villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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第三十五章「常夜伝」
一話「真祖達の宣戦布告」


 

 

 

 その日、世界は「夜」に覆われた。

 比喩表現ではなく、世界から昼夜の概念が無くなったのである。

 

 理由はすぐに判明した。

 西洋妖怪の頂点、吸血鬼らが世界全土に下克上を叩きつけたのだ。

 

 真祖過半数による世界の法則改変。

 太陽という存在を完全に遮断する、闇の超高密度多重障壁の展開──

 

 夜は吸血鬼が最も力を発揮できる時間帯だ。

 それは他の妖魔、魔獣たちにも言える事であり、世界各地では早くも深刻な被害が出ていた。

 

 カトリック教会率いる武装祓魔士、並びにそのトップである七騎士。

 日本呪術教会所属の退魔士、並びに土御門含める御三家と今代の「日巫女」。

 そして合衆国が抱える異端審問会。

 

 全世界の退魔勢力が一斉に出動した。

 

 黄金祭壇、並びに世界政府はこの事態を深刻なものと捉え、それぞれの最高戦力を敵地ルーマニアへと向かわせた。

 

 突発的に起こった世界の危機に、古今東西の特異点が集いつつある。

 

 

 ◆◆

 

 

 デスシティ、裏路地にある簡素なアパートにて。

 午前中にも関わらず、官能的な喘ぎ声が辺りに響き渡っていた。

 声の主は快楽の只中にいるのだろう、掠れた声を絞り出している。

 

 背中を仰け反らせ、美女は震えていた。

 紫色を帯びた黒髪、どこをとっても柔からそうな極上の女体。

 再度震えた彼女……アラクネは男の厚い胸板に倒れこむ。

 彼女は息をきらしながらも笑ってみせた。

 

「ほんと、絶倫ね……何日やれば気が済むの?」

「お前が満足するまで」

「なら、あと三日はかかるわね」

「どっちが絶倫なんだか……」

 

 苦笑しながら男、大和はアラクネの唇を吸う。

 アラクネは蕩けた顔で舌を絡めた。

 濃密なキスを終えれば、アラクネは大和の胸板を舐め上げる。

 大和はそんな彼女の髪をくしゃりと撫で上げた。

 

 今日で「五日目」になるが、どちらもまだ満足していない。

 互いに底無しの性欲を満たしあっているのだ。

 

 アラクネから潤んだ瞳を向けられ、さぁ再戦といこうとした大和だが……スマホが鳴ったので気分を削がれてしまう。

 頬を膨らませるアラクネに苦笑を向けつつ、彼は枕元にあるスマホを取った。

 

「へいへいどうした努ちゃん、まだ真っ昼間だぜ」

 

 あまりに軽い応答に日本国代表、総理大臣「大黒谷努」は溜め息を吐く。

 

『こっちの世界は夜に包まれていてね』

「おろ? 何でだ? あんま時間差ねぇだろ、此処とそっちは」

『……本当に、何も知らないんだね』

「アラクネと寝てたからな」

 

 大和とアラクネの性質をよく理解している努は、早々に本題へと入る。

 

『アラクネくんもいるのかい? 丁度良かった。今、表世界が酷いことになっていてね』

「ふぅん、依頼か?」

『うん、時間が無いから手短に話すよ』

「おーけー」

 

 要約すればこうだ。

 

 吸血鬼の真祖らが表世界を「夜」で包み込み、その影響で世界各地に混乱が生じている。

 早急に敵の本拠地ルーマニアに赴き、真祖達を撃滅してほしい。

 

 大和はなるほど、と頷いた。

 

「すぐに殺しに行けばいいんだな」

『そう、発端なんて後で幾らでも探れるから……兎に角、現状の早期解決をして欲しい』

「報酬は? アラクネが一緒ってなるとかなり値が張るぜ」

『400億……二人で200億ずつでどうかな?』

「……ま、妥当か。吸血鬼の真祖「程度」ならそんなもんだろ」

『これでも、世界政府が貯蓄している財産なんだけどね』

「へいへい何だよ努ちゃん、言いたいことあるならハッキリ言え」

『……コレが終わったら日本でお金使ってくれない? 国が豊かになるから』

 

 あまりにぶっちゃけた発言に、大和は思わず吹き出した。

 

「ハッハッハ!! いいぜいいぜ!! 銀座でたらふくバラまいてやるよ!!」

『ありがとう、君が友人でほんと良かった』

「その代わり、他に面倒事があったら……頼むぜ」

『勿論、総理大臣としての権限をフル活用させてもらうよ』

「クククっ……じゃあ、さっさと向かうわ。今日中に終わらせるから、確認したら何時もの口座へ振り込んでおいてくれよ」

『わかった、頼んだよ』

「おう」

 

 通話を切った大和に、すかさずアラクネが文句を言う。

 

「何で私まで参加する流れになってんのよ」

「行かねぇのか? なら俺一人で行くぜ」

「行くわよ……そうしないとアンタ、銀座で女買い漁りそうだから」

「あれ、バレた……ったく、そんな拗ねんなよ。仕事が終わったらお前の好きなもんいくらでも買ってやっから」

「マジ買いしてやる、数十億くらいふっ飛ばしてあげるわ」

「おうおう買え買え、俺も買いまくるから」

 

 頬にキスされたアラクネは、嬉しそうな困ったような、複雑な表情をした。

 

「私が言うのもアレだけど……アンタ、金使い荒すぎ。すぐ無くなっちゃうでしょ?」

 

 大和は肩を竦めると、台座に置いてあった札束入れを掴みとる。

 

 そしてポイっと、足元に百万円札を投げ捨てた。

 

「こんなもん、ただの紙だ。女も美味いもんも買えるが……ただの紙の束だ」

「……」

「だから使って使って、無くなったらまた溜めりゃあいい。そうだろう?」

「……全く、もう」

 

 アラクネは呆れていた。

 

 世界政府のみならず、彼があらゆる勢力から重宝されている理由。

 その一つに、稼いだ金をすぐに使い切ってくれるからというのがあった。

 

 ある意味世界に貢献してるわね……その言葉を、アラクネは飲み込んだ。

 

 

 ◆◆

 

 

 一方その頃、大衆酒場ゲートでは大規模な情報共有が行われていた。

 魔界都市内の情報伝達速度はハッキリ言って異常であり、表世界の状況はリアルタイムで把握される。

 

 しかし住民達は動かない。

 いいや、動けないと言ったほうが正しいか……

 

 五大犯罪シンジケートから圧力がかかったのだ。

 だから皆、大衆酒場ゲートに集まっている。

 

 何時もの陽気な雰囲気はない。

 張り詰めた空気が店内を支配している。

 

「……」

 

 オーダーが無くなったので暇になってしまったウェイトレス、黒兎は厨房前で煙草を吹かしている店主に聞いた。

 

「表世界、凄いことになってるみたいですね」

「ああ。でもまぁ、大丈夫だろう。酒場の雰囲気を見ればわかる」

 

 その言葉に反応したのは黒兎の先輩、史上最強の鬼狩りこと野ばらだった。

 綺麗な花飾りを揺らして、彼女はネメアに問いを投げる。

 

「貴方はこの都市の事情に詳しいわ。いいえ……世界の事情にも、かしら?」

「……」

「五大犯罪シンジケートはそれほどまでの影響力を持っているの? 他にもあるんじゃない? 理由が」

 

 ネメアは淡々と告げる。

 

「吸血鬼、特に真祖は閉鎖的で有名だ。こんな派手な事は絶対にしない。……何か裏がある」

「……五大犯罪シンジケートは、警戒しているという事ですか?」

 

 黒兎の言葉にネメアは頷く。

 

「表世界の退魔勢力と違い、デスシティの勢力はその殆どが犯罪組織だ。たとえ後手に回ったとしても、自分達は痛くもかゆくもない」

 

 それともう一つ、ネメアは付け足す。

 

「世界政府が早々にジョーカーをきった。……大和とアラクネだ。あの二人が動く以上、この騒動は半日と経たず終わる。アイツらはこの都市で、いいや世界で一番腕の立つ殺し屋だからな」

 

 嫌悪する父の名前が出てきたので、黒兎は眉根をひそめる。

 ネメアは思わず苦笑を浮かべた。

 

「まぁ、それを踏まえてだ。五大犯罪シンジケートが様子見に徹してあの二人が動いている以上、ここの住民達は動いたとしても何の利益も得られない。だから店内はこんな雰囲気なんだよ」

「成る程……」

 

 納得している黒兎を余所目に、野ばらはネメアに聞いた。

 

「貴方は出ないの? 一応、世界最強の傭兵でしょう。世界政府から依頼はこなかったの?」

「きたさ。でも断った。……この事件は、あの二人だけで十分だ」

「……」

「俺は、ここを護ることを何よりも優先する」

 

 ネメアの言葉に野ばらは何か感じ取ったのだろう……「そう」とだけ言って、それ以上追求しなかった。

 

 ネメアは内心感謝しつつ、スマホに視線を落とす。

 五分前に、親友からメールが来ていた。

 

『おそらくネオナチの仕業だ。俺とアラクネでどうにかする。お前は何時もどおり酒場の店主をしてろ』

 

 ぶっきらぼうで、しかし親愛に満ちたその内容に、ネメアは微笑を浮かべた。

 

 


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