前編
故に学園を休学し、実家の孤児院から離れないようにしていた。
幼馴染みであり恋人の
切っ掛けは、そう……姉貴分である孫悟空が行方をくらませてから。
帝釈天と毘沙門天は言葉を濁し、何も説明しなかった。
二人が幾ら言及してもだ。
次に、帝釈天が瀕死の状態で帰ってきた。
二人は毘沙門天にワケを聞いたが、彼女は何も答えなかった。
そして……毘沙門天が帰ってこなくなった。
かれこれ一週間経つ。
何かが起こっている……翔馬は最大限に警戒していた。
世良は内心焦りつつも気丈に振るまい、未だ指先一つ動かせないでいる父親を厚く看護している。
翔馬は子供達に優しい嘘を付きながら、決して外に出さないようにしていた。
何かがあれば命を懸けて家族を護る覚悟を決めていた。
が──やはり未成年二人では心許ない。
故に翔馬は帝釈天の個室からインド神話への連絡手段を見つけ、救援を求めた。
幸い、破壊神であるシヴァが対応してくれて手練れの武神たちを寄越してくれる手筈となった。
翔馬はひとまず安心するものの、決して油断はしなかった。
しかし、絶望はすぐ目の前まで来ていた。
◆◆
屈強な武神たちの到着に基づき、翔馬は済ませなければならない用事を済ませていた。
まずは通っている学園へ赴き休学の延長を申請。そして食料を含む日常品の買い溜め。
なるべく孤児院から離れたくない翔馬は、今日中にやるべき事を終わらせるつもりでいた。
そうして日が沈む頃……全ての用を終わらせた翔馬は大量の荷物を抱えて帰路についていた。
途中、色々と考えてしまう。
何故この様な事になっているのか……
何故、愛した日常が崩壊しかけているのか……
「……やめだ、今は深く考える時じゃない。できる限りの事をするんだ」
考えている暇などない。
翔馬は駆け足で我が家へと帰った。
しかし、途中で嗅ぎとってしまう。
途轍もなく濃い、血の臭いを……
一人のものではない。大量の血が流れている。
そして、わかってしまった。
血の臭いの源が、孤児院のある方角だと──
翔馬は人目も憚らず全力で駆けた。
瞬く間に孤児院に到着する。
彼は思わず荷物を落とした。
明かりが付いていない。夜も近い筈なのに……
何より、生気を感じない……誰一人として。
そして、血の臭いが漂っていた。
「~っっ!!!!」
翔馬は孤児院に突撃する。
敵がいるとか、罠だとか、そんな事を考えている余裕はなかった。
家族の安否の確認、彼の頭の中にあるのはただそれだけだった。
しかし……庭園には屈強な武神たちの生首が山積みになっていた。
「…………ァっっ」
翔馬は思わず声を漏らすも、すぐさま孤児院内に入る。
誰でもいい、いいや全員……大切な家族だから。
生きていて欲しい……!!
探し回る。部屋の扉を次々と開けていく。
が、誰もいない。
「…………っっ」
冷や汗が頬を伝う。
リビングの扉の奥から濃厚な血臭が漂っていた。
翔馬はおそるおそる、ドアノブに手をかける。
意を決して開ければ、そこにはテーブルを囲んで子供達が椅子に腰掛けていた。
上座には父親と恋人の姿がある。
翔馬は思わず安堵した。
「良かった……みんな無事だったのか……」
しかし皆、無表情で押し黙ったままだった。
不意に、世良がうっすらと微笑みを浮かべる。
「待ってたよ……でも、遅かった……みたい……」
「……ぁ、ぁぁ、嘘だろう……っ」
そもそも、叱りつけるほど騒がしい子供達がこんなに大人しくしている筈がない。
その上、寝たきりで指一本動かせないはずの帝釈天が何故椅子に腰掛けているのか……
ゴトンと、音がした。
翔馬の足元にスイカの様なものが転がってくる。
それは、苦悶の表情を浮かべた帝釈天の生首だった。
それを皮切りに世良の首が落ち、続けて子供達の首がボトボトと転がっていく。
一斉に血煙が噴き上がり、天井まで真っ赤に染まった。
「うわ……っ、ああああッッ……アアアアァァ~~ッッッッッ!!!!!!!!!!」
途轍もない絶望が、翔馬を襲った。
◆◆
何度吐いたことだろう。
何度泣き叫んだことだろう。
眼前の惨状を見る度に、翔馬は気を狂わせている。
認めたくない。
こんなの夢だ、ただの悪夢だ。
しかし実際、家族達の生首が目の前にあった。
翔馬は涙と鼻水でグチャグチャになった顔で、恋人の生首に手を伸ばす。
両手でそっと、血の気のない頬を挟んで持ち上げる。
お転婆だが可愛らしい娘の姿は、既に失われていた。
優しく自分を見つめてくれていた瞳はどんよりと淀んでおり、肌は体温を失って冷たくなっている。
何度も口づけを交わした唇は、紫色を通り越してドス黒く変色していた。
「うぅぅ……ぐあああああァァァァァ!!!!!!」
恋人の生首を抱き締め、翔馬は吠えた。
そんな彼に、第三者の声がかかる。
「間に合わんかったか……すまぬ」
「……アンタ、は……?」
「我を覚えておるか、小僧。会うのは何年ぶりだ?」
神秘的でありなから邪気の塊。
狂乱と殺戮を司る禍津神。
濃紺色の肌、多数の腕。数多の英傑魔神の髑髏で造られた首飾り。
インド神話特有の戦装束に身を包んだ戦女神……
カーリー。
翔馬は彼女の事をよく知っていた。
実母の妹……叔母にあたり、その凶暴性から「今後絶対に関わるな」と両親から注意を受けていた要注意存在。
彼女の身から漂う濃い血臭を嗅ぎ取り、翔馬は一変修羅となった。
「アンタが……やったのか…………コレはアンタがやったのか!!!!」
灼熱を連想させる神気にカーリーは実姉の面影を重ねながら、首を横に振るう。
「仮にも元・八天衆、仲間を殺すような酔狂な真似はせんよ」
「…………じゃあ、一体誰が」
戸惑う翔馬に、カーリーは嗤いかける。
「心当たりはあるだろう? 孫悟空を奪い、帝釈天を再起不能にし、毘沙門天を堕とせる存在など……あ奴しかおるまい」
「……ッッ」
思い当たった。
実の父親でありながらこの世の者とは思えない、最悪の男……
しかし翔馬は首を横に振るう。
彼は冷静になっていた。
「待て。それはアンタが都合の良い様に仕向けているだけじゃないのか? 俺は……アンタの悪評を嫌というほど聞かされている」
「であれば何故、我は『元』八天衆なのか。何故、帝釈天は瀕死の重体で帰ってきたのか。……何故、毘沙門天は帰ってこないのか」
「それは…………っ」
「全てあの男の仕業よ。どれ……口で話すのも面倒だから見せてやろう。アイツの行ないの数々をな」
そうして翔馬の脳内に流し込まれる、悪鬼の所業の数々。
孫悟空を抱いてたぶらかされ、帝釈天は死ぬ寸前まで殴打される。
毘沙門天は……散々犯された挙げ句、雌犬に調教されていた。
「……ッッッッッ、おえェェッッ」
嘔吐するしかない。
翔馬にとって、あまりに残酷な映像だった。
カーリーは邪悪な笑みを絶やさずに告げる。
「奴は魔界都市の犯罪組織に依頼され、ここを完全に叩きにきたのだよ。我々八天衆は奴等にとって邪魔でしかないからなぁ」
「…………ッッッッ、~~~~ッッッッッッ!!!!!
翔馬の怒りは限界を突破していた。
完全に憎悪に呑まれている。
その身に纏うドス黒いオーラは、神々すら怖気づくほどのものだった。
カーリーは一変、穏やかな笑みを浮かべる。
「復讐したいだろう? 手を貸してやる。曲がりなりにも元、八天衆。この惨劇、やるせない。我が加護を授けよう。貴様の憤怒が、憎悪が、そのまま力となる」
カーリーは翔馬に最大限の恩恵を授けた。
それは殺戮と狂乱の権能……憎悪を際限なく増幅させ、力に変える一種の起爆剤である。
「復讐を果たせ。大切な家族を殺し、奪い、滅茶苦茶にしたあの男を、死も生温いほど後悔させてやるのだ」
『……ッッ、────────―ッッッッ!!!!!!!!』
翔馬、修羅に堕つ。
ドゥルガーの血肉を受け継いでいる翔馬は、カーリーの恩恵を最大限に受けることができた。
存在そのものが憎悪の塊になりつつある彼を眺めながら、カーリーは内心ほくそ笑む。
(哀れな餓鬼よ、全て我の仕業だと知らずに……クククッ、実にいい狂気だ。愉しませてくれよ)
カーリーは翔馬は都合のいい映像しか見せなかった。
しかしそれで十分だった。
それほど、翔馬は大和を信用していなかった。
カーリーは笑顔になるのを必死に堪えていた。
◆◆
その頃、大和はフラフラと中央区の大通りを歩いていた。
例の雌犬は気絶してしまったので、暇をもて余しているのだ。
と言っても、一週間飲まず食わずでセッ○スしていたので流石に腹がすいている。
彼は大衆酒場ゲートで久々に腹一杯飯を食うつもりでいた。
鼻唄混じりに歩道を歩いていた……そんな時である。
頭上から得体の知れない何かが降ってきたのは。
光速を遥かに超えた神速……いいや、無間速一歩手前の奇襲。
大和は難なく大太刀で受け止める。
そして胡乱な眼差しを襲撃者に向けた。
「誰だよ……って、ああ? お前は……」
『ヤマトオォ……ヤマドオオオオオオッッ!!!!!』
咆哮と共に繰り出された斬撃乱舞。
二刀から織り成される圧倒的な連撃を、しかし大和は鼻で笑いながら弾きとばす。
そして嗤った。
「来たのはお前か」
『ヤマドオオオオオオッッッッ!!!!!』
最早言葉が通じない。
完全に憎悪に呑まれている。
その身に纏うドス黒いオーラ……そして血涙を流す暗黒色の双眸を見つめ、大和は一瞬考えた。
(このドス黒いオーラ、親和性を見る限り間違いなくアイツが関わってる。……ふぅん、成る程。けしかけたってワケか、面白半分に)
大和は口角を歪めた。
ギザ歯を剥き出し、凶悪に嗤う。
「遅かれ早かれこうなってたんだ、是非もなしだぜ」
『ッッッッ』
「オラ!! かかって来い!! お前の人生滅茶苦茶にした糞野郎が目の前にいるぜ!! 本気で殺しに来い!!」
『ァァァァァ────ッッッ!!!!』
大和は脇差しを抜き放ち二刀流になると、我武者羅に突撃してきた翔馬を受け止めた。
親子同士の、救いのない殺し合いか始まった。