Villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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四話「喧嘩はふっかけるもの」

 

 

 

 死斬乱舞。

 絶対切断の刃は鎌鼬を纏う事により無制限の射程を誇るようになり、文字通り万物を両断する。

 チンと鍔鳴りの音が響けば大地は裂け、底深き奈落の谷が生まれた。

 同時に遥か遠くの山脈が縦半分に斬り裂かれる。

 吹き荒ぶ爆風。合計千五百にも及ぶ斬撃が現場を覆い尽くし、裏京都を蹂躙した。

 

 常人ならばまばたきをしている間に更地と化してしまった裏京都だが、失われた命共々瞬く間に復元される。

 黄金祭壇の魔導師たちだ。

 特製の超高密度多重障壁と複合魔導を展開している。

 

 世界最強クラスの強者達の戦闘は、その余波だけで世界を滅ぼしてしまう。

 故に黄金祭壇の魔導師達は徹底する。

 まず複数名で超高密度多重障壁を展開、世界から現場を隔離する。

 次に内部で起こっている事象現象を戦闘開始から数秒前まで常に『巻き戻す』。

 これにより死者甦生の手間とリスクを省き、かつ最低限世界を護れる状態を維持する。

 

 これこそ黄金祭壇の魔導師達に課せられた唯一絶対の使命。

 個々の命よりも世界の存続を優先しろという、エリザベスの厳命である。

 

 巻き戻されていく世界の中で、存在を維持できているのは僅か二名。

 咲夜と大和である。

 

 大和は舞い散る妖魔桜の花弁を眺めながら優雅に鉄扇を扇いでいた。

 咲夜は不機嫌そうに舌打ちする。

 

「随分と余裕みたいじゃねぇか、ええ? クソったれ」

「いいや、途中で笑わせてくるからマジで焦ったぜ。さっきのあれ、ナチュラルか? だとしたら天才だぜお前」

「おうともさ、だから本気でキレたんだよ」

「そうか……ククク、面白い嬢ちゃんだ」

 

 クスクスと笑いながらも、一切隙を見せない。

 咲夜は眉間に皺を寄せた。

 

(鉄扇術も極めてやがるのか……引き出しが多い。武芸百般は伊達じゃねぇな。最初はふざけてるのかと思ったが、コイツ……笑いながら俺の斬撃を全て受けきりやがった)

 

 感情を制御せずとも、その武が弛む事はない。

 常住戦陣。彼は常に戦いを意識している。

 如何なる感情に翻弄されようとも、その強さが変わる事はない。

 

 これもまた『動』と『静』の合一の利点なのだろう。

 咲夜が考えている最中、大和は飄々と言った。

 

「風属性の魔導で絶対切断の概念を強化しつつ、射程距離の延長か……強力だが、裏を返せば風属性に左右される。鉄扇でちょいと扇げば簡単に軌道が逸れる。ちょこちょこ混ぜている本物の風魔導も然りだ」

「……観察眼自慢か? うざってぇ」

「違うぜ、素直に関心してるんだ。よくもまぁ、そこまで『斬る』事に特化できたもんだ。余程冥界で鍛練を積んだんだろう。……あとは、相手に困らなかったか?」

「……」

「あーやだやだ、こんなに強いと余裕なくなるぜ」

「寛ぎながら言うな」

「少し休憩中なんだよ。あとは……攻略方法を考えてる」

 

 妖しく瞳が揺らいだ。

 自分を見つめてくる異形の存在に、咲夜は複雑な感情を抱く。

 とある疑問が、心中で渦巻いていた。

 

 大和の本懐。

 唯我独尊流・最終奥義──『天地神明(てんちしんめい)

 

 この流派が大和以外に皆伝者を出していない理由。

『動』と『静』……相反する両属性を極めるという、あらゆる武術家が夢想する最高到達位。

 

 その修得難易度は水と油を扱き混ぜるよりも尚難しく、『水の中で火を灯し続ける』という法則を超越したものだ。

 

『動』を極めた者たちは基本的に精神に於ける起爆剤……殺意や戦意といった激情を昂らせ、それを戦闘力に変換する。

 対して『静』を極めし者たちは激情を一定水準で保ち、合理性の元戦場を俯瞰する。

 

 どちらも極めれば極めるほど片方を疎かにしてしまう。

 いいや、疎かにしなければその道を極める事ができない。

 

 両属性の合一……難易度は最上級という言葉すら生温い。

 しかし実現する方法は言葉にすれば皮肉なもので、意外と容易かった。

 

 激情を冷まさず、制御すればいい。

 強靭な精神力を以てして荒ぶる心を統治すればいい。

 

 要は精神力の強さ。

 しかし求められるレベルが尋常ではない。

 そもそも、戦闘を生業としている者達は皆精神力が強い。

 武術家なら尚更だ。

 

 それでも、できなかった。

 大和を除いて過去誰一人として……

 

 試した者達は廃人になるか修羅道に堕ちた。

 精神が壊れてしまったのだ。

 だから頭の良い者は「不可能だ」と割り切り、試さなかった。

 その境地がある事をわかっていながらも、諦めた。

 

「……よりによってテメェが、自称『殺し屋』が、俺達の目指す夢の果てにいるってのか?」

 

 怒りはない。

 ただただ疑問を覚えていた。

 古今東西、あらゆる武術家たちが届かずにいる最高到達位に、何故彼が至っているのか──

 

 今までの彼の言葉に嘘はない。

 彼は殺し屋であり、武術に対して矜持と呼べるものがない。

 武術を『合理的な暴力の使い方』だと言い張っている。

 

 そんな男が、何故……

 

「取捨選択だよ」

「……何?」

 

 大和はクスリと笑った。

 それはとても魅力的であり、邪悪であり、おぞましくもあり……

 とても人間がしていい笑みではなかった。

 

「情を捨てた。平和を捨てた。正義を捨てた。人類の王になれる権利を捨てた。真の最強に至れる権利を捨てた。……過去も、未来も、全部捨てたその先に、この境地があった」

「…………」

「捨てるもんを捨てたから得るもんを得た。当然の理屈だろう?」

「……理屈が通っていても、実現できねぇもんがある」

「そうさな、俺と同じ方法でこの領域に至れるなら話は早ぇ。だが、そうじゃない。……断言できるぜ。この領域には俺だから至れた。他の奴には無理だ」

「……ッッ」

 

 絶対強者ならではの自負。

 驕りなどない。ただ確固たる自信があるのみ。

 

 咲夜は歯噛みした。

 努力すれば報われる? 何かを捨てれば得られるものがある? 

 

 そんな筈はない。

 だとしたら世の中は成功者で溢れている。

 

 努力が水なら才能は容器だ。

 容量には個人差があり、それを越えてしまうと中身が溢れ出てしまう。

 

 努力するのは誇る事でもなく、当然だ。

 そこから更に才能のある者たちが頭角を現していく。

 

 努力をしたから報われるなどと……そんな甘い話はない。

 

(だとしても……これは……あんまりだろう)

 

 超越者という存在は、例外なく天才の中の天才……異才を持つ者たちだ。

 天道至高天の敷く法則から外れるという事は、生まれ持っている素質が違う。

 

 そんな超越者の中でも更に異質な存在なのが真の『強者』足り得るEXランクの者たちだ。

 

 咲夜はその階梯にいた。

 真の強者と呼ばれるだけの強さを身に付け、そうである自負もあった。

 

 そんな彼女でも自信を喪失してしまうほどの『存在感』……

 彼は、生まれながらに違っていた。

 

 漸く理解した。

 何故、EXランクのその先が存在するのか……

 何故、最強の果てに至る者達が実在するのか……

 

 彼と相対していれば嫌というほどわかる。

 

 絶対強者。頂点捕食者。

 虎が何故強いのか……それは虎だから。

 そうであるように、彼が強いのに理由はない。

 

 ……だとすれば、努力をする意味とは一体? 

 自分が剣技に捧げてきた時間は何だったのか? 

 

 無駄だった、というのか……? 

 

「それが嫌だから、抗うんだろう」

「……?」

「冥界にいるだろう元、天下五剣の奴等……ソイツ等に決まって言われてなぁ。何でお前が最強の武術家なんだ、俺達の存在を馬鹿にしているのか、って」

「…………」

「馬鹿にしてるつもりはねぇよ。ただ……俺は武術に命を懸けてるわけでもねぇし、矜持も持ってねぇ。だから鬱陶しかったんだろう。おかげで何度も殺されかけたぜ」

 

 大和は過去の死闘を思い出しながら、徳利を取り出す。

 そして一気に呷った。

 

「何のために戦うのか、何を懸けているのか、矜恃? 怒り? または別の何か? ……ぶっちゃけ、内容はどうでもいいんだよ。重要なのは、コレと決めた生き方を最期まで貫き通すことだ」

 

 咲夜は聞き入っていたが、大和の軽い態度を見直して機嫌を損ねた。

 

「呑気に酒ぇ呑んでんじゃねぇよ……斬り刻むぞ」

「ククッ、その意気だ。俺を斬り伏せてみせろ。こんな巫山戯た男が世界最強の武術家なんだぜ? 剣士として、見過ごせねぇだろう」

「……殺し合ってる相手に発破かけるかよ、普通」

「面白い、って理由じゃ駄目かい」

 

 大和は徳利を捨てて、ゆらりと体を揺らす。

 真紅のマントが不気味にはためいた。

 

「じゃ、再開だ」

「……!」

 

 咲夜は反射的に構えるが、ぬるりと懐へ滑り込まれた。

 反撃が間に合わない。

 

 咄嗟に風魔導による対物理障壁を幾重にも展開し、落雷を叩き落とす。

 顕現した稲妻は神仏すら魂ごと溶かす超高温を孕んでいた。

 

 しかし……

 

「遊廓巡り・夢想・花札合わせ──」

 

 白煙から出てきた大和は無傷だった。

 

(いの)

 

 それはまるで(いのしし)の如く。

 震脚を用いた強烈な体当たりは風魔導による対物理障壁を咲夜もろとも吹き飛ばす。

 

鹿(しか)

 

 それはまるで鹿の如く。

 二本の十文字槍を豪快に突き下ろす。

 咲夜は軽功で体勢を立て直すと、辛うじて鞘で防御した。

 同時に刀を抜こうとする。

 

(ちょう)

 

 それはまるで蝶の如く。

 咲夜の体を縛り付ける鋼糸……あらかじめ矛先にくくり付けていたのだろう。

 指先一つ動かせない。

 更に……

 

(……毒。ああ、さっきの酒か)

 

 酒は酒でも、デスシティ特産の猛毒酒。

 大和は既売品を更に改良しており、ほんの一滴でも凶悪な魔獣を昏倒させる代物にしている。

 超越者といえども高レベルの毒耐性を有していなければ数瞬動けなくなるほどだ。

 

 大和は普通に飲んでいたが、それは咲夜を勘違いさせるため。

 そして体内で毒素を気化させるためだ。

 放たれる吐息は液体時と同等の濃度を誇り、視認てきない分凶悪性を増している。

 

 咲夜は騙された事を悟りながらも、笑っていた。

 心の底から笑っていた。

 

(ああ……コイツは慢心してても俺の事を舐めちゃいねぇ。一人の剣士として相対してくれている。女だからと侮ってねぇ。……それが今は……何よりも嬉しい!!!!)

 

 柔肌に鋼糸が食い込む。

 刹那、莫大な風が辺りを吹き抜けた。

 あまりの風量に大和も思わず目を丸める。

 

『花鳥風月・改・魔導外装「百花繚乱(ひゃっかりょうらん)」!!』

 

 桜吹雪が巻き起こる。

 妖魔桜の花弁ではない。咲夜が生み出した強力無比な絶対切断の概念そのものだ。

 

 攻防一体の万能刀法……彼女は、風と剣に愛されていた。

 

 咲夜は吠えた。

 喜色を交えたまま……

 

「なら越えてやるよ!! テメェをブッタ斬って、俺が最強の剣士である事を証明してやる!!」

「かかってこいや!! 相手になってやる!!」

 

 咲夜は無邪気な面で大和に突撃していった。

 大和も同じ様な表情で迎え撃つ。

 

 真の戦いはこれからだった。

 

 

 ◆◆

 

 

 新たに体得した技法──しかし前々から構想を練っていたものだ。

 咲夜は縮地で一気に距離を詰めると、理想と現実の『差』を測る。

 新奥義、百花繚乱が思い描いていた内容であった事に安堵する一方、喜悦で頬を緩ませた。

 

(最高に調子が良い、こんな気分味わった事ねぇ! 極限の集中状態を維持しながら、自分の成長を実感できる……! まるで羽でもついたみてぇだ!)

 

 覚醒。

 咲夜は今、無限成長を続けていた。

 殺し合いの最中だというのに次々と新技が浮かんでくる。

 そして、それらを実用レベルまで押し上げられる。

 

 増え続けていく魔剣達……その全てを咲夜は今、この瞬間に放つ事にした。

 

「しぃィ……ッッ」

 

 独自の呼吸法で体内に残った毒素を抜きつつ、全身に魔力を漲らせる。

 百花を纏いし童姿の剣鬼。

 彼女は修羅の笑みを貼り付けると、構えをとった。

 

『一、二、三、四、五、六、七、八、九、十(ひと ふた み よ いつ む なな や ここの たり)!!』

 

 鹿島神流の法儀式、悪鬼を討滅する誅魔剣の真言である。

 

『布留部 由良由良止 布留部(ふるべ ゆらゆらと ふるべ)!!』

 

 群青色の魔力が迸る。

 同時に絶対切断の概念そのものである桃色の花弁が宙を覆った。

 

『百花繚乱・必殺──千本桜・剣鬼十番勝負!!』

 

 今しがた思い浮かんだ魔剣を全て叩き込む、文字通りの必殺技。

 併せて十になる魔剣から成る、圧殺の蓮華である。

 

「一つ、科戸の風(しなどのかぜ)!!」

 

 天高くに跳躍し、兜割りを放つ。

 現れたのは半月状の真空刃だ。

 桁違いの大きさであり、裏京都を易々と両断してしまう。

 大陸どころか星をも両断してしまうこの一撃に、大和は押し潰されてしまった。

 

「……クックック、覚醒しやがったな。いいねぇいいねぇ、面白くなってきたぜ!!」

 

 巨大な真空刃がまるで砂粒の様な何かに押し留められている。

 咲夜はうっすらと碧眼を細めた。

 

 大和が不敵に笑っていた。

 身の丈を越える大剣を肩に担いでおり、首を逸らすだけで真空刃を受け止めている。

 

 彼は大剣を振り上げて真空刃を弾き飛ばすと、大地を砕き跳躍した。

 咲夜は併せて第二の必殺技を放とうとする。

 それに割り込もうとした大和だが、大量の桜の花弁に阻まれた。

 

「チィ……!」

 

 思わず舌打ちする。

 絶対切断の概念そのものである花弁を迂闊に放ってはおけない。

 億を越える花弁の一枚一枚を精密に操る、桁外れの集中力。

 大和は億を越える剣士と戦っている状態だった。

 

「二つ、天の八重雲(あめのやえぐも)!!」

 

 咲夜は四苦八苦している大和の頭上から稲妻を内包した暴風を撃ち落とす。

 旋風を帯びた雷光は桁外れの破壊力と貫通力を誇っていた。

 更に巻き起こる旋風が花弁の軌道を細かく修正している。

 

 度重なる必殺技の連発に、流石の大和も……

 

「しゃらくせぇ!!」

 

 そう言って闘気を込めたアッパーを放った。

 複合魔導は消し飛ばされ、その中に隠されていた真実の鎌鼬も軌道を逸らされてしまう。

 真横で抉られた大地を一瞥した大和は、四方八方で舞う桜の花弁を見渡した。

 

「……成る程」

 

 ──原理は理解した。

 そう言って、大和は手頃な所にあった花弁を大剣で叩く。

 一見、大剣を無造作に薙いだように見える。

 しかし何処からともなく金属音が重なり響き、咲夜は咄嗟に首を逸らした。

 刹那、首筋に切り傷が奔る。

 ナノ一秒遅ければ首が飛んでいた。

 

「なん、だと……?」

 

 思わず呟く。

 絶対切断の概念そのものである桜の花弁、数えて億と数千万。

 その一つ一つが咲夜の意思の通った剣である。

 だからこそわかる……今の攻撃は、それらを利用された。

 

 花弁の形をしているとはいえ、その実は不可視の刃。

 意思を通わせているとはいえ担い手がいない分、一撃一撃が単調になりがちで、丁寧に対処すれば捌けない事もない。

 問題は圧倒的な物量なのたが……大和はそれを逆手に取った。

 

 花弁一つ一つの配置、角度、降るパターンを逆算し、一つを弾いて他にぶつける。

 そうして弾かれた刃は他の刃に当り、弾き飛ばされる。

 跳んでは跳ねて跳んでは跳ねて……まるでビリヤードの様に重なっていけば、最終的に咲夜の元まで辿り着く。

 

 咲夜は自分の技でダメージを負ったのだ。

 

「クソッタレ!! そんなんありかよ!!」

 

 叫んでる合間に大和は迫ってきている。

 桜の花弁を足場にし、まるで韋駄天の如く空を駆けていた。

 

 弾けるならば、足場にできぬ道理はない。

 

 咲夜は次に出す筈だった魔剣を無理矢理中断し、振るわれた大剣を回避する。

 大きな刃の流れに逆らわず宙を回ると、周囲の風を味方につけて撤退した。

 スケーターの様に空を滑りながら抜刀数回、雷光を槍状にして放つ。

 

 無限熱量かつ無限速の雷槍を、大和は指で全て掴みとった。

 そして投げ返す。

 咲夜は舌打ちしながら回避し、雷槍を放ち続ける。

 彼女は、一定の距離を保つようにしていた。

 

 今、大和に近付けば殺される。

 断言できた。

 

 一連のやり取りで理解した。

 大和の戦闘スタイル、その真髄を……

 

 理論派は冷静沈着であり続ける事で『戦場を掌握』する。

 感覚派は常に変化を止めない事で『戦場を掻き乱す』。

 

 ならば両方を極めている大和は……? 

 戦場を、相手を、『攻略』する。

 感覚的に、理論的に。

 

 いうなれば「特注(オーダーメイド)」だ。

 その戦場で、その相手にあった戦闘スタイルを即興で構築する。

 

 ジャンケンで例えるなら、後出し権利。

 グーを出されたからパーを出す、チョキを出されたからグーを出す、パーを出されたからチョキを出す……そのエンドレス。

 相手の性質を見極めて、そこからから最も効率的な「対○○武術」を生み出す。

 

 唯一無二。古今独歩。天下無双。

 世界最強の武術家であり殺し屋である彼にのみ許された、理想の戦闘理論。

 

 圧倒的な戦闘センスは勿論関係している。

 だがそれだけではない。

 鍛え込んだ最強の肉体、限界まで研ぎ澄ませた五感。数億年分の戦闘経験。不倒不屈の精神力。

 それら全てがあって、初めて成立する。

 

 世界でただ一人、大和にしかできない。

 故に彼以外に皆伝者がいない、唯我独尊流。

 

 攻略方法はただ一つ……

 

「……限界を越えるしかねぇ。進化を続けるするしかねぇ」

 

 そう呟いた咲夜は、笑っていた。

 強がりではない。絶体絶命の危機なのにも関わらず、彼女は過去最強の敵に闘志を滾らせていた。

 明鏡止水の境地に入ったままなのに、激情が治まらない。

 しかしそれが余計なものだとは思わない。

 直接的な力に変えられる余裕がある。

 

 斬ること……それが全て。

 あの日、当代随一の剣聖の太刀筋を見たその瞬間から、咲夜は生涯剣士である事を誓った。

 斬って斬って斬りまくって、最後は憧れた剣聖に破れた。

 それでも渇望は薄れる事なく、地獄で研鑽を積み重ね、遂には在ることと斬ることが同義になった。

 

 一種の到達点に着いたと思っていた。

 だがそれは大きな勘違いだった。

 まだ先がある。自分は、まだ強くなれる。

 

 一人の剣客として、何よりも嬉しかった。

 咲夜は狂喜の笑みを浮かべて吠える。

 

「冥界の先達たちがお前に拘ってる理由がよくわかったぜ。テメェは剣士でも武術家でもねぇ。強力無比な力そのものだ……人類どころか神魔霊獣ですら敵わない、意思を持った『暴力』……テメェを越えた先に最強がある!! 盛り上がってきたぜ!!!!」

 

 殺気と剣気を迸らせ、咲夜は力一杯の抜刀体勢をとった。

 

 そして大声で告げる。

 

「俺はお前の予測を越え続ける!! 攻略が間に合わないくらい進化を続けて、最後にはその首切り落としてやる!!」

 

 その宣言に対し、大和は不敵な笑みで答えた。

 彼の目には今、咲夜しか映っていない。

 

 互いに距離感を計り、潰し、そうして必殺の間合いに入って……得物を振りかぶる。

 互いの首筋に刃がめり込んだ、その瞬間……

 

 両者とも同じ方向を向いて、得物を引いた。

 

 妖魔桜立ち並ぶ裏京都の広間、それらを覆い囲む様に異形の集団が佇んでいたのだ。

 鬼、死神、天狗、それらを従えているであろう一際強大な気を放つ牛頭と馬頭の鬼神。

 

 彼等を見た二人の反応はわかりやすかった。

 咲夜は苦虫を噛み潰したような顔をし、大和は微妙な面持ちをする。

 

 そんな二人に対し、馬頭の鬼神が告げた。

 

「そこまでにしてもらおう、我らは地獄の獄卒衆。大罪人、咲夜。貴様を連れ戻しにきた」

 

 

 ◆◆

 

 

 咲夜は可憐な相貌を憤怒で歪める。

 

「ざっけんなよ……今最高の瞬間だったんだ!! 俺にとっては何よりも尊い瞬間だったんだよ!! それを穢しやがって……!!」

「知るか、貴様の事情など」

 

 牛頭の鬼神が鼻を鳴らす。

 

「誰が貴様に手を貸して地獄から脱走させたのか……今は敢えて聞くまい。……冥府の神々からの厳命だ。直ちに地獄へ戻れ。我々も、手荒な真似はしたくない」

「……俺が、拒まねぇとでも思ってるのか?」

 

 酷くドスのきいた声だった。

 風が吹き荒び、雷鳴が轟き渡る。

 EXクラスの魔導剣士を相手に、如何に獄卒人であっても勝つことは不可能だ。

 

 そう、本来ならば……

 

「地獄で斬り合い過ぎて忘れたか? 狂人め。貴様は我々に逆らえない。……いいや、現世から抜け出したという事実が、我々に対する貴様の力を全て無効化する」

「ッッ」

「いくら森羅万象から逸脱した超越者といえど、天道至高天が定めた『生命の法則』は覆せない。……故に」

 

 馬頭の鬼神は持っていた戦斧を地に付ける。

 ズン、とその場の地形が陥没した。

 

「大人しく着いて来こい。貴様のためを思って言っている。これは慈悲だ。……我等含めて総勢2000、全員が精鋭であり貴様に対して特攻を持っている。……魂の根源まで滅されたくはなかろう」

「……~!!」

 

 悔しさのあまり唇を噛み千切る咲夜。

『死』は、この世界観で最も強力な概念だ。

 一度死んだ生命はありとあらゆる束縛を受ける。

 この束縛からは百戦練磨の超越者であろうと逃げれない。

 

 死は、原初の超越神が定めた「生命の終着点」なのだ。

 

 牛頭の鬼神は咲夜を一瞥すると、次に大和を睨み付ける。

 

「干渉不要だ、黒鬼よ。ここから先は我らが領分」

「そうはいかねぇ、俺も仕事できてるんだ。そうやすやすとは下がれねぇよ」

「であれば雇い金を言え。今ここで支払う。慰謝料を含めて倍額でも構わん。貴様の雇い主にも相応の慰謝料を払おう」

「ふむ…………まぁ、理に叶ってるな。殺し屋としては、ここで退くべきだろう。損得を考えるならな」

「……っっ」

 

 咲夜は容姿相応の泣きそうな顔をした。

 好敵手の冷たい反応が悲しかったのだろう。

 

 彼がそういう男だというのは知っている。

 だが……まだ競い合いたいのだ。これからなのだ。

 

 自然と大和の袖を掴む。

 大和は苦笑をこぼすと、彼女の血濡れた唇を指で撫でた。

 

「口紅……まぁまぁ似合ってるぜ。色気がちぃと足りねぇが……十分だ」

「……?」

 

 疑問に思う。

 そんな彼女を大和は強引に抱き寄せた。

 そして大声で告げる。

 

「わりぃなテメェら! 俺はこの超絶スーパープリティーギャラクティカデンジャラスウルトラ美少女とダンスの約束をしてるんだよ!」

「なァ!? テメっ!」

 

 羞恥で顔を真っ赤にする咲夜を抱き寄せたまま、大和は灰色の三白眼を細めた。

 

「だから……失せろや。俺も、無駄な殺しはしたくねぇ」

「……傲慢だな、怪物め」

 

 馬頭の鬼神が吐き捨てると、大和は鼻で笑った。

 

「獄卒人だかなんだか知らねぇが、ぽっと出がしゃしゃり出てくんじゃねぇぞ」

「貴様……!」

「失せろ。これはテメェらを思って言っている。これは慈悲だ。……こんな感じか? テメェら風に言えば」

 

 大和は嗤うと、中指を立てて叫ぶ。

 

「ファック!! ぶっ殺されたくなかったらとっとと失せなクソ雑魚共!! きたねぇ尻を見せてな!!」

「「「「っっ」」」」

「悔しかったらかかってこい!!」

 

 業を煮やした獄卒人達が得物を携える。

 大和は咲夜を離すと、楽しそうにボキボキと拳を鳴らした。

 

 そんな彼の背に、咲夜は焦燥した様子で問う。

 

「おいテメェ、なんで俺なんかを庇って……」

「勘違いすんな。テメェとのチャンバラごっこを楽しみたいだけだ」

「……っ」

「テメェは後で叩っ斬る。だから……そうさな、今のうち休憩でもしとけ。あとは告白の練習とか? 色気がついてたら抱いて蕩けさせてから殺してやるよ」

 

「うっせ!! はぁ!!? 黙れ変態!! さっさと行け!! クズ!! バーカバーカ!!!!」

 

「ハッハッハ!!」

 

 満足したのだろう、大和は獄卒衆の元へ歩み寄っていった。

 咲夜は唇を尖らせたまま、か細い声で囁く。

 

「馬鹿野郎…………」

 

 童姿の剣鬼は、未知の感情を覚えていた。

 

 

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