villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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三話「それぞれの憤怒」

 

 

 ヴァーミリオンの拳は文字通り一撃必殺である。

 無間熱量が込められたソレは触れただけで最上位の神仏を灰燼にし、クリーンヒットすれば格上の存在をも消滅させる。

 

 拳に宿る焔に退魔の力や龍殺しなどといった特種な力は宿っていない。

 ただただ純粋で、しかし際限無く熱量が上がっていく「炎」という概念そのもの……

 

 余熱だけで無限数の三千世界が消滅していく。

 直撃すればカーリーといえどもタダでは済まない。

 

 現に、カーリーは嗤いながらも冷や汗を流していた。

 

 拳を振り回してくるだけの馬鹿ならいくらでも対処できる。

 狂乱と殺戮の女神とはいえ、カーリーは戦神だ。

 当然、神域の武を修めている。

 

 しかしヴァーミリオンはその武練を優に越える格闘のスペシャリストだった。

 

 四大魔拳……世界最強の拳法家四名に与えられる称号。

 彼女は魔導師でありながら、その一角に名を連ねている。

 

 本能と直感に重きを置いた苛烈な攻め。

 しかし所々に繊細なフェイントを挟み込み、徐々にカーリーを追い詰めていく。

 

 本来、白兵戦が弱点である筈の魔導師だが彼女は例外だった。

 近付けば近付くほど強くなる。

 その熱に、攻めに、誰も耐えきれなくなる。

 

 カーリーの頬に獄炎を纏った蹴りが擦った。

 桁外れの体幹を誇るヴァーミリオンは、どんな体勢からでも一撃必殺の打撃を繰り出せる。

 

 ただ単純な殴り蹴り──ファイターとしてならば四大魔拳内でも最強。

 大和とネメアをも慄かせるレベルである。

 

 カーリーは一旦距離を取ると、神妙な面持ちで言った。

 

「ふぅむ……黄金祭壇のNo.3、魔導師きっての武闘派か。成る程……単純な戦闘力ならばエリザベスを越えているのではないか?」

「戯け。エリザベス様は、真の強者はこんなものではない」

 

 その言葉に、カーリーは何故かほくそ笑んだ。

 

「魔導師の本懐とは何だ?」

「世界の維持だ、それ以外にない」

「だから今回はルーマニア一帯を燃やし尽くしたのか? 後でどうにでもなるからと……まだ助けられる生命も灰にしたのか?」

「そうだが、何だ?」

 

 今度はカーリーが黙った。

 ヴァーミリオンは薄く笑う。

 

「後で幾らでもやり直せる、だから燃やしたんだ。むしろ私なりの慈悲だよ……こんな地獄、はじめから無かったことにすればいい」

「クハハッ!! ほざきよるわ!! 貴様も所詮、弱肉強食を是とする畜生の癖に!!」

「弱肉を糧に強者が育つ、森羅万象の摂理だ。何が可笑しい? あと……貴様のその、私に共感しているといった面持ちが堪らなく不快だ。今すぐやめろ」

「違うのか? うーむ、我等は同類だと思っておったが……」

 

 カーリーは首を傾げる。

 ヴァーミリオンは片眉を跳ねあげた。

 

 カーリーは蛇の様に長い舌を垂らし、凄まじい毒を吐く。

 

「我は似ていないか? 暗黒のメシアと」

「…………」

「肉親であれど容赦なく殺し、気に食わない奴は嬲り殺す。犯して犯して、犯して尽くす……なァ、似ていないか? 我と大和は」

 

 俯くヴァーミリオン。何も言わない。

 それを見て「図星か!!」と、カーリーは哄笑を上げた。

 

「ハハハハハ!! 所詮貴様の愛などそんなものよ!! 本能でアイツに惹かれているに過ぎん!! どうだ!! 貴様が今灰にしようとしている女と愛してやまない男、何が違う!? 何も違わない筈だ!! 己の欲望を満たすついでに世界を救う……そうさなァ、違うとすれば性別くらいか? ハハハハハ!!!!」

「…………」

「成る程どーりで、我に敵愾心を剥き出してくるワケだ……ようはアレだ? 胸糞悪いのだろう? もし大和が女だったら、こんな存在であることが許容できな」

 

 

「よく回る舌だな、短くしてやろう」

 

 

 懐に入られ、舌の大半を握り潰されたカーリーは反射的に後ろに下がった。

 

 ヴァーミリオンは犬歯を剥き出し紅蓮の総髪を戦慄かせる。

 怒髪天とは正にこの事を言うのだろう。

 あまりの熱量に隔離結界が耐えきれず、もう一段階強化された。

 そうでもしなければ彼女の発する熱で世界が融解していたのだ。

 

 ヴァーミリオンは吠える。

 それは天地を揺るがす怒号であり、彼女自身の不満の爆発だった。

 

「貴様等が大和を「ああした」のだろう!!!! 貴様らがどこまでも自己中心的で、世界の状勢になんら関心を抱かないからエリザベス様が黄金祭壇を立ち上げたのだろう!!!! 何が神々だ!! 何が最上位種だ!! 力に溺れた独善者共が!! 世界の守護神? そんなもの必要ない!! 大和とエリザベス様だけで十分だ!! 面倒事や汚い役割を二人に押し付けて「ああ、やっぱり人間って低俗な生き物なのだな」と……上から目線で嗤う貴様等が大嫌いだ!!!! 心の底から憎悪している!!!! 」

 

 あまりの激情の発露に、カーリーは唖然とするしかなかった。

 ヴァーミリオンは明確に告げる。神々の必要の無さを……

 

「貴様等がいなくても世界は回る……舐めるなよ。今更になってしゃしゃり出てきおって……ああいいさ、またとない機会だ。まずは貴様を灰にしてインド神話全域にバラ巻いてやる」

「……ほざいたな小娘ッ、よかろう!! 貴様の頭蓋、生で踏み砕いてやるわ!!」

 

 狂気と殺意の奔流に飲み込まれても尚、ヴァーミリオンは笑ったままだった。

 しかしその瞳には、収まりきらない憤怒の焔が揺らめいていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 一方、アラクネはというと……

 殺人姫のあまりの不甲斐なさなに肩を竦めていた。

 

「死滅の理に生来の才能……戦闘センスならぬ殺戮センス。それと魔導師クラスの時空間操作能力ねぇ……ま、表世界の住民にしては大したもんだけど、大和が期待するほどのものかしら?」

 

 殺人姫、高梨雲雀は見えない鋼糸に雁字搦めにされ横たわっていた。

 そんな彼女を見下ろし、アラクネはクスクスと嘲笑を浮かべている。

 

「アンタ程度の超越者、神話の時代にはザラにいたわよ」

「ッッ」

「才能はあるけど未熟未熟……井の中の蛙、大海を知らずってヤツね」

 

 射殺さんばかりに睨み上げてくる雲雀の顔を、アラクネはピンヒールの底でグリグリ踏み弄る。

 

 彼女は笑っている。が、目は全く笑っていなかった。

 凶悪過ぎる殺意をそのまま侮蔑に変換し、雲雀を蔑み続ける。

 

「悔しいならもうちょっと頑張ったら? ああごめんなさい、無理よね。アンタはその拘束をほどけない。だからこうして顔を踏まれてるのよね? ごめんなさいごめんなさい♪」

「~~~~~~~~~ッッッッ!!!!!!」

 

 怒髪天すら越えて狂化しつつある雲雀は、全身全霊を以て暴れ回る。

 しかしほどけない。ほどけないどころか動けない。

 横たわったまま何もできない。

 

 アラクネの鋼糸術、その深奥の一つである『束縛』。

 これをほどけるだけの技術を雲雀は持っていない。

 殺戮の寵児も、こうなれば形無しだった。

 

 極限まで練磨されたアラクネの束縛術をほどく難易度は、端的に言えば「大砂漠の中からたった一粒の黄金を探し見つけだせ」と言われているようなものだ。

 戦闘センスは勿論、他の技術や経験、才能が求められる。

 殺戮のみに特化した雲雀には脱出不可能だった。

 

 切り札である死滅の理は機能せず、空間転移もまた同じ。

 雲雀という存在そのものが「拘束」されている。

 

 その鋼糸は精神感応金属「ミスリル銀」製。

 強度、弾力、伸縮が自由自在なのは勿論だが、その本質は使用者の精神命令を忠実に再現すること。

 そして魔金属であることから、魔導の伝達率百パーセントを誇ることだ。

 

 アラクネは暗殺者でありながら魔導師に勝るとも劣らない魔導の使い手だった。

 レパートリーこそ本職に劣るものの、その質は同等クラス。

 

 アラクネはミスリル銀製の鋼糸を通して、雲雀の異能を完全に無効化していた。

 

 唇を噛み千切るほど憤っている雲雀を、アラクネは煽りに煽り続ける。

 グリグリとその頬をピンヒールの底で踏みにじる。

 

「悔しかったら努力しておきなさいよ。今更後悔しても遅いのよ。バッカじゃないの? まぁ、殺さないけど……大和から言われてるしねぇ? 最初に数回殺したから、それでよしとしましょう♪」

「ッッッッ」

「フフフ、本当に悔しそうにして……そそるわぁ。大和がアンタを気に入った理由が少しわかる気がする。弄り甲斐がある子ね……あっ、そうだ。大和に弟子入りでもしたら? 少しはマシになるかもよ?」

 

 

 

「調子に乗ってんじゃねぇぞババァッ!!!!」

 

 

「アッハッハ! 冗談よ! アンタ殺戮以外の才能無さそうだから、大和も弟子に取りたがらないでしょうね! 遊び相手くらいが丁度いいわ!」

「テンメェェェェェッッッッ!!!!」

「ああでも、顔はイイから娼婦になるっていうのも一つの手かも……大和に一回トロトロにして貰えば? アンタ、チョロそうだから即堕ちしそう」

「殺す!!!! 殺す殺す殺すッッ!!!! 絶対に殺してやるからな糞ババァァァァァ!!!!」

 

 

「うっさいんだよ!! 喚いてる暇があんならさっさと拘束解きなさいよ!! ウンザリしてんのよ私は!!」

 

 

 激昂したアラクネの足先が雲雀の腹にめり込む。

 思わず吐瀉した雲雀だが、アラクネは構わず蹴り続けた。

 内臓を潰され、アバラが砕かれ、雲雀の口から大量の血が吐き出される。

 それでもアラクネは蹴り続けた。

 

「口でならなんとでも言えんのよ!! 殺す殺すって、だったら今すぐやってみなさいよ!! 行動で示しなさいよ!! それができないからって一丁前に悔しがって……ザッケんじゃないわよ!! 悔しむのは努力した奴だけの特権なの!! アンタは努力した!? してないでしょう!! わかるのよ私には!! アンタは才能だけでそこまで上がってきた!! さして努力もせずに我儘を通してきた!! ……こんの糞餓鬼!! 憎たらしいにも程がある!! 世界はそこまで甘くないのよ!!」

 

 雲雀は何も言えない……否、言える状態ではなかった。

 肺も潰され、呼吸困難に陥っている。

 むしろ生きているのが不思議なレベルだ。

 死に体の彼女の顔を、アラクネは思いきり踏みしめる。

 

 すると一変し、悲痛に満ちた表情をした。

 彼女は思わず口にする。

 

「アンタら若い世代がいつま経っても腑甲斐無いから……大和が体を張ることになるんじゃない」

 

 雲雀の意識はそこで途絶えた。

 アラクネは拘束を解き、最低限の治癒魔術をかけてやる。

 そして踵を返した。

 

「……憎悪なさい。そして殺しなさい、大和と私を。アンタはたぶん、そのために生まれてきた。今まで通り憤怒と憎悪を糧に、それでも「殺し」とはなんなのか、今一度考えてみなさい……アイツと同じように、私もアンタに期待しておくから」

 

 アラクネの言葉は、意識を失っている筈の雲雀に確かに届いた。

 その言葉は、今後の彼女の在り方を変えていくだろう。

 

 アラクネは振り返ることなくこの場を去った。

 

 

 ◆◆

 

 

 そして……ブラン城の屋上では。

 世界最強の武神が、暗黒のメシアの前に膝を付いていた。

 肝臓を剛拳で打ち砕かれ、苦しみに悶えている。

 

 本来ならその場でのたうち回る程の激痛を、帝釈天は必死に堪えていた。

 大和はそんな彼を見下ろし、嘲笑う。

 

『オラ、どうした帝釈天。立てよ、世界の守護神サマだろう? 目の前にいるぜ、諸悪の根元が』

「……ッッ」

『立てよ!!!! テメェから吹っ掛けてきた喧嘩だろう!!!!』

 

 

 帝釈天の怒りは、妹分を奪われた事から来ていた。

 しかし大和の憎悪は、帝釈天そのものに向けられていた。

 


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