五大犯罪シンジケートの権威の象徴、超高層タワー『ヘル・サンシャイン』にて。
各頭目達は今後の方針について話し合っていた。
まだ青いながらも才気溢れる青年、ロベルト・コラレスの存在がいい着火材となっている。
若い世代の意見を取り入れつつ、各頭目は今後の商いを盛り上げようとしていた。
そんな矢先である。
「…………チッ」
舌打ち、それも明確な怒気を孕んだものが響き渡る。
皆がそちらに振り返ると、そこには貪狼連合の総帥……
彼女はすぐに淑女然とした笑みを浮かべると、深く頭を下げる。
「申し訳ございません。今しがた部下から入ってきた情報があまりに不快な内容だったもので」
「「「…………」」」
居合わせている他三名は手を上げ「気にしなくてもいい」という意を伝える。
しかし内心やはり気になるもので、ソレを察した側近達がそれぞれボスに事の顛末を伝えた。
まずは世界最強の殺し屋、大和が依頼を達成した事。
その際に貪狼連合の資金源の一つ、人間牧場を消し飛ばしたこと。
コレに対してボス達は動揺しなかった。
何故ならこの程度で舌打ちするほど汪美帆という女は短気ではないからだ。
現に、大和は邪神の力を借りて人間牧場を元通りにしている。
原因はソコではない。
その後にある。
SSランクの殺し屋四名を雇った主犯、某多国籍企業の社長は関係者共々国外へ逃亡。香港にある拠点を完全に捨て去った。
貪狼連合は早々に企業を買収し香港の裏事業を纏め上げると、首謀者たちの行方を追った。
追ったのだが……
「ほぅ、今日中にケリがついたのかね?」
思わず声に出してしまった『フロンテ・ファミリー』のドン、セザール・カンデラ。
彼はメイファンから爽やかな笑顔を向けられ、静かに冷や汗を流した。
解決はした。
したが、その内容がメイファンの気に障ったのだ。
首謀者らは「神魔霊獣の楽園」へと逃げ込み、そして抹消された。
場所は「砂漠のオアシス」とも呼ばれるアラブ首長国連邦、通称ドバイ。エジプトの神々「ヘリオポリス九柱神」が商業拠点にしている世界第四位の観光地帯だ。
本来なら引きずり出すなり凄腕の暗殺者なりを差し向けなければならなかったが、その必要はなかった。
何故ならドバイの守護神である「ヘリオポリス九柱神」が協力してくれたからだ。
ありえない話だが、それを可能とする男が一人いる。
暗黒のメシア……
メイファンは親指の爪を噛む。
「何が『ご主人様の厚意に感謝なさい』よ……あの雌犬姉妹。権能しか取り柄のない女神風情が……ッ」
その言葉を聞いて、一同はやれやれと肩を竦める。
大和による女絡みだ。
しかし侮る事なかれ。現に五大犯罪シンジケートを揺さぶっていた事件はその日の内に解決し、後始末も済んでいる。
最も、当の依頼主は苛立っているが……
後始末を済ませたのはネフィティスとイシス──死の女神と豊穣の女神だ。
彼女達はそれぞれセト、オシリスの妻なのだが、とある事件以降大和に魅了され絶対服従を誓っていた。
メイファン以外のボス達はアイコンタクトをとる。
(……MR.大和の色香は強力な武器でもある、という見解でよろしいですかな?)
(間違いありませんよ)
(勘違いするなよ坊主、コレは大和ならではの芸当だ。もしも真似なんてしてみろ……背中から刺されるぞ)
(ええ、それはもう……怖くて真似なんて出来ませんよ)
ロベルト・コラレスは苦笑する。
女を求めるは男の性だが、ここまでくると命に関わる。
ロベルトは改めて、大和という男の「世界への影響力」を見つめ直した。
◆◆
一方その頃、中央区から裏路地に続く道の前で。
カーリーはウォンから見送りを受けていた。
「イヤハヤ、楽しかたアル。有意義な半日だたヨ♪」
「そうか。買い物はいいのか? 買いたいものがあったのだろう」
「フフフ、ちゃんと済ませてから帰るネ。カーリーサン優しいヨー♪」
「……ふん、こちらも暇を潰せた。感謝している」
カーリーは指先で虚空を回す。
すると、ウォンの目の前に巨大な金塊が落ちてきた。
ウォンはうっすらと糸目を開ける。
「報酬だ。足りるか?」
「勿論ネー! アイヤー! たまげたヨー! 女神サマ凄いネー! 羽振りイイアルー!」
「そんなに喜ぶとは……現金な奴め」
「ムフフー!! うれしいネー!!」
子供の様に飛び跳ねているウォン。
カーリーは背を向けた。
「ではな、観光案内屋。また機会があれば呼ぶ」
「ア、カーリーサン。一つだけ言い忘れてた事あるヨ」
「……?」
怪訝な面持ちで振り返ったカーリーに、ウォンは何時もの調子で告げた。
「大和サンに惹かれてる女性、とても多いネ。カーリーサンもそうカナ?」
「……まぁな」
曖昧な返事を聞き、ウォンは「フフフ」と笑う。
「何で好きになたカ、わからないアル?」
「…………そうだな、その場の勢いというのもある。気分屋なんだよ、女神という存在は」
「おそらく違うネ」
「何故そう言いきれる?」
「私と話してる時以外、大和サンの事考えてた……違うカナ?」
「…………よく喋る狸だ。八つ裂きにして鍋にするぞ」
「鍋アルカ!? ……とと、お話し逸らすのよくないネ、カーリーサン」
「……」
「異性好きにナル。その過程や理由、色々あるヨ。カーリーサン、私と同じ歪んだ性癖持てると思たら、そうでもなかたネ。純情アル」
「ほぅ、詳しく聞かせろ」
下らない事をほざけば本当に八つ裂きにしてやるつもりだったが、ウォンの解答は斜め上をいくものだった。
「カーリーサン、おそらく大和サンに『共感』してるネ」
「……何?」
「凶悪なところ、ソックリアル。頭イイのにわざと馬鹿なフリしてるトコロも似てるネー。私みたいに都合のイイ『邪悪』じゃない。キッチリと『業』背負てるアル」
「それは…………我は神仏で、狂乱と殺戮が我の司る属性で」
「貴女と対等に話し合える存在、今までイタ? 貴女を抱いて喜ばせる存在、今までイタ?」
「…………」
目に見えて困惑しだすカーリー。
その面を拝んで、ウォンはクスクスと笑った。
「余計なお節介だたカナ?」
「 ……チッ。大和が言った様に、本当に腐った男だな。貴様は」
「それは否定できないネー♪」
カーリーは再度背を向ける。
疲れてしまったのだろう。何も言わず、手だけ挙げた。
そんな彼女の背にウォンは待機させておいたキョンシー共々深く頭を下げる。
分厚い袖で口元を隠しながら、お約束の台詞を吐いた。
「ご利用、アリガトウゴザイマシタ♪ またのご利用お待ちしてますネー♪」
ひゅう、と乾いた風が吹いた。
湿気のこもる現在の魔界都市ではありえない、冷たい風……
カーリーは再度振り返る。
が、そこには誰もいなかった。
ドギツイいネオンたちが、路地裏を照らしだしていた。
◆◆
共感……
カーリーはぼんやりと考えながら階段を上がる。
安い鉄製の階段は異様に足音を響かせた。
(神が、よりによって人間に共感……? 馬鹿らしい)
鼻で笑うものの、一蹴しきれない己がいる事に苛立ちを覚える。
(何故だ? 人間など下等生物。とるに足らない存在の筈……)
当たり前の様にそう考え、カーリーは思わず苦笑した。
「神々特有の傲慢か……これから先の時代、最早古い価値観なのやもしれん」
カーリーは魔界都市の在り方を見て、世界に対する認識を改めた。
神々が頂点に君臨した時代は本当の意味で終わりはじめている。
故に……
「我も神としてではなく、女として、戦士として生きるか……」
神だから敬われる、神だから畏怖される。
そうではなくなった。
「我が我らしくあるのに神という称号は……邪魔でしかなかった。我は禍津ノ主。忌避され、嫌悪される存在……単なる厄災だ」
神格を保有しているというだけで、その性質は悪鬼羅刹と然して変わらない。
カーリーは何故か、しがらみから解放された気がした。
神話という檻から、女神という役目から、解き放たれた気がした。
「清々しい…………が、複雑な気分だ」
なんとも言えない感情が、胸の中にうずまいている。
カーリーはその打開策を求めるように男の部屋へと入った。
「随分とデカい独り言だったな」
野太くも艶やかな声が耳朶をうつ。
暗い部屋の中で寛いでいる闇の益荒男。
彼は紫煙を纏いながら苦笑していた。
窓から入る淡いネオンの輝きを吸い込む褐色肌の体躯。
限界まで鍛え込まれた肉体は機能美の極致であり、魔性の色香の源でもある。
堂々たる上半身は惜しげもなく晒されており、下半身は簡素なジーンズのみを着用していた。
卓袱台の上に置かれたブラックラムとグラス、灰皿を見る限り、依頼を終えて暇を潰していたのだろう。
カーリーはぶっきら棒に謝ろうとするも、大和が遮った。
「楽しかったか? 観光は。この都市はいいだろう? お前によく合いそうだ」
屈託のない笑みを向けられる。
カーリーはうっすらと頬を上気させると、無言で服を脱ぎ始めた。
一糸纏わぬ姿となると、変化の術を解いて元の姿に戻る。
肌が濃紺色に染まり、数多の腕が現れる。
インド神話特有の多腕は彼女の邪悪な色香を更に際立たせた。
鋭くなった牙を見せつけながら、カーリーは座っている大和の腹に股がる。
大和は吸いかけの煙草を慌ててそらし、眉根をひそめた。
「あぶねぇだろうが、馬鹿」
カーリーは気にせず、大和の頬を撫でる。
「恐ろしくはないのか? 我の容貌は」
「抱かれた後に聞くことかよ」
呆れ顔になる大和に、カーリーは頬を膨らませた。
「であれば……貴様は「共感」なるものを覚えた事はあるか?」
「……ったく、ウォンの野郎。色々吹き込みやがったな」
「答えろ、これは我が望む問いだ」
「……まぁ、個人でなら」
「あるのか」
「一方的なもんだ。 逆に、俺に共感する奴は殆どいねぇ」
「……目の前に、いるかもしれないぞ?」
まるで乙女の様な潤んだ瞳を向けられ、大和は大袈裟に肩を竦めた。
「他人の妻を寝取って、息子を嬲り殺すようなド畜生にか?」
「お前の目の前にいるのは、甥っ子を修羅道に堕とし夫でもない男に抱かれて喜んでいるド畜生だぞ?」
「……ぷっ」
大和は吹き出した。
もう大爆笑である。
そのあまりの笑いっぷりに、カーリーはむくれっ面になった。
「そんなに笑う事か? というか笑うな、切り刻むぞ」
「クックック……フハハ! お前告るの下手すぎ! 純情乙女かっての!」
「……~!!」
羞恥のあまり怒髪天になりかけるカーリー。
牙を剥いた彼女の唇を、大和はそっと親指で撫であげた。
そして穏やかな……しかしどこか悲しそうな笑みを浮かべる。
「共感してくれんのか……俺に」
「……っ」
カーリーは思わず頷いた。
大和の顔を見た瞬間、怒りなどどこかへ飛んでいってしまった。
訳もわからず慌てふためいている彼女に、大和は告げる。
「ありがとうな、寄り添ってくれて」
「~~っ」
カーリーは大和の唇を己の唇で塞いだ。
ねぶるように舌を絡め、今の心境を伝える。
豊満な乳房を厚い胸板に押し付け、数多の腕を背中に、肩に、首に回す。
決して離さないように……
胸の中でバチバチと散る火花の様な想い。
不快感はない、むしろ逆だ。
数億年の歳月を生きてこれほど嬉しく、幸せになった事はない。
共感? 恋? それとも両方?
わからない、しかし今はどうでもいい。
カーリーは目の前の益荒男に溺れていた。
大和は優しく、されど強引に、彼女を抱き寄せる。
それから三日三晩、妖艶な喘ぎ声が絶えなかったという。
その幸せに満ちた悲鳴は、とても殺戮の女神のものとは思えなかった。
《完》