外──真横からやってきた。

 これは……

 

(魔剣帝の灼熱の魔剣──そうか、姉の方が時空間を弄ったか)

 

 第三者の「空振り」を利用した時空間変差攻撃。

 絶え間なく時間が巻き戻されているこの国だからこそ可能な、不可視不可避の一撃。

 

 姉妹達はエンデバーが余計な事を考えている間に準備を整え、起死回生のチャンスを伺っていたのだ。

 

 わかった時には既に手後れ。

 悪あがきで身を捩らせるも半身を消し飛ばされる。

 

 姉妹達は無表情だった。

 勝利に酔うことも、情けを覚えることもない。

 執念すらも敵を欺くために利用する。

 

 力の差など関係ない。

 格上殺しの業が、そこにはあった。

 

 

 ◆◆

 

 

 半身のみとなり倒れたエンデバーは、微かに笑った。

 

「すまないな……爺の悪足掻きに、付き合ってもらって……」

 

 その言葉にクインは首を横に振るう。

 エンデバーの得物を納刀し、傍においた。

 

「爺さん……アンタは立派だった。最期まで信念貫き通して。……悪ぃ、こんな汚い勝ち方しちまって」

 

 クインは珍しく悲哀に満ちた顔をしていた。

 死神姉妹が滅多に見せない顔である。

 

 エンデバーは目元を微かに緩めた。

 

「いい、私は咎人……情けは不要だ。しかし、君達に殺された事が私にとって……最後の救いだった」

 

 静かに、しかし満足そうに息絶えたエンデバー。

 

 彼は報われたのだろうか──

 否、断じて否。

 それは相対した姉妹達が一番よく理解している。

 

 クインは立ちあがり、踵を返す。

 

「だから、人間を殺すのは嫌なんだよ……っ」

 

 傷心している妹に、姉は柔らかい声音で告げた。

 

「帰りましょう、クイン。……任務は終わったわ」

「……ええ、お姉様」

 

 死神姉妹は帰還する。

 やるべき事を果たしたから。

 

 

 哀愁の念だけが、その場に残った。

 

 


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