villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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六話「幼心」

 

 

 事件から間もなくして、大和はぬらりひょんの館へと訪れた。

 直接依頼の完了を伝えると、初代は苦笑を浮かべた。

 

「いやはや、流石ですな大和さん。ここまで派手にやってくれと天晴れとしか言いようがありません」

「皮肉が混じってるぞ。……老けたな」

「貴方が若々し過ぎるんですよ。あっしもそうありたいもんだが……時の流れってのは残酷なもんです。肉体よりも先に精神が老いちまう……こればっかりはどうしようもありやせん」

 

 妖怪に寿命という概念は存在しない。が、老いの概念は存在する。

 初代ほど年月を重ねてしまうと、流石に容姿も変化してしまうのだ。

 

 彼はやれやれと肩を竦め、煙管を嗜んだ。

 

「あああと、先程魔導師のお嬢ちゃん方がきましたよ。ついでに事の顛末を教えてもらいました」

「……あんの姉妹は」

「フラれちゃったんですって? 珍しいですねぇ、貴方ほどの男が」

「予想以上に餓鬼だったんだよ、つまらねぇ依頼だった」

「殺しに愉悦を見出だせる辺り、やっぱり歪んでますねぇ」

「…………」

「いんや、ソレが生き物の本来あるべき姿なのかもしれません。……生きるってのは、どーも難しい」

 

 苦笑しながら紫煙を燻らせる初代。

 千年を生きた大化生の余裕は伊達ではない。

 

 大和は立ち上り、踵を返す。

 その大きな背に初代は告げた。

 

「また何かあればよろしくお願いいたします。……万葉様と、大黒谷努くんにも、よろしく言っておいてください」

「おう、またな」

 

 大和は振り返らず、手だけを挙げた。

 

 

 ◆◆

 

 

 裏京都の町通りを歩いていく大和。

 ふらふらと歩くだけで住民たちが避けていった。

 皆妖怪だが、彼の名を知らない者は殆どいない。

 世界最強の殺し屋は、人外にとっても畏怖の象徴なのだ。

 

 厳つい男たちが怯えている傍ら、女たちは黄色い悲鳴を上げている。

 雄々しい体躯と魔性の色香は、人外の雌にとってこれ以上ない媚薬なのだろう。

 雪女や狐娘、ろくろ首や河童娘たちが声をかけようか迷っている。

 しかし目の前を彼が通り過ぎると、皆陶然とした様子で立ち尽くした。

 

 大和は何を考えるでもなく、ふらふらと歩いていた。

 何時も通りの景色、何時も通りの反応。

 何も思うことはない。

 普段ならば妖怪娘たちを片っ端から宿屋に誘っているところだが、今はそんな気分ではない。

 カランカランと、下駄を鳴らしていた。

 

 そんな彼の眼に新鮮なものが映る。

 チャンバラごっこをしている兄妹だ。

 年も近いのだろう、笑い合いながら木の枝を振り回している。

 彼等は周りが見えていないのだろう、ふらふらと大和に近付き、そしてぶつかってしまった。

 

「あいた!?」

「わわ! 兄ちゃん!」

 

 転んでしまった兄に慌てて駆け寄る妹。

 兄が「何だ」と振り返ると、そこには巨躯の黒鬼がいた。

 幼子でも彼の事を知っている。

 いいや、妖怪の子供たちは「悪い事をすれば彼が来る」と言い聞かされてきたのだ。

 

 兄妹は顔を真っ青にした。

 大和はぼぅと二人を見下ろすと、唐突に表情を崩す。

 

 自然ともれた、優しい微笑だった。

 

「チャンバラごっこ、してたのか?」

「う、うん……っ」

「ああああの、わたしたち、悪いこと、しちゃいました……?」

 

 妹が震えながら聞いてきたので、大和は首を横に振るう。

 そしてしゃがみ同じ目線になると、兄と共に頭を撫であげた。

 

「悪いことなんてしちゃいねぇよ。こっちこそすまねぇな、楽しい時間を邪魔しちまって。……ここは大人が多いから、あっちで遊びな」

「……う、うんっ! わかった!」

「ありがとう! 黒鬼さん!」

 

 兄妹はとてとてと拙い足取りで去っていく。

 その後ろ姿を見つめていた大和は、消え入りそうな声で囁いた。

 

「そうだよなぁ……チャンバラごっこくらい、何も考えずにやりてぇよなぁ」

 

 もう一度笑うと、立ち上がる。

 何時もの大和に戻っていた。

 溢れ出た威風と色香に女たちは正気を失うと、我先にと声をかけようとする。

 

 しかし、全員金縛りにかかってしまった。

 指先一つ動かせない。

 そんな彼女たちを尻目に、大和に抱き付く二名の猫又。

 

「ハロハローっ♪ 大和さんおっ久ー♪」

「こんばんは、大和さん」

「お前ら……少し手荒な」

「一番平和的な解決方法にゃん♪」

「格の違いを教えただけです。……藁でも抱いてろ、畜生どもが」

 

 姉、黒陽は金縛りにかけた女たちを無視し、妹の白陽は冷酷無慙に吐き捨てる。

 

 白陽は一変し、金色の双眸を心配で濡らした。

 

「あの……大丈夫ですか? ……大和さん、凄く落ち込んでそうだったから」

「まったく、困ったもんよねぇ神々の関係者は。何でわざわざ首突っ込んでくるかな。自己主張しないと気がすまない? 普通に考えれば大和さんに任せておけば済む話だったじゃん」

「アイツらにはアイツらなりの「譲れないもの」があったんだろうよ」

 

 二名の頭を猫耳ごと撫でる。

 姉妹は揃って金色の目を細めた。

 

「むふふーっ、安心して大和さん。私達がいーっぱい、慰めてあげるから♪」

「大丈夫だ、何も引きずってねぇ」

「にゃんですとぉ!?」

「流石です大和さん……さ、そこの淫乱雌猫は放置しておいて、私と甘味処でも巡りましょう」

 

「はいブーメラン!! 白陽特大ブーメランね!! しかも誘ってる方角に甘味処ないから! 宿屋しかないから! ブーメラン二本目ね!!」

 

「……チッ、面倒くさい」

「そっくりそのまま返すわ!! この幼児体型猫被り毒舌吐きまくり淫乱クソ馬鹿シスター!!」

「な! なんですか今の罵詈雑言は! 貴女だって大和さんに会った瞬間から雌の臭いをプンプン漂わせてるじゃないですか!! このド淫乱牛乳クソビッチ!!」

 

「しゃー!!!!」

「ふしゃー!!!!」

 

 猫耳を逆立て威嚇しあう猫又姉妹に、大和はやれやれと肩を竦める。

 そして両方抱き寄せると、甘く低い声音で囁いた。

 

「仲良くしてたら可愛がってやるぞ。数日間、丹念に。……気絶するまで」

「「……っっ♡♡」」

 

 二名は即上機嫌になり、発情した様子で大和に擦り寄る。

 そんな彼女たちを抱え、大和は裏京都の繁華街へと消えていった。

 

 

《完》


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