villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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悪辣なる犯罪都市よ
胡乱な住民達 前編


 

 

 デスシティはやはり夜が一番活気づく。

 科学ガスと瘴気で曇った夜空も、七色のネオンサイトによって否応無しに明るくなる。

 

 道端では人間そっくりなアンドロイド達が道路の舗装作業を行っていた。

 補助をしているのは羽虫の様な小型ロボ。

 そして、無骨な巨大ロボが材料の運搬を行っている。

 

 巨大ロボ。「VS」──正式名称「バイタルスーツ」。

 重戦車に足を生やしたようなデザインが特徴だ。

 全高は五メートル。かなりの重量を誇るため、歩く度に地面を揺らしている。

 

 作業中のロボ達を護衛しているのは、ビームサーベルやレーザーライフルを装備したサイボーグ達だ。

 多機能的な容姿をした者が多い中、見目麗しい美少女もいる。

 計算された色合いの薄桃色の長髪。際どいデザインのボディアーマー。

 頭からひょっこりと生えているうさ耳は、どこか神秘的だった。

 

 近未来的な光景。

 しかし、すぐ横には妖精の代表格であるエルフやオークが歩いている。

 他にもダークエルフ、サキュバス、ドワーフ、デュラハン。

 獣人族や宇宙人、虫族、ぬりかべ、一反木綿など──

 

 科学と幻想。

 相反する要素が融合し、歪な均整を保っている。

 それがここ、超犯罪都市デスシティだ。

 

 超犯罪都市という二つ名は伊達では無い。

 文字通り最悪の治安を誇る。

 最悪、というより「治安」という概念が存在しない。

 

 実際に、外を散歩しているだけで暴力団の抗争に巻き込まれる。

 不気味な娼婦や邪教徒に騙され付いて行けば最後、明日の朝陽は拝めない。

 美女美少女であれば、オークの集団に輪姦される事もあった。

 

 この都市における「命」の価値は実に軽い。

 人間だろうが魔族だろうが邪神だろうが、命の重さは変わらない。

 たった一つの、ちっぽけな命だ。

 

 その命に「格」を付けるとするなら、それは「強さ」だ。

 弱肉強食。

 人間も神も、男も女も、関係ない。

 強者が幸福を手に入れ、弱者は死を突きつけられる。

 

 此処はとても残酷で、とても単純な世界──

 

「……」

 

 摩天楼の中を、不気味な路面電車が走行していた。

 磁力で浮遊している路面電車は、音も無く駅へと停車する。

 

 車内からとびきりの美人が降りてきた。

 年齢は二十代前半ほど。

 肩あたりで切り揃えられた黒髪。ブラウン色の瞳。

 東洋人特有の彫りの浅い顔立ち。

 着ている漆黒の制服と帽子が良く似合っている。

 その佇まいは、バスの運転手をイメージさせた。

 

 古き良き大和撫子だが、身に纏う雰囲気は何処か淫ら。

 内側から色気が漏れ出しているのだ。

 その最たる理由は、魅惑的な肢体だった。

 制服のボタンを弾き飛ばしそうなほど豊満な乳房。括れた腰、張りのある尻。

 歩くだけで男共の視線を釘付けにする。

 

 彼女の名は死織(しおり)

 デスシティの交通機関、闇バス・闇タクシーの運転手だ。

 

 その巨乳が揺れる度に細い腰が強調される。

 男達は一様に生唾を飲み込んだ。

 彼等は死織に話しかけようとするが、その前に彼女は大衆酒場に入ってしまう。

 

 大衆酒場ゲート。

 デスシティにおいて純粋に料理と酒を楽しむ事ができる貴重な場所だ。

 その理由は、偏に店主の腕っ節によるものだった。

 

 店主の名はネメア。

 世界最強の傭兵、通称「傭兵王」。

 デスシティの三羽烏の一角に名を連ねる、百戦錬磨の豪傑である。

 邪神すら葬り去るこの男は、名実共にデスシティの最強格だった。

 

 彼の経営する酒場は料理もうまいし酒もうまい。更に従業員は美男美女揃い。

 中心地でも一番人気の店である。

 

 店内に入った死織。

 西部開拓時代を連想させる粋な店内を見渡した後、ネメアに会釈した。

 カウンターの奥で新聞を読んでいたネメアは軽く手を上げる。

 

 彼の容姿は「ある男」のせいであまり目立たない。

 が、かなりのものだ。

 

 ツーブロックに刈られた金髪。瞳は髪と同じ黄金色。

 彫りは深いが決してクドくない顔立ち。

 体躯は筋骨隆々。身長は二メートルを超えている。

 服装はあまり拘っていないのだろう。

 白のシャツにジーンズ。エプロンは焦げ茶色と至って簡素だ。

 

 清潔だが派手さはない。

 しかし、その和やかな雰囲気は傍にいるだけで他者を安心させる。

 

 デスシティにおいて本当に珍しい温和な男。

 それがネメアだった。

 

「さて……」

 

 死織はどの席に座ろうかと店内を見渡す。

 すると、男性の陽気な声がかけられた。

 

「死織、こっちだこっち」

 

 カウンターから離れたテーブル席に、厳つい大男がいた。

 死織に手招きしている。

 

 白いスーツにサングラス。黒髪はワックスでオールバック。

 顔中に刻まれた傷跡は生々しいが、それがかえって魅力になっている。

 堂々たる体躯を誇り、スーツの上からでもわかる筋肉は凄まじいの一言。

 服装といい、まるで武闘派のヤクザだ。

 

 右之助(うのすけ)──腕利きの用心棒である。

 彼は死織に向かい破顔した。

 傷だらけの厳つい顔なのに、笑顔が妙に愛くるしい。

 

 死織も笑顔で彼の席へ向かった。

 

「よぅ、久々だな」

「お久しぶりです。右之助さん」

「隣空いてるんだ、どうだ?」

「では、お言葉に甘えて」

 

 一礼し、右之助の隣に座る死織。

 右之助は頬杖を付き、苦笑交じりに彼女に聞いた。

 

「最近どうよ?」

「んー、まぁまぁですかね。以前のティンダロスの王の時は死にかけましたが」

「ああアレな。大和の奴、派手に暴れたもんなぁ」

「ええ全く。ですが邪神相手にあの程度の被害で済んだのです。納得のしようもあります」

「ま、それもそうだな」

 

 右之助は頷きながらジョッキを呷る。

 死織はふと、思い出したように呟いた。

 

「そういえばあの時、著名な猛者達は出てきませんでしたね」

「興味がなかったのか、それとも自分達が出るほどの案件じゃなかったのか……まぁ、前者だろうな」

 

 アルコール交じりの溜息を吐く右之助。

 デスシティには大和に負けず劣らずのバケモノ共が沢山いる。

 対して死織は、何故かキランと瞳を輝かせた。

 

「大丈夫ですよ右之助さん。何かあったら此処に逃げ込めばいいんです」

「おう、そりゃ名案だぜ死織」

「此処に隠れていれば、その内大和かアラクネさんが解決してくれるでしょう」

「アイツ等に全部任せとけば大丈夫だな」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべる二人。

 かなり他人任せだが、これ位図太くなければこの都市では生きていけない。

 

 ふと、右之助は「ある二人」の気配を感じ取って振り返った。

 そしてケラリと笑う。

 

「噂をすれば、だ」

 

 ウェスタンドアが開かれる。

 酒場に入って来た者達を見て、死織は成る程と頷いた。

 

 デスシティの三羽烏。

 世界最強の殺し屋と世界最強の暗殺者。

『黒鬼』と『毒蜘蛛』

 

 大和とアラクネ、二人揃っての登場である。

 

 酒場の空気がガラリと変わった。

 

 

 ◆◆

 

 

 二名の美貌はあまりに強かった。

 強すぎた。

 故に、見えない引力と成っていた。

 

 酒場にいる全員の視線を無理やり吸い寄せる。

 会話すらも許しはしない。

 

 男の美貌は暴力的だった。

 滲み出る迫力と殺気がそのまま色気に変換されている。

 生来の優れすぎた容姿が拍車をかけていた。

 弱い女はすぐに理性を蕩かされてしまう。

 強い女も、自分より強い雄に疼きを抑えられなくなる。

 

 雄々しくも美しい佇まい。

 滑らかな黒髪は後ろで丁寧に結われている。

 鍛え抜かれた小麦色の肉体は優に二メートルを超えていた。

 自信たっぷりな笑顔は、今まで積み重ねてきた経験と努力に裏打ちされているのだろう。

 チラリと見えるギザ歯は凶悪だが、どこかキュート。

 しかし、灰色の三白眼は氷のように冷たい。

 彼が冷酷な殺戮者である事を暗に物語っていた。

 

 隣にいる女は実に妖しげだった。

 まるで毒蛾のような、危険でいながら他を寄せ付けない圧倒的美しさを誇っている。

 

 シミ一つない透き通った肌。

 90センチを優に超える豊満な乳房に、見事に引き締まった腰周り。

 尻は安産型で思わず揉みしだきたくなる。

 紫色を帯びた黒髪は腰までスラリと流れていた。

 顔立ちは端正を通り越して最早異端。

 どれほど才に恵まれた芸術家でも再現できないだろう。

「女性の美」、その極致を体現していた。

 しかし、その瞳は奈落の如き暗黒色で、彼女の底知れない『闇』を垣間見れる。

 

 静寂が酒場を支配していた。

 女達は大和に。

 男達はアラクネに。

 それぞれ、呼吸を忘れるほど魅入っている。

 

 デスシティを代表する男女。

 その二人が今、並び歩いていた。

 

 下駄とハイヒールの音がやけに大きく響く。

 ふと、死織と右之助を見つけた大和。

 二人に手を振られたので、片目を閉じて返す。

 

「……ぁぁ、やっぱりイイ」

 

 熱い溜息と共に頬杖をつく死織。

 その蕩けきった表情に、右之助は思わず苦笑した。

 

「ちょっと」

「ア?」

 

 アラクネが、大和を睨みつけていた。

 その表情は嫌悪に染まっている。

 それは大和も同じだった。

 

「あまり近寄らないで頂戴。血の臭いが移るから」

「テメェは元々血生臭ぇだろうが、腐れビッ○」

 

「……ハァ?」

「アア゛?」

 

 殺気が溢れ出る。

 瞬間、魅了されていた客人達が正気に戻った。

 次には顔を真っ青にする。

 

 大和とアラクネの仲の悪さは、デスシティでもかなり有名だった。

 会えば互いを激しく罵り合い、最悪殺し合いを始める。

 

 今にも得物を取り出しそうな二人に、同じ三羽烏であるネメアは溜息を吐いた。

 

 

 


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