大衆酒場ゲートにて。大和はゆっくりと寛いでいた。
彼は何時ものカウンター席では無く、団体用のテーブル席に座っている。
理由は両脇に侍る女達だ。
「大和ぉ……はやくホテルいかない?」
猫なで声を上げて、金髪碧眼のエルフが大和にしなだれかかる。
薄いシャツから豊満な乳房が零れそうだった。
ウェーブのかかった金髪は生来のものであり煌びやか。
陶磁器の如き白い肌は興奮で桃色に染まっている。
「むぅ、本当は私が大和と楽しむ予定だったんだ。図々しいぞ」
反対方向で、銀髪赤目のダークエルフが頬を膨らませていた。
エルフと同じく私服姿で、長いポニーテイルを揺らしている。
豊満な乳房を窮屈そうに揺らしながら、女性特有の甘ったるい香りをふり撒いていた。
剣呑な様子の彼女達に、大和は妖艶に笑いかける。
「喧嘩すんなよ。後でまとめて可愛がってやるから──」
抱き寄せられ、低い声で囁かれる。
それだけで女達は表情を蕩かせた。
そんな三名の前に、ウェイトレスの美女がやって来た。
金髪碧眼のカウガール。以前、大和が口説いた女性だ。
彼女は一瞬複雑そうな表情をしたが、次には明るい笑顔を作る。
「いらっしゃいませー! ご注文伺いますよ~♪」
「ん? じゃあ──おすすめのラムを三本。後はドライフルーツの盛り合わせ」
「かしこまりました! 少々お待ちくださいねーっ」
踵を返すウェイトレス。
その背に大和は声をかげた。
「おい。追加の注文、いいか?」
「はい! 何でしょう?」
ウェイトレスは振り返る。
大和は懐から小紙を取り出し、ウェイトレスに差し出した。
ウェイトレスは半信半疑で受け取る。
小紙には──電話番号が記載されていた。
大和の携帯番号だ。
「その気があったら何時でもかけてきな」
「あっ……えっと、そのっ」
突然の申し出に戸惑うウェイトレス。
驚き半分、嬉しさ半分と言ったところだろう。
大和は甘い声音でささやいた。
「可愛がってやるからよぅ」
「……~っ♡」
ウェイトレスは顔を真っ赤にする。
彼女は両手で小紙を包み込み、嬉しそうに去って行った。
その背に大和は柔らかい笑みを向けていたが──両脇の女達は唇を尖らせている。
「大和のばかっ」
「全く、節操が無いのは相変わらずだな」
「そう怒んなって……今夜はたっぷり相手してやる」
「……満足させてくれなきゃ、許さないからねっ」
「期待しているぞ」
二名は大和に体重を預ける。
そんな彼女達の頭を、大和はくしゃりと撫で上げた。
◆◆
一方、カウンター席では純白のスーツを着た大男──右之助が、大和の様子を見ながらニヤニヤ笑っていた。
彼は紫煙をくゆらせながら、店主に問いかける。
「へいへい店主さん、雇ってるウェイトレスが例の女っ垂らしに口説かれてますよ。注意しなくていいんですかぃ?」
茶目っ気たっぷりの質問に、店主である金髪の偉丈夫──ネメアは眉を顰めた。
彼は広げた新聞から視線を外さず、ぶっきら棒に返す。
「知らん。警告はしてる。アイツに関わるとロクな事にならんぞ──と。それでも関わるんなら、後は自己責任だ」
「カッカッカ、厳しいねぇ!」
ネメアは大笑いする右之助にジト目を向けた。
「右之助、お前もアイツの事は言えないぞ。お前には四人駄目にされた」
「ありゃ? 俺を棚上げする? よせやい。寄ってきたのは女のほうだ」
「変わらんだろう。アイツと」
ネメアは溜息を吐く。
右之助は肩を竦めた。
「アレと一緒にすんなっての。見ろよ、女共がまるで花に寄ってたかる蝶みてぇだ」
「蝶とは、また随分綺麗な例えだな。砂糖に群がる蟻みたいなものだろう」
「うっは、心痛。……ネメア、お前女が嫌いなのか?」
苦笑する右之助に、ネメアは鼻を鳴らす。
「好きではないな。特にこの世界の女は……誰にでも股を開く」
「その単純さがいいんじゃねぇか」
「……」
「ふむ……」
ネメアの不機嫌そうな横顔を拝んだ右之助は、一つ質問する。
「なぁネメア」
「何だ」
「お前もしかして……ゲイか?」
「ぶっ殺すぞ」
「ありゃ、違った?」
「出禁にするぞ」
「すんません」
鋭い眼光を伴った碧眼に射貫かれ、謝る右之助。
平謝りだったが、ネメアはそれ以上追求しなかった。
面倒臭いのだ。
「……ところで、右之助」
「あん?」
ネメアは新聞を畳み、頬杖をつく。
彼の雰囲気が変わったので、右之助は首を傾げた。
「最近、大和に殺し屋が雇われたらしい。……誰か心当たりはないか?」
「いやぁ、全然」
素知らぬフリをする右之助。
実は知っているのだが、彼もプロである。
仕事に関わる情報は容易に出さない。
対して、ネメアは残念そうに肩を竦めた。
「そうか、残念だ。最近、東区のみで製造されている幻の芋焼酎を手に入れたんだが……他の奴に振る舞うか」
「オイオイそりゃ無いぜ。ちょいタンマ。話し合おう」
「やっぱり知ってるんだな」
右之助の狼狽ぶりを見て、ニヤリと笑みを浮かべるネメア。
「お前はそんじょそこらの情報屋より顔が広いからな」
「褒めてるつもりか? アア?」
「で、返事は?」
しばしの沈黙の後、右之助はくぐもった声で言った。
「……ほんの一部の情報しか流せねぇ、こっちも商売だからな」
「十分だ」
「……後、その芋焼酎は全部俺が飲む。完全に予約したからな、誰にも渡すなよ。特に大和には!」
「はいはい」
急に子供っぽくなった右之助にネメアは苦笑する。
右之助は大きな溜息を吐くと、小声で喋り始めた。
「本当に、極一部の情報しか渡せねぇからな」
「構わん。俺としては、その殺し屋に理性があるか、無いか、それだけが知りたいんだ」
「……ハァ? 何でそんな事」
「店で殺し合いをされたら困る。理性の無い奴なら、暫く大和を出禁にする」
「成程」
右之助は顎を擦った後、苦笑した。
「出禁にしたほうがいいかもな」
「ありがとう。助かった」
「芋焼酎は後でいいぜ。先に話付けてきな」
「ああ」
ネメアは立ち上がり、大和の元へ向かう。
しかし──少し遅かった。
例の殺し屋は、既に店内に入って来ていた。
紺色の浴衣が揺れる。
細身ながらも鍛え抜かれた肉体。
垂れ流された黒髪の合間から見えるのは、紺碧の双眸。
鎌鼬の
彼は大和の席の前で立ち止まる。
周囲の客人達は何事かと振り返った。
大和は侍る女達を立ち退かせる。
そして、その灰色の三白眼を嫌悪によって細めた。
疾風は丁寧に告げる。
「お久しぶりです。貴方を殺しに来ました──師匠」
「政治家に雇われた殺し屋、まさかテメェとはな……剣技を叩き込んだ恩義を忘れたか、クソ弟子」
両者は睨み合う。
膨れ上がる殺気は、酒場にいる客人達を心底恐れさせた。
師弟同士の殺し合いが、始まろうとしている。