魔界都市の中央区の情景は、殺戮の女神の目に新鮮に映っていた。
分厚く暗い曇天、それをものともせず輝くどぎついネオンたち。
聳え立つ高層ビル群の合間を通り抜けていく謎のエネルギーで滑空している車やバス。
長大に伸びた線路には高速モノレールが走っている。
数多のサーチライトに照し出されたのは超科学の粋を凝らした飛行船と飛竜種、ワイバーンだ。
往来を闊歩しているのは刀剣を背負った人間、屈強なオーク、リザードマン、一つ目妖怪、サイボーグ。
彼等の気を引こうとしているのはダークエルフ、狐娘、雪女、サキュバスなど。
上空では烏天狗や妖精、アンドロイドたちが縦横無尽に飛び交っている。
幻想、科学、魔物、妖怪、アンドロイド、サイボーグ、魔法、超能力、重火器、超兵器。
何でもこざれな此処、超犯罪都市デスシティ。
今日も今日とてあらゆる種族、技術でごった煮状態になっていた。
中でも一番の活気を見せる中央区は、まさしくデスシティを象徴する場所である。
カーリーはこの渾沌とした世界観を直に体感していた。
耳鳴りが起こるほどの喧騒に混じっている銃声と怒声、そして怨嗟の唸り声。
鼻腔に粘りつく香水の匂い。それでも隠しきれない血臭と獣臭、そして発情した牝の匂い。
呼吸をすれば淀んだ空気が肺を巡り、気配を探ればそこら中から狂気を感じ取れる。
カーリーは思わず囁いた。
「……闇の幻想卿、か」
その言葉を聞き、観光案内屋……ウォンは振り返った。
そして分厚い袖で口元を隠す。
「この都市、カーリーサンとの相性いい思うケド、いかがかナ?」
「悪くはない」
愛想のない返事に、ウォンはやれやれと肩を竦めた。
彼は、カーリーの心境に些か興味を抱いていた。
仲間を裏切り殺し、魂を喰らい、甥を修羅道に落とした。
のみならず、その甥の父親に抱かれて喜んでいる。
正気の沙汰ではない。
生来の神仏というのは驚くほど傲慢不遜であり、途轍もなく喜怒哀楽が激しい。
有史以前から最強の存在であるが故に、在り方そのものが人智を逸しているのだ。
人に近しい神もいる。帝釈天などがいい例だ。
しかしそれは感性が近いというだけであり、本質は全くの別物。
故に帝釈天は世界の守護神たり得なかった。
種族の壁というは途轍もなく大きい。
人間ですら住んでる地域が違うだけでまるで別物になるのだ。
価値観も、肌の色も、言語すらも……
故に、神と人がわかり合える事は未来永劫ない。
ウォンは何時も通りの胡散臭い口調で聞いた。
「カーリーサン、アナタ元、八天衆。なのに仲間殺しタ。こんな呑気に観光してていいアルカ?」
「案ずるな、後ろ楯がある」
「フムフム」
ウォンは適当に頷きつつ、次の言葉を投げる。
「恨まれてないカ? 同じ八天衆ニ。世界の守護神、元仲間。コレ、とても一大事に思えるヨ?」
「ふむ……八天衆、世界の守護神か」
カーリーは一人頷き、そして唐突に喉を鳴らした。
何が可笑しかったのか?
ウォンが首を傾げていると、カーリーは言う。
「今思えば笑えるな。帝釈天と毘沙門天以外はとても守護神などとは呼べん……我が言うのもアレだが、全員狂っている」
「……と、言うト?」
ウォンが唐突に振り返ったので、カーリーは思わず目を丸めた。
「何だ貴様……こんな話に興味があるのか」
「とてもあるネ。八天衆の現状、とても知りたいアル」
「何故だ? 貴様には関係ない話だろう」
「単に興味が湧いただけネー」
「好奇心は猫を殺すぞ?」
「アイヤー、死にたくないアル。なら黙てるネ」
さっと身を引いたウォンに対し、カーリーはやれやれと肩を竦めた。
「……焦らしい奴め、そんな反応をされたら話したくなるではないか」
「命はあげられないヨー?」
「いらぬ、貴様の濁りきった魂など。……まぁ、独り言だと思って聞いているがいい」
「嬉しいネー、タダ聞きアル♪」
現金な反応にカーリーは呆れて溜め息を吐くものの、少しずつ語り始めた。
「八天衆、世界最強の武神で構成された集団。その目的は世界の守護。しかしソレは帝釈天と毘沙門天が勝手に言い出した事だ。八天衆の真なる使命は世界の守護ではなく、神々という存在の守護。世界的な危機ともなれば自ずと神話が絡んでくる、だから「世界の守護神」という名目で間違いはない。……裏を返せば、世界的な危機であろうとも神話が絡んでいなければ動かなかった。また、役目さえ果たしていればあらゆる行いが許された。如何に悪逆非道な行いであろうとも、だ」
「…………」
「要は神々の武威の象徴だったんだよ、八天衆は。神秘が薄れ、人理が築かれつつある現代……神々は人類の増長を畏れ、楔を打ったんだ。神々に逆らえば我等が出るぞと……ククク、原理は暴力団のソレとさして変わらん」
嘲笑をこぼしながら、カーリーは続ける。
「だから我が選ばれた。いいや、我々が選ばれた……か。性質や経歴は二の次。戦闘力だけで選出された。……いいや、我の場合は殺戮と狂乱を司る、という点に魅力があったのだろう。畏怖の象徴にはうってつけだからな。そう思うと、ますます笑えてくる」
「ふーン。神サマいうのは意外と臆病者ネ? だとしたら親近感湧くヨ。カーリーサン八天衆にしたの、中々悪くない案ネ」
「……八天衆が解散になったキッカケが我だとしても、か?」
ウォンはクスクスと笑う。
「カーリーサンがそういう神サマ知てて採用した、その結果アル。だからみーんな、管轄してる神サマが悪いアル。扱えない存在を扱おうとしたからそうなタ、完全に自業自得ネ。フフフフフ、愉快愉快♪ 神サマも人間と一緒、お馬鹿サン多いアル」
「ああ……そうだな。我も含めて馬鹿ばかりだ。その癖力が有り余っているのだからどうしようもない。黄金祭壇、だったか? 魔導師どもの組織。あ奴らは上手くやっているな。やはり、人間は人間にしか管理できないのだろう。共感、だったか? それが大切なのかもしれん」
「フフフフフ♪」
ウォンは上機嫌に笑っていた。
悪意に満ちているがまるで子供の様な笑い方なので、カーリーも釣られて笑ってしまう。
「なんだ? そんなに可笑しいか?」
「違うネ。カーリーサン、お喋り上手。聞いていて飽きないネ。アト、思ってた女神サマと違てて驚いてるヨ。いい意味デ」
「からかっているのか?」
「違うネ。私、頭悪いヤツ大嫌い。そーいうヤツ限って災難巻き起こス。イイ迷惑ネ。この世界の事情、何も知らないクセに理想だけ語る……吐き気するアル」
「……」
「カーリーサン、話わかる方。そーいう方大好きネ。だからもっとお話聞きたいヨ。観光案内ついでに色々聞かせて貰えないカ? 」
「ふん……共感でもしたか?」
カーリーの皮肉に、ウォンは相変わらずクスクスと笑っていた。
「神サマの考えてる事なんてわからないヨ。ただ、お話聞いてると面白いアル。神サマいうのは案外、人間臭いのカモしれないネ」
「……ふん、物好きめ。観光案内を忘れるなよ」
「アイヤー、お任せアル。カーリーサン、満足させられるように頑張るネ。この都市、娯楽の宝庫。カーリーサンには特別、イイお店紹介するネ。お任せくださいナー♪」
上機嫌に歩いていくウォンの背中を見て、カーリーは思わず笑ってしまった。
共感ではない。
しかし話し合える存在というのも悪くはない。
同じ根っからの邪悪同士、遠慮はいらないのかもしれないと、カーリーは思った。
◆◆
魔界都市の中央区の情景を、カーリーは胡乱な眼差しで見つめていた。
神秘性が薄れた現代社会。そして今の神話の現状と見比べて、何か思うところでもあるのだろう。
現に、その横顔には憂いが見えた。
邪悪ながらも隆盛を極めている超犯罪都市デスシティ。
此処はあらゆる存在を容認するが故に、神秘性が薄れていない。
(……相性もいいのかもしれないネー。カーリーサンとは)
チラリとその横顔を拝みながら、ウォンは思う。
殺戮と狂乱の女神……彼女の目にはこの都市がどう映っているのか?
好奇心をくすぐられたウォンは、何時になく上機嫌に観光案内をはじめた。
「中央区は魔界都市の花ヨ。数分歩いてるだけで此処がどういう場所か理解できル。具体的に言えば神秘と超科学の融合……よーするに何でもアリの都市ヨ。だからどんな存在でも受け入れられル。たとえ異世界の住民でモ。……マ、異世界の住民弱いカラ、この都市の住民にとってはいいカモネ」
「何だ、異世界の住民はそんなに弱いのか?」
「例外はいるヨー? でも殆どが雑魚ネ。カーリーサン神仏、この世界の理よく知ってる筈。ここ、天道至高天が創造し居座る最も強靭な世界。余所の世界とは強さの平均値、全く違うアル。アチラでは最強クラスでもコチラじゃSランクなんてザラ。だからいいカモアル。でも異世界との交流、とても大事。お金、沢山入る。そこらへんは五大犯罪シンジケートが中心に切り盛りしてるネ」
「五大犯罪シンジケート……聞いたことがある。此処で最も権威が高い犯罪組織の団体。表世界とも密接な関係にあるとか」
「カーリーサン詳しいネ♪ その通りヨ。本来この魔界都市、はみ出しものの溜り場。でも彼等のおかげで繁栄してるアル。表世界との境界線、維持できてるのも彼等のおかゲ。彼等、魔界都市に必要不可欠な存在アル」
「……魔界都市の根底を支える存在、か」
「でも彼等、タダの人間。この都市の真の強者達には敵わなイ。彼等管理してるの、表世界に通じるものだけ。でもソレ、とても大事。表世界との繋り、ないと困ル。この世界、表裏一体アル」
「成る程……」
ウォンの話はタメになる。
カーリーは素直に聞き入っていた。
すると、ウォンが唐突に足を止める。
「紹介したいお店、到着アル。まずは此処ネ♪」
そこには大層豪勢な旅館が建っていた。
ドギツいネオンで飾っているわけでもなく、魅惑的な女達を立たせているわけでもない。
しかし、カーリーにもわかる確かな違和感があった。
まずは綺麗だ。中華然とした外観は淡い赤色で塗装されており、見た者を落ち着かせる。
旅館の中から流れてくる音楽はしっとりと柔らく、一時ここが魔界都市である事を忘れさせる。
何より、濃い神秘に包まれていた。
豊潤な霊力からなる独特の空気は神代の時代では当たり前でも、現代では極めて稀。
カーリーが唖然としている中、ウォンは得意気に説明しはじめた。
「此処、魔界都市で一番オススメできる旅館。『
「成る程、確かにいい宿だ。しかし隠している事があるだろう? この宿から漂う霊力以上の邪気……只事ではあるまい?」
「フフフフフ♪」
ウォンは分厚い袖で口元を隠した。
「ご明察ネ♪ このホテル、絶対に守らなければならないルールある。ソレ破ると大変なコトになるヨ」
「具体的には?」
「大和サン雇われるアル。足りなければアラクネサンも」
「それは……凄まじいな」
魔界都市で、いいや世界で一番腕の立つ殺し屋達をさし向けられる。
これ以上の恐怖はないだろう。
ウォンは続ける。
「でも、ルールさえ守ればホントに安心安全ネ。オススメヨ♪ ネタバレすると、経営者は西遊記に出てくる悪霊、
「……見え透いてるぞ、邪仙め。そんなに長生きだったか」
「サァ、なんの事ヤラ?」
「ただの観光案内屋ではないな……この狸め」
「アイヤー! 狸みたいに丸くないヨー! せめて狐がイイネー!」
「そこが問題なのか……」
呆れているカーリーにウォンは頬を膨らませつつ、次の店を紹介する。
「モウ……まぁいいアル。次はアチラ、衣服屋『黒の子羊』ネ。単純にイイ服揃てるアル。けどオススメできる点は世界最強クラスの戦闘に耐えられる衣服造れるところネ。コレ中々貴重。カーリーサン神仏、全知全能。でもプロが造た衣服、興味ないカ? 頑丈さ以外にも色々なオプションつけてくれるヨ。大和サン、アラクネサン、ネメアサンも贔屓にしてるアル」
「ふむ……確かにいいな。満足できる服など中々ない。全知全能とはいえ、職人が造った衣服にはやはり興味ある」
そそられているカーリーに、ウォンはひとさし指を立てて注意した。
「でも面倒なトコロアルネー」
「面倒なところ?」
「ココ、夫婦で経営してるアル。でもお嫁サン、大和サンの事大嫌い。あの人の関係者、邪険にする。ホント面倒臭いネ。カーリーサンは入る時間帯に注意ヨ」
「時間帯? 何故だ?」
「夫サンが大和サンの弟子、だから彼が店番してる午前中オススメ。というかその時間帯しか入れないアル」
「成る程……」
「夫サン、ネメアサンの妹サンの子孫。勇者王を輩出した名家の出。でもお嫁サン、もっとヤバイ。何せ大和サンの娘。しかも母親、邪神群のNo.3、シュブ・ニグラス。半端ないアル。関わらないほうがイイネ」
「……それはまた、物騒な」
カーリーでも苦笑しかできなかった。
ネメアの血族の子孫と大和と邪神の娘が夫婦……とんでもない事実である。
しかし納得もできた。
大和を毛嫌いしている女など限られている。身内といえば自然だ。大和は身内の殆どから嫌われている。
更にこの都市で服飾屋を夫婦で営めるなどと……夫妻共に只者ではない。
しかし、ウォンは更なる爆弾発言を投げた。
「しかももうお子さんいるネー。大和サンにとっては孫アル」
「孫……!?」
「別に驚く事でもないネ。大和サン数億歳、しかも性欲旺盛。子孫沢山。孫いても全然不思議じゃないアル」
「……言われてみれば」
「重要なのはそのお孫サンの将来ネ。ネメアサンと大和サン、そして邪神の血が絡み合った結果どうなるカ……フフフフフ♪ 怖くてたまらないアル♪」
「……そう言う割に楽しそうだが?」
カーリーの言葉に、ウォンは満面の笑みを浮かべた。
「私怖いのキライ。でも見るの別、騒がしいのスキ。外野から拝むの楽しいネー♪」
「……フッ、そういう事か」
「そうネ。今から世界、とことん荒れル。時代の転換期、入ろうとしてル。カーリーサンもソレに関わる……違うカ?」
「まぁ……そうだな」
「フフフフフ♪ イイネイイネ♪ この世界、楽しんだモノ勝ちヨ。神サマも人間も関係ナイ。皆、生きてるだけで苦悩に見舞われル。何デ? 馬鹿らしい。苦しんでまで生きる必要ないネ」
「……」
「でも『何で苦しんでるのか』、それすらわかてない馬鹿多いアル。そーいう奴限って理想やら正義押し付けてくル。……イイネ~、馬鹿はお気楽デ。でも、そうじゃない奴もたまーに居る。苦しんで、それでも己の正義を、信念を、貫き通そうとする奴いるアル」
「……」
「それも『生きる』って事なのかもしれないネ~。私から見たら馬鹿デモ、ソイツら大真面目。……どっちがイイのカナ? 周りを気にせず人生愉しむのカ、周りのために己苦しめるのカ」
「……さぁな」
曖昧な返事をするカーリー。
ウォンはそんな彼女に意味深な笑みを向けた。
その笑みは何故か、暗黒のメシアに似ていた。
「カーリーサン、両極端の人、知ってるネ」
「……?」
「若かりし頃の大和サンとネメアサンアル」
「!」
「二人トモ、ホント両極端。でも不思議と仲いい。デモ……今の二人見てると考えものアル。果たしてどちらの生き方がイイのヤラ」
「……」
「フフフフフ♪ お話長くなたネ。ササ、次のお店案内するヨ。お次はおでん屋「源ちゃん」。これマタ、美味しいしおでん揃えてくれてるアル。珍味も沢山あるからオススメヨー♪」
歩き始めたウォンの背中を見つめながら、カーリーは一人囁く。
「どちらの生き方がいいのか……我にはわからぬよ。所詮人間の生き方だ……ただ」
どちらにも苦悩が伴うものだ。
そう言って、カーリーはウォンと共に摩天楼の中へ消えていった。
◆◆
一方その頃、西区の入り口で。
大和と無月は相対していた。
大和は嫌悪感剥き出しに告げる。
「ソイツらの死体持ってさっさと失せろ、妖怪ババァ」
「流れるように罵詈雑言が出ますな。とてもとても、東洋随一の皇族出身とは思えませぬ。あと、対価はよろしいので?」
「対価を置いて、今すぐ、俺の視界から失せろ」
灰色の三白眼に濃密な殺意が宿ったので、無月はやれやれと肩を竦めた。
彼女は宙に浮く豪勢な椅子に大きな身体を預けたまま、指先だけ動かす。
すると、大和の眼前に鉱物の原石が現れた。
禍々しい邪気と超重量によってその場の地形が陥没する。
無月は喉を鳴らしながら説明した。
「この世界にはない、しかし全世界観で最高の性能を誇る鉱物、「
「……」
「百目鬼村正、でしたかな? あのお嬢さんに果たして扱える代物なのか」
「扱えるさ。アイツならな」
大和は異空間の収納ボックスにソレをしまうと、早々に背を向ける。
「礼は言わねぇぞ、これは取引だ」
「わかっておりますよ。お婆は大和坊っちゃんの嫌そうな顔を見れただけで満足ですので」
「……チッ」
舌打ちをこぼし、去ろうとする。
そんな大和の背に無月は告げた。
「大和坊っちゃん」
「あんだよ」
「途轍もなく濃い死相が出ておりますよ。何時死んでもおかしくない」
無月の目には、常人なら即死するレベルの『死』が映っていた。
しかし大和は振り返り、笑う。
「長生きしすぎて耄碌したか? ババァ。殺し屋に死相なんて付きもんだろう」
「……」
「肝心なのは死を怖れる事じゃねぇ。触れて、楽しむ事だ」
無月は重たい瞼を見開いた。
大和は背を向け手をあげる。
「あんま食い過ぎるなよ、体調壊しちまうぜ」
それだけ言って去っていく。
遠くなるその背を見つめながら、無月は囁いた。
「……歳をとっても変わらぬものがありますなぁ、大和坊っちゃん」
ヒッヒッヒ、と最後は御機嫌そうに喉を鳴らした。