villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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歌舞伎町狂乱花
前編


 

 

 東京都新宿にある大歓楽街「歌舞伎町」。

 眠らない街とも呼ばれ、深夜になっても七色のネオンがギラギラと煌めいている。

 飲屋街やカラオケ屋、ゲームセンターや漫画喫茶、キャバクラや風俗店など、大小問わず欲を満たせる施設で溢れ返っていた。

 

 歩いていれば客引きの姉ちゃん兄ちゃんに声をかけられ、酔っぱらいが千鳥足で横を通りすぎる。

 オラついた若者たちが何処らかしこにたむろしており、不用意に関わってしうと睨みつけられ、最悪喧嘩を売られてしまう……

 そんな、日本においては「かなり治安の悪い街」。

 此処に今宵、黒き鬼人が現れた。

 

 歩けば勝手に道ができあがる。

 ギャルもキャバ嬢も関係なく「女」であれば陶然と立ち尽くし、粋がっていた若者たちは本物の風格にあてられタジタジとする。

 

 この世の者とは思えない、美貌と威風。

 

 容姿的年齢は三十代前半。生まれは……わからない。日本人? それとも外国人?

 

 顔立ちは端整で男前。

 灰色の三白眼はどこまでも冷たく威圧的で、黄金比率で整えられた鼻梁、皺一つない褐色肌、瑞々しい唇。そして肉食獣の如きギザギザの歯が異端の美貌を際立たせる。

 美と野生を混同させた、ある意味単純なイイ男だ。

 

 滲み出す色気が尋常ではなく、近くにいる女たちは股を濡らして堪らなそうに吐息を漏らす。

 堂々たる体躯はなんと二メートルを優に超えており、喧騒から頭一つどころか三つ以上抜けていた。

 それでいて筋骨隆々。骨が太く、肉が薄い。

 必要なものだけしか肉体に取り付けていない。

 

 あえて例えるなら日本刀。

 形式的な美の頂点、鍛えに鍛え抜いた業物。

 必要そのものであり、無駄が一切ない。

 

 服装は黒と白の浴衣、そして下駄に真紅のマント。

 カランカランと下駄でコンクリートを鳴らし、艶やかな黒髪が真紅のマントと共に夜風に靡く。

 

 あらゆる種族の女たちが夢想する理想の雄。

 色気と暴力性を兼ね備えた魔性の美丈夫。

 

 何故、彼の様な存在がこの街にいるのか? 

 そもそも、何故自分達は彼の存在を知らなかったのか? 

 

 男たちは戸惑い、畏怖し、最後には僅かに羨望し……

 女たちは性格もなにも関係なく魅了され、ただただ立ち尽くす。

 

 歌舞伎町という街を塗り替えていきながら男……大和はぼやいた。

 

「やっぱり日本は平和だな……治安悪くてコレだろう? 笑えるぜ。イイ意味でな」

 

 彼にはここが極楽浄土に見えていた。

 悪名高いあの魔界都市と比べれば、ここはまるでテーマパークのようである。

 

 

 ◆◆

 

 

 歌舞伎町一丁目に、とある暴力団の事務所があった。

 

「山吹組」

 表向きは善良な金融会社だが、裏で恫喝や売春、武器や薬物の売買などで歌舞伎町を支配しているタチの悪いヤクザである。

 ここ数年で一気に勢力拡大し、元々根付いていた暴力団を一掃。現在、歌舞伎町の商いのほぼ全てを管理していた。

 警視庁も迂闊に手を出せないほどである。

 

 そんな泣く子も黙る山吹組が現在、メラメラと殺気立っている。

 理由は不明。彼等と関わり深いホステスやキャバクラのオーナーらは慎重に、慎重に言葉を選んでいる。

 

 今、歌舞伎町は静かに荒立っていた。

 

 山吹組の本部事務所、組長室にて。

 厳つい男たちを縦に並ばせながら、組長であろう男は机をぶっ叩いた。

 大理石の机がまるで豆腐の様に砕け散る。

 見習いのヤンキーたちはあまりの光景に顔面蒼白となった。

 とてもではないが、人間の力でぶっ壊せるものではない。

 ヤンキーの一人があまりの恐怖に小便を漏らす。

 それを見つけた幹部の一人が怒鳴りつけた。

 

「オイゴラァ!! 床ァ汚してんじゃねぇぞ!! ぶっ殺されてぇのか糞餓鬼ィ!!」

「ひ、ひぃァ……! す、すいません! 俺達で言い聞かせておくんで! ここはどうか!」

 

 リーダー格であろう金髪の青年が庇うように前へ出る。

 涙目で何度も何度も頭を下げた。

 

「大体テメェら!! ろくに働けねぇ癖して……」

「オイ、黙れよ佐川(さがわ)……ブチ殺されてぇのか?」

 

 酷くドスのきいた声だった。

 幹部、佐川は振り返り勢いよく頭を下げる。

 

「すいやせん!! 組長!!」

「はぁ……オイ、糞餓鬼ども。外で暇ぁ潰しとけ。なんかあったらすぐに連絡しろ。……あと、今のことを少しでも言いふらせば親族もろとも……わかるよな?」

「は、はぃい……っ」

「わかったらさっさと出ていけ」

 

 逃げるように出てったヤンキーたちを見つめ、組長は頭を抱える。

 

「俺も逃げれるなら逃げてぇよ……責任を負わない立場ってのはズリィ。羨ましくもある」

「現実逃避してもはじまりませんよ、親父」

 

 スキンヘッドか目印の筋骨隆々の大男……側近、伊達(だて)がオイルライターを手に取る。

 組長は煙草を咥え、火を付けて貰った。

 

 角刈りと逞しい肉体、そしてスーツの首元からでも見えてしまう和彫りがなんとも厳つい。

 この男こそ山吹(やまぶき)……歌舞伎町の事実上の支配者である。

 

 彼は紫煙をくゆらせた後、怒りのあまり煙草の先端を噛み潰した。

 

「デスシティのチンピラ共がァ……ッ、ウチのシマで好き勝手暴れやがって……!!」

「現在の被害はケツモチの、水商売の女が四人……それだけならよかったんですが」

「ああ、それだけならどうにでもなった……問題は警視庁の特殊捜査官とかいう鼠が出てきて、あろうことか拉致られた事だ……バカか!! バカなのか!? クソったれ!! 面倒臭ぇことしかやがって!!」

 

 隣にあった大理石の椅子を蹴り飛ばし、粉砕させる。

 怒髪天とはまさにこのことだ。

 百戦錬磨の幹部たちも何名か怯えている。

 

「どーすんだよ!! 警視庁とは極力関わりたくねぇ!! モグリとも上手く話して距離感保ってたんだ!! それなのに……!!」

「デスシティの小癪な馬鹿ども…… 全くもって忌々しい」

 

 伊達も苦渋で顔を歪める。

 山吹はガシガシと髪を掻き毟った。

 

「始末しようにも悪知恵働かせて逃げやがる!! クソッ!! さっさとしねぇと……こんな失態、『あの御方』に知られちゃぁ……!!」

 

 組長がそこまで言って、話は寸断される。

 下っ端の一人が室内に飛び込んできたからだ。

 組長はブチブチと頭の血管を切らしながらも、極めて冷静に聞く。

 

「オイ、なんの用だ……もしもどうでもいい内容だったら……」

「あ、あああああの、すいやせん!! お客人です!!」

「アア゛ッ!!!? 客人だァ!!? テメェには今の俺達が歓迎ムードに見えるのかよ!!!! なんならその腐った目ん玉ホジクリ返して……」

 

「落ち着けって、うるせぇなァ……耳がキンキンする」

 

 ヌッと、腰を折って扉をくぐってきた大男。

 浮き世離れした美丈夫を目にして、山吹は顔面を真っ青にする。

 

「や、大和さん……っ、なんで、こんな場所に……」

「お前らの「本当の上司」からの依頼だ。ほれ、直接本人から聞け」

 

 大和は自身のスマホを突きだす。

 そこには、彼らの本当の上司が映っていた。

 

 歴戦の横綱を彷彿とさせる巨躯の紳士。

 堀りの深い顔立ちと、仏のような柔和な笑みが特徴的である。

 

 組長はガクガクと震えながら囁いた。

 

「た、大将……っ、なんで……っ」

 

 大将と呼ばれた男……日本国の総理大臣、大黒谷努(だいこくだに・つとむ)は、柔らかい笑みを崩すことはなかった。

 

 

 ◆◆

 

 

『山吹くん、ダメじゃないか。何かあったら報告しないと。「ほうれんそう」ができてないね?』

「へ、へい!! この件につきましては、本当に何と言ったらよいか……!!」

 

 今までふんぞり返っていた組長が、何時の間にか土下座の体勢に入っている。

 他の幹部たちもだ。

 

 最大限の謝罪の意を示している彼らに、努は変わらない口調で告げる。

 

『怒ってはないよ、怒っても何もはじまらないから。問題はそこじゃない。……わかるよね?』

「……ッッ」

『君達が苦戦しているデスシティの傭兵たち……随分頭が回るようだ。まず、デスシティ関連になったらすぐ僕に報告しなきゃ。君達の忠誠が厚い事はわかってるけど、自分達でどうにかしようとするのはよくない。……今回は典型的な例だ』

 

 微笑みを崩さない努と、脂汗を噴き出す組長たち。

 対照的だった。

 

『今回は僕たちで解決する。だから山吹くん、関係者たちを落ち着かせて、何時も通り歌舞伎町を支配してくれるかな?』

「ん……何だ努ちゃん、殺さないのかコイツら」

 

 スマホを持っていた大和が初めて口を開いた。

 その場の空気が凍りつく中、努は朗らかな声音で告げる。

 

『こんな事で殺していたら人材不足になっちゃうよ。山吹くんは反省してる。何より、頭のいい子だ。二の轍は踏まない……そうだよね?』

「勿論です!! 今後、細心の注意を払います!!」

『ほら、いい子だ。だから問題ないよ、大和くん』

「……ふーん、OK。じゃ、依頼をはじめるわ」

『よろしく頼むよ。既に位置情報はわかっていてね……』

「おう、詳しく聞かせてくれ」

 

 大和はそのまま去っていく。

 ヌッと扉を潜り、階段を下りていく足音が聞こえてくれば……山吹はゆっくりと頭を上げた。

 額を地面に擦り付けたせいで大理石の破片が食い込んでいる。

 しかし彼は安堵のあまり、大きな溜め息をはいた。

 

「テメェら、あの御方はデスシティで潰されかけていた俺達を見初めてくれた恩人だ。だが……日本の治安、経済諸々を一人で纏め上げている怪人でもある。俺も細心の注意を払うから、お前たちも注意してくれ。俺がやらかしそうになったら、遠慮なく言え」

『……へいっ!!』

 

 

 ◆◆

 

 

『全く……困ったものだよ。八天衆の解散以降、勘違いをする子たちが多くてね。今回の件もそうだ。日本は大事件が起きていないから、治安が良いからと、調子に乗る子たちが現れる』

「考えればわかる事なんだけどな。何で日本の治安がいいのかなんて……」

『まぁ、仕方ないよ。僕は温厚な男で通っているから。でも、だからかな? 各国の勢力がまぁうるさいのなんの……』

「苦労してんのな」

『僕の、いいや国民の平和のためだよ。我慢できる。まぁ、その国民にも噛みつかれている始末だけど……』

「全員殺せばいいじゃん。格安で受けてやるぜ? 依頼」

『そうもいかないさ。野党の連中に警視庁、極道「五十嵐組」に日本呪術協会と……必要なカードばかりだ』

「はー、面倒臭ぇ」

『ふふふ。でも僕は恵まれているほうなんだよ? 何せ、君という最強のカードと友達になれているんだから……。僕自身、お金にも娯楽にも愛人にも困ってないしね』

「……蝙蝠(こうもり)め」

『こんな丸々太った蝙蝠なんていないよ』

「ほざきやがる! お前のそれは全部筋肉だろうが! まだ現役でもいけるだろう?」

『んー……まぁ、まだ若い子たちには負けないかなぁ』

「死ぬまで負けねぇよ、お前は。毎度会う度に微妙に成長しやがって。欠かさず鍛練してんだろう?」

『ラジオ体操みたいなものさ』

「ハッ! 何処までも食えねぇ奴! まぁいいぜ! お前みてぇなわかりやすい奴は大好きだ!」

 

 大黒谷努。真名を関太郎吉(せき・たろうきち)

 信濃国小県郡大石村出身の元・大相撲力士。

 四股名は「雷電爲右エ門(らいでんためえもん)」。

 

 史上最強と名高い相撲取りだ。

 

 彼は数十年前、世界最強の拳法家四名に与えられる「四大魔拳」の称号を返上し、日本の総理大臣になった。

 

 愛国者である彼は最強の称号よりも母国の安寧を優先したのである。

 

 大和は嗤いながら告げる。

 

「そんじゃ、俺は『通りすがりの第三者』を貫き通せばいいんだな?」

『そ。僕との関係をバレちゃ駄目。犯人は殺せばいいけど……警視庁の、特務課の子は別。後々面倒になるから』

「OK、黙らせ方はこっちの流儀でいいか?」

『勿論。あと……その捜査官の子、かなり可愛いよ』

 

「写真、写真プリーズ努ちゃん」

 

『はい、送ったよ』

 

 送られてきたのは凛々しい美少女の写真だった。

 美少女に見えるだけで、年齢は二十歳前半かそこら。

 童顔かつ小柄なので、勘違いされやすいだろう。

 どんぐりの様な瞳も重なって、小動物的な可愛らしさがある。

 しかし漆黒色のパンツスーツを着こなす凛々しい顔立ちは、成る程未熟ながらも戦士の面構えだ。

 そして程よく鍛えられた女体、隠そうとしても隠しきれない豊かな乳房のラインは、パンツスーツの上からでも確認できた。

 

 大和は満足そうに頷く。

 

「ベリーグッド。俺流の黙らし方、女バージョンで行かせて貰うぜ」

『全く君は……面倒な女だよ彼女は。立場も、性格も』

「攻略のし甲斐があるってもんだぜ。なぁ、努ちゃん?」

『全部任せるよ。君は失敗しないから』

 

 


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