villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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後編

 

 

 死屍累々、屍山血河(しざんけつが)

 まるで地獄の様な光景がアルファの眼前に広がっていた。

 

 彼女は自然と思い至る。

 これは夢の中……それも、愛しい人の心象風景だと。

 

 アルファは先程まで彼と甘い時間を過ごしていた。

 魔界都市の奇天烈な料理に変なリアクションをしたり、カジノでイカサマ紛いの反則技をしたりと……本当に楽しい時間を過ごしていた。

 

 だからこそ確信できる。

 今見せられている光景は彼の心象風景だと。

 でなければ、こんなにも怒りを覚えることはない。

 

 ドス黒い空に燦然と輝く、漆黒の太陽。

 ソレは大きく、手を伸ばせば届きそうな錯覚さえ覚える。

 地平線を埋め尽くしているのは那由多を越える亡者の群れ。

 皆一様に怨嗟の呻き声を上げて「あるところ」に手を伸ばしている。

 

 小高い崖上の瓦解した玉座の上に、彼は立っていた。

 真紅のマントを靡かせ、胡乱な表情で空を見つめている。

 よくよく見れば、強力無比な呪詛や死の概念がその身を呑み込もうとしていた。

 

「……っっ」

 

 アルファは思わず駆け寄ろうとする。

 やめてほしい……! 私の最愛の人に触れないでほしい! 

 

「何で……!」

 

 アルファは純粋に疑問を抱く。

 何故そこまで彼を恨む? 世界を何度も救った功績を忘れたのか?

 

「ふざけるな……!! ふざけるな!! ふざけるなッッ!!」

 

 救って貰っておいて、平和を与えて貰っておいて、呪うのか? 彼の事を。

 

「お前達は、何もしてないだろう! 何も為していないだろう! なのに理想だけ押し付けて……!!」

 

 アルファは叫ぶ。

 

「救って貰うのが当たり前なのか!! 平和な日常を送れるのが当たり前なのか!! ……ふざけるんじゃないッッ!! その「当たり前」がどれほど尊いものなのか、考えた事はあるのか!! 何も知らない癖に!! それなのに彼を、英雄を貶すのか!! ……~~~~ッッ!!!! 」

 

 アルファは吠えた。

 怒髪天となり、まるで別人の様に叫び散らす。

 

「彼が気に入らないなら自分達が英雄になればいい!! 自分達で世界を救えばいい!! それができないからって、貶め穢して……!!」

 

 アルファは憎悪のあまり顔を歪める。

 

「お前達なんて大嫌いだッッ!! みんなみんな、死んでしまえ!! 人類も神々も一度滅びてしまえばいいんだッッ!!  ……なんで、どうしてッッ」

 

 世界を何度も救った偉業は、無かった事になっている。

 何故なら彼は『英雄に相応しくない性格と行いをしているから』。

 

 

「……認めてなるものか。お前達の基準で『彼』を計られてなるものか。なんだったら世界を滅ぼしてでも彼を認めさせてや…………る…………」

 

 アルファは固まった。

 呪詛の言霊は途切れてしまう。

 何故なら、大和の顔を見てしまったからだ。

 

 壊れた玉座の上に座り、彼は亡者達を睥睨していた。

 嘲笑いながらも……受け入れている。

 全ての負の念を、当然の如く浴びている。

 

「なんでですか……なんでッ」

 

 誰でもない、貴方が認めてしまっているのですか。

 何で……

 

「……アルファ。おい、アルファ」

「!!」

「大丈夫か? うなされてたぞ」

 

 全く、世話の焼ける……

 そう言って大和はアルファの髪を撫でた。

 

 彼女は思い出す。

 遊び疲れて寝てしまったことを。

 普段慣れない事をしてしまったから……

 

 彼に甘えて、膝枕をして貰って、そのまま眠ってしまったのだ。

 そして今……目が覚めた。

 

 起き上がると、黄昏を背に彼は微笑んでいた。

 曇天に沈む暗い夕焼けは魔界都市ならではの光景であり、今いる公園のベンチからもよく見える。

 

 冷たい風が頬を撫でた。夜が近付けばまだ寒い時期だ。

 熱い滴が頬を流れた。

 彼の顔を見ているだけで、止らなくなる。

 

「マスタぁぁ……」

 

 泣きながら抱きついてくるアルファを、大和は無言で抱き寄せた。

 嗚咽で揺れている背中を優しく撫でてやる。

 

 アルファはしばらくの間、大和の厚い胸板に顔を埋めていた。

 そして何か決意したのだろう……顔を上げる。

 

 天使を彷彿とさせる童顔には、悲哀と疑問の色が見てとれた。

 

 

 

「マスター……英雄とは、何ですか?」

 

 

 

 

 ◆◆

 

 

「……英雄か?」

「はい、教えてください。……貴方が想う英雄の形を、教えてください」

 

 アルファの瞳には今も一杯の涙が溜まっている。

 頬を撫でれば零れてしまいそうだ。

 

 大和は彼女の想いに気付いていた。

 彼女の激情の発端を理解していた。

 

 適当にはぐらかせば、言い返されるだろう。

 そのまま道を逸れてしまうだろう。

 

 だから大和は、ありのまま想っている事を彼女に伝えた。

 

「英雄っていうのは、自分のためじゃなく誰かのために戦う奴を指す言葉だ」

「……」

「他者を助けるっていうのは、できそうでできないもんだ。それも自分のためじゃなくてソイツを想って、自分を犠牲にしてまで」

「っ」

「そんな高潔な魂を持った奴を、英雄と呼ぶ」

 

 大和は驚いているアルファの髪を指ですく。

 

「力があるから、偉業を成したから、世界を救ったから……だから英雄じゃねぇんだ」

 

 大和はアルファの小さな手をとり、自分の胸板に添える。

 

「大事なのはココだ。……間違えるな、アルファ」

「……っっ」

「俺は俺のために世界を救っている。だから俺は……『世界を救える力を持つ』だけの、ただの殺し屋なんだよ」

 

 優しい、されど悲しい笑みを浮かべる大和。

 アルファは……ポロポロと涙をこぼした。

 みるみる内に表情を崩してゆき、最後には泣きじゃくりながら謝る。

 

「すいませんマスター…………私はっ」

「気にすんな」

 

 素っ気ない言葉にも慈愛が満ちていて……

 アルファは大泣きする事しかできなかった。

 

 

 ◆◆

 

 

「落ち着いたか?」

「……YESっ、御迷惑を、おかけ、しましたっ」

 

 まだ震えているアルファを見て、大和は三白眼を細める。

 彼は冷たい声音で告げた。

 

「……今なら、まだやりなおせる」

「……?」

「俺との関係を断ち切って、表世界に逃げれば……お前は歪まずにいられる」

「!?」

「お前がそれを望むなら、俺は何も言わねぇ。華仙の奴にも言わせねぇ。だから……」

 

 

「嫌ですっっ!!!!」

 

 

 アルファは叫び、大和の背中に両手を回した。

 足も絡めて、決して離れたくないと意思表示する。

 

「貴方と一緒にいられないなら死を選びます!! 貴方が傍にいない……そんな、そんな辛いことはありませんっ!!」

「……」

「お願いですっ、傍にいさせてください……それ以上は望みません。だから……っ」

 

 必死になっているアルファ、その細い顎を大和は指で掬い上げる。

 驚いている彼女に、大和は何時ものらしい笑みを浮かべた。

 

「なら俺の女でいろ、アルファ。お前の心も魂も、俺が歪めてやる」

 

 端からすれば傲慢不遜に聞こえるその言葉は……アルファにとっては救いの言葉だった。

 彼女は泣きながら、何度も頷く。

 

「はい……はいっ。私を歪めてください、マスター……貴方だけの形に、歪めてください……っ」

 

 アルファは大和の首に両手を回して、自ら唇を重ねる。

 

 夕陽が静かに沈んでいく。

 夜がやってくる……甘い甘い、夜が。

 

 

 ◆◆

 

 

 数日後、大和は新たな仮宿で羽を伸ばしていた。

 荷解きが終わったので、昼間っから酒を楽しんでいる。

 ブラックラムを嗜んでいると、不意にスマホが鳴った。

 気だるそうに画面を覗いて、「成る程」と頷き応対する。

 

「どうした華仙」

『どうしたって……理由なんてわかりきってるでしょう?』

「さぁな」

 

 とぼける大和に、華仙は電話越しに溜め息をはいた。

 

『アルファの件についてなんだけど……まず貴方、何時から魔法を使えるようになったのかしら? たった数日であそこまで成長するなんて、言葉だけじゃあり得ないわ』

「おあいにく樣、女を誑かすのは十八番なんだよ」

『伊達に八桁の愛人を持ってないって事?』

「そーゆーこって」

『……その割には妙に面倒見がいいじゃない。聞いたわよ、惚気話。随分と甘やかしたのね』

「なんだ、ジェラシーか? らしくねぇ」

『……明後日から二日間、空いてる? あの子には内緒で』

「空いてるけどよ……てか、そんな事のために電話よこしたのか?」

『あら、悪いかしら?』

「勘弁してくれよ」

 

 呆れている大和の声を聞いて、華仙はクスクスと笑う。

 

『半分冗談よ』

「半分ってなんだよ」

『嫉妬してるのはホント。でも……本題は別よ』

「アルファの調子か」

『ええ……良過ぎるの』

 

 電話越しにでもわかる。

 あの華仙が、世界最高の科学者が、戦慄しているのだ。

 

『純エーテルの操作性が格段に上昇している。何より親和性が別次元よ……これじゃあまるで』

「熾天使みたい、ってか?」

『ええ、それも……』

「超越者クラスか? ともなれば四大熾天使と同格……ハッ、スゲェじゃねぇの華仙。聖書の神でも4体しか造れなかった最高傑作だぜ」

『素直に喜べないわ。こんなに強くなるなんて想定外よ』

「いいじゃねぇか、研究が捗るだろう? 俺が首輪かけておいてやっから安心しろ」

『……信じていいのね?』

「任せておけ、だからお前もきっちり仕事終わらせとけよ。時間空けといてやっから」

『……フフフ、なら頑張らないといけないわね♡』

「おう。じゃ、またな」

『ええ、また……』

 

 

《完》

 


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