villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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二話「五大犯罪シンジケート」

 

 

 大衆酒場ゲートの真裏にある魔界都市最大の高層タワー、『ヘル・サンシャイン』は五大犯罪シンジケートの権力の象徴である。

 そして、あらゆる犯罪組織から畏怖される魔王城でもあった。

 

 分厚い曇天に届かんばかりの偉容はまるでバベルの搭。

 しかし罰する神がいないため、最上階までキッチリと仕上がっている。

 

 今宵、五大犯罪シンジケートによる夜会が開かれる。

 各派閥の頭目が集い、交遊と牽制を含めた談笑を繰り広げるのだ。

 流石のデスシティの殺し屋達も「この機を狙って」……などとは考えない。

 

 各頭目はデスシティの強者達をたらふく抱え込んでおり、その気になれば一国を半日で滅ぼす事ができる。

 

 彼等は裏世界を牛耳る現世の魔王達……

 此度、夜会に集まったのは四つの勢力。

 

「やれやれ……今夜も欠勤ですか。東洋人は思ったよりも不義理な方達ですね」

 

 呆れ混じりに囁いたのは綺麗な男性老人だった。

 白髪、皺の入った顔でも醸し出す色気は女を惑わせる。

 豪華絢爛なスーツとコートを羽織った彼は「セザール・カンデラ」。

 マフィアという呼称の起源になったシチリアマフィア『フロンテ・ファミリー』のドンだ。

 

 フロンテ・ファミリーの活動内容は最初こそ麻薬取引、殺人及び暗殺。密輸、密造、共謀、恐喝及び強要。みかじめ料の徴収、高利貸しなどの所謂犯罪組織然としたものだったが、最近は合法、非合法問わず直接的な金銭の流通……主に銀行業や不動産業に力を入れている。

 最近は流行りの電子マネーに注目しているようだ。

 

 マフィアの王族とも呼べる彼の愚痴に、チャイナドレスを着た可憐な美少女が苦笑をこぼす。

 

「そう言わないであげないでくださいませ、お爺様。彼等は任侠道なるものを貫いているのです。最も、金銭面に於いて全く役に立たないただのプライドですが……彼等にとっては大切なものなのでしょう」

 

 擁護か皮肉か、わからない発言をしたのは華僑系マフィアの総元締め。

 貪狼連合(たんろうれんごう)の総帥「汪美帆(ワン・メイファン)」。

 

 彼女達は臓器や奴隷売買を主な活動内容としている。

 西区の一画を完璧に占領し「人間牧場」なるものを経営しているのは有名な話だ。

 臓器売買に関わる殆どの犯罪者が貪狼連合の傘下にあり、許可なく売買を行った者達には苛烈な制裁が施される。

 他にも北区のカジノ街──特に奴隷市場を取り仕切っており、表世界に於いては本土の経済発展に便乗して電子機器、服飾デザインなどにも手を出している。

 中国政府に対する圧力は絶大であり、莫大な資金を融通して貰っている中国政府は彼女たちの命令に逆らえない。

 

 そんな中華の裏番である彼女は一見、可憐な美少女だ。

 濃紺のチャイナドレス、白磁の如き柔肌。

 発展途上とは思えない豊満な肢体。そして女神もたじろぐ完璧な顔立ち。

 シニョンで纏められた黒髪は艶やかであり、既に男を惑わす魔性の色香を放っている。

 彼女はその容姿に不釣り合いな冷酷な笑みを浮かべていた。

 

 すると、右隣に腰かけていた美男が愚痴る。

 

「そうさな……アレらの任侠道なるものは理解し難い。合理性に欠ける。しかし……それを貫けるだけの力があるのもまた事実だ。この都市にいる若頭やその補佐はともかく、組長とその側近共は歴戦の猛者……現に俺も苦戦している」

 

 忌々しげにそう言ったのは金髪を適度に伸ばした白人男性だった。

 しなやかで鍛え込まれた肉体は百戦練磨の軍人を彷彿とさせる。

 現に、彼はスーツの上から旧ソ連の軍服を羽織っていた。

 ロシアンマフィアの誇る戦闘特化の精鋭部隊『アールミヤ連隊』の隊長、「アレクセイ・ヒョードル」。

 

 彼等は特異な存在だった。

 表向きは一部隊に過ぎないが、実際はロシアンマフィアの総元締め。

 隊長ヒョードルとその配下は元・ソ連の軍人であり、第二次世界大戦に於いてはあのドイツナチス……ソロモン率いる魔軍勢から祖国を護りきった英雄だ。

 

 アールミヤ連隊の仕事は荒事専門。

 しかし影で表世界のロシアンマフィアをとり仕切っている。

大頭目(スレヴィニン)」であるヒョードルを筆頭に「頭目(ヴォール)」が複数存在し、それぞれの仕事に取りかかっているのだ。

 

 活動内容は多岐に渡り、表世界の犯罪、違法売買の殆どに関与している。

 小規模な組織での恐喝、売春から大規模組織による国営企業や民間企業の乗っ取り。薬物売買、マネーロンダリング、武器の密輸など。

 

 活動範囲はヨーロッパ全域、南北アメリカやイスラエルを中心に全世界60ヵ国まで及び、各国に支部が存在しており構成員は百万人を越えている。

 

 表世界で最も権威ある犯罪組織だ。

 

 そんな彼らが煮え湯を飲まされている存在……此処にはいない五十嵐組の組長と幹部たちの強さは、ある意味異質だった。

 メイファンは悪戯半分に問う。

 

「戦闘力、組織の規模。共に我らの中でも随一の貴方が苦戦するとなると……やはり侮れませんね。五大犯罪シンジケートに名を連ねるだけはあります」

「誠に遺憾ながら、な。奴等の縄張りである日本国はまだ北の端……北海道しか制圧できていない。それも少し油断すれば追い返されそうな勢いだ」

「日本国の首相……大黒谷努さんの力を借りても、ですか?」

「ああ、それだけの強敵だ。全く……手の焼ける。考えれば考えるほど忌々しい」

 

 そう言いながらも嗤っているのは、ヒョードルが根っからの軍人……戦士であるからだろう。

 メイファンはクスクスと笑うと、打って変わって冷ややかな視線を横に向ける。

 

「それで……貴方は? ルプトゥラ・ギャングの総帥はディエゴ・コラレス氏。貴方は……一体誰なのですか?」

 

 メイファンの問いに、待ってましたと言わんばかりに立ち上がった美青年。

 癖のある赤みがかかった金髪を肩まで流した彼は服装といい、雰囲気といい、何処か垢抜けなさがある。

 彼は周囲の視線をものともせずに自己紹介をはじめた。

 

「はじめまして、皆様方! 私、父の代理でやってまいりました、ロベルト・コラレスと申します! 若輩者ではありますが、此度は代理として相応しい振る舞いをしたいと思っています! どうぞよろしくお願いいたします!」

 

 慇懃ながら気に障る声音に、メイファンは思わず眉を潜める。

 最後はルプトゥラ・ギャング。

 メキシコ系ギャングの総元締め、麻薬界隈の頂点に君臨している極悪犯罪組織だ。

 

 こうして、現世の魔王達が顔を揃えた。

 

 

 ◆◆

 

 

「……ディエゴ氏の代理が貴方にできると、私は思えませんが」

 

 メイファンの鋭い言及に、ロベルトは恭しく頭を下げた。

 

「確かに、私はまだ経験不足。しかし、だからこそ……それを補うためにこの場にいるのです」

「「「……」」」

「私は自分を才ある者だと自覚しています。貴方達は今はまだ格上です。が……何時か必ず追い付けると確信しています」

「ふっ、口が達者ですね」

 

 メイファンは鼻で笑うと側近から耳打ちを受ける。

 ディエゴ・コラレスは新しい農園……カリブ海にある小さな島を視察中とのことだ。

 

 彼女はやれやれと肩を竦めると、早々に今夜の本題へと入った。

 

「では皆様方、今回集まっていただいたのは今後の我々の方針のおさらい。そして、新たに出てきた問題の解決についてです」

「「「……」」」

 

 皆が静聴の姿勢に入った事を確認し、メイファンは続ける。

 

「世界の守護神たち……八天衆が事実上解散となった今、我々にとってはチャンスの到来であり、同時にリスクの到来でもあります。しかし、我々が望んでいた展開です。これからは頻繁に合同会議を開き、随時方針を定めていく……という事でよろしいですか?」

「「「異議なし」」」

「では次に……やはりと言いますか、この機に乗じる輩が現れました。香港に拠点を置く多国籍企業の社長です。主に私たち貪狼連合に牙を向けてきています。目的は香港マフィアの独立、強化でしょう。八天衆無き今、個人で操れる力が欲しくなったのだと思われます。彼ら自体、商売敵でもあるため非常に鬱陶しい……なので早々に駆逐しようと考えているのですが」

 

 メイファンは眉根をひそめる。

 

「あちらが雇った殺し屋達が厄介なのです。デスシティでSSクラスの殺し屋チーム。『千手の魔拳士』『必殺必中の魔法狙撃手』『見えざる透明刃の剣士』『多彩かつ奇怪な(トラップ)を駆使する幻妖からくり師』。先日、幹部ごと一支部が潰されました。今はとても重要な時期……信頼できる部下は一人でも残しておきたい。故に私は早々にジョーカーを切るつもりでいるのですが……」

 

 メイファンは困惑した表情で一同を見渡す。

 

「依頼料を負担してくれると伺いました……本当でしょうか?」

 

 メイファンの懸念に、各々が答える。

 

「お嬢様にはご恩があります。お気になさらず」

 

 セザール・カンデラは優しげに微笑み、

 

「元々、帝釈天を殺すために集めていた金があるだろう? それを使えばいい」

 

 アレクセイ・ヒョードルは当然の様に頷く。

 そして問題のロベルト・コラレスは……

 

「異議なしですよ、メイファン殿。何なら私共が全額負担してもかまわない。金には困っていませんからね」

「……」

「金よりも大切なものがある。我々が足並みを揃えなければ話は始まらない。今は特に……そう私は愚考いたします」

 

 優雅に礼をしたロベルトに、メイファンは目を丸めた。

 そして、思わず吹き出す。

 

「ふふふっ、驚きました。第一印象とはかなり違いますね」

「印象で人を決めつけるのはよくありませんよ。あと、今夜ディナーでも如何でしょう? ミス・メイファン。絶対に退屈はさせません」

「魅力的な提案ですが……お断りします。私を手懐けられる男性は天上天下、ただ一人なので」

「これは……噂通りでしたか。しかし真正面から断っていただけるとは、むしろ光栄です」

「あら? うふふ……つくづく面白い方ですね。どうでしょう? 今夜はロベルトさんのお話を聞きながら今後の方針を定めていくというのは」

 

 メイファンの意見に、セザールとヒョードルは快く頷く。

 

「私もこの子を気に入りました」

「見所のある坊主だ、ウチに欲しいくらいだよ」

 

 世辞のない言葉に、ロベルトは思わず破顔した。

 

 


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