紅蓮の炎が爛々と煌めく。
極限まで練り上げられた生命エネルギーは一切合切無に還す破滅の閃光。
強制終焉、幕引きの一撃──その全力。
対するは無限数の魔剣を統合し製造された唯一無二の一振り。
数多の権能を丸々全て純エーテルに還元し、規格外のエネルギーを発生させる絶滅の魔神剣。
『真極・天中殺』
『終極剣エスパーダ』
互いに全身全霊。
出し惜しみせず、目の前の好敵手を倒そうとする。
剛拳と魔剣が触れ合う刹那、大和は半身を逸らして拳を引いた。
極限状態からの脱力。
サタンの必殺の魔剣が空を切る。
舌打ちしながらもサタンは破格の筋肉繊維、関節強度で魔剣をVの字に斬り返す。
しかし腋に挟まれて威力を完全に殺された。
サタンの視界が暗転する。
大和の肘から放たれた強烈なフックが顎先を掠めたのだ。
脳が揺れ、平衡感覚を失う。
笑う膝は言うことを聞かず、サタンは思わず苦笑した。
その顔面に下駄の裏側がめり込む。
埒外の闘気が既に右足に溜められていた。
大和は嗤いながらそれを解放する。
『陽の型・天中殺三式・崩天脚』
サタンは成す術なく吹き飛ばされる──筈だった。
自ら後方に回転し、威力の九割を殺す。
瞬時の閃きによる最適の回避行動。大和に匹敵する戦闘センスの持ち主は伊達ではない。
大和は焦ることなく次手へ移行する。
何故なら一割でも手応えを感じたから。
着地したサタンは瞬時に魔剣を携えるものの、鼻血を吹き出し硬直した。
一割のダメージでも凄まじかったのだ。
大和はすかさず渾身のボディーブローを炸裂させる。
最上位の武神すら悶絶させる臓腑砕きだ。
サタンの脇腹に鉄拳がめり込む。
しかしあまりの手応えの無さに大和は違和感を覚えた。
次の瞬間、大和は地面に縫い付けられていた。
まるで戦艦の様な巨大過ぎる魔剣が彼の胸に突き立っていた。
その質量は虚無空間数億個に匹敵し、大和の動きを刹那ながら止めてみせる。
綺羅星一閃。
遥か上空から降りてきたサタンは靴底で魔剣の柄尻を操作し、大和の心臓を穿たんとした。
しかし左手で刀身をキャッチされる。
全魔力、全筋力を乗せた一撃だったが掴まれれば最早無意味。
魔剣は規格外の握力で砕かれてしまう。
新たな魔剣を創造し大和の顔面に突き下ろすも、今度はギザ歯で止められ噛み砕かれてしまう。
大和は右手で改造式火縄拳銃を抜き放ち発砲した。
紅蓮の閃光がサタンを包み込むが、彼は魔剣で両断し距離をとる。
大和は巨大過ぎる魔剣を殴り飛ばし立ち上がった。
地に背中を付けられたのが余程気に食わなかったのだろう、眉間に皺を寄せ改造式火縄拳銃を連射する。
サタンは距離を詰めるべく駆けた。
正確無比な射撃を半月を描く形で避けていく。
その際、地面に突き刺さっている魔剣を弾き飛ばし牽制に用いた。
大和は空いた手でヌンチャクを取り、迫り来る魔剣を叩き落とす。
しかし距離は詰められた。
疾駆した走力と全身の筋力の乗った切り上げが大和を襲う。
彼は咄嗟にヌンチャクを絡めて魔剣を無効化した。
が、魔剣そのものが意思を持つかの様に変形して大和の頸動脈に伸びる。
直角に折れ曲がり死角に伸びた魔剣の切っ先──
瞬間、サタンは無理矢理側転させられた。
何か見えないものに足元を掬われたのだ。
超極細の鋼糸。
大和の周囲に既に張り巡らされていた。
両手が塞がっている大和は、なんと前歯の先端でソレを操っていた。
無防備になったサタンに銃口が突きつけられる。
放射された超密度の闘気を、サタンは魔力を全開放することで和らげた。
しかし完全には殺しきれない。全身から血煙を吹き上げる。
大和は容赦なく追撃を浴びせようとした。
しかしサタンの顔を見て不覚を悟る。
彼は、嗤っていたのだ。
「最初で最後のチャンスだ」
大和の全身に漲っていた闘気が霧散する。
至るところに切創が奔り、鮮血が迸った。
漆黒の巨体がぐらつく。
大和は意識を保ちながら、サタンの謎の攻撃を解明した。
視認どころか知覚すらできない、素粒子より尚小さい魔剣の大群。
限界まで小さく研ぎ澄まされた無量大数の魔剣は、一斉に射出される事でその真価を発揮したのだ。
致命傷だが、大和は決して倒れない。
サタンの顔面に渾身の右ストレートを叩き込む。
無防備に貰ってしまったサタンは遥か彼方に吹き飛ばされたが、次の瞬間大和の背後に立っていた。
彼の背後に突き刺さっていた魔剣と己の位置を入れ換えたのだ。
魔剣はサタンの一部であり、サタンは魔剣そのもの。
サタンは吠えた。
狂喜のままに──
「大和ォォォォッッ!!!!」
呼ばれた大和は血を噴き出しながらも振り返り、笑顔で拳を振りかぶる。
「サタァンッッ!!!!」
互いに最後の一手。
骨肉を断つ音と身体の芯を砕く音が、同時に響き渡った。
◆◆
二人は同時に倒れた。
そんな彼等を支えたのは、各勢力の面々だった。
黄金祭壇のNo.1。世界最強の魔導師エリザベス。
そしてサタンの忠実なる僕達、七大魔王。
大和は柔らかい魔力に包み込まれ、ゆっくりとおろされる。
エリザベスは大和を膝枕すると、苦笑いを浮かべた。
「馬鹿は何億年経っても治らないわね……大和」
「エリザベスか……サンキューな、世界を維持してくれて」
「いいのよ。それが仕事だもの」
先の闘争で無限数の虚無空間──即ち最上位の世界、終点に深刻なダメージが刻まれた。
しかしエリザベスなら修復できる。
「それより、こんなになるまで喧嘩して……心配させないで頂戴」
慈しみをもって大和の頬を撫でるエリザベス。
大和は飼い猫の様に目を細めた。
「暗黒のメシアも、心開いた女には隙を晒すか……」
サタンは苦笑する。
彼もまた配下達に支えられていた。
「まずは礼を言おう。我が好敵手との闘争を支えてくれてありがとう、エリザベス」
「貴方に礼を言われる筋合いは無いわ」
「フッ……それと大和、お前の武具を製造した鍛冶師に伝えておいてくれ。素晴らしい武具だと」
「ハッ……魔剣帝に誉められたのなら、アイツも喜ぶだろうよ」
互いに笑う。
サタンは大きな魔方陣に包まれながら告げた。
「再び合間見える時まで負けるなよ、大和。……お前の無敗伝説を終わらせるのは誰でもない、この俺だ」
「そっくりそのまま返すぜ、サタン」
「ククク……またな、好敵手」
「おう」
簡素な別れだった。
サタン達が魔界に帰還すると、エリザベスは指を鳴らす。
大和を連れで黄金祭壇の本部、自身の寝室へと転移したのだ。
特大のベッドの上で、エリザベスは変わらず大和の頬を撫でていた。
「服は元通りにしたけど、身体はそうはいかないわ。暫く安静にしてなさい」
「いや、いい。帰って寝てれば治る」
「駄目よ」
エリザベスは大和の頬を両手で包み込む。
そして柔らかな笑みをこぼした。
「いい機会だからゆっくり休んでいきなさい」
「……わぁったよ」
大和は全身の力を抜く。
エリザベスはやれやれと肩を竦めながらも、愛おしそうに彼の頭を撫で続けた。
世界の存亡に関わる一騎討ちは、こうして静かに幕を下ろした。
《完》