大和は二名の亜人を見定める。
そして嗤った。
「どっちも超越者か……。成る程、第三帝国が超越者を集めてるって噂は本当らしい」
店内がどよめく。
そんな中、虎の女亜人──ブルームは愛想笑いを浮かべた。
「まぁ、そこら辺はおいおい……な。で、俺達の用件なんだけどよ」
ブルームはチラリと相方を見やる。
狼の男亜人──彼は深く頭を下げると、純白の手袋を脱いで大和に手を差し出した。
「派遣師団隊員、エッジと申します。悪魔王サタンとの激闘には心打たれました。お会いできて光栄です」
真摯な挨拶に大和もこたえる。
ブルームは苦笑した。
「本当は俺一人で来る筈だったんだが、コイツがどうしても旦那に会いたいって言うこと聞かなくてよ。そしたらコイツ以外にも挙手しはじめて……もう大変だったぜ」
「何だ、ネオナチで俺のファンクラブでもできそうな勢いか?」
大和は冗談で言ったのだが、ブルームは真顔で答える。
「いや、もうできてるぜ」
「……はぁ?」
「旦那ぁ……アンタ自分の影響力を理解したほうがいい。アンタは暴力のカリスマだ、ネオナチじゃあスーパースター扱い。熱心に崇拝してる奴もいる。ファンクラブなんて今更だぜ」
「……うげぇ」
「ちなみに俺はファンクラブ会員No.34。二桁クラスは結構レアなんだぜ? エッジもサタンとの一戦で旦那の大ファンになっちまったんだよ! な! あとメアド交換しようぜ! 他の女隊員達との約束もあってよぉ!」
ひとしきり言い終わった後に大和がドン引きしている事に気付いたのだろう。
ブルームは咳払いで誤魔化す。
「と、前置きはここまでにして……旦那に話がある」
ブルームは真剣な表情で告げた。
「俺達ネオナチスは第五終末論……世界蹂躙の準備を「一段階」終わらせた。今夜はその祝祭だ。旦那には是非来て貰いたい。総統閣下直々の招待状だ」
ブルームが差し出した一通の手紙に、大和は三白眼を細めた。
◆◆
「いいのかよ。こんな所でそんな告白して」
「これも総統閣下の命令でな。大衆酒場ゲートの店主、ネメアの前で告知しろって」
「大胆不敵なこって」
大和が振り返ると、ネメアは頭を押さえていた。
苦笑しつつ、彼はブルームから手紙を受け取る。
そして早々に告げた。
「いいぜ、行ってやるよ」
「……マジかよ旦那!」
飛び上がるくらい喜んでいるブルーム。
騒然としている周囲を余所に、大和は笑う。
「久々にアイツの顔が見たくなった。色々と聞きてぇ事もあるし……なぁ、いいだろうネメア」
振り返ると、ネメアはこめかみを押さえていた。
「止めても行くんだろう」
「まぁな」
「好きにしろ……俺はお前を信じている」
「ククク。ああ、信じておけ」
「全く……」
溜め息を吐くネメア。
大和はブルーム達の前に立った。
「そんじゃあ、案内してもらおうか?」
◆◆
大和達が去った後、ゲート店内は右往左往の大慌てだった。
先程のブルームの発言はネオナチスの宣戦布告……第三次世界大戦を示唆するものである。
慌てない方がおかしい。
電子機器や魔術通信を媒体に急速に情報が広まっていく。
もう一時間しない内にデスシティ全土に広まり、今夜中には世界中で情報共有がされるだろう。
世界を揺るがしかねない一大事を目の当たりにしても尚、店主ネメアは落ち着いていた。
セブンスターを咥えて新聞を読んでいる。
そのあまりの落ち着きぶりに、流石の野ばらも肩を竦めた。
「余裕そうね」
「まぁな」
ネメアは新聞から目を離さずに告げる。
「俺は今のところ『ただの酒場の店主』だ。アイツらがどう動こうが関係ない」
ただ……そう言って顔を上げる。
その黄金色の瞳に宿る憤怒の念に、野ばらは一瞬震えた。
「あまりに調子に乗るようなら叩き潰す……営業妨害になるからな」
ネオナチは眠れる獅子を意識させたのだ。
それがどれほど恐ろしい事なのか……
ソロモンは理解していて、ブルームに告知させたのだろう。
野ばらは改めて思う。
ネオナチは危険な組織だと。
ここで、側にいた黒兎がネメアに聞いた。
「あの、ネメアさん……本当に大丈夫でしょうか?」
「何がだ?」
黒兎は表情を曇らせる。
「糞親父…………こほん、父さんが、ネオナチに入団するなんて事は」
「無いな、断言できる」
「……何故でしょうか?」
純粋な疑問に、ネメアは目を丸めた。
彼女は実の父親の事をあまり知らないのだ。
ネメアは困った顔をすると、丁寧に説明しはじめる。
「黒兎、アイツは誰の下にも付かない。過去、如何なる存在でもアイツを従える事はできなかった。邪神群の王すらも……アイツは縛られる事を極端に嫌う。誰かを縛る事も。……自由を愛しているんだよ」
「……」
「アイツの在り方を言葉にするのは、中々難しい。だから黒兎……徐々でいい。アイツを見ていけ。仲直りしろだなんて言わない。ただ、お前の親父がどういう男なのか……知ってほしい」
「…………わかりました」
頷きながらも、難しい表情をする黒兎。
その頭をネメアは優しく撫で上げた。
黒兎は驚くも、次には子猫の様に目を細める。
その一部始終を見ていた野ばらは、何時もの台詞を吐いた。
「その子には甘いわね」と……
ネメアは苦笑で返した。
◆◆
南極大陸の地下に巨大な熱源が存在しているのは、昨今のメディアで指摘されている。
しかしその正体が第三帝国ネオナチスの本拠地であることは、殆ど知られていない。
世界各地域に支部が点在する中、大規模な「世界蹂躙」の兵器開発と超越者育成に力を入れているのがここ、南極大陸本部である。
荘厳なる城と最新鋭の設備の混合。
元々城だった場所を改良したのだろう。名残があるのはソロモンの趣向か、それとも偶然か……
何にしても凄まじい規模である。
東京ドームに換算すれば優に万を越えるだろう。
想像以上の有り様に、流石の大和も溜め息を吐いた。
「お前らんところの総統閣下様はマジみてぇだな」
「今更だぜ旦那♪ にしても落ち着くなぁ……暖房もバッチリ効いてるし、空気も魔界都市よりマシだし」
背伸びしているブルームに大和は問う。
「お前は派遣師団か?」
「ん? ああそうだぜ」
「スカウトされたのか?」
「まぁな。給料も良いしバックもデカいし、何より気楽に仕事できる。魔界都市で殺し屋してるより遥かにマシだぜ」
「ふぅん……」
元々、Sクラスの殺し屋だったブルーム。
しかし現在の戦闘力はSSクラスの上位。
かなりのものだ。以前とは比べ物にならない。
隣のエッジもそれ位なので、大和は感心した。
「効率的と言えば効率的、か。量より質……量は兵器で幾らでも誤魔化せる。……あの坊っちゃんめ、かなり凝ってやがる」
嗤う大和に、二名は愛想笑いを浮かべた。
暫く歩いていると、豪勢な門が視界を覆った。
中から多数の気配と陽気な雰囲気が漏れている。
恐らく祝祭の会場なのだろう。
大和はそれよりも、門前で佇む男に注目していた。
黒のざんばらば髪に無精髭を生やした野性的な男性だ。
容姿的年齢は三十代後半ほど。粗野だが野卑ではない。
その肉体は親衛隊の制服の上からでもわかるほど鍛え抜かれており、碧眼に宿る闘志はまるで地獄の業火の如く。
傍らには禍々しい魔槍が立てかけられていた。
彼を見たブルーム達は途端に冷や汗を吹き出し、最敬礼をする。
大和は気にせず笑いかけた。
「よぅ、久々じゃねぇか。ヴォルケンハイン」
「来ると思ってたぜ、大和」
歩兵師団大隊長にして世界最強の槍術家「三本槍」筆頭。
『魔槍』のヴォルケンハインは大和に気軽に手を上げた。
◆◆
ヴォルケンハインはブルーム達に愛想なく告げる。
「テメェ等、先に会場内に入ってろ。後は俺が案内する」
「「かしこまりました」」
二名は怯えた様子で去っていく。
大和は苦笑を浮かべた。
「随分と怖がられてるじゃねぇか」
「ウチは上下関係を徹底してる。舐めた態度をした奴等を殺していく内にああなったんだ」
「他んところもそんな感じか?」
「概ねな。それよりも……」
ヴォルケンハインは大和に近寄る。
両者、同じくらいの身長だ。
彼は大和の肩に腕を回すと、その厚い胸板を叩いた。
「見たぜ、サタンとの戦い。やるじゃねぇの。久々に滾っちまったぜ」
「盗み見は感心しねぇなぁ」
「ハッ! あんな派手に戦われたら嫌でも目につくっての!」
ヴォルケンハインは獰猛に嗤う。
「まだ強くなってんのな、お前。ククク……」
「そんな熱い視線送んなや、気持ち悪ぃ……野郎は美人以外お断りだぜ」
「美人ならいいのかよ」
素っ気なく腕を外されても、ヴォルケンハインは笑ったままだった。
彼は大和を会場内へと案内する。
「来いよ、総統閣下がお待ちかねだ」
重厚な扉が開き、祝祭会場が露になる。
とても大きな広間だった。豪華な食事と高級な酒が並んでいる。
隊員達は制服姿のまま宴を楽しんでいた。
陽気な雰囲気が一瞬で霧散する。
静寂に包まれた会場内を二名はザクザク進んでいった。
道を開けた者達は大和に羨望の眼差しを向けている。
他の者達もだ。
会場にいる殆どの者達が大和に畏敬の念を向けている。
大和は思わず舌打ちした。
ヴォルケンハインは苦笑する。
「そんなに嫌か? 敬意を向けられるのは」
「大多数から向けられるのは、正直うざってぇ」
「お前にゃあ名誉欲とかねぇのか?」
「性欲の方が遥かに強ぇ」
「ブッ……ハッハッハ!! そういやそーいう奴だったなお前!! クハハ!! ヤベぇツボった!! ハッハッハ!!」
前を歩きながら大爆笑しているヴォルケンハイン。
大和は肩を竦めつつも周囲を見渡した。
(成る程……中々粒揃い。世界蹂躙の前段階が終わったって話はマジみてぇだな)
隊員達の殆どが超越者、または至りかけている者達。
年齢も若く、まだまだ伸び代がある。
第三次世界大戦はそう遠くないなと、大和は他人事の様に考えていた。
そんな彼の耳に、不意にピアノの音が入ってくる。
「……?」
大和は思わず振り返った。
壇上でひっそりとピアノを奏でている美少女がいた。
金髪碧眼で、儚げな印象を抱かせる。
豪華絢爛なドレスを身に纏っているが、まるで嫌味を感じさせない。
類稀なる美少女だが、大和は違和感を覚える。
気付いたヴォルケンハインは告げた。
「あの方は総統閣下の奥様、エヴァ殿下だ」
「アレが、ソロモンの……?」
表情を曇らせる大和。
ヴォルケンハインは気になって振り返った。
「何だ? 気になんのか? だが手を出すのはやめてくれよ。総統閣下がブチ切れる」
「そんなんじゃねぇよ」
「……?」
ヴォルケンハインは首を傾げた。
大和は彼女を「女」ではなく「異質なもの」として捉えていた。
察したヴォルケンハインは苦笑する。
「確かお前は元・皇子様だったな。教養豊か……とは言わねぇか。俺にはサッパリだが、何かわかる事でもあったのか?」
「……異質過ぎる、奏でている音色があまりにも純粋過ぎる。アレが本当にソロモンの奥さんなのか?」
音色だけでその者の本質を見抜いたのだろう。
ヴォルケンハインは内心舌を巻きつつ答える。
「まぁな。と言っても、総統閣下からすれば単なるお飾り、プロパカンダの一つなんだが」
「……成る程」
「と、そうこうしてる内に来たぜ。御本人様が」
カツカツと足音か響く。
会場内の浮わついた空気が一瞬で凍てついた。
隊員達はその場で静かに頭を下げる。
漆黒の豪華絢爛なコートが靡く。
美少女と見紛うばかりの美少年が現れた。
容姿的年齢は10代前半ほど。線が細く優美で、儚さすら感じさせる。
しかしその瞳には想像を絶する狂気と憎悪が渦巻いていた。
彼は壊れている。人間として終わっている。
だからネオナチスを率いられるのだ。
最強最悪の王にして、神々が最も畏れた人間。
暴君の代名詞──ソロモン。
大和とエリザベスとはまた違った特異点。
第三の人類最終試練。半永久的に続く例外的な終末論「ムースピリ」の代行者。
人間でありながら非の打ち所の無い完璧な存在。
だからこそ人間に絶望し、世界に絶望し、全てを滅ぼそうとしている破綻者──大和とは似て非なる魔人である。
会場内が静寂に包まれる中、妻であるエヴァは演奏を中断し立ち上がった。
「……あの、ソロモン様」
「何故演奏を中断した。お前の役目はソレだろう。続けろ」
「…………はい」
泣きそうな顔で演奏を再開するエヴァ。
大和は鼻で笑った。
「誰に対してもそういう態度なのな、お前」
「貴様だけは別だよ、大和。……よくぞ来てくれた。歓迎しよう」
両手を広げるソロモン。
その瞳の奥に燻る感情を覗いて、大和は思わず笑みを消した。