Villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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五話「武人と殺し屋」

 

 

 

 酒場の空気が重くなる。

 鉛が纏わり付くかの様な感覚に、客人達は総じて眉を顰めた。

 

 殺気──

 

 静まり返る店内に、疾風の爽やかな声が響き渡る。

 

「真剣勝負を申し込みます。……受けてくださいますか?」

「やだ♪」

 

 場の空気が凍り付いた。

 大和はシッシと煩わしそうに手を振る。

 

「依頼をキャンセルしな。今なら見逃してやる」

「できませんね」

「……二度は言わねぇぞ?」

「私も、二度は言いません」

「…………ハァァ」

 

 大和は心底面倒臭そうに溜息を吐いた。

 その後、鬱屈げに言う。

 

「わーったよ……それでも、この場で殺し合いってのは止めようや。ネメアの奴がブチ切れる」

 

 大和の視線の先には──額に青筋を立てているネメアがいた。

 尋常じゃ無い怒気を放っている。

 あまりの圧力に、客人達が悲鳴を上げた。

 

 酒場の緊迫感が一層高まる。

 一色触発の空気の中、疾風は苦笑した。

 

「私の標的はあなた一人です。外に出ましょう、周囲の方達には迷惑をかけたくない」

「……」

 

 疾風からの提案。

 大和はネメアを見る。

 

 ネメアは強い眼差しで店外を指した。

 大和は肩を竦めると、手前に置いてあったラムを掲げる。

 

「一本くらい飲ませてくれや」

「殺し合いの前に酒を飲む? 冗談はやめてください、師匠」

「テメェ程度の雑魚、酔ってても殺せる」

「ッ」

 

 唇を噛み締める疾風。

 大和はケラケラと笑った。

 

「テメェも飲めよ、最後くらい師匠に気ぃ遣えや」

「…………」

 

 大和からグラスを投げ渡され、疾風は無表情でキャッチする。

 

「……では、水を一杯だけ」

「おう♪」

 

 大和は笑顔で頷くと、ラムを豪快にラッパ飲みした。

 疾風はグラスに冷水を注ぎ、口に含もうとする。

 しかし──

 

「…………」

 

 グラスに唇を付けず、手を止める。

 グラスの淵を指でなぞり、鼻を近付けた。

 疾風は呟く。

 

「……毒、ですね」

「ありゃ、バレちまったか」

 

 大和は舌を出す。

 開き直ったのだろう、疾風に対し毒を吐いた。

 

「アー面倒臭ェ、マジで面倒臭ェ。おとなしく死んどけよクソッタレ」

「~っ」

 

 師のあまりの言い様に、疾風の顔が歪んだ。

 

「貴方は……仮にも真剣勝負を挑んだ相手を、毒殺するんですかッ」

「殺しに真剣も糞もあるか、馬鹿が」

「……ッッ」

 

 同じ武術家でも、ここまで主張が違うものか──

 疾風は歯ぎしりした。

 

「やはり貴方は武人では無い。武術家では、無い」

 

 肩を震わせている疾風に、大和は嘲笑する。

 

「俺が武術家を名乗らねぇ理由はな、テメェみてぇな信念だけが一丁前の雑魚に絡まれたくねぇからだ」

「……」

「楽に金を稼げて、邪魔な奴を手っ取り早くぶっ殺せる「技術」。それが俺の武術だ」

「ッッ」

 

 一人の武術家として、今の言葉は看過できるものではなかった。

 疾風は思わず構えそうになる。

 

 それを手で制し、大和は立ち上がった。

 

「行こうぜ、外に」

「……」

 

 歩き始める大和。

 疾風は険しい表情のまま、その背に続いた。

 

 

 ◆◆

 

 

 酒場を出ると、騒がしい夜景が二人の眼前に広がった。

 大和は立ち止まり、懐からラッキーストライク(煙草)を取り出す。

 火を点けると、背後にいる疾風に告げた。

 

「お前に武術の基礎を叩き込んだ後、俺ぁ言わなかったか? 何事も程々にしろって」

「……」

「殺しも、女も、酒も、博打も、ハマり過ぎると命を落す事になる。……この助言、俺なりに気を遣ったつもりなんだがなァ」

 

 振り返る大和。

 疾風は頭を下げた。

 

「武術の基礎を教えて頂いた御恩、忘れた事はありません。……ですが、お覚悟を」

 

 腰に帯びた太刀に手を伸ばす疾風。

 

「……ったく、真剣勝負なんざ挑まずに、とっとと殺しにくればよかったのによォ」

 

 大和は苦笑した。

 

「──だからテメェは馬鹿なんだ」

 

 その言葉を耳にした瞬間、疾風は地面に崩れ落ちる。

 思い通りに動かない肉体に、疾風自身が驚愕していた。

 

「何が、起こって……ゴフッッ」

 

 その口から溢れ出たのは、濁った血。

 疾風は血に混じるニオイを嗅ぎ分けると、その碧眼を見開いた。

 

「毒……ッ、何故……寸前で回避した筈ッ、それが、グボッッ」

 

 再度吐血する。

 胸を抑え激痛に耐える彼の前に、大和は屈んだ。

 

「お前、最近アラクネの奴と寝たろ?」

「!!」

「アイツぁ毒素の塊みてぇな女でな。普段は毒の分泌を抑えて、誰とでも楽しめるようにしてるんだ」

「ッ」

 

 大和は不気味に唇を歪める。

 

「でもな、アイツと交わると少なからず毒素を体内に宿す事になる。その毒素は普段無害なんだが──俺が開発した秘蔵の毒を使うと、反応して致死性の猛毒に変わる」

「!!?」

「匂いを嗅がせるだけでいいんだ。スゲェだろ?」

 

 自慢げに笑った大和は立ち上がり、紫煙を吐き出す。

 

「もって10秒ってところだ……あばよ馬鹿弟子。今度は地獄の鬼相手に「武術家ごっこ」を楽しんでこい」

 

「く、ァ……ああァッッッッ!!!!」

 

 疾風は最後の力を振り絞った。

 渾身の抜刀術を放つ。

 

 満身創痍。しかし全身全霊。

 あらん限りの闘気を込めた、渾身の斬撃。

 

 しかし、斬撃は虚しくも大和の横を掠めただけたった。

 背後の高層ビルが何棟も両断される。

 

 大和は微動だにしなかった。

 ただ、嗤っていた。

 

 

「さっさと死ね」

 

 

 嘲笑。

 それを最後に、疾風は絶命した。

 死に絶えた肉袋を一瞥し、大和は煙草を吸う。

 紫煙をくゆらせた後、スマホで「ある一団」に電話をかけた。

 

『ほいほい幽香だぜ! どうした大和……ってうおお!!? 目の前のビルが両断されたァ!!?』

「死体を一体買い取ってくれ。それなりに腕の立つ武術家だ。そのビルも、ソイツが斬り倒した」

『マジでか!! 状態は!?』

「毒素が回ってる。が、しっかり毒抜きすりゃあ問題無い。四肢欠損も無しだ」

『最高じゃんか!! 何処だ!? 今すぐ行く!!』

「ゲートの前だ。目印で俺の大太刀を突き立てて置く。早めに頼むぜ」

『おうさ! 買い取り手を探すから、報酬の受け渡しは後日改めてな!』

「はいよ。じゃーな」

 

 通話を止めると、大和は煙草をポイ捨てする。

 次に疾風の得物と財布を頂戴した。

 財布の中身を確認すれば、がっくり肩を落とす。

 

「しけてやがる……まぁ、コレ売ったらそれなりの額になるか」

 

 大和は疾風の得物を手の中で弄ぶ。

 その後、己の得物である大太刀を抜き放ち、死体の前に突き立てた。

 

 赤柄巻の大太刀は大和の主力武器として有名だ。

 コレを刺しておけば、余程の馬鹿じゃない限り横取りしようとはしない。

 

 現に、おこぼれを頂戴しようとしていた輩が舌打ち交じりに去って行く。

 大和は肩を竦めた。

 

「酔いも覚めちまった……飲み直しだな」

 

 踵を返す大和。

 感傷もなければ、後悔もない──

 大和は弟子を殺した事に対して、微塵の感慨も抱いていなかった。

 

 殺す必要があったから殺した。

 大和にとって、ソレは十分過ぎる理由だった。

 

 武人と殺し屋。

 

 殺すという事柄に於いて、殺し屋である大和のほうが何枚も上手だった。

 腕前も、心構えも──

 

「さっきの女達、まだいるかなぁ」

 

 下駄をカランカラン鳴らしながらゲートへ戻っていく大和。

 すると、店の前に金髪の偉丈夫が立っていた。

 ネメアである。

 彼は眉間にこれでもかというほど皺を寄せていた。

 

「話がある。店の中に来い」

「…………アー、ちょっと急用思い出したわ。帰る」

「逃がさん」

 

 回れ右をした大和の首根っこをネメアは掴み取る。

 そのまま店内へ引きずっていった。

 

「オイ、待てよネメア。何でそんなに怒ってんだ?」

「店内で毒を使っただろう」

「被害は出なかったじゃねぇの」

「そういう問題じゃない。いいから来い。今夜は説教だ」

「ちょ、待てって、オイ……なぁネメア、この引きずり方やめてくんね? なんかアホっぽい」

「丁度いいだろう、このド阿呆が」

 

 世界最強の殺し屋が問答無用で引きずられていく。

 その光景は中々にシュールだった。

 

 

 ◆◆

 

 

 時間帯は深夜。

 東京都の某区、とある豪邸にて。

 彼岸花が舞い散る。

 その花びらは生臭く、至る所にこびり付いていた。

 

 此処はとある政治家の私有地。

 現在、襲撃を受けている。

 護衛、家族使用人、等しく皆殺しにされていた。

 

「……そんな、何故ッ、何故……ッッ」

 

 黒髪を綺麗に整えた壮年の男性。

 彼は顔面を蒼白に染め上げていた。

 逃げて、逃げて、最後に自分の私室にたどり着いた。

 その頬に付着した血が、彼の眼前で起こった惨劇を物語っている。

 

 男性は総身を抱きしめながら、何故この様な事が起こったのか──必死に考えていた。

 

 唐突に、スマホの着信音が鳴り響く。

 男性は飛び跳ねそうになりながらも、画面を確認した。

 映し出された名前を見るや否や──表情を歪ませる。

 悲哀と憤怒、両方の感情を込めて、男性は応答した。

 

「貴方ですか……貴方なのですか──大黒谷(だいこくだに)首相ッッ」

『ハッハッハ、まだ生きているとは……存外しぶといじゃないか。でも大丈夫だよ、もうすぐ死ねるから』

 

 歴戦の相撲取りの如き巨漢は、電話越しに分厚い唇を歪めた。

 内閣総理大臣、大黒谷努(だいこくだに・つとむ)

 彼の声音は明るく、しかし男性には酷く冷淡に聞こえた。

 

「何故ですか!! 何故、この様な惨い仕打ちをッ!!」

『君が喧嘩を売ってきたんだろう?』

「それでも妻子は、使用人達は、関係無かった……ッッ」

『君が選択した未来だ。君の配慮無き行動が、彼女達を殺したのだよ』

 

 無慈悲な言葉。

 男性は唇を噛み締め、血を滲ませる。

 

「大黒谷ィ……ッッ、お前は、お前という奴はッ!!!!」

『君は良き政治家だった。しかしね──良過ぎたのだよ』

「……何を、言って」

『この世界がどれだけの「闇」を抱えているか──君なら理解しているだろう?』

「ッ」

 

 男性は息を飲む。

 彼は、その「闇」を駆逐せんがために暗躍していた。

 自らの手を汚してまで、「闇」と戦おうとしていた。

 

 その結果、現在の惨状が在るのだ。

 まるで弱みを突かれたかように、男性は二の句を出せなかった。

 

『世界中のあらゆる「闇」が詰め込まれた場所、デスシティ。君は此処を嫌悪し、排除しようと目論んだ。……困るんだよ。あそこは世界にとって、必要不可欠な場所なんだ』

『あんなッ、悪という悪が集った場所が!! 世界にとって必要不可欠!!? 認めない!! 断じて!!」

 

 男性は正義感が強い。

 だからこそ認められなかった。

 国が、政府が、あのような都市を黙認している事実を──

 

 しかし、大黒谷は冷酷に告げる。

 

『現実から目を逸らさないで欲しい。考えてみてくれたまえ。何故、我々の世界が平穏無事なのかを』

「……」

『人外の過半数がデスシティに移住してくれたおかげで、人類は搾取される側ではなく、する側に立てている。何より、日夜齎される莫大な利潤が世界経済を支えているのだよ。このパイプが切れてしまえば、困るのは我々だけではない。文字通り、世界が傾く』

「貴方が!! よりによって貴方が!! 犯罪都市を肯定するのか!!? 何とも思わないのか!! あの矛盾の坩堝を!! 仮にも政治家だろうッ!!」

『……ふぅ』

 

 電話越しに、大黒谷の溜息が響き渡った。

 そのため息には、深い落胆が込められていた。

 

『もう時間が無い、この際はっきりと言っておこう。政治家は人間だ。そして、人間は綺麗であろうとしても獣の如き欲を隠し切れない。この欲を否定するのは、人間という種族を否定する事と同じだ』

「何が言いたい……ッ」

『人間の上に立っているのは、人間なのだよ。神でも英雄でも無い、ただの人間だ。……私は人間の善性も、悪性も、尊いものだと思っている』

 

 

 

 ────君は、あまりにも正し過ぎた。人間は、世界は、君の様に正しく無い。

 

 

 

 その言葉を最後に、男性の首が跳んだ。

 首を失った胴体。そこから間欠泉の様に鮮血が迸る。

 男性の首を刈ったのは、暗殺者だった。

 漆黒のマスクを被った不気味な存在。

 彼は床に落ちたスマホを手に取った。

 

「任務、完了致しました」

『御苦労。死体を処理した後、戻ってきなさい。後始末はこちらでする』

「かしこまりました」

 

 頷き、闇に消える暗殺者。

 総理大臣直轄の暗殺部隊は、全員デスシティの住民だ。

 表世界の住民が敵う道理は、万に一つもない。

 

 そして、そんな彼らの総力を以てしても努には傷一つ負わせられない。

 

 大黒谷努。真名を関太郎吉(せき・たろうきち)

 信濃国小県郡大石村出身の元・大相撲力士。

 四股名は「雷電爲右エ門(らいでんためえもん)」。

 

 史上最強と名高い相撲取りだ。

 

 彼は数十年前、世界最強の拳法家四名に与えられる「四大魔拳」の称号を返上し、日本の総理大臣になった。

 

 愛国者である彼は最強の称号よりも母国の安寧を優先したのだ。

 

 この後、強力な情報操作によってこの事件は闇に葬られた。

 まるで、何も無かったかのように……

 

 世界は何時だって不条理だ。

 正義の味方が勝つのはお伽噺の中だけ。

 都合の良い英雄など、何処にも存在しない。

 

 善悪のバランスは常に拮抗している。

 表世界が平和であればある程、デスシティの闇は濃く深くなる。

 

 森羅万象。陰陽の理。

 光と影のバランスは、常に保たれている。

 誰でも無い、表世界の権力者、その頂点に君臨する者達によって──

 

 

 世界は、どこまでも残酷だった。

 

 

《完》

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