Villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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三話「修業の成果」

 

 

 早朝。

 快眠できた銀杏は意気揚々と小滝へ向かっていた。

 冷水を浴びて心身共に清潔にしようとしているのだ。

 

(今日はどんな修業内容なのでしょう。私はまだ強くなれる? 今でも十分なのに? ……ふふふふ♪ 凄いです♪)

 

 鼻唄を歌いながら衣服を脱ぎ、裸一貫となる。

 修業内容に夢を膨らませながら水場に足を付けると、呆れ混じりの声が何処からともなく聞こえてきた。

 

「まだ入ってるぞ」

「……!!!!」

 

 裸体の大和がいた。

 先客がいたのだ。

 

「~ッッ、ももも、申し訳ありませんっ!!」

 

 慌てて背を向ける銀杏。

 あわあわと赤面している彼女に、大和はやれやれと肩を竦めた。

 そして小滝から出る。

 

「寝惚けてんのか、天然なのか……まぁいい。軽く朝食を取ってから修業を始めるぞ。俺は支度してくる」

 

 タオルで身体を拭き、木小屋へと戻っていく大和。

 その背を潤んだ瞳で見送った銀杏は、ふと思い返した。

 

(大和さんの……あれ……凄く大きかったな……)

 

 その後、顔から湯気を吹き出す。

 そして滝の水を頭から浴びた。

 

「煩悩退散、煩悩退散……っ!!」

 

 銀杏、意外にムッツリスケベだった。

 

 

 ◆◆

 

 

 軽い朝食を取った後、小休憩を挟んで二名は修業場で相対していた。

 

 銀杏の顔は真剣そのもの。

 ムッツリ気質とはいえ、根は真面目な子。

 切り替えができる。

 

 大和もわかっているので、そこら辺は心配していない。

 彼は横に突き立っている木刀を銀杏に投げた。

 

「お前は剣士だ。操身方を剣技に組み込まなきゃなんねぇ。……剣身一体。剣を己の手足の延長線だと思え。できるな?」

「はい!!」

 

 張り切って頷く銀杏。

 剣身一体もまた高等技術、やれと言われてできるものではない。

 天才と呼ばれる剣士でも半生を費やして漸く体得できるかどうかの、剣士の極意の一つだ。

 

 しかし銀杏は披露してみせる。

 先日教えた操身方をいとも容易く得物に染み込ませる。

 天才ならではの出鱈目ぶりだ。

 

 戦闘センスだけなら朱天を越えているなと、大和は微笑んだ。

 

 ある程度慣れてきて、完全に剣身一体を体得した銀杏を大和は止める。

 そして頭を優しく撫で上げた。

 

「よし、剣身一体も体得したな。いい感じだ。流石俺の弟子」

「えへへーっ♪」

 

 銀杏は顔を弛緩させた。本当に嬉しそうにしている。

 大和は頷くと、午前中の修業の本命へと入った。

 

「次は操身方の応用だ。難易度が一気に跳ね上がる。……覚悟はいいか?」

「勿論です!!」

 

 銀杏は元気よく頷いた。

 

 

 ◆◆

 

 

「お前は観察眼が抜群に優れている。あーだこーだ教えるより見せた方が早い」

 

 大和は物干し竿に白布を一枚かける。

 そして木刀を握った。

 

「この木刀でそこに掛けた布を斬る。……今のお前にできるか?」

「……できません」

 

 そもそも、木刀には斬れ味がない。

 斬る、という事が不可能だ。

 操身方を以てしても叶わない。

 

 しかし、大和は言う。

 

「よく見とけ、操身方の応用だ」

 

 木刀を下げ、構える。

 一瞬の脱力の内──刹那に振り抜いた。

 あまりの速度に、銀杏は目を丸めた。

 

 遅れて白布が一文字に裂ける。

 神業──としか呼べなかった。

 

 大和は木刀を肩に乗せ、説明する。

 

「脱力からの全開、一から百を刹那の間に行う事で発生する力の爆発──これが操身方の第二段階だ。攻撃の威力が絶大になることもそうだが、何より特筆すべきは速さと応用性。一瞬で最高速に達するから相手には消えた様に見える。そして振れ幅を調整すれば……可能性は無限大だ」

「っ」

 

「基本を忘れるな。基本から成り立つ応用だ。織り混ぜていけ!」

「はいっ!!!!」

 

 銀杏は戦意を迸らせ、木刀を握った。

 

 

 ◆◆

 

 

 武に天稟を誇っている銀杏でも、この技の修得は困難を極めた。

 何せこの技は武の深奥の一つ……世界最強の武術家達でも未だ鍛練を重ねている超高等技術なのだ。

 

 銀杏は最初こそすっ転び、額を地面にぶつけていた。

 最小の脱力からの最大の開放……言葉にすれば簡単だが、実践すると難しい。

 

 そもそも脱力が難しいのだ。

 これで相手がいるともなれば難易度は跳ね上がる。

 

 しかしながら、銀杏は修得していく。

 仮想の敵を想像し、限りなく実戦に近い演舞を続けていく。

 仮想の敵は決して弱くない。大和には見えていた。

 

 だからこそ微笑む。

 銀杏のストイックな姿勢に感心していた。

 

 昼食も忘れて修練に励む彼女を、大和はずっと見守っていた。

 そして完成する……驚くべき練度で。

 

 銀杏はあらゆる体勢から、全ての剣にこの技を乗せられる様になっていた。

 驚くべき事実である。剣技のみであれば既に超越者の域だ。

 

 後は実戦を積むだけ……しかし彼女であればどんな相手にも対応し、進化していくだろう。

 余程力の差が無ければ……

 

 彼女に教える事も残り一つとなった。

 西日が沈み、景色が橙色に染まる中……大和は唐突に告げる。

 

「応用編も完璧だな」

「はい!!」

「じゃあ最後の鍛練だ。組み手をするぞ」

「……え?」

 

 銀杏は呆気に取られてしまった。

 

 

 ◆◆

 

 

「ま、待ってください!!」

「ん?」

「最後の鍛練って、どういう意味ですか!?」

「そのままの意味だが?」

「っ」

 

 戸惑っている銀杏とは対照的に、大和は木刀を握る。

 そして彼女と相対した。

 

「不満げだな」

「当たり前ですっ!! 私はまだ!!」

「お前に教えるべき事は全て教えた。残すは仕上げのみだ」

「っっ」

 

 大和の言葉の意味が、銀杏にはさっぱりわからなかった。

 戸惑いのあまり、深緑色の双眸には涙が浮かんでいる。

 

 大和はそんな彼女に問うた。

 

「俺はお前に最初、選択しろと言ったな。矜持を取るか力を取るか、と」

「……はい」

「お前は力を取った。だが俺は……一度でもお前に矜持を「捨てろ」と言ったか?」

「……!!!!」

 

 驚愕している銀杏に、大和は笑いかける。

 そして木刀を構えた。

 

「今ならできるんじゃねぇか? 鬼の戦い方が。正面から相手を叩き潰す喧嘩闘法が」

「~~~~ッッ」

 

「矜恃があってこその強さだ。……来い銀杏!! 鬼の戦いぶり、魅せてくれよ!!」

 

「……はいっ!! 参ります!! 師匠ッッ!!」

 

 銀杏は万感の想いを胸に突撃した。

 

 

 ◆◆

 

 

 時間にして30分。

 銀杏にとって濃密過ぎる時間だった。

 歓喜の連続だった。何せ戦えるのだ、矜持に則って。

 

 操身方の基本を抑えた事で思うように身体が動き、応用によって全ての斬撃に絶大な威力が乗る。

 更に重要な場面で回避と脱力を合併すれば、あの大和を騙すことができた。

 

 戦える……戦えるのだ。

 銀杏にとってこれ以上の喜びは無かった。

 

 最後は盛大な駆け引きの末、銀杏が大和の首筋に木刀を当てた。

 

 一本取ったのだ。あの大和から……

 手加減されていたとは言え、思わず放心してしまう。

 そんな彼女の頭を大和は優しく撫で上げた。

 

「もう完璧だな」

 

 夕陽を背に、彼は笑う。

 本当に嬉しそうに──

 

「免許皆伝だ、胸を張れ。……お前は俺が認めた鬼の戦士だ」

「……~ッッ、ありがとう、ございます。本当にっ」

 

 銀杏は顔を俯ける。

 今、彼女は歓喜以上に溢れんばかりの恋慕の念を覚えていた。

 

(……ズルいです、師匠。……こんなの、鬼じゃなくても好きになってしまいます……ッ)

 

 銀杏の顔は夕焼けより真っ赤だった。

 

 

 

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