「ヤバい、ダルすぎてゲロ吐きそう」
「落ち着け、吐くなよ?」
顔を真っ青にしている大和の背中を擦りながら、ネメアは現状を冷静に分析しはじめる。
「まず、俺達はアイツらの創造したワケのわからん空間に幽閉された。OK?」
「おーけー」
「面子が面子だ、術式の強度的に自力で脱出するのは不可能。だからアイツらの要望を叶えるしかない。大丈夫か?」
「ヤバい……無理、帰りたい」
「落ち着け大和、現実逃避するな」
弱っている大和を必死に慰めながら、ネメアは告げる。
「俺は黒兎とスレイを注意する。だからお前はナイアと七魔将の面々をどうにかするんだ」
「ふぇぇっ」
「頑張れ、お前ならいける。さっさとこの馬鹿げた茶番を終わらせるぞ」
「…………おう」
大和はフラフラと魔女達の元に歩いていく。
一度、ネメアに振り返った。
「……逝ってくるわ」
「……ああ」
ネメアは複雑な心境で友の背を見送った。
◆◆
「ふぅぅ……覚悟は決まったぜ」
大和は何時もの凛々しい顔立ちに戻ると、髪をかきあげる。
「いいぜ来いよ、お前ら全員満足させてやる」
完全執事モード(?)に入った大和の最初の敵は、氷の女王こと神滅狼フェンリルだった。
「ふむ、そうてなくてはな大和。この茶番を終わらせたくば、我らを全員満足させてみろ」
「……」
「最も、私と同じ生来の捕食者であるお前の給仕などたかが知れている。せめて暇潰しにでも……」
傲慢に嘯いているフェンリルに、大和は深く頭を下げた。
驚いている彼女に、顔を上げて微笑んでみせる。
「それで、お嬢様。私は何をすればよろしいですか?」
後光が見えた。
完璧完全に執事になりきっている。
フェンリルは青みがかかった銀色の狼耳をピンと立てた。
一度咳払いすると、上擦った声で告げる。
「そ、そうだな……まずは髪や身嗜みの手入れをしてもらおう。粗相があれば許さんぞ?」
「かしこまりました」
大和は嫌な顔一つせず作業に没頭する。
フェンリルの青みがかかった銀色の長髪を丁寧に櫛ですき、純白のコートを整えた。
「ふ、ふん……まぁまぁだな。合格点をくれてやらんでもない」
そう言いながら、フェンリルは狼耳をピコピコ動かしていた。
頬は朱に染まっている。
「……執事ぷれい、だったか? 中々いいな。唯一ツガイと認めた雄にこうして奉仕して貰うのは……うむ、悪くない」
一見冷静そうに見えてデレデレなフェンリル。
彼女の様子を見ていたウリエルとバロールは毒を吐いた。
「氷の女王(笑)」
「ニヤけとるぞ口元が、全く情けない」
「だ、黙れ貴様ら!! なら私の立場になってみろ!!」
フェンリルはこれ以上醜態を晒さないために、早々にバトンタッチした。
◆◆
「次は僕だね♪ 大和の執事姿は新鮮だから見れただけで満足だけど……どうせなら楽しんじゃおうかな?」
桃色のショートヘアを揺らして、薄い褐色肌の堕天使は淫靡に微笑む。
彼女の座るテーブル席にはパンケーキが置いてあった。
「定番中の定番、あーんしておくれよ♪」
「かしこまりました」
大和は営業スマイルで対応する。
ウリエルの対面に座ると、パンケーキを一口サイズに切って食べさせた。
「あーん」を忘れない。
ウリエルは本当に嬉しそうにパンケーキを食べた。
「美味しい美味しい♪ でも、僕は素の大和の方が好きかなぁ……荒々しい男っぽさが好き♪」
片目を閉じて言うウリエルに、大和は顔を寄せる。
そして口の端に付いている生クリームを舐め取った。
「素の俺のほうがいいのか? このスケベ堕天使め」
獰猛な笑みを向けられ……ウリエルは鼻血を吹き出した。
「ギャップ萌え……これは、たまらないね……ッ」
醜態を晒すウリエルに、フェンリルとバロールがすかさず毒を吐く。
「鼻から吹き出す無限熱量ww」
「ムッツリすぎワロタww」
「お前ら煽りスキルたけーなおい」
大和がツッこむと、ウリエルはふらふらと立ち上がった。
そしてバトンタッチを申し出る。
「僕はもう……満足だ。次、いいよ」
◆◆
三番目は極西最強の邪神、大和の師の一人であるバロールであった。
「そうじゃな……肩でも揉んでくれぃ」
「かしこまりました」
大和はバロールの結われた濃紺色の髪をずらし、肩を揉む。
予想以上に凝っていた。
「敬語はいい。お主には合わん」
「……わーったよ」
「うむうむ♪ よいぞよいぞ。……気分がいい、昔話でもしようか」
バロールは一人語りはじめる。
「儂は昔、お主を従者にするつもりだったんじゃ。しかし、お主は儂の懐に収まる器ではなかった」
「……」
「だか、あれだけ情熱的に愛されて、別れを告げられた女の気持ちにもなってみよ。儂の肩凝りの原因でもあるこの大きな乳房、お主が育てたのじゃぞ?」
意味深な流し目を向けられ、大和は苦笑した。
「何だ? 言って欲しいのか? 愛してるって」
「聞かせよ」
「愛してるよ……この濃紺色の肌も、邪悪な瞳も、我が儘な性格も。総て」
「……ふふふ、そうか」
バロールは微笑み立ち上がる。
そして大和の頬にキスした。
「儂も愛しておるよ……弟子としても、一人の男としても」
バロールは踵を返す。
そして元居た場所に戻っていった。
◆◆
最後はナイア……そう、あのナイアだ。
大和は腹をくくるが、突如として空間が元に戻る。
大衆酒場ゲートの外に放り出された。
「んん? なんだぁ?」
元の世界に戻ってきた大和は「はて」と首を傾げる。
同じく戻ってきた七魔将の面々は苦笑した。
「潮時だな……まぁ、楽しかったぞ。今度は二人きりで逢引きしよう」
「じゃあね大和。また今度♪」
「何時でも会いに来い。呼んでもいいぞ?」
三名は転移魔方陣で消えていった。
それを見送った大和は疑問に思いながらも振り返る。
正座させられているナイアと黒兎、スレイがいた。
ネメアが説教している。
ナイアは元の姿になった大和を見て泣き叫ぶ。
「あーッッ!!!! ほらぁ!! ネメアがお説教してる間に術式解けちゃったァ!! どうしてくれるのさァ!!」
「そういう問題じゃないだろ」
「ふぎゃ!!!!」
拳骨を落とされ悲鳴を上げるナイア。
黒兎とスレイは反省している様で、シュンとしていた。
ネメアは大和に親指を立てる。
大和も満面の笑みで親指を立てた。
次にナイアに絶対零度の眼差しを向ける。
「暫く喋りかけんな。テメェの顔は見たくねぇ」
「び……びえええええん!! そんなァァァァ!! 大和ごめんよォォォォ!!!! お願いだから嫌いにならないでェェェェっっ!!!!」
ガン泣きして抱き付いてくるナイアをふり払おうとするも、大和はふと思い返した。
(そういやぁ、フェンリル達はいい思いしたのにコイツだけ何もなかったな…………まぁ、少し可哀想か)
大和はオンオン泣き叫ぶナイアを抱き寄せ、頭を撫でる。
「しゃあねぇなぁ……これからは気ぃ付けろよ」
「!!!!」
「オラ、慰めてやるから付いてこい」
「びえええええん!!!! 大和ありがとォォォォ!!!! 大好きィィィィ!!!!」
「あークソ、鼻水付けんなよ汚ぇな」
ナイアを腕に引っ付けたまま、大和は摩天楼の中へと消えていった。
ネメアは「甘いな」と、腕を組んで見送った。
《完》