villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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四話「悪の怒号」

 

 

 悪鬼羅刹に転身している大和は、帝釈天の思念を読み取り答える。

 

『わからねぇか? 帝釈天。昔は対等だったのに、なんで今はこんなにも差が付いてちまってるのか……』

 

 まるで無知な子供を諭すように、しかし底冷えする様な声音で告げる。

 

『テメェが奥さんと愛を囁きあっている間に、俺も他の女達とセッ○スしてた。だがな……お前が家族ごっこを楽しんでいる間に、俺は骨肉が腐る寸前まで鍛練してたんだよ。お前が小さな命を救い育んでいる間に、俺は大勢の強敵を倒してきたんだよ』

 

 大和は嗤う、酷薄に。

 

『それで? 今日はどうした? 喧嘩か? 世界の守護神サマは世界の危機よりも家族が取られた事に対して怒りを覚えていると、そういうことか……ええ!!? 帝釈天!!!!』

 

 大和の拳が帝釈天の鳩尾を抉る。

 思わず吐瀉する帝釈天だが、大和は構わず殴り続けた。

 

『今回に限った話じゃねぇ!! 何百何千……いいや何万回もあった筈だ!! お前が動くべき場面が!!』

 

 大和は帝釈天を床に叩き落とし、マウントを取る。

 そして一切の手加減なく、本気で、彼の顔を殴り続けた。

 

『世界の守護神、ああ大層立派な称号だな!! 名乗る分には文句ねぇぜ!! 勝手にすればいい!! だがな!! テメェはその称号に見合うだけの働きをしてねぇんだよ!! 極々限られた存在しか救えてねぇ!! 助けられる、いいや助けるべき命を放っておいて、家族ごっこを楽しんでやがる!!』

 

 何か言い返そうとする帝釈天だが、殴られ続けているため口を開けれない。

 口答えは許さないとばかりに、大和は帝釈天の顔を抉り続けた。

 

 彼は吠える。

 

『俺が、俺なんかが「英雄」と呼ばれるくらいテメェらは働いてねぇんだよ!! 殺し屋が英雄? 肉親だろうが容赦なく殺し、湯水みてぇに女を貪り、ありとあらゆるものを犯し尽くしている俺が、よりによって「英雄」!? おかしくねぇか!? なぁおかしいだろう!! 馬鹿なテメェにもわかる筈だ!! だったら何で俺以上に誰かを救わねぇ!! 簡単だろうがテメェの力があれば!!』

 

 帝釈天の鼻を拳骨で叩き潰した大和は、一旦殴るのを止める。

 そして胸倉を掴み上げ、青アザだらけの帝釈天を持ち上げた。

 

 彼は憎悪の根元を吐き出す。

 それは帝釈天の魂に深く刻まれることとなる。

 

『俺は英雄じゃねぇ……俺は本物の「英雄」を知ってる。ソイツは己の総てを世界の平和に捧げた!! 神々の期待に応え、民衆の悲鳴を決して聞き逃さなかった!! 僅かな寝る間も惜しんで鍛練と勉学に励んでいた!! 愛する女がいたのに告白もせず、世界の平和のためにひた走った!! そして成したんだ!! 四大終末論を踏破して、一度は完全に世界を救った!! 代わりにアイツは人間として当たり前の幸せを失った!! 最後まで好きだった女に愛を告げられず、最終的には自ら表舞台を去ったんだ!! 俺ァ見てきたんだよ!! 本物の英雄の生き様を!! ずっと隣で!!』

 

 正義と礼儀を重んじ、民と平和を愛した「勇者王」。

 

 大和にとって彼こそが『英雄』であり、故に自身を英雄だとは思わない。

 だからこそ……目の前の駄神に狂おしいまでの憎悪を抱く。

 

『テメェはどうだ? 世界の守護神サマ……成る程、英雄よりも位が高いじゃねぇか。スゲェなオイ』

「…………ッッ」

『名乗ることは餓鬼にだってできる!! 言葉では何とでも言える!! 行動に移せよ!! 実績で示せよ!! 何なんだよ今の世界は!!』

「~~~~っっ」

『そもそも、ここ最近暴れ回ってる俺を放置してた時点でアウトだ』

 

 大和は心身共にボロボロになった帝釈天を投げ捨て、赤柄巻の大太刀を抜き放つ。

 そして無限大の闘気を刀身に込めた。

 

 万象一切塵に還す滅の絶剣──雷光剣。

 

 大和は本気で帝釈天を消すつもりでいた。

 

『俺はテメェを認めねぇ。誰が何と言おうと、テメェは世界の守護神なんかじゃねぇ』

「……………………」

『消えろ、塵も残さずに。……英雄にしろ守護神にしろ、テメェで名乗っていいようなもんじゃねぇんだよ』

 

 滅尽剣が振り下ろされる。

 最後まで何も言えなかった……いいや、途中から言い返せる言葉が無くなった帝釈天は、潔く目を閉じた。

 

 しかし間に入ってきた第三者。

 帝釈天の前で両手を広げる彼女は……毘沙門天だった。

 

 彼女は大粒の涙をこぼして懇願する。

 

「やめてくれ……っ、もう、わかったから…………頼むっ」

『……………………ッッッッ』

 

 大和は盛大に歯軋りをすると、悪鬼羅刹から人間へと戻る。

 夫を抱き寄せ涙を流す毘沙門天を一瞥し、彼は踵を返した。

 

 下に続く扉の前には、ヴァーミリオンとアラクネが既に待機していた。

 大和は素っ気ない口調で問う。

 

「そっちは終わったか?」

「ああ……しかし特務は失敗だ。あの邪神め、煽りスキルと逃げ足だけは一級品だった」

「私のほうもボチボチね。……それよりアレ、いいの? 今がチャンスよ」

 

 二名を睨むアラクネに、大和は告げる。

 心底呆れた風に……

 

「殺す気も失せたわ、あんな馬鹿共」

「……」

「さっさと帰ろうぜ」

 

 大和は軽い足取りで階段を下りていく。

 アラクネとヴァーミリオンは肩を竦めながらも、その背を追った。

 

 皮肉にも、ルーマニア地域には晴天が戻っていた。

 

 

《完》

 


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