二丁目にある建設が頓挫した廃墟にて。
心霊スポットとして有名なこの場所には今、人払いの結界が施されていた。
入り口にも多数のトラップが仕掛けられている。
デスシティの住民でも、入ったら生きて戻ってくる事は難しいだろう。
表世界の者なら尚更だ。
夜の喧噪が遠く感じる、三階の広間にて。
荒んだ室内には最低限の家具しか置かれていなかった。
机の上にはカップラーメンの残骸が山となり、隣では同じくらい山盛りになった吸殻とそれを蓄えた灰皿が並んでいる。
むせ返るような紫煙と微かに残る安物の香水の香り……そして、一番奥の部屋から漂う激烈な血臭。
この場にいる者たちは計三人。
二人は屈強な男たちであり、もう一人の女性は全身を縛られベットの上に放り投げられていた。
彼女はキッと涙目で男たちを睨み付けている。
ありったけの罵詈雑言を吐きたいのであろうが、猿ぐつわをはめられており何も喋れない。
携行していた銃器、護身具も全て没収されていた。
男の一名は数本の煙草を一気に咥え、至福の一時を味わっていた。
黒のタンクトップにジーパン、二メートルを優に越える巨躯。堀りの深い顔立ちとくすんだ金髪が海外の者である事を示唆させる。
見るからに暴力的な男は金髪をかき上げながら相方に聞いた。
「もうそろそろいいんじゃねぇの? 潮時だぜ相棒」
「勿論。二兎追うものは一兎も得ず……いい言葉だ。自分達にとって分相応なラインを理解しているのは重用だよ」
応えたのは痩躯の美壮年だった。
枯れた印象を与えるが、纏う冷気は殺人鬼のそれ……
この二人は長年コンビを組んでいるベテランの傭兵だ。
今回も抜群のコンビネーションで歌舞伎町を混乱に陥れている。
相方がビデオカメラを含めた機材を調整しているのを見て、外人は問いを重ねる。
「で──どうするよ? この戦士気取りのお嬢ちゃんは」
「前の女たちと一緒だよ。犯して犯して犯し尽くして、ゴミのように捨てる。ただ今回は動画を取らせて貰う。それが今回の本命だからね」
「意味がわからねぇな。SNSを用いて一斉配信でもする気か? 確かにこの国を混乱に陥れる事は可能だろうが……」
昨今、インターネットを通じて世界中の者たちが情報を共有できるようになった。
今から行われる狂事を多数の媒体でアップすれば、日本どころか世界中を大混乱に陥れられるだろう。
しかし、それが自分達にとって利益になるかは別だ。
「我々はお祭り騒ぎが好きな馬鹿どもとは違う。レイプの動画を見たいなら曰く付きのポルノ動画でも漁ればいい。……提供する者を考えなければね」
「具体的には? ハッキリと言えよ相棒」
「警視庁……君達で言うところのFBIに似たような組織さ。そこのお嬢さんが所属している」
「OK、理解した。成る程ねぇ……となると警視庁の奴等は俺達みたいな存在がいる事を知らねぇと?」
壮年は頷く。
「上層部の極一部くらいだと思うよ。あくまで表世界の組織だから。そう考えると、効果的だろう? こんな動画を送られたら、面子どころの騒ぎじゃなくなる」
「確かにな、いい性格してるぜ相棒。だが、肝心の金は手に入るのか? 交渉材料としては安物だろう。俺達の命も保障できねぇ」
「安心してくれ。僕たちが直接送るわげじゃない。……こういう動画を欲している組織は、デスシティには山ほどある」
「ヒュー♪ さすが相棒♪ 全部解決じゃねぇか! いくらになりそうだ!?」
「山分けでも億は確実だろう。全く……素晴らしい仕事だ。そう何度も行えないのが欠点だけどね」
二人は笑い合うと、ベッドに放り投げている警視庁のエージェントを見る。
彼女は気丈に二人を睨み付けるも、微かに体を震わせていた。
恐怖のほうが勝っているのだ。
仕方ない事だ。日本のみならず、海外でも彼等ほど「危ない男たち」はいない。
女を犯して殺して捨てて、それを何とも思わない。
更に国を揺がすほどの騒動の種をビジネスだと言い切っている。
イカれている。サイコパスとか、そういう次元じゃない。
根底にある価値観が違う。
人の姿形をした、悪鬼たち……
特殊捜査官……
髪止めを何とか落とし、両手足を縛る縄を切っている。
携行していた武装はほぼ取られてしまったが、幸い五体は無事で、足元には手頃な鉄棒がある。
射撃テストを常に百点、かつ剣道柔道空手合気道の有段者である彼女は、警視庁の誇る戦力の中では最高峰に位置していた。
女だからと、舐めてもらっては困るのだ。
あともうすぐで縄が切れる。
そうすれば、足元の鉄棒で犯人たちを無力化できる……
そう考えている真来に対し、外人は笑いながら聞いた。
「髪止め、何時取った?」
「……っ」
「肩まで届かなかっただろう、黒髪」
縄が切れたのはほぼ同時だった。
真来はすかさず鉄棒をとると、前転して距離を詰める。
そして巨躯の外人の顔面に思いきり振り下ろした。
殺してしまうかもしれない……が、今はそんな余裕はない。
「……かー、やんちゃなお嬢ちゃんだ」
手の甲でガードされた。
鋼鉄でもぶっ叩いたかの様な衝撃が真来の両腕に奔る。
暫く両腕が使えない……それでも真来は諦めず、爪先を鋭くして外人の金的を蹴りあげた。
しかし彼は平然としている。
「鋭いが力がねぇ……所詮こんなもんか、女ってのは」
「~ッッ!!!!」
真来はキレて中段蹴りを見舞うも、体勢を崩されベッドに倒れる。
まるで壁でも蹴ったかのような感触だった。
相手が巨躯の外国人だからと、そんな次元の話ではない。
倒れた真来の上に股がり、外人はその動きを押さえる。
そしてやれやれと肩を竦めた。
「無駄な抵抗はよせよ、こんな華奢な体で何ができるってんだ。技術云々じゃねぇ……リスはどう足掻いても熊には勝てねぇ」
「……っっ」
「おおっと、猿ぐつわをしてんだったな。外してやっから、いい声で喘げよ?」
猿ぐつわを取られると、真来はありったけの激情を吐き出した。
「ふざけないで!! 貴方たちの思い通りにはならないわ!! 凶悪なテロリストたち!! 五体満足で逮捕してもらえるだなんて思わないことね!!」
その叫びに対し、外人はゲラゲラと嗤った。
「いい加減自分の身を心配したほうがいいぜ! お嬢ちゃんは今からレイプされて、ゴミのように処分されるんだからな!」
「ふざけないで!! 女だからと舐めていると痛い目に合うわよ!!」
「実際に舐められてもしゃあねぇだろ? この現状じゃあ……なぁ? 」
「……っっ」
真来は咄嗟にパンツベルトの金具を弄り、隠していたホルスターを展開する。
そして超小型の自動拳銃を発砲した。パンパンと、乾いた音が響き渡る。
相手の生死を問わない、本当の意味での最終手段だったが……
「こんな豆鉄砲で何がしたいんだ?」
「ウソ……っ」
外人が着ているタンクトップに穴を空けただけで、肌には傷一つ付けられていない。
破裂した弾頭がベッドの上に転がる。
分厚過ぎる筋肉が銃弾を無効化したのだ。
ありえない。
耐えるならまだわかるが、効かないとはどういうことだ?
超小型とはいえ、銃火器だ。人間の皮膚など容易く貫通する筈……
「今のやり取りである程度の実力はわかったが……表世界の基準での話だ。どうやら俺達「裏の世界の住民」の恐ろしさを知らないらしい。故郷のFBIを思い出すぜ……」
真来の口に異物が詰めこまれる。
外人の手の甲だった。歯と唇を押さえこまれ、喋る事ができなくなる。
猛烈な血臭と男の臭いが、真来の戦意を恐怖へと変えた。
肩を握られ、体をなぞられる。
男という存在が大嫌いな真来は、否応なしに生理的嫌悪を覚えた。
外人はいやらしい笑みを浮かべると、携行していたサバイバルナイフで真来の上着を切り裂く。
下から一気に断たれた事で、シャツどころか下着も裂かれてしまう。
若い女の香りと共にシミ一つない白い肢体が現れた。
そして弾み出た豊満な乳房に、外人は思わず涎を垂らす。
「ワオ、スゲェ……お嬢ちゃん着痩せするタイプだな? H カップは余裕でありそうだぜ」
「……っっ」
「何だ、まだそんな顔ができんのか……まぁいい。今から犯しまくって歪ませてやるんだから、そそるってもんだ。おー先端も桃色で、肌も白い。男を知らねぇなぁ」
「~!!!!」
真来は思いきり暴れようとするが、完全にマウントを取られているため無駄に終わる。
外人は涎まみれの舌を垂らし、桃色の先端に吸い付こうとした。
「相棒、もうはじめるぜ♪」
「了解。見せしめ感覚でグチャグチャに犯して欲しい」
「任せろ♪」
乳房を吸われる。犯される。その映像を取られてしまう……
真来は絶望のあまり叫んだ。
しかしその悲鳴は、声になっていなかった。
だが届いた。
あの男に……
ふわりと香水の香りが漂った。
その芳香は真来どころかテロリストたちをも一瞬陶然とさせる。
しかし彼らはすぐ正気に戻り、振り返った。
多数のトラップを仕掛けた筈の入口の手前に、褐色肌の大男が立っていた。
和装の、妖異にも似た雰囲気を漂わせる彼は、わざとらしく小首を傾げる。
「なんだ? AVの撮影現場かここは?」
「ッッ」
「世界最強の殺し屋、何故ここに……!!」
「俺が此処に来た理由? わかりきってんだろそんなの」
大和は嘲笑を浮かべた。
その嘲笑すら美しくて、真来は呆然としてしまった。
◆◆
「ふぅん……」
大和は拘束されている真来とその上に股がる外人、そしてビデオカメラを携える壮年を見やる。
「仮にAV撮影だとして、男優とカメラマンがなぁ……内容もマニアックすぎる。まだデスシティの安物ポルノ漁ってたほうがマシだぜ」
「……アンタがAVなんて見るのかよ」
「見ねぇよ、そーいう店に入った時に目にするくらいだ」
軽く応答した大和の顔面に、素早く銃弾が打ち込まれる。
たて続けに発砲音が響き渡った。
真来は悲鳴にならない声をあげる。
壮年の、精密無比な早撃ちだ。
「流石だぜ相棒! ナイスタイミングだ!」
「油断しては駄目だ! 全弾綺麗に入った! そんなの、本来ありえない!」
音速の超射撃は真来には到底理解できない領域だった。
彼女の目には一度の発砲音で薬莢が複数落ちているように見えた。
まさしく人智を越えた絶技。
しかし……
「比較的柔らかい目玉を撃った後に容赦なく連射か……偶然「まばたき」をしてなかったら危なかったかもしれねぇ」
反らした顔を上げれば、大和は目蓋で銃弾を受け止めていた。
壮年は思わず呻く。
「化け物か……対人用とはいえ、魔獣の甲殻すら貫く強化徹甲弾だぞッ」
「BB弾みてぇなもんだ」
目蓋から弾丸を取った大和へ外人がすかざずタックルをかます。
その屈強な肉体を生かした豪快な一撃は、読まれていたため両手を掴み合う形となった。
外人は不敵な笑みを浮かべる。
大和を見上げ、その岩石の如き筋肉を隆起させた。
「ハッ、モンスターでも俺の筋力には敵わねぇよ。俺ぁ体内に鬼の細胞を埋め込んでんだ。薬物の過剰摂取も加えてその筋力は……いいィ!!?」
「それがどうした? お前……俺に腕力で勝つつもりなのか?」
メキメキと嫌な音が鳴り、外人の両腕はねじ曲げられる。
断末魔の悲鳴が上がった。
「ぎィやぁアアアアアア!!!! 腕がァァァ!! 骨ごとッッ、ねじ曲げられ……イイイイイッッ!!?」
「あー煩ぇ、男優の喘ぎ声なんざ聞きたくねぇよ」
大和は軽く裏拳を見舞う。
首が何回転も回った。
最後には白眼を剥いて、外人は絶命する。
やれやれと肩を竦めて振り返ると、そこにはカメラを携えたまま真来を抑える壮年がいた。
彼は吠える。
「動かないでくれ! 動けばこの娘の命はない!」
「ほぅ」
「最後のチャンスだ、MR.大和……私を見逃せ。でなければこの動画を多数のSNSを用いて一斉配信する」
「……」
「我々の存在が公にバレる……それは貴方にとってもマズい筈だ。世界各国で大騒動が起こるぞ。国内だけには到底収まらない……それが嫌だったら」
「やれよ」
「……!?」
「どうした? やれよ」
「……ッッ」
壮年は一瞬考える。
一斉配信したとして、世界を混乱に陥れる事はできるだろう。
だが自分の命は? その先、生きていられるのか?
「どっちみち死ぬんだよ、お前は」
壮年の首が跳ぶ。
大和は腕を薙いだだけだ。
鍛え込んだ指先は岩石を穿つこともできれば、鋼鉄を切り裂くこともできる。
『
間欠泉のように吹き出す血から顔を背け、大和は真来と顔を合わせた。
「無事か? お嬢ちゃん」
「いえ……あっ……その……貴方は、一体……」
間近で魔性の美貌に当てられ、真来は顔を赤くして惚けていた。
大和はそんな彼女を抱き上げる。
「俺は通りすがりの悪い男だ。お嬢ちゃんが気に入ったから、拐いに来た」
「……っ、え?」
怪訝に思った真来の耳に、複数のサイレン音が入ってくる。
パトカーのものだ。こちらへ向かってきている。
「……!!」
真来はようやく正気を取り戻した。
羞恥で丸見えだった乳房を隠す。
そんな彼女の額に、大和はキスをふらせた。
優しい、心まで溶かすキスだった。
「今夜は俺に拐われてくれ……お前を慰めたい」
「あっ…………はぃぃっ……」
真来はゆっくりと頷いた。
大和は彼女を抱えたまま窓から飛び降りる。
隣の店に飛び移り、天高くへと跳躍した。
摩天楼が遠くなる。
二人は夜の帳の中へ消えていった。
サイレンの音も、遠くなっていった。
◆◆
真来は愛されてしまった。魔性の色香に魅了され、女の悦びを刻み込まれてしまった。
その小さな身体を甘く溶かされ、秘部を開発される。
繊細で、かつ大胆な愛撫は真来に未知の快感を与えた。
小柄な身体に似合わない豊満な乳房を持ち上げられ、優しく食べられてしまう。
薄い茂みに蜜がとめどなく溜まり、大和の太い指をすんなりと受け入れてしまう。
潔癖症な筈なのに、男という存在を嫌悪している筈なのに……
大和という存在を、いとも容易く受け入れてしまう。
真来は翻弄された。しかし恐怖はなかった。圧倒的な快楽と多幸感で支配される……されるがままになることが、とても心地よかった。
最奥を小突かれる度に悲鳴をあげて絶頂を迎える。
体位を交えて休む暇もなく愛されれば、真来も一匹の牝と化した。
自らキスをねだり、舌を絡ませる。
唾液をたっぷり含んて大和のモノを舐めあげ、奉仕する。
赤ちゃんの部屋に濃厚な液体を注がれる度に、真来は失神してしまうほどの快感を覚えた。
そうして、夜が明けて……
歌舞伎町にあるラブホテルの一室で。
部屋は汗と愛液の匂いで満たされている。
まとわりつくような湿気、そこに濃厚な紫煙が揺蕩う。
大和は片手で真来を抱き、煙草を吸っていた。
真来はまるで子リスの様に彼に抱きつき甘えている。
彼女は嬉しそうに囁いた。
「悪い男に捕まってしまいました……っ♡」
「嫌か? なら離れようぜ」
「もう、意地悪っ……大和さんの馬鹿ぁ♡」
離れたくないと柔らかい身体を押し付ける真来。
その黒髪を乱雑に撫でてやれば、甘酸っぱい匂いが広がった。
首すじに舌を這わせてくる真来に、大和は問う。
「いいのか? 俺なんかに長く付き合って。もう朝になるぞ」
「……それは」
「……ふむ。一度別れたら二度と会えないかもしれない……そんなところか?」
「っ」
真来は頷き、大和に覆い被さった。
彼の首を抱き締め、精一杯の意思表示をする。
「貴方はたぶん、私と違う世界にいる……だから、もう……っ」
「阿呆、お前が会いたいなら会いに行ってやる」
「!」
「芯が強い癖に何処か脆くて……放っておけねぇよ、お前みたいな女」
「大和さぁん……っ♡」
真来はトロトロの顔で大和と唇を重ねる。
その後、可憐な童顔に不釣り合いな、妖艶な笑みを浮かべた。
「私も離れません……愛しい人……この身も心も、全部捧げたい……っ♡」
「困ったちゃんだ」
「あァ……大和さぁん……っ♡」
か弱き娘は、妖しき獣の王に魅了された。
真来はまるで情婦の様に、大和を求め続けた。
◆◆
翌日。真来と連絡先を交換した大和は、歌舞伎町でもいっとう高いビルの屋上から太陽を拝んでいた。
「デスシティに日は昇らないからな……んー、日向ぼっこもたまにはいいもんだ」
呑気に煙草を吸いながら遥か下を見る。
夜より幾分か活気は少ないが、それでも新宿の一角……多くの人間が行き交っていた。
大和は並外れた視力で一人一人の顔を覗くと、溜め息混じりに紫煙を吐き出す。
「誰も殺さず、殺される心配もない世界か……不思議なもんだ」
大和は立ち上がる。
真紅のマントが、突風でバサバサと音を立てて靡いた。
彼は太陽に背を向け、歩き始める。
そうして魔界都市……第二の古郷へと帰っていった。
《完》