Villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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四話「死屍累々」

 

 

 阿吽の呼吸で互いの繰り出す技を悟った千手の魔拳士と透明刃の剣士。

 二人とも、思うことは一緒だった。

 

 一撃必殺。

 磨き抜いた最強の奥義を最高のタイミングで放つ。

 それしかない。

 二人は、眼前の怪物相手に五体満足で帰れるとは思っていなかった。

 

 殺すか、殺されるか──

 

 極限状態。

 かつてないほど精神が研ぎ澄まされていく中、先手を取ったのは千手の魔拳士だった。

 両手を重ね、濃密過ぎる邪気を迸らせる。

 そうして背後に魔性観音を顕現させた。

 

 今まで殺めてきた幾万の魂によって形成された、漆黒の千手観音。

 千本ある腕の一本一本に神格レベルのエネルギーが溜め込まれてある。

 

 彼は既に滅んだ邪教一派の出身。

 秘技である『魂の湾曲、再構築』を継承していた。

 

 その真髄にして極意が今、解放される。

 漆黒の千手観音という「存在そのもの」を湾曲、再構築。

 それは今まで溜めてきた全てを捨てて莫大な力を得るという、諸刃の剣だった。

 

 純エーテルとして再構築された漆黒の千手観音はそのまま右拳へと集約される。

 出来あがったのは最上級神仏すら容易く葬れる、SSクラスの枠を越えた必殺の魔拳だった。

 

 彼がどれほどの覚悟を以てしてこの技を発動させたのか……

 わかったからこそ、大和は嬉しそうに笑う。

 

「いいねぇ……出し惜しみしないってのは嬉しいぜ」

 

 余裕を見せた彼の眼前に突如として現れた、透明刃の剣士。

 縮地を用いて一気に距離を詰めてきたのだ。

 大和の認識を掻い潜るほどの速度……無間速を完璧に掌握している。

 

 透明刃の剣士は既に得物を抜いていた。

 大和は一瞬硬直してしまう。

 相手の得物が……刃が見えなかったのだ。

 

 透明刃の剣士──その通り名の由来。

 果たしてどんな形状なのか? 

 日本刀? それとも西洋剣? 

 もしかすると、剣ですら無いのかもしれない。

 

「しゃらくせェ!」

 

 大和は構わず大太刀を振り下ろす。

 刃の形状などどうでもいい。

 大太刀が誇るリーチは並の刀剣では覆せないほど長大だ。

 

 しかし、不可視の刃は大太刀をすり抜けてきた。

 懐に入られた事で大和は一瞬そちらに全神経を向けてしまう。

 それを待ってましたとばかりに距離を詰めてきた千手の魔拳士。

 二人とも、必殺の間合いに身を置いていた。

 

 大和は完璧に虚を突かれた。

 驚くべき連係……何より殺しに於ける技量が、他とはまるで違う。

 

 絶体絶命の危機に対し、しかし大和は笑っている。

 

「……そう、コレだよ。最近味わってなかった」

 

 彼は首筋まで迫る不可視の刃を無視して大太刀を振り下ろした。

 敢えて前傾姿勢になり、首筋を晒す。

 

 透明刃の剣士は瞠目した。

 彼は、自ら命を差し出したのだ。

 

 ……いいや、違う。

 命を晒す代わりに殺そうとしているのだ、自分の事を。

 死を恐れていない。

 

 その証拠に、彼は嗤っていた。

 死ぬかもしれないのに子供の様に笑っていたのだ。

 命の奪い合いを心から楽しんでいる。

 

 一瞬抱いた恐怖心が決定的なまでの遅れを生む。

 透明刃の剣士はそのまま一刀両断された。

 脳天から股まで綺麗に裂かれる。

 

「ッッ」

 

 千手の魔拳士は唇を噛み締めながらも、渾身の拳打を放った。

 生涯を賭けて放たれた魔拳はたとえ大和であろうと当たればタダでは済まない。

 

 そう、当たれば……

 

 大和は無理矢理後ろに下がり、魔拳士との距離を調整した。

 そうして捻れた身体を更に捩じりこみ、渾身の斬り上げを放つ。

 魔拳士のほうが先手を取っていたにも関わらず、大和のほうが速い。

 赤熱化した乱れ刃が魔拳士を断たんと唸りをあげる。

 

「ッッ」

 

 魔拳士は片足を犠牲にして乱れ刃を受け止めた。

 履いていた下駄ごと踵が断たれ、骨肉を抉られる。

 耐え難い激痛は不屈の精神力で耐えた。

 太股の筋肉を締め上げ、股関節寸前で大太刀の勢いを止める。

 

 魔拳士は吠えた。

 強靭な体幹を武器にしている彼はたとえ片足を失っても全力の拳打を放てる。

 

 拳を振りかぶった彼に、大和は吠え返した。

 

「あめぇんだよ!!」

 

 大太刀の峰を下駄先で蹴り上げ、無理矢理魔拳士を両断する。

 金属が潰れる破砕音が響き渡った。

 

 後に残ったのは物言わぬ肉塊のみ……

 大和は得物にこびり付いた血糊を払い、笑う。

 

「それなりに楽しめたぜ。俺に武術の深奥の一つを出させるたぁ……SSクラスなだけはある」

 

 唯我独尊流・奥義──『無念無想』

 

 あらゆる武術家が最終目標とする「武」の真髄、その一端。

「無我の境地」とも謂える。

 人間は歩くのに意識して足を動かさない。

 その様に真の武術家は殺す事を意識しない。

 

 意識という「無駄」を省いたために最速かつ最小限。

 即ち最大効率の攻撃を繰り出せる。

 

 夢想の極致が無二の閃きを生み出す。

 圧倒的経験と武神足り得る才覚か、窮地の中でも「最適の解答」を導き出すのだ。

 

 大和は暴力の天才である。

 武術を「破壊と殺戮に特化した技術」として完成させた忌々しき武神である。

 

 そんな彼に無意識ながらも「武と呼べるもの」を使わせた。

 嬲り殺す余裕を捨てさせた。

 

 大和は満足げに顎を擦る。

 

「あと百年もすりゃあイイ線いってただろうが……まぁ、終わった後だ。何にもならゃあしねぇ」

 

 血の池に沈む肉塊達を一瞥して、大和は背後に振り返る。

 

「さぁて……残りの二人は何処だ? 俺の予想だと、貪狼連合の『人間牧場』辺りに隠れてると思うんだが 」

 

 大和は今しがた殺した者達から匂いを嗅ぎ取る。

 しかし……

 

「チッ……匂いだけじゃ限界があるな。聴いてみるか」

 

 目を閉じる。

 大和の五感はそんじょそこらの魔獣よりも鋭敏だ。

 聴力に関してはその気になれば魔界都市全域で起こっている出来事を把握できるほど。

 

 しかし彼は普段、この力を抑制している。

 何故なら「どうでもいい情報」も聞き取ってしまうからだ。

 陰口など気にする性分ではないが、わざわざ聴いてやるほど暇でもない。

 故に普段は最低限におさめているのだが……

 

 大和は聴力を西区へ傾ける。

 一区だけでも流れ込んでくる情報量は莫大だ。

 しかし最新式のスーパーコンピューターすら凌ぐ演算力で片っ端から処理していく。

 

 大和は目を閉じながら呟いた。

 

「西区は弱者共の吹き溜まりだ。しかし裏区に次いで色々な闇取引が行われている。当然、情報を共有する速度も速い……些細な事でも聞き逃さない連中が多いからな。だからこそ……」

 

 大和は目をあけ、嗤う。

 

「ビンゴ、やっぱり人間牧場の方に向かったみてぇだな」

 

 クツクツと喉を鳴らす。

 

「人間牧場を盾にしやがったな? 中々いい案だぜ…………なぁ? 『幻妖からくり師』」

 

 大和は門前の影に視線を向けた。

 本来であれば視認する事すら叶わない、ナノメートル単位の偵察人形。

 超高度な幻術による気配遮断、完全消音、透明化などが施されている。

 匂いどころか存在感すら消している筈なのにバレてしまい、遠隔操作していた幻妖からくり師は腰を抜かしてしまった。

 

 大和はケタケタと笑う。

 

「バレバレだっての! あとオーバーリアクション過ぎな、おかげで場所がわかった」

 

 大和は遥か遠くを見つめる。

 

「此処から西南西、距離は……15・5キロメートル。ハハッ、いいポジションじゃねぇの。人間牧場をバックにしてやがるな。これは……迂闊に攻撃できねぇ。直接行っても人間牧場を制圧されちまう」

 

 そう言いながら、大和は和弓を取り出す。

 異空間から現れたソレは北欧神話の世界観そのもの、世界樹(ユグドラシル)から削り出された一品だ。

 

 天地を支える巨人族の中でも怪力自慢の豪傑達による五人張り。

 世界有数の鍛冶士、百目鬼村正が彼のためだけに作成した最上級大業物である。

 

 大和は矢をつがえ、綺麗な体勢で弦を引く。

 そして口元を歪めた。

 

「俺が受けた依頼は『人間牧場の護衛』じゃねぇ、『お前らを殺す』事だ」

 

 その言葉の意味を悟った幻妖からくり師は即座に相方の魔法狙撃手に伝える。

 が、遅かった。

 

 鏃に極大の闘気を溜め込んだ大和は、迷わず弓矢を放つ。

 タァンと、弦の弾かれる音と共に辺りに爆風が吹き抜けた。

 

 数秒後、地鳴りと共に遥か遠方が輝く。

 大和の位置からでも視認できる巨大なエネルギードームは、まるで核弾頭の落下……

 遅れて、凄まじい轟音と爆風がやってくる。

 

 真紅のマントをバサバサと靡かせながら、大和は嗤った。

 

「超越者クラスの闘気による広範囲爆撃だ。圧縮された闘気は膨張を始めると純粋破壊エネルギーに変わる……ククク、距離を取ったのは間違いだったな」

 

 世界最強の武術家である彼は数多の武具を自由自在に操る究極のオールラウンダーだ。隙など存在しない。

 

 大和は弓をしまうと、優々と背伸びした。

 

「んー……よし、依頼完了。楽勝だぜ♪」

 

 無邪気に笑った後、打って変わって神妙な面持ちになる

 

「しっかし、人間牧場を吹き飛ばしたのはやっぱり痛ぇな。新規さんなら兎も角、貪狼連合を含めた五大犯罪シンジケートは顧客……あんまり我が儘を通すのもよくねぇ」

 

 そう言って大和は懐をまさぐる。

 スマホを取り出し、「ある存在」へと電話をかけた。

 コールに入ると、一秒跨がず通話へ入る。

 

『はいはい!! 君の愛しいスウィィィト・ハニー、ナイアちゃんだよ!!』

「応対クッソ早ぇなオイ」

『それは勿論!! 大和からの電話だもん!! どんな事象現象も無視して出るよ!! それでそれで!? 何の用かな!! もしかしてデートの約束とか!? いやん照れちゃう!! でも何時でも準備OKだよ!! 何なら今からでも可!!』

「まくしたてんな、お前に頼みてぇ事があるんだよ。貪狼連合の人間牧場あるだろう? アレを直して欲しいんだ。お前ならすぐにできるだろう?」

『えー、そんな理由で……もう!! 僕は都合の良い女じゃないんだよ!! そこら辺のアバズレと一緒にされたら困っちゃうな!! 僕は君を愛しているけど、それは決して俗物的な』

「叶えてくれるんなら一週間後、デートしてやるぞ」

『うんうん♡ 大丈夫だよ大和♡ 僕に任せておいて♡ 事象改竄なんてちょちょいのちょいさ! 何せ此処デスシティは邪神群の恩恵がフルに働くからね!』

「任せた」

『うん! またね大和♡』

「クククッ、おう、またな」

 

 ナイアとの通話を終え、大和は少し思案する。

 そして再度スマホを弄くりはじめた。

 

「五大犯罪シンジケートは顧客だし……ちょっとサービスしておくか」

 

 大和は『ある女達』にメールを送る。

 済ませればやれやれと肩を竦めた。

 そして誰もいない筈の背後に振り返る。

 

「バレバレだぜ、お前の視線はご自慢の呪術じゃ誤魔化せねぇ。何せ……気持ち悪ぃからな」

 

 その顔が嫌悪感で歪む。

 珍しい。普段から大胆不敵、豪放磊落を地でいく彼がここまでの拒絶反応を見せるのは稀だった。

 あの帝釈天にすら見せなかった顔である。

 

 彼にこんな顔をさせた存在は、宙に浮く豪勢な椅子にどっしりと身体を預けていた。

 

 三メートルはあろう、横にも縦にも大きい老婆。

 横綱も驚くであろう体型ながら服装はゆったりとしたもの。恐らく特注品であろう。

 その身を彩る過度な装飾品の数々。全ての指輪にゴテゴテとした宝石が付けられており、首飾りに至っては彼女にしかかけられないであろう重量感があった。

 

 しかしながら、その装飾品全てが彼女自作の呪具。

 神格武装クラスの超兵器……その仮の姿である。

 

 彼女は女とは思えない醜い面で笑った。

 

「全く大和坊っちゃんは……昔はもう少しお転婆で可愛らしかったのに、今では立派な魔人だ。お婆は悲しいですぞ」

「うっせぇぞ糞ババァ、テメェへの義理はとうの昔に返した。……舐める様に俺を観察しやがって、そんなに『コイツらの死体』が欲しいか」

「ええ、超越者の死体は良質な素材故。1体だけでも数多の一級品を造れます。それはもう、喉から手が出るほど欲しいもの」

 

 老婆、無月(むげつ)は「ヒッヒッヒ」と喉を鳴らす。

 

「安心なさってください、「例のもの」は完成いたしました。今まで超越者の死体を融通してくれたお礼はキッチリ返ししますよ」

「……」

 

 大和は相変わらず嫌そうな顔をしていた。

 

 無月……世界最強の呪術師であり、魔導師の中でも別格の存在。

 

 彼女はデスシティ北区の実質的な支配者だった。

 五大犯罪シンジケートですら彼女を無視できない。

 北区で行われている全ての商いは、彼女の合意の元で行われている。

 

 そして何を隠そう、彼女はまだ皇子だった頃の大和の世話係だった。

 

 

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