Villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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第三十七章「雷切伝」
一話「裏京都」


 

 

 世界が刻一刻と変化し続けている中、特に目覚ましいのは既存勢力の改革と新勢力の台頭だ。

 特に後者は注目されている。表と裏の拮抗が崩れはじめている今ならではのニュースだ。

 

 超犯罪都市デスシティに次ぐ、三つの魔界都市の誕生。

 東洋妖魔の拠点であり京都の霊脈スポットを上手く利用した遊楽街、「裏京都」。

 仙人達の総本山、崑崙山と対を成す妖怪仙人や邪仙達の修業場、「金鰲島(きんごうとう)」。

 悪魔達の世界、魔界の第一階層であり悪魔王サタンの思惑で解放された未知の領域、「第一圏、辺獄(リンボ)」。

 

 この内金鰲島は以前から知れていたが、他二つは最近台頭してきた新拠点である。

 故に注目が集まっている。良い意味でも、悪い意味でも……

 

 今回、大和は依頼で「裏京都」に足を運んでいた。

 観光を楽しむ余裕はあるものの、どうにもきな臭さを感じている。

 依頼内容は正体不明の辻切りの殺害。決まって満月の頃に現れ、名の知れた強者達を斬り捨てているという。

 

 今、世界全体が不安定だ。

 当然、不測の事態は訪れる。

 大和はその「不測の事態」がここ裏京都で起こっている事を予感していた。

 

 大和は着実に進みつつある世界の混沌化を、その目で確かめるつもりでいた。

 誰でもない、自分が引き金を引いたのだから──

 

 

 ◆◆

 

 

(裏京都ねぇ……一昔前の、夜の京都に少し似てるな)

 

 大和は管理者の屋敷の前で待機していた。

 高い石段を上がった所にあるので、街並みを一望できる。

 大和は暇を潰す様に、物思いに耽っていた。

 

(今から1200年くらい前の話か……あの頃はまだ神秘が薄れていなかった。当然の様に妖魔がいて、人間は夜を恐れていた。夜は……妖魔の時間だった)

 

 世界最強の殺し屋であり武術家は、数億年もの間世界の情勢を見てきた。

 その中で1200年前……平安時代の京都には色々と思い入れがあった。

 

(安倍晴明、芦屋道満を初めとした稀代の陰陽師の出現。後は……頼光のお嬢ちゃんがいたな。ククク、懐かしい)

 

 源頼光(みなもとの・よりみつ)

 ライコウとも呼ばれる。平安時代随一の武術家。そして当時最強クラスの怪異殺し。

 現代ならば天使殺戮士や七騎士と同格……つまり人類の枠組みの中では最強クラスの存在である。

 

 既に故人だが、彼女と過ごした時間は中々愉快なものだったので、大和は思わず笑みをこぼした。

 

(数少ない良い思い出だ。……あとは、朱天か。当時は『酒呑童子』って名乗ってたな。あん頃からバカ強かった。鬼という種族の超越者は伊達じゃねぇ。……そうそう、崇徳上皇もいたな。アイツの祟りは半端なかった。今はネオナチの山岳師団大隊長だっけ? ……わかんねぇもんだ)

 

 思い返すと止まらない。

 紫式部と歌謡で盛り上がったり、小野篁(おのの・たかむら)と地獄巡りをしたりと……色々楽しんだ。

 大和と直接名乗らず、偽名を使うこともあった。

 

 時に人の味方をし、妖魔を討滅し。

 時に妖魔の味方をし、人間を惨殺し。

 気紛れに海を渡れば異国で新たな伝説を打ち立てて……

 

 神々と喧嘩し、魔王と杯を交わし、誰に媚びるでもなく己を貫いて……

 

「あれから1200年……やってること今と変わらねぇじゃん!! アッハッハ!!」

 

 声に出して大笑いしてしまう。

 それほど大和にとっては可笑しい事だった。

 

「あーあー……生き方ってのは、そうそう変えられるもんじゃねぇよなぁ」

 

 後悔はない。

 幼少期……屈辱と憎悪の中で叫んだ言葉は今でも守られている。

 大和にとって、それが一番重要だった。

 

 ふと、眼前に桃色の花弁が舞い落ちる。

 

「妖魔桜…………いいな、ここなら何時でも花見が出来そうだ」

 

 振り返ると、桜並木が並んでいた。

 此処だけではない、裏京都のいたる所に植えられている。

 観賞目的もあるだろう。

 しかし真の目的は妖魔に適した地脈の形成……

 

 大和は蝶に変化した花弁を指先に止まらせつつ、チラリと屋敷の方を見る。

 

 厳つい護衛を連れて、細身の青年が歩いてきていた。

 浴衣が似合う涼しげな容姿、腰に差された見事な造りの白鞘。

 長い黒髪を揺らしながら、彼は大和に頭を下げる。

 

「お待たせしました。……お久しぶりです、大和さん」

「おう、会うのは十年振りか。デカくなったな、三代目」

 

 三代目……そう呼ばれた美青年は苦笑をこぼす。

 

「貴方は相変わらずの様で。噂は耳にしていますよ。主に悪いほうの」

「お前らにとっては朗報だろう?」

「間違いありませんね」

 

 ふわりと微笑んだ後、三代目は大和に背を向けた。

 

「さ、どうぞ屋敷の中へ。初代……総大将がお待ちです」

「あいよ」

 

 裏京都を統治するのは妖怪の顔役「ぬらりひょん」とその血縁者達だ。

 大和は花弁の蝶を指から遠ざると、彼の後ろに付いていった。

 

 

 ◆◆

 

 

 和風然とした屋敷内を進んでいく最中、大和は三代目と話す。

 

「噂では聞いていたが裏京都……中々いい場所じゃねぇか。疑問点はあるが」

「聞いてみても?」

「人間がいねぇ。此処に来るまで一人も見なかった。妖魔桜の量と配置といい……あえてか?」

「はい、ここは妖魔の都ですから……人間は一切、立ち入り禁止です」

「人間嫌いは三代続いてか……」

 

 呆れている大和に、三代目は流し目を向ける。

 彼は若干怒気を交えながら聞く。

 

「可笑しいですかね?」

「いんや、お前らの価値観だ。俺がどうこういうもんじゃねぇ。此処はお前らの領土だし」

「……」

「ただ、客観的に言えば……少し古いと思うぜ。その価値観」

「価値観に古い新しいはありませんよ」

 

 三代目は嗤う。

 

「だっておかしくありませんか? 今の時代……人間は道理を外れている」

「……」

「夜は我々、妖魔の時間だった。それがどうです? 現代では。畏れを忘れた人間共は鼻を伸ばして好き放題している。自然への敬意を忘れ、破壊し、神秘そのものを否定しはじめている……許せませんよ」

「ふむ」

 

 大和は適当に相槌を打つ。

 言い分はわからなくない。筋も通っている。

 しかし……

 

「どうかなさいましたか?」

「いんや、何でもねぇよ。それよりも……」

 

 大和は気になっている事を聞く。

 

「俺は人間だぜ? 普通に表から入ってきちまったが……」

「ああ、それなら大丈夫ですよ。私を含めて……」

 

 皆、貴方の事を人間だと思っていませんから。

 

 好意と悪意を絶妙に絡めて、三代目は笑う。

 大和は驚くことなく鼻で笑った。

 

「いい感じに若い頃の爺ちゃんに似てきたな」

「お誉めに与り光栄です」

 

 

 ◆◆

 

 

「それではこちらに……」

「おう」

 

 襖が開けられる。

 その先には三代目の面影を残す初老の男性が座っていた。

 綺麗な白髪、顔には皺が入っているが涼しげな美貌は損っていない。

 彼は嗜んでいる煙管を置いて頭を下げる。

 

「遠路はるばるご苦労様です、大和さん」

「おう、久々だな初代……いいや、今は総大将か?」

「およしなすってぇ、貴方は俺が豆坊主の頃を知ってるんだ。遠慮は入りませんよ」

「俺が誰かに遠慮する男に見えるか?」

「確かに」

 

 大和はドカリと初代の前に座る。

 裏京都の主の前で無礼極まりない態度だが、大和という男は許されてしまう。

 初代もまた、機嫌を損ねる事はなかった。

 

 大和は初代の背後に控える側近らを一瞥した後、真横に設置されている展望台を見る。

 ここからも裏京都の街並みが一望できた。先程の景観よりも質がいい。

 

 大和は煙草を咥えて火を付けながら、話題を切り出す。

 

「この都で辻切りが出てる、そう聞いたが?」

「ええ。桜の風情に酔ったのか、妖魔の気に当てられたのか……単なる馬鹿であれば、すぐさま部下達が首を持ってきてくれるんですがねぇ」

 

 初代は煙管をふきながら大和に向き直る。

 

「運ばれてくるのは決まって部下の首だ。こりゃ参ったと思って貴方を呼んだワケです」

「斬られた奴の強さは?」

「部下を含めなければ雇っていた用心棒……Sランクが五名、その日の内に斬られています」

「……Sランク五人を一晩で、か」

「最初はソイツ等自体に用があったのでは、と推測しました。だってそれほどの腕前の持ち主です。この屋敷に潜り込んであっしの首を跳ねるなんて、造作もない」

「確かに」

「でも違った。決まって満月の刻、ソイツは現れて腕利きを斬り捨てていく。こちらでも捜索はしたんですが、足取りが掴めず……」

「ふむ……難題だな」

「まったく」

 

 初代は苦笑する。

 

「大和さんは御存知ありませんかね? こういった手合いの輩を」

「知ってるぜ。誰かを斬ることを「目的」としている輩だ。腕の立つ剣士ほどその傾向が強くなる……修羅道に堕ちた剣士、殺人剣の手合いだ」

「成る程、やはりそうですか」

「斬られた奴の一部分とか無いか? できれば断面がハッキリと残ってるやつがいい」

「そう仰ると思って用意しておきました」

「助かる」

 

 初代が目配せすると、側近の一名が退出してすぐに戻ってくる。

 彼は一礼すると、持ってきた白布を置いて開いた。

 

 現れたのは……異形の腕だった。

 見るだけで強者のものだとわかる。

 大和は灰色の三白眼を細めて言った。

 

「まだ生きてるじゃねぇか、この腕」

「……違和感は感じていましたが」

「まだ死んだ事に気付いてねぇぞ」

 

 大和は顎をさすりに言う。

 

「天下五剣クラスだな」

「……っ」

「少なくとも、俺より剣の腕がいい」

 

 動揺している初代に、大和は何時になく真剣な面持ちで言う。

 

「手にとって見てもいいか? 詳細を知りてぇ」

「どうぞ」

 

 許可を貰った大和は腕を取り、まず切断面を見る。

 肩口から斬られたソレは、まるで「最初からそうだった」と錯覚させるほど綺麗だった。

 

 それは、異質さの証明でもある。

 大和は眉根をひそめた。

 

「ヤベェぞ」

「と、言いますと?」

「今の天下五剣でこの斬り口を再現できる奴は正宗しかいねぇ」

「……失礼。今のと、仰いましたか?」

「ああ、『今の』だ」

 

 初代は生唾を呑み込んだ。

 ある意味、最悪の展開だった。

 

 天下五剣は「その時代で」最強の剣客五名に与えられる称号。

 つまり……時代ごとに面子が違う。

 

 大和は忌々しげに、展望台から見える裏京都の景観を見つめた。

 

「冥界からヤベェ奴が抜け出してきた……そう考えるのが妥当だろう」

「最悪ですな」

「ああ、最悪だ」

 

 大和は思う。

 依頼を受けた時に感じた違和感はこれか、と。

 

 今回の依頼、一筋縄ではいかなさそうだった。

 

 

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