前編
深夜、完全安全地帯こと「大衆酒場ゲート」にて。
何時も通り多種多様な客人達で溢れ返っている中、テーブル席で少女漫画を読み耽っている三人の美少女がいた。
ふと、褐色銀髪の美少女が顔を上げる。
彼女は真紅の瞳を濡らして言い放った。
「いいなぁ……僕もこんな風にトキめいてみたい!!」
アホ毛をピチピチ揺らす彼女は、童顔ながらもボンキュボンのナイスバディをしている。
チャック全開の漆黒のライダースーツ、その胸元から見える豊満な谷間は男の劣情を否応なしに誘うだろう。
しかし男達は声をかけない。
何故なら彼女を認識できていないから。
這い寄る混沌。邪神群の誇る最強最悪のトリックスター。
ニャルラトホテプこと、ナイア。
彼女は少女漫画の内容に夢中になっていた。
端から見れば年頃の女の子に見えなくもない。
「この漫画に出てくる執事くん! もう完璧っ!! いいなぁいいなぁ! 僕も「お嬢様」って呼ばれたい!! 大和に執事服着てもらって奉仕して貰いたい!! 甘やかされたい!!」
欲望だだ漏れな彼女に微妙な眼差しを向けるのは、給仕服を着た金髪の眼鏡美少女。
父親譲りの灰色の冷たい双眸を細めている。
彼女──元・世界最強の妨害屋、黒兎は呆れ混じりに言った。
「あの人に執事プレイは無理でしょう。大金積んでも絶対にしませんよ」
「だからこそだよ!! してほしいっ!! 絶対似合うもん!! 何より「お嬢様」って言って貰いたい!! キュン死したいぃぃぃっ!!」
妄想を拗らせているナイアに黒兎はやれやれと肩を竦める。
この二人、相性が悪い様に見えて実はかなり良かったりする。
すると、反対側に座っている金髪灼眼の美少女が囁いた。
口元を漫画で隠しながら、恥ずかしそうに。
「私も、ネメアさんにして貰いたい……かも」
彼女の名はスレイ。
大和の弟子の一人であり、焔を司る旧支配者クトゥグアの実娘である。
ナイアは瞳をキラキラと輝かせた。
「スレイちゃん! 同士よ!! やっぱり好きな人に一回は「お嬢様」って呼ばれたいよね!!」
「その……ネメアさん、意中の人とかいなさそうだから……少しだけ独占したいなぁ、って」
「共感度Max!! 好き!! スレイちゃんのそういうところ好き!!」
ナイアは彼女を抱き寄せよしよしと頭を撫でる。
スレイは顔を真っ赤にしていた。
驚いている黒兎に、ナイアは問う。
「黒兎ちゃんはどう? ネメアに「お嬢様」って呼ばれて甘やかされたくない?」
「…………」
黒兎の脳内で静かに、しかし急速に妄想が膨らんでいく。
『お嬢様、お手をどうぞ』
『口の端にクリームがついていますよ、じっとしててください』
『お嬢様は本当に甘えん坊ですね……いいですよ。このまま抱き締めています』
「…………」
黒兎は無言で眼鏡を押し上げる。
そしてレンズを輝かせ、告げた。
「素晴らしい」
「でしょでしょ!? よっしゃーこうなったら否応なしで二人に執事して貰うもんね!!」
「しかし、できるのでしょうか?」
「あの二人に干渉するのは不可能でしょうし……正直にお願いするしか」
「いーや! あの二人は絶対嫌だって言う! 僕らが幾ら駄々こねても絶対に譲らない! だからこの世界の法則を変えてやるー!!!! ニャルさんに任せとけぇぇぇぇ!!!! ちょっと時間かかるけど必ず夢を叶えるからぁぁぁぁ!!!!」
完全マジモードになったナイアは世界の改竄術式を早速編みはじめる。
黒兎とスレイは慌てて参加した。
「私もお手伝いします……!」
「私も……微力ながら!!」
「ありがとう……絶対三人で夢を叶えるんじゃーッッ!!!!」
烈火の如き気迫で複雑怪奇な術式を構築していく三名。
そんな彼女達に声がかかった。
「フッ、お困りの様だな」
「面白いことをしとるのぅ」
「お話、聞かせて貰ったよ」
振り返ったニャルは驚愕で目を丸めた。
「なっ……君たちは!!」
そこにいたのは、這い寄る混沌すら驚愕させる面々だった。
「北欧の古式魔導に精通し」
「神々の権能を魔導に落とし込み」
「アカシックレコードへ干渉できる……」
「「「我々の力が必要なんじゃないか?」」」
神滅狼フェンリル。
魔戦姫バロール。
堕天使の長ウリエル。
三名の
◆◆
ナイアは戦慄しながら、慎重に言葉を選ぶ。
「……一人五分、一回限りの交代制で手を打たないか?」
「妥当だな」
「いいぞ」
「僕は構わないよ♪」
「よし! それでいこう! 皆手伝って!」
超越者三名の加入は凄まじく、急速に世界改編の術式が編み上げられていく。
そして、遂に完成した──
「よっしゃー!! できたー!! それじゃあ早速!!」
術式を起動した瞬間、ナイア達は眩い光に包まれた。
◆◆
「…………」
「…………」
大和とネメアは大衆酒場ゲート──に似た別空間に召喚された。
しかも、執事服を着ている状態で。
大和は思わず呟く。
苦虫を口一杯噛み潰した様な面で。
「めちゃくちゃ嫌な予感がするんだが……」
「同感だ。凄まじい茶番に巻き込まれた気がする」
脱ごうにも脱げないネクタイに苛立ちながらも、大和は後ろに振り替える。
凄絶なドヤ顔をかます超越者達がいた。
彼女達を代表して、ナイアが告げる。
「僕たちを満足させるまで帰れません!! ドキドキ!! 執事プレイコーナー!!」
「…………うわぁ」
思わず声を上げてしまう大和であった。