一話「堕淫」
肉を食いちぎるための鋭い歯が開けられ、漏れたのは甘い嬌声だった。
濃紺色の肌は汗で濡れており、六を越える多腕は跨がっている益荒男の腰を誘うように撫でる。
腰がリズミカルに揺れれば腹の奥を削られ、全身に快感が駆け巡る。
90を越える豊満な乳房が「ぶるん」と激しく自己主張した。
殺戮と狂乱の戦女神──カーリー。
彼女は何時もの凶悪な笑みを浮かべていない。
蕩けきった顔で、甲高い喘ぎ声を上げていた。
◆◆
数時間後。
満足したカーリーは甘ったるい余韻に浸りながら、男の厚い胸板を長い舌で舐めていた。
彼女は上擦った声で告げる。
「我をまるで生娘の様に鳴かせるとは……コッチの方も世界最強だな。神魔霊獣、あらゆる女が魅了されるワケよ……あの堅物が雌犬に堕ちるのも頷ける」
その言葉に益荒男、大和は笑った。
「世界最悪の女神も、ベッドの上じゃあ可愛いもんだ」
漆黒の艶髪を撫でられ、カーリーはまるで子猫の様に目を細める。
大和は聞いた。
「で──楽しかったか? 今回の殺戮は」
「フフフ、応ともさ。救いようのない哀れな餓鬼の物語……最高だった。アレが実の甥っ子なのだから堪らぬな。それに、我自身も強化されたぞ。帝釈天の血肉に神格武装、強力な異能力を持つ餓鬼共の魂……いやはや、大満足だ。特に帝釈天と毘沙門天の娘の血肉は最高に美味かった……!」
らしい笑みを浮かべたかと思えば一変、雌の顔つきになる。
カーリーは瞳を潤ませ、熱い溜め息を吐いた。
「ハァァ……貴様も罪な男よ。この逞しく凶悪なモノ、コレで何人の女を堕としてきた? 全く……我もハマってしまったわ。貴様以外の男ではもう満足できぬ」
何本もの手で大和の剛直を撫でる。
未だ鋼鉄の如き硬さを維持しているソレに、カーリーは思わず生唾を飲みこんだ。
「……まだ、いけるよな?」
上目遣いされ、大和は妖艶に笑う。
「気が済むまで相手してやるよ」
「ああ……本気で惚れてしまいそうだぞ、大和♡」
◆◆
戦女神の昂りを慰められる男など、そうはいない。
以前までそう考えていたカーリーだが、認識を改めざるをえなかった。
戦女神も所詮女であり、強き雄に抱かれると多幸感に満たされてしまうということを──
神魔霊獣、ありとあらゆる女が『彼』に魅了される理由がわかった。
野性的でありながら妖艶。世界最強を誇る逞しい肉体。そして誰にも屈しない孤高の魂。
更に精力絶倫、百戦錬磨の床上手ともなれば……最早敵う雄など存在しない。
カーリーは純粋に大和という男に惹かれていた。
だからこそわかる…………
「そう、お前に魅了されている女は全面的にお前を肯定してしまう。善悪の区別すらできないほどに、お前の虜となってしまう。……フフフ、まるで麻薬だな」
「……」
「傾国の美女とは良く聞く話だが、男で……それも世界中の女を惑わす存在など、お前しかおらんよ」
蛇のような長い舌で大和の剛腕を舐めるカーリー。
余程彼の事を気に入ったのだろう、全身から愛のオーラが溢れている。
大和は鼻で笑う。
「俺が麻薬だとして……扱い方はそれぞれだ。溺れて駄目になるのか、程々に愉しむのか……お前はどっちだ? カーリー」
「ううむ、このままでは溺れてしまうかもしれん……我も悟空や他の奴等の事を言えんなぁ」
唸るカーリーに、大和は気になっている事を聞く。
「そもそもお前、大丈夫なのかよ。八天衆のリーダーを殺したんだろう? 帝釈天はまがりなりにもインド神話の元・頂点だ。いくらお前が現最高神の嫁だとしても、無理があるだろう」
「フフフ、安心しろ。良い後ろ楯を見つけた。インド神話の平和ボケにはいい加減ウンザリしていたからな……丁度いい」
「つー事は、録な組織じゃねぇな。何処だ? 七魔将か、それともネオナチか?」
「内緒だ♪ 近いうちにわかるだろう……まぁ、惚れた弱みというやつだ。お前が我の男になるというのであれば、教えてやらんでもない」
「ほざけ、淫乱女神が」
「ああんっ♡」
尻を揉まれ、カーリーは喘ぎ声を上げる。
大和はやれやれと肩を竦めた。
「そんな余裕があるって事は、中々にデカい組織だって事だな。ふん……八天衆が無くなった影響は中々にデカいぜ。アイツらはまがりなりにも世界の守護神だったんだ。これから色々な問題が出てくるだろう。気の早い奴等は、もう動きはじめてるんじゃねぇか?」
すると、大和の傍らに置いてあったスマホが鳴り響く。
内容を見た大和はクツクツと喉を鳴らした。
「ほぅら、噂をすればだ」
「依頼か?」
「ああ、五大犯罪シンジケートからだ。今一番忙しい奴等なんじゃねぇの? 団体からの依頼は久々だな……依頼料は期待できそうだ」
「むぅ……」
カーリーはむくれっ面で大和の腕に抱きつく。
その乙女っぽい意思表示に大和は苦笑した。
「そんな顔すんなよ、生娘かお前は。……ったく」
呆れながらもカーリーの頬にキスを被せる。
「仕事が終わればまた相手してやる。……最も、お前がその気ならの話だが」
「待っておるよ、だからはよう帰ってこい。……あと3日はお前が欲しい」
「ククク、チョロい女。……でもいいぜ、他の女共よりはマシだ」
大和は立ち上り、デスシティで流通している簡易魔術札を二枚掴む。便利なアイテムだ。
一枚目は身体の洗浄。歯に至るまで清潔になる。
二枚目は着衣。何時もの一張羅を一瞬で纏える。
大和は財布とスマホを懐にしまい、ぼやいた。
「シャワーくらい浴びたかったんだが……緊急の用件らしい。とっとと終わらせてくる。あと」
大和は財布……札束入れから3つの百万円札を取り出し、カーリーの足元に投げる。
同時に名刺も投げた。
「暇ならデスシティの観光でもしとけ。その金額なら半日は持つだろう。容姿を変化させるのを忘れるなよ? そんでもって、その名刺は俺が贔屓にしてる観光屋の連絡先だ。俺の名前を出せば多少言うことを聞いてくれる。ウォンって名前の胡散臭い男だ。中々腐った奴だから、テメェとの相性は良い筈だぜ」
「うむ……そうだな、少しばかりこの都市を堪能するのもありかもしれん。しかし『半日』と言ったな? 言質はとったぞ」
「ククク……女神はチョロいのに我が儘なところは一緒だな」
らしい笑みを浮かべ、去っていく大和。
真紅のマントを靡かせるその後ろ姿を、カーリーは蕩けた顔で見送った。