Villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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三話「観光案内屋」

 

 

 カーリーは変装を済ませた。

 肌色を変えて腕を二本にしただけだが、十分だと判断する。

 肝心の存在感は権能でどうにでもなる。

 服装は今時のものを着ればいい。

 

 カーリーは考えた。

 先ほど大和に紹介して貰った観光案内屋……ウォンという存在。

 魔術回線で通話したら、カーリーの素性を詳しく聞かずに依頼を引き受けてくれた。

 5分以内に迎えに来るという事で、大人しく待っている。

 

 時計を見て頃合いだと判断したカーリーは大和の部屋から出た。

 二階建ての質素なアパートだ。

 ボロボロで、大和以外は誰も住んでいない。

 足音も鳴り響く安い鉄製の足場に踏み込んだカーリーは、邪悪な気配を感じとり目を向ける。

 

 胡散臭いながらも美形な中国人が佇んでいた。

 歳は20代前半ほど。肩にかかる程度のストレートの黒髪に狐を連想させる糸目。

 きめ細やかな白肌に整った顔立ちと……中々の美男である。

 しかし、どこか不気味な気を漂わせていた。

 それが胡散臭さに起因しているのだろう。

 

 彼は中国の民俗衣装特有の分厚い袖で口元を隠しながら、軽い会釈をする。

 

「ドーモ。私、ウォンという者ネ。しがない観光案内屋……主に雑誌の刊行や旅行プランの組み立てなどをしているヨ」

「…………」

 

 軽い口調だ。客商売に慣れているのだろう。

 しかしカーリーは見逃さない。

 

「邪仙か、それもかなり高位の」

「アイヤー、バレてしまたカ。ハイハイ、私邪仙ネ。と言ても戦闘はからっきし。私、お金欲しいだけネ〜」

「そうか? 中々鍛えている様に見えるが……」

「最低限の功夫(クンフー)はしてるネ。最も、護身術程度だけド」

「……ふん、大和が胡散臭いと言うだけはあるな」

 

 カーリーの言葉に、ウォンはクスクスと嗤った。

 

「大和サン、人使い荒いネー。でも殺戮と狂乱の女神サマ相手にお断りも出来ないし……ま、大和サンには色々とお世話になてるし、仕方ないアル~」

「……」

 

 既に正体を看破されていた。

 やはりかなり高位の邪仙……

 

 カーリーは内心ワクワクしていた。

 何故なら、彼が稀に見る大悪党だからだ。

 魂の先まで真っ黒、良心というものがまるで無い。

 

 邪悪の塊である。

 

 カーリーは早々に彼を信頼した。

 親近感が湧いたのだ。大和からの紹介というのも拍車をかけている。

 

 当のウォンは飄々とした調子で「では、魔界都市をご案内するヨー」と歩き始めた。

 その背に付いていくカーリー。

 

 カツカツと古びた階段を下りていく。

 カーリーは気紛れに問うた。

 

「観光案内屋、だったか? 魔界都市専門のか?」

「そうネー。この都市、娯楽の宝庫。暇を持て余した金持ちには丁度いい遊び場アル。最も、命の保証はしないケド。報酬たくさんくれるお客サンなら兎も角、無知な成り金はイイ鴨ネー。おかげで商売繁盛ヨ」

「ほぉう」

「私、怖がりだから普段はデスシティの外にいるアル。ここで生活してたら何時死ぬかわからないカラ。今日は大和サンからの頼みと、買っておきたい品が幾つかあったから来たネ。勿論、カーリーサンの機嫌を損ねたくない、っていうのもあたヨ~」

 

 階段を下りながらウォンの話を聞いていると、アパートの門前に三名のキョンシーを見つけた。

 キョンシー、とわかったのは額に札を張り付けているからと、生気を感じさせないからだ。

 既に死人である。

 

 しかし三人とも、極上の美少女だった。

 

 一人目は真紅のロングヘアーにスレンダーな体型の剣士。

 纏う気配から察するに恐らく吸血鬼。

 

 二人目は緑のゆるふあヘアーに狼の耳を生やした獣人。

 腰のホルスターに魔拳銃がぶら下がっているので、恐らく銃使い。

 

 そして三人目は濃紺のショートヘアーと豊満な肢体が特徴の娘。

 身体付きからして、生前はかなりの拳法家だったのだろう。

 

 三名はウォンを確認すると揃って頭を下げる。

 生気は感じないが、最低限の知能は搭載されているらしい。

 

 ウォンは彼女達を紹介する。

 

「私のボディーガード、自作のキョンシーアル。右から『甲』『乙』『丙』。何かあれば彼女達が護ってくれるから、カーリーサンは安心して観光を楽しんで貰いたいヨ」

 

 貴様の実力なら護衛など必要なかろうに……

 その言葉をカーリーは発せられなかった。

 衝撃の事実を目の当たりにしたからだ。

 

 彼女は震えながらキョンシー達を指さす。

 

「オイ、この者達は…………大和の血縁者だろう」

 

 カーリーにはわかってしまった。

 彼女達が大和の実娘であることを……

 

 ウォンは分厚い袖で口元を隠す。

 

「ご明察、三人とも大和サンの娘ネ。イヤハヤ、大和サンが抱くレベルの美女から生れた娘はやっぱり美人ネ~」

「……大和は、知っているのか?」

「勿論、全員大和サンが殺した子ヨ。勿体無いから私が買い取って改造したアル。イヤーほんと、大和サンには感謝してもしきれないヨ……おかげで色々「楽しませて」貰てるアル」

 

 その分厚い袖の内側で、きっと邪悪な笑みを浮かべているのだろう。

 カーリーは思わず爆笑した。

 

「ハッハッハ! いい! いいぞ! 実に私好みだ! ウォンとやら、報酬はたんまりと払う。半日、我を楽しませろ」

「アイアイ、お任せくださいナ。退屈はさせないヨ~」

 

 カーリーは愉快愉快と笑いながらウォンの背中に付いていく。

 大和の知り合いは、大和と同じくらい邪悪だった。

 

 

 ◆◆

 

 

 一方その頃。

 中央区の大通りを渡り歩き、西区を目指している二人組の男がいた。

 

 一人は漆黒の僧衣に身を包んだ巨漢。

 神聖さはなく、ただただ邪気に満ちている。

 僧衣の上からでもわかる鍛え抜かれた肉体は打撃に特化しており、傷だらけの拳は数多の修羅場を潜り抜けてきた証。

 

『千手の魔拳士』

 

 もう一人は侍装束を着た男。

 無精髭を生やしており、長い黒髪は適当に後ろで結ってある。

 歩き煙草を吹かしているが、つけ入る隙は一切ない。

 腰には異様な刀を一本差していた。

 

『見えざる透明刃の剣士』

 

 彼らは西区にある貪狼連合の資金源、『人間牧場』の壊滅を目論んでいた。

 クライアントからの指示である。

 

 二人は歩きながら会話を交える。

 

「人間牧場は貪狼連合の生命線の一つだ。とーぜん、警備は厳重」

「故に他の二人が別行動をとっている。もしも貪狼連合の最高戦力……天下五剣の『飛龍(フェイロン)』が待ち構えていれば作戦内容変更だ」

 

 魔拳士の言葉に、透明刃の剣士はゆっくりと頷いた。

 

「そこらへんは柔軟に対応だな。天下五剣と真正面からやり合うのは避けたい。まぁ俺達四人が同時にかかれば可能性は無くもないが……割に合ってねぇ」

「それはクライアントも理解している。今回の目的は貪狼連合の壊滅ではない。クライアントの力を知らしめ、香港マフィアの独立を進める事だ。俺達はそのための威嚇行動をとっているに過ぎない……出しゃばるのは厳禁だぞ」

「おーけーおーけー。ま、程々に頑張ろうや。内容に見合った報酬は貰えてる。後は実行するだけだ」

「応」

 

 短い返答に確かな気合いを感じた透明刃の剣士は、薄く笑った。

 

 この調子ならいける。

 何時も通り、問題はない。

 クライアントも馬鹿ではない。

 予め危険因子になり得る存在を買収してある。

 

 この任務は、ようは舞台演劇のようなものだった。

 既に脚本は決まっている。

 後はあらすじをなぞるだけ。

 

 万事順調。そう、彼等の頭の中では……

 

 彼等は決して油断していたワケではなかった。

 単純に、憶測を誤ったのだ。

 

 自分達の『危険因子』となり得る存在の行動力を。

 何より、五大犯罪シンジケートの結束力を……

 

 それが命取りとなった。

 

「おう、やっと来たか。待ちくたびれたぜ」

 

 鮮烈な赤を讃える緋色のマントが靡く。

 白と黒の浴衣から垣間見えるのは粘土を盛ったかの様な見事な腹筋。

 ギザ歯が輝き、灰色の三白眼は見た者を竦ませる。

 

 しかし、何と端正な顔立ちか……

 男らしい太い眉に優美なカーブを描く鼻梁。

 その唇は女であれば吸い付かずにはいられないほど悩ましげな色香を醸し出している。

 

 長い黒髪を革紐で結わえた、2メートルを超える大男。

 最強の称号を欲しいままにしている、古今独歩の益荒男。

 

 世界最強の殺し屋にして武術家──大和。

 

 彼は西区に続く大通りの門前で煙草を吹かせていた。

 途端に漏れ出した凶悪過ぎる殺気に、二名は全身から脂汗をふき出した。

 

 

 ◆◆

 

 

 魔拳士が反射的に構えを取るものの、透明刃の剣士が手で制す。

 確かめたい事があったのだ。

 

 まず一つ……

 

「世界最強の殺し屋、大和……お目にかかれて光栄だ」

「そりゃどーも。そんじゃ、始めようか」

 

 赤柄巻の大太刀を握った大和に、透明刃の剣士がすかさず待ったをかけた。

 

「待ってほしい。どういう事だ? アンタはうちのクライアントに『口止め料』を貰った筈。アンタは危険因子の中でも特にヤバい存在だった。だから俺達もクライアントも合意の上でアンタに大金を支払った。……俺達よりも高額の報酬を受け取っておいて、アンタは寝返ったのか? 貪狼連合に」

「あんだよ、不義理だって言いてぇのか? 最低限の義理は通してるぜ。口止め料を含めた、テメェらを殺すに足る額を貰ったのさ」

「ありえない!!」

 

 ある意味現実逃避するかの様に、透明刃の剣士は叫んだ。

 

「口止め料だけで百億支払ったんだぞ!! それに加えて……貪狼連合だけでまかなえる額じゃない!!」

「貪狼連合単体からじゃなくて、五大犯罪シンジケートからの依頼だったら?」

「……っ」

「甘くみたな。五大犯罪シンジケートの結束力を、貯めていた金額の桁を。アイツらは帝釈天を殺せる一歩寸前まで金を蓄えてたんだぜ?」

 

 大和はクツクツと喉を鳴らす。

 

「あとはブランドの問題、ってのもあるな。香港の一企業に対して義理を通すのか、 魔界都市を代表する魔王達の要望を叶えるのか……まぁ、考えるまでもねぇわな。俺と同じ殺し屋ならわかるだろう?」

 

 大和は一歩進む。

 付近の住民達は既に退避していた。

 察しのいい事である。

 

 透明刃の剣士は両手を押しだした。

 狼狽しながらも、大和の説得を試みる。

 

「待ってくれ。アンタと殺し合う事を俺達は望んでない」

「お前らが望んでなくても、俺のクライアントが望んでる」

「……っっ、猶予をくれないか? アンタが関わっているなら俺達は依頼をキャンセルする。俺達四人はアンタと戦いたくない。何だったら今のクライアントを裏切って、その首と資産をアンタに献上してもいい。それでも駄目なら、何年かかってでもアンタに金を納めて」

「ウダウダうるせぇなァ、テメェらは既に仕事を始めちまった。貪狼連合の支部を潰して、幹部を殺した……そうだろう?」

「……」

 

 大和は大太刀を抜き放つ。

 冷たく輝く乱れ刃を肩に担いで、ギザ歯を剥き出した。

 

「腹決めろや。殺し屋が殺し屋にビビってどうする……ヤリ返せばいいだけだろう」

「「……」」

「殺るか、殺られるか。俺達が対峙した以上、それ以外の選択肢はねぇ」

 

 透明刃の剣士は諦め、魔拳士を見やる。

 彼は頷き、臨戦態勢に入った。

 透明刃の剣士も同じく刀の柄巻を握る。

 

 彼は媚び諂う笑みを消し、冷酷に告げた。

 

「なら覚悟しろ……タダじゃ済まさねぇ。俺達四人を舐めたテメェは地獄に落ちる」

「ハッ! 今更格好付けんなっての! でも……いいぜ。そうこなくっちゃ面白くない」

 

 本当に嬉しそうに嗤う大和。

 そう、彼はこの展開を待ち望んでいたのだ。

 

 だからくだらない命乞いを最後まで聞いて、切り捨てた。

 

 さぁ、楽しい楽しい死のダンスのはじまりである。

 

 

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