villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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二話「黒と白、異質な剣客」

 

 

 同時刻。

 裏京都で有名な団子屋に可憐な少女が来訪していた。

 並んでいた客どころか待ち受けの店員までもが見惚れてしまう。

 

 容姿的年齢は10代前半ほど。

 肩辺りで切り揃えられた白髪、小柄な肢体。

 大正モダンを彷彿とさせるハイカラな衣装を身に纏っている。

 ミニスカートであどけなさを残しつつ、機動性に特化した細工を施していた。

 見るものが見ればすぐに戦闘装束だとわかるだろう。

 

 きわめつきは頭に生えた猫耳、そしてお尻で揺れている二本の尾。

 髪と同じ色のそれらは飾りではない。

 

 猫又。

 それも、誰もが見惚れてしまうほどの美貌を持った……

 

 彼女は金色の双眸で並べられた団子を見渡すと、愛想のない声音で告げる。

 

「御手洗団子、二つください」

「…………」

「あの、聞いてます?」

 

 不機嫌だと言わんばかりにジト目になる美少女。

 店員は慌てて我に返ると、注文の品を包装した。

 彼女はピッタリの勘定を置いて去っていく。

 

 賑やかな夜道をぶらぶら歩いて、大きめの広間へとやって来た。

 既に人集りならぬ妖魔集りができていたので、彼女はやれやれと肩を竦める。

 

 騒ぎの中心にいるのはそれはそれは妖艶な美女だった。

 特注であろう黒の着物から豊満な肢体がこぼれそうになっている。

 おおよそ着物を着るのに適きしていない肉づきだ。

 胸元を大胆にはだけさせており、たわわと実った乳房がたゆんたゆん揺れている。

 また、下着類を一切着けていない。

 スラリと伸びたふとものの付け根を見れば一目瞭然だ。

 

 男達を骨抜きにしている蠱惑的な瞳は金色で、奇しくも先程の白髪の美少女と同じだった。

 

 と、ここで両者は会う。

 白髪の美少女はジト目で黒髪の美女を睨んだ。

 

「無駄に注目を集めないでください、姉さん」

「え~? 私ここで待ってただけよー? 言われたとーり、何もしてないから♪」

「気配遮断くらいしてくださいよ……あぁ、面倒臭い」

「にゃはははは! 不細工な面にゃん白陽(はくよう)!」

「…………」

 

 殺意混じりの眼光を向けられ、姉……黒陽(こくよう)はあざとく舌を出した。

 

「……にゃん♪」

「どうするつもりですか、この状況」

 

 

 ◆◆

 

 

 妖魔の男共は劣情を抑えきれないでいた。

 妖艶な姉と可憐な妹……対照的だがどちらも極上の雌だ。

 人外ならではの直接的な口説き文句が口々から放たれようとした、その瞬間……

 

 妹、白陽が絶対零度の声音で告げる。

 

『気色悪いから失せろ。今すぐに』

 

 嫌悪の念は言葉に宿り、耳から直接脳へと伝わる。

 外部からの直接命令……本来であれば反感を買うところだが、観衆達は子供のように素直に頷き散っていった。

 

 暫くして誰もいなくなると、黒陽はやれやれと溜め息を吐く。

 

「白陽、ああいう輩が苦手なのは知ってるけど、ちょっと強引過ぎ。言霊まで使う必要なかったでしょう?」

「姉さんが無警戒過ぎるのがいけないんです。あと、私はああいう輩が苦手なのではなく嫌いなだけです。勘違いしないでください」

「あーはいはい、面倒臭がりと男嫌いがミックスなのね。ハイハ~イ」

「…………身内じゃなかったら蹴り飛ばしてますよ」

「そんな怒らないでよ~、私の分の御手洗団子あげるからさ~♪」

 

 ねこなで声を上げて抱きついてくる姉に対し、白陽はうんざりといった様子だった。

 

「……我が姉ながらマジでウザい」

「にゃっ、そんな汚い言葉を使うなんてお姉ちゃん許さないぞーっ! この柔らかい頬から出したのか! ふにふにー!」

「いや普通に喉から……ってやめろ」

 

 姉の手を叩き、白陽は隣に腰かける。

 黒陽はよよよーとわざとらしく涙を流した。

 

「昔はもっと可愛い気あったのに……お姉ちゃんは悲しいにゃん。しくしく……」

「嘘泣き乙。ほら、私の分の御手洗団子あげますから」

「にゃん! 白陽ってやっぱり優しー! お姉ちゃん嬉しいぞー! お礼に撫で撫でしてあげる~♪」

「ハァ」

 

 そう言いながら撫で撫でを受け入れているあたり、本心から嫌がっているワケではないのだろう。

 

 可憐で無愛想な妹と、妖艶で明るい姉。

 白と黒。性格も体型も正反対だが瞳の色だけは一緒で、仲も悪くない。

 

 姉が御手洗団子を美味そうに頬張っているのを眺めながら、白陽は報告する。

 

「気配探知に引っ掛かりませんでした」

「あたしも。索敵範囲を広げてるけど、手応えなし。……困ったにゃー、こんなんじゃあエリザベス様に怒られちゃう」

「あの御方はそう怒りませんよ。……No.2以降は別ですが」

「私達、下から数えたほうが早いから頭上がらないのよねー」

「仕事をキッチリこなせば問題ない筈です。姉さんがしっかりと働けば、結果は必ず出ます」

「うんうん♪ なら頑張っちゃおうかな♪ ……黄金祭壇の魔導師として」

 

 二名は立ち上がる。

 彼女たちは黄金祭壇のNo.9とNo.8。

 仙術と妖術を極めし者であり、陰陽五行、森羅万象の体現者。

 東洋の魔法使い、仙人の中でも最上位に君臨する女傑達である。

 

 二名は上層部から『とある指令』を受けてここ、裏京都へやってきていた。

 

 

 ◆◆

 

 

「まずは……ここの総大将さんに挨拶でもしとく?」

「挨拶? ハッ……冗談はよしてくださいよ姉さん」

 

 白陽は明らさまなな嘲笑を浮かべる。

 

「ここは非合法の魔界都市……挨拶などする必要がないでしょう」

「うわー辛辣ぅ、でも事実だから何とも言えないわー」

 

 二人とも既に気配遮断を済ませている。

 自然と完璧に同化しているため、道行く者達は彼女たちを認識できないでいた。

 先程の言霊も効いているのだろう。

 

 黒陽は御手洗団子をモニュモニュ食べながら言う。

 

「となると自力で捜索するしかないわね……冥界から抜け出したヤバイ奴」

「今、エリザベス様が冥界の神々に事情を聞いているそうですが……」

「難航してるんでしょう? でなきゃ私達が出向かないって」

「全くです。冥界の神々すら事情を把握できていない……いえ、正確には把握するのを拒まれている」

「神話の時代出身のチートクラスの超越者たちが「修羅道」で幅を利かせてるんでしょう? あーやだやだ」

 

 黒陽は二本目の御手洗団子をとりながら肩を竦める。

 

「それでもやっぱり原初の女神……天道至高天の法則は絶対。いくら最強クラスの超越者といえど、単騎で覆すのは難しいはず」

「単騎でなら……ですよね?」

 

 白陽の言葉に、黒陽は御手洗団子を頬張りながら言う。

 

「現世側にスポンサーがいるっぽいのよねー」

「スポンサー、ですか」

「そ、冥界の住民にはキツい縛りがあるけど、コッチの住民にはあまりないから。行こうと思えば冥界に行けるし。最も……」

「冥界に干渉できるだけの力を持っていれば……の話ですよね?」

「ピンポーン、大正解♪」

 

 気軽に応えた黒陽だが、声音は冷たい。

 白陽は苦虫を噛み潰した様な顔をした。

 

「またあのイカレ陰陽師の仕業ですか」

「そう思い至るのは普通だけど、アイツらは一度冥界を襲撃してるから、再度の干渉は難しいと思うのよねー」

「不可能ではない筈です」

「そりゃあ、アイツら化け物集団だし。でも、それを言ったら世界滅亡を目論んでる『あの集団』も視野に入れないと」

「……第三帝国ネオナチス」

「アイツらも何しでかすかわからないから。この前も散々やらかしてくれたしねー」

「……」

「でも……七魔将にしろネオナチにしろ、やってる事が世界規模なのよ。そう考えるとこの案件」

「……小さいですね」

「ねー」

 

 御手洗団子を食べ終わった黒陽は、串を丁寧に袋へと戻す。

 

「なんか様子見してる感じ? 嫌だにゃー」

「……違う勢力という可能性は?」

「それが一番高いかな。今のところは」

「となると、デスシティの連中ですかね?」

「うーん、微妙。今あっちは大忙しだし。そもそもここは化け狐……万葉の財布の一つ。喧嘩を売るメリットがないにゃん」

「……わかりませんよ?」

「にゃ?」

 

 予想外の返答に黒陽は目を丸める。

 白陽は金色の瞳に殺意を宿しながら告げた。

 

「あの女狐は『あの人』に肩入れしてる。大量の金を貢いで意識を向かせている……財布である此処を潰すのは理に叶っていると思います」

「はーい、お姉ちゃんチョップ」

「いたっ」

「落ち着いて白陽。あの人の事になると視野が狭くなるの、アンタの悪い癖よ」

「それは……」

「アンタの言い分、わからなくもない。でも今回は違う」

「……何故ですか?」

「さっき、色目使ってきた連中の脳内をチラっと覗いたんだけど……」

 

 黒陽は妖艶に笑う。

 

「いるわよ、あの人。この都に」

「!!」

「たぶん雇われたんでしょうね。だから女絡みはNO。確定ではないけれど、可能性は低い」

「……あの人の気配、察知できませんが?」

「たぶん依頼を受けた瞬間から気配を絶ってる。あの人なら私達の気配探知くらい欺けるでしょう」

「……何処にいると思われますか?」

「そりゃ、まぁ、この都の総大将であるぬらりひょんの屋敷にいると思うけど……」

 

 訝しげに思い始める黒陽。

 白陽は一度大きく深呼吸をすると、素早くUターンした。

 

「私達もぬらりひょんの屋敷へ向かいましょう」

「はい?」

「非合法の犯罪都市とはいえ、総大将に挨拶をするのは当然の礼儀。何より今回の事件の危険性を鑑みて、情報を共有しあうべきだと思いました」

 

 

「建前! それ建前でしょアンタ! あの人に、大和さんに会いたいだけでしょ!」

 

 

「違います。私達は黄金祭壇の、それなりの地位にいる存在です。介入するにあたり、その趣旨を伝えておけば余計な混乱を招かずに済みます。更に大和さんの助力を得られれば、万が一の事態にも対応できる(早く大和さんに会いたい抱きつきたい匂いを嗅ぎたい撫でて貰いたい可愛がって貰いたい……っ)」

「顔に出てるっての!! 普段ちょー無愛想で男嫌いな癖に大和さん絡みになると豹変するわねアンタ!!」

「うるさいですよ姉さん!! 私は事実を言ったまでです!! 公私混同はしてません!!」

「よく真顔で嘘つけるわね馬鹿シスター!!」

 

 互いに「シャー!!」と野良猫みたいに威嚇しあう。

 しかし黒陽が早々にギブアップした。

 

「それじゃあさぁ……アンタが公私混同してないとして、大和さんに会って我慢できるの?」

「ッ……」

「アンタもあたしも、あの人にベタ惚れ。しかも最近会ってないから……色々溜まってる」

「それは」

「発情しちゃったら任務どころじゃないわよね? コレは意識的に制御できるものじゃないから」

「…………」

「だから今会うのは駄目……わかった?」

「……はい」

 

 頷きつつも膨れっ面になる妹に、黒陽は溜め息を吐く。

 しかし人の事は言えない。自分も会いたくて堪らない。

 でも会えば必ず任務を忘れて夢中になってしまう……

 

 故に黒陽は心を静めた。

 

「話を一旦整理するわよ。まず裏で糸を引いている存在がいる……ここまでは大丈夫?」

「大丈夫です」

「なら次。思い当たる存在……いいえ、勢力として、謎の第三勢力「リベリオン」が挙げられるわ」

「!!」

 

 白陽の表情が一気に険しくなる。

 それほど、件の組織を黄金祭壇は警戒していた。

 

「組織の規模、目的、首領……一切不明。でも確実に存在していて、世界の混沌化を促してる」

「……成る程、そう考えると今回の事件にも」

「絡んでいる可能性が高いわ」

「するとどうします? これから」

「取り敢えず情報収集かなぁ。裏京都を巡って、できうる限り情報を集める。幸い、件の辻切りは満月の刻にしか現れないらしいから……猶予はあと一日ある。私達なら半日くらいで纏められるでしょ」

「辻斬りには直接関与しないのですか? 一番有益な情報を持っていそうなのに」

「辻斬りは大和さんが対応してくれる。細かい事情は後で大和さんに会って聞けばいいでしょう」

「成る程……了解です」

「よし! そうと決まればがんばろー!」

 

 

 

「ふむ……話半分しか聞けなかったが、中々いい推測だぞ」

 

 

 

「「!!」」

 

 姉妹たち反射的に振り返り、同時に臨戦態勢に入った。

 いつの間にか、背後に見知らぬ少女が佇んでいたからだ。

 

 容姿的年齢は10代後半ほど。まだ若い。

 しかし纏う雰囲気は老境のソレで、一切の揺らぎがない。

 泰然としている。

 

 柔らかそうな黒髪を結って右肩に流しており、瞳の色は群青色。

 顔立ちは東洋系だがまっこと可憐であり、刀を持っていなければ尚美しかっただろう。

 服装は紺色の簡素な着物。手には一振りの日本刀が握られている。

 柄巻は群青色で、彼女のイメージカラーを確立させていた。

 

「ふふふ……試し斬りには丁度良さそうだな。お主ら」

 

 悪意もなく殺意もなく、少女はそう言った。

 

 

 ◆◆

 

 

 彼女はただただ異質だった。

 自然体、その場にゆったりと佇んでいるだけ。

 しかし油断すれば首を落とされる……姉妹たちは直感していた。

 

 殺意もなく、剣気もなく、闘志もない。

 なんなら喜怒哀楽といった感情も抱いていない。

 本当に自然体……

 

 生物は呼吸をするのに意識しない。

 その様に、目の前の少女は自分達を斬る事を意識していない。

 

 そこに在る事と斬る事が同義になっている。

 

 一体どれだけの数の命を絶てば、その境地に至れるのだろうか……

 

 ただただ常軌を逸していた。

 姉妹らは全身から冷や汗を吹き出す。

 

 その様子を見て、少女はクスクスと笑った。

 

「そう緊張せずともよいではないか」

 

 一見すると爽やかな美少女だ。

 しかしその実力は測定不能……

 

 姉妹たちが懸命に取り続けている逃げの選択肢を現在進行形で潰している。

 姉妹たちは諜報と偵察に特化している。

 更に魔導師である以上、事象改編どころか法則改竄、新世界の創造すらも可能だ。

 

 しかしながら、

 

「無駄だよ。二人とも既に(それがし)の刀域に入っている。如何なる異能、権能を用いようとも逃れられはせん」

 

 少女は次に、苦笑をこぼした。

 

「少し残念だよ。現世の魔導師、期待していたのだが……二手と五手で詰みか」

「「……?」」

 

 疑問に思う姉妹たちに、少女はあっけらかんに言う。

 

「黒いほうが二手、白いほうが五手……首を跳ねるのに必要な抜刀の回数だ」

「「っっ」」

「いやはや、残念だ……」

 

 まぁいい、と少女は腰を落とし、群青色の柄巻に手を伸ばす。

 刹那、姉妹たちは首を跳ねとばされるイメージを浮かべた。

 

「ッッ!!」

 

 白陽は咄嗟に姉を突き飛ばし、突撃する。

 彼女は独自の拳法を極めており、魔導師内でもヴァーミリオンに次ぐ武闘派だ。

 

 しかし今回は相手が悪すぎた。

 そんな彼女でも五手で足りるほど、目の前の剣客は別次元だった。

 

 突き飛ばされた黒陽は叫ぶ。

 

「駄目っ!! 白陽ッ!!」

「逃げてください姉さん!! 時間を稼ぎますからッ!!」

 

 白陽は突進エネルギーを全て乗せた肘撃を放つ。

 爆発的な発勁「震脚」によって距離を詰めるものの、少女は既に躱していた。

 

 抜かれた鋭刃はもう白陽の首筋に触れている。

 そのままスルリと、首が落ちる筈だった。

 

「ちょっと待てや」

 

 真紅のマントが靡き、乱れ刃が妖しく煌めく。

 

 火花と共に轟音が迸った。

 7つの銀閃と魔閃が交わる。

 

 降り立った褐色肌の美丈夫は固まっている白陽を強く抱き寄せた。

 

「俺のお気に入りに手ぇ出すな……殺すぞ」

 

 怒気と殺意を迸らせる大男に、白陽は目尻に涙を溜めて叫んだ。

 

「大和さんっ!!」

 

 暗黒のメシア……

 彼はどんな窮地にも間に合う。

 いいや、間に合わせる。

 

 何故なら、そのために力を鍛え上げているからだ。

 邪魔するものは誰であろうが、何であろうが、無理矢理捩じ伏せる。

 

「女か? ……まぁいい。真っ二つにすれば性別なんて関係ねぇからなァ」

 

 

 極悪な面で、彼は嗤った。

 

 


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