「テメェらは俺を本気で怒らせた」
魔界都市では早くも話題になっていた。
八天衆の解散についてだ。
捉え方にもよるが、「本格的に神々が現代に干渉しなくなった」ともとれる。
なんにせよ、目障りな武神達がいなくなったので魔界都市の住民達は大いに喜んでいた。
五大犯罪シンジケートは殊更である。
大和に渡すはずだった莫大な金を他に回すことができるのだ。
まさに棚からぼた餅。
ちょっとしたお祭りムードになっている魔界都市の中央区。
そこの看板酒場であるゲートにて……
カウンター席付近は一変して重たい空気が流れていた。
誰でもない、光と闇の英雄王が対面しているのだ。
今回の事件には闇の英雄王……大和が大きく関わっている。
同時にあまり知られていないが、八天衆解散の理由も判明している。
光の英雄王……ネメアもまた無関係ではなかった。
故に、客人達は静観に徹していた。
「……」
「……」
二人は、一見すれば何時も通りだった。
ネメアは煙草を咥えて新聞を読み、大和は喫煙がてらにブラックラムを嗜んでいる。
ありきたりな風景……なのだが、その中に何時もと違う重みがあった。
「……八天衆、解散したんだってな」
「おう」
「……帝釈天と喧嘩したんだってな」
「おう」
「…………」
ネメアは悲哀に満ちた顔をする。
何か言おうとした彼を、大和は手で制した。
「何も言うな、ネメア」
「っ」
大和は断言する。
「この騒動は俺がケリをつける。だからお前は関わるな」
「……っ」
「お前はそのままでいろ」
大和はブラックラムをラッパ飲みすると、灰皿に煙草を押し込める。
そして勘定を机に置いて、振り返らずに去っていった。
そうして暫く歩いて……辿り着く。
中央区の裏路地にある自宅、その屋上へと。
既に待機していた女は、真夜中の摩天楼を眺めていた。
しかしすぐに振り返る。
大和は嗤った。
「用件はなんだ。……まぁ、その面見たらわかるんだけどな」
私服姿の女武神……毘沙門天。
彼女はサファイア色の双眸で大和を射抜いた。
その能面の様な無表情は、彼女の気持ちを端的に表していた。
◆◆
毘沙門天は無言で大和に歩み寄る。
パァァァン!!!!
空気の弾ける音が響き渡った。
特大の風圧が辺りを吹き抜ける。
毘沙門天が大和の頬を叩いたのだ。
並の超越者なら首から上が消し飛んでいる。
現に、大和の頬は赤く染まっていた。
毘沙門天はようやく口を開く。
そしてありったけの憎悪を言葉にした。
「よくも私の最愛の夫を殴り倒してくれたな……ッッ」
怒りのあまり、その目尻には涙が浮かんでいた。
大和は……何も言わない。
毘沙門天はありあまる激情を吐き出す。
「お前の言葉は確かに筋が通っていた。だが……私達は私達なりに努力していたんだよ! 貴様の語った理想の英雄はもういない! これからの時代を築くのは今を生きる子供たちだ!」
「……」
「もう二度と、お前に抱かれにこない。不倫ネタを言いふらしたければすればいい。……今度会う時は殺し合う時だ。私は、貴様を絶対に許さない」
そう言って、毘沙門天は踵を返す。
その背に大和は声をかけた。
「なぁ毘沙門天、こっち向け」
「……」
「一度でいいから、振り返れよ」
「ッ」
毘沙門天は振り返るとともに大和を睨みつけた。
パァァァンッッ!!!!!!
空気が破裂する音が響き渡った。
遅れて高層ビル群がドミノ倒しになる。
瓦礫の山に埋もれた毘沙門天は思わず目を丸めた。
痛みよりも驚きのほうが勝っていた。
何をされたのか……理解するまでに時間がかかった。
叩かれたのだ。大和に頬を……
呆けている彼女の元に大和は降り立つ。
彼は住民達の悲鳴をものともせずに告げた。
「何驚いた顔したんだよ。殴られたら殴り返す、当然だろう」
大和は次に嫌悪感を露にする。
「最愛の夫? ……ハッ、笑わせんなよ。他の男に抱かれて喘ぐ糞ビッ○が」
大和はしゃがむと、毘沙門天の髪を掴んで持ち上げる。
驚愕と、それ以上の恐怖で震えはじめる毘沙門天。
その面を大和はマジマジと見つめた。
「やっぱり甘かった、あん時帝釈天と一緒に消しておくべきだった。でも……ある意味よかったのかもしれねぇ。何せ、死ぬより酷い仕打ちができるんだからな」
灰色の三白眼が暗黒色に染まる。
縦に裂けた瞳孔は彼の「闇」の発露を意味している。
「今からテメェを犯して犯して、犯して尽くして俺無しじゃ生きられねぇ身体にしてやる。帝釈天への想いが消え失せるくらい徹底的に蕩けさせて、俺専用の雌犬にしてやる」
「……~ッッ!!」
恐怖のあまり暴れ回ろうとする毘沙門天。
が、首を掴まれ持ち上げられる。
立ち上がれば身長差で毘沙門天が宙に浮く形となる。
呼吸困難に陥っている彼女の顔を、大和はじっくりと拝んでいた。
そしてクツクツと喉を鳴らす。
その笑みは、悪鬼羅刹のソレだった。
「テメェらは俺を本気で怒らせた」
◆◆
毘沙門天は言葉通り犯され尽くされた。
一週間、寝食も許されずに肉体を貪られ続けたのだ。
皮肉な事に、精神がいくら拒もうとも身体が反応してしまう。
毘沙門天の肉は、大和との情事の味を覚えていた。
精力絶倫。更に弱点を知られ尽くされている。
強引に、執拗に抱かれ続ける事で毘沙門天は快楽の泥沼に沈んでいった。
今や自ら股がり腰を揺すり、幾度となく果てている。
弓なりにのけ反る背中……張りのある乳房が左右に揺れる。
覆い被されれば、その腰に両足を絡めて淫らな鳴き声を上げる。
熱く濃いものを奥に注がれる度に、毘沙門天は大和の虜になっていった。
そうして七回目の日が登った頃……
漸く「雌犬」の調教を終えた大和は、ゆっくりと一服を楽しんでいた。
久々の煙草は五臓六腑に染み渡る。
同時に、部屋を満たす濃い淫臭に気が付いた。
どうしようもなく官能的な香り。
甘酸っぱく、されど豊潤……
発情した女のみが出せる臭いである。
大和は思わず嗤った。
「そう……これだよこれ。コレが俺の生き甲斐なんだ」
大和はおもむろに天井を見上げる。
「悪ぃなネメア……俺ぁこういう男なんだよ」
さて……と彼は今後の展開を予想する。
「来るな、絶対来る。帝釈天か俺の糞餓鬼、どっちかが必ず来る」
大和は堪えきれず唇を歪める。
「楽しみだなァ、俺に向けてくるであろう憎悪の念……それを正面から叩き潰すのが」
そう言って大和は下腹部を見下ろす。
毘沙門天が自分の顔より長く硬いものをしゃぶっていた。
頬をすぼめ、下品に先端を吸い上げている。
大和は鼻で笑いながら聞いた。
「おい雌犬、お前女神だろう? まだいけるよな?」
毘沙門天は唇を離すと、蕩けた笑みで頷いた。
「はい♡ だからどうか……この逞しいもので、また私を……っ♡」
「いいぜ、何度でも抱いてやる」
「♡♡」
頭を撫でられ、毘沙門天はとろけた笑みを浮かべる。
完全に堕ちていた。
厳格な女武神の面影は最早何処にもない。
「ククク……あーあ、楽しみだなァ。待ちきれねぇ」
大和は確信していた。
誰かが修羅道に堕ち、自分を殺しに来る事を……
それが楽しみで楽しみで仕方なかった。
その修羅が訪れるまで、大和は毘沙門天を抱き続ける事にした。
悪鬼羅刹……ここに再臨。
《完》