villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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第三十八章「異闘伝」
一話「淫蕩な宴」


 

 

 魔界都市デスシティには数多の人外が存在する。

 その中でもエルフは比較的ポピュラーな種族だ。デスシティで娼婦といえばまず彼女たちが挙がる。

 人間から見ても最高峰の美貌は彼女たちにとっては当たり前であり、更に上もある。

 その淫蕩さは生来のものだが魔界都市の瘴気に長く漬かったせいで磨きがかかっていた。

 

 遠く神話の時代、彼女たちは自然と共に生きる狩猟民族だったが、時が経つにつれ居場所を失い、最終的にデスシティに流れ着いた。

 その後、脈々と子孫を残しつつも生来の美貌を武器に独自の立ち位置を獲得。特別視をされるほどではないが、東洋随一の大化生、九尾の狐「万葉」やメソポタミア神話の愛と戦の女神「イシュタル」の加護を授かり、他の種族よりも神秘性を多く残していた。

 不用意に手を出せば痛い目を見るだろう。

 彼女たちと関係を築くには、大金を貢ぐかその心身を魅了するしかない。

 

SleepingBeauty(眠れる森の美女)』にて。

 此処はエルフ内でも選りすぐりの美女らがポールダンスを披露するダンスバーだ。

 中央区でもとりわけ人気な店である。

 

 店内では虹色のスポットライトが明滅し、辺りは香水の香りと麻薬混じりの紫煙で満ちている。

 様々な種族の者たちがブルージーなBGMに合わせて身体をくねらせていた。

 

 ステージ上では厳選されたエルフの美女たちがポールダンスを披露している。

 観客の男たちは今すぐにでも飛びつきそうな、ギラついた視線を送っていた。

 口笛と野次が飛び交う中、踊り子たちは羽衣の様な衣装を脱ぎ捨てる。

 面積が極端に小さいブラとパンティ姿。

 男たちは歓声を上げ、万札をばらまく。

 踊り子たちが「もっと」と手招きすれば更に万札が降り注いだ。

 彼女たちは笑顔でブラを外すと、それを投げ捨て官能的なダンスを再開する。

 

 この店の目玉、エルフのヌードショーである。

 

 観客の肉欲がみるみると上がっていく中、カウンター席に座っている男が二人いた。

 一人は魔界都市でその名を知らぬ者はいない暴君、大和。

 そしてもう一人は、よれよれの黒のコートを着た男性。

 

 見るからに怪しい男だった。

 短く切り揃えられた黒髪、やや精悍な顔立ち。

 一見すると東洋人に見えるが、サングラスをかけているため上手く判別できない。

 安い煙草を咥えている姿は中々サマになっていた。

 人によっては抜き身の刃物の様に見えるだろう。

 現にその肉体は鍛え上げられており、デスシティの住民「程度」なら軽くあしらえてしまえる。

 隠し持っている武装も凶悪な代物ばかりであり、腕の立つ者は彼を危惧して近寄らなかった。

 

 あの大和と並んでいても違和感のないレベルの強者である。

 そんな者がデスシティで名が知れていないなど、また可笑しな話だ。

 

 肉欲を煽る宴が背後で繰り広げられる中、大和は面倒臭そうにグラスに口付けする。

 謎の男は、ボソリと告げた。

 

「もっと静かな店はなかったのか」

「うるせぇぞ、テメェが「ゲート以外の店で」とか言うからわざわざ選んでやったんだろうが」

「まぁそうだが」

「嫌なら帰れ、むしろ帰れ。俺は楽しんでから帰るから。ほらバイバ~イ♪」

「そうはいかない、お前には頼みたい事がある」

 

 大和は灰色の三白眼を細める。

 歴戦の強者でも怖気付いてしまうほどの殺気を向けられても、彼は平然としていた。

 

「……暫く見ねぇ間に随分言うようになったじゃねぇか。ええ? 寒河(さが)よぉ」

「何度か修羅場をくぐったからな」

「知るか、さっさと用件を言え」

 

 大和はそれ以上の罵詈雑言を飲み込む様に、一気にラムを呷った。

 

 

 ◆◆

 

 

「今、我々の組織でとある実験をしている」

「テメェらんところ、異端審問会は実験ばっかじゃねぇか」

「失礼だな、母国の治安維持くらいはしているさ」

「ニューヨークでの一件、忘れたか?」

「…………」

「まぁアレは悪魔絡みだったからな。お前らの組織的に、動けない理由があったんだろう」

「察しているなら言うな」

「るせぇタコ……と、本題から逸れたな。んで、テメェらがやってる実験と俺、なんの関係があるんだよ?」

 

 大和は不機嫌さを隠そうともしない。

 空になったグラスに雑にラムを注ぐ。

 寒河は安煙草……エコーを灰皿に押し込めた。

 

「とある被験者のテストに付き合って貰いたい」

「……嫌だと言ったら?」

「お前には貸しがある。忘れない内に使っておきたい」

「ケッ……どっかで野垂れ死んでくれりゃあチャラになったんだがなぁ」

「お前を義理堅い男だと信じての頼みだ」

「一度きりだぜ」

 

 睨まれるも、寒河は動じず続ける。

 

「俺は今、デスシティの南区にあるラボで支部長を勤めている。そこでめざましい成績を残す子がいるんだ」

「待て。テメェらは表世界の組織だろう? どうやって南区にラボを建てた」

「表世界の組織だからだ。あっちじゃできない実験もこっちならできる。……ここには法律も邪魔する存在もいないからな」

「後ろ楯は?」

「五大犯罪シンジケートの一角、ルプトゥラ・ギャング。知っているだろう? 我々がかのギャングと友好関係を築いている事を」

「成るほど……胡散臭ぇ話になってきたぜ」

 

 大和は懐から煙草を取り出し、慣れた動作で火を点ける。

 

「異端審問会……明けの明星と合衆国大統領は手段を選ばねぇなァ。もう後戻りはできねぇぞ」

「承知している。事は始り、続いている。理想に至るか、潰れるか、どちらかしかない」

「…………」

 

 大和はモクモクと紫煙をくゆらせながら、寒河のサングラスに隠れた瞳を覗く。

 

「数年前はしがないルポライターだったお前が、今や異端審問会の誇るエージェントで、魔界都市の南区にあるラボの責任者か……わからねぇもんだ、世の中ってのは」

「昔話は嫌いじゃなかったのか? 俺は大嫌いだ」

「人の昔話は好きでな」

「性悪め……まぁいい。受けてくれるか?」

「おう、テメェに何時までも借りを作っておくのはダリぃ……期間を言え」

「およそ一週間。三日後からスタートだ。当日、被験者と軽く手合わせして欲しい。その後の検査期間を含めての一週間だ」

「わかった、三日後だな。変更があったらすぐに連絡しろよ」

「ああ、順次連絡する。また会おう」

 

 寒河は勘定をテーブルに置いて立ち上る。

 大和はわざとらしくおどけた。

 

「遊んでいかねぇのか? 今は支部長さんだろう? 金なんて有り余ってるはずだ」

「……」

「気に入ったエルフを一人くらい持ち帰れよ。ここのは金さえ積めば一晩付き合ってくれるぜ」

 

 笑いながら言う大和に、寒河は忌々しげに吐き捨てた。

 

「お前と一緒にするな、猿め」

「ほざけよ。女を楽しめねぇタマなし野郎はさっさと出ていけ」

「言われなくとも」

 

 寒河は早々に店を出ていく。

 大和はそれを見送ることなく、酒を楽しんでいた。

 

 

 ◆◆

 

 

(異端審問会の実験……そして被験者ねぇ。例の天使病に感染させた強化兵士か? だとすると、前のサイスみてぇに上手く覚醒する奴が現れる? ……いいや、寒河の口振り的にもっと深いものだ。奴等、天使病の源である霊子型ナノマシンの扱い方を覚えてきてやがる……次の段階に進んでるな)

 

 大和はグラスの中で氷を揺蕩せなから思案する。

 

(内容そのものに興味はねぇが……各勢力の関係くらいは把握しておかねぇと。今後の仕事に響く)

 

 大和は適当に各勢力の動向や関係を纏める。

 そしてやれやれと煙草を吸った。

 

(面倒くせぇ、表世界だけでもかなりややこしいのに。……まぁ職業柄、嫌でも関わる事になるだろうが)

 

 無駄に頭がキレる。

 大和はそういう男だった。

 

「あー、グダグダ考えるのはやめだ。程よく馬鹿なほうがいい……そのほうが楽しめる」

 

 刹那的な快楽を求め動く、人の姿をした妖獣。

 無知なフリをして獲物を誘い出す、狡猾な捕食者。

 美貌と暴力て総て塗り潰してしまう、黒き鬼神。

 

 彼は今宵も『欲』を持て余していた。

 それを満たすために席を立つ。幸い、女に困る場所ではない。

 

 大和は盛り上がっている店内を見渡した。

 巨躯の者が多い中でも彼は一層高い。

 何よりも目立つ。

 

 彼を見つけた踊り子たちは精一杯のアピールをしはじめた。

 彼女たちは知っているのだ、大和の『味』を。

 だから熱い視線を送り、身体を大胆にくねらせる。

 

 彼女たちを一人一人拝みながら、大和はとあるエルフを見つけた。

 我関せずといった様子で官能的なダンスを踊っている。

 

 その態度が気に入ったのだろう、大和は観客を押し退けて彼女の元へと向かった。

 

 

 ◆◆

 

 

 広い店内を派手なレーザーライトが交差する。

 ライブ会場さながらの騒がしさだ。

 

 ステージ上では銀髪をショートカットにしたエルフがヌードショーを行っていた。

 巧みにポールに股がり肉感的な肢体を見せつけている。

 厚ぼったい唇を舌で舐めれば、男達は一斉に万札をばら撒いた。

 

 彼女は紅玉の様な瞳である男を捉える。

 褐色肌の屈強な美丈夫。和装と真紅のマント、そして滲み出ている色香を見れば自ずと正体はわかる。

 

 しかし媚びはしない。

 自分はそんな安い女ではない。

 既に魅了されている他の踊り子たちを一瞥して彼女──ルビーは己の仕事に徹した。

 馬鹿な男たちを舞い上がらせ、金を落とさせる。

 それが自分の仕事……

 

 躍り続けていると、大和が舞台前までやってきた。

 軽く目配せすると、笑い返される。まるで子供の様に無邪気でいて、しかし妖艶な笑みだった。

 思わず頬を赤らめてしまうが、まるで何もなかったかのようにダンスを続けるルビー。

 

 ラスト、フィナーレとともに両手を広げた。

 汗ばんだ肢体に喝采と万札が注がれる。

 ルビーは一息つくと大和の元へ歩み寄った。

 雌の香りがムワりと広がり、男たちが一層興奮しだす。

 

 片目隠れの銀色のショートヘアーをかき上げ、彼女は大和を見つめた。

 見れば見るほどイイ男である。

 

 だが……勘違いされては困るのだ。

 

 ルビーは腰を折り、大和と目線を合わせる。

 そしてその形の良い顎をさすった。

 

「世界最強の殺し屋さん、アタシに何か用?」

「新入りが入ったっていうから様子を見に来たんだが……随分といい女じゃねぇか」

「ありがとう。でも勘違いしないで。アタシは、他の子達とは違うから」

「どこが?」

「他の子達はお小遣いをあげればお持ち帰りできるでしょうけど……アタシは違うわ。そんなに安い女じゃない」

「いくらだ」

「十億……一夜限りよ」

「ほぉ」

 

 大和は驚く。周囲の男たちもだ。

 厳選されたエルフの美女とはいえ、一夜に十億も出す輩はいない。

 

 しかしながら、それだけの金額を提示できる価値(美貌)があるのも事実だ。

 彼女はエルフの中でも群を抜いて美女だった。

 その豊満な乳房に、尻に、思わず噛みつきたくなる。

 だが、味わえば十億もの金を一夜で失うことになる。

 男たちは諦めて、他の踊り子たちの元へ向かって行った。

 

 そんな彼らをルビーは鼻で笑う。

 

「ほら、貴方も他の子のところへ行ったら? そもそも、貴方は私たち以上の女をタダで抱けるじゃない。わざわざ付き合うなんて時間の無駄だと思うけど? 私も、早く帰りたいのよ」

 

 呆れながら言うルビー。

 その足下にゴトリと何かが転がった。

 やたらデカいアタッシュケースだ。

 

「十億円だ。なんなら数えるか? オーナーを呼んでもいいぜ」

「ちょ、……待って! 本気!? 初対面のエルフに十億も出すような男じゃないでしょ! 貴方は!」

「お前を抱きたいから、請われた額を出しただけだ。何がおかしい」

「……」

 

 ルビーは足下に転がったアタッシュケースを跨いで、大和に歩み寄る。そしてその首に抱きついた。

 官能的な肢体を押し付けながら目と鼻の先で囁く。

 

「知らないわよ……後悔しても。貴方はたった一夜のために十億を投げ捨てた」

「上等だ」

 

 大和はルビーの厚い唇を奪う。

 ルビーは反抗的に自ら舌を絡めたが、それは逆効果だった。

 強引で、繊細な舌使いはルビーの脳髄を溶かしてしまう。

 片手で豊満な乳房を揉みしだかれ、もう片手でほんのり濡れた秘部を弄られる。

 艶やかな嬌声が響き渡った。

 

 長いようで短いキスが終わると、ルビーは濡れた瞳を大和に向けていた。

 眼前に自分の蜜で濡れた指先を掲げられると、音を立ててしゃぶりはじめる。

 

 大和は彼女をお持ち帰りしようとするも、背後から複数の女に抱きつかれた。

 他の踊り子たちである。

 

「大和さまぁん! ズルいですよ! その子だけなんて!」

「私たちもお持ち帰りしてくださぁい!」

「さっきから凄くアプローチしてたのに、見向きもしないんだから! もうっ!」

「いけずな奴だ……しかしもう逃さんぞ♪」

 

 エルフ、ダークエルフの美女たちに囲まれ、大和はやれやれと肩を竦める。

 そして大声である者を呼んだ。

 

「オーナー! いるか!」

「へい只今!」

 

 厳ついリザードマンの紳士が出てくる。

 この店のオーナーである。

 

「この店の三日分の利益を教えろ。調子が良い時でいい」

「はぁ……うーん」

 

 リザードマンは手持ちの算盤で三日分の売り上げを計算する。

 

「羽振りが良ければザッと3億ほどでしょうか……踊り子たちが個人で稼いでる額を含めれば更に上がるでしょうが」

「よし、なら30億出す。この店を三日間貸しきらせろ」

「30億!? 三日で!?」

「おう、男に二言はねぇ。それとも足りねぇか? なんなら更に上げても……」

「滅相もございません!! 是非是非!! おうテメェら!! 小銭しかバラまかねぇ種無しどもを今すぐ店から放り出せ!!」

『へい!!』

 

 ぞろぞろと現れた獣人、オークの用心棒たち。彼らは喚く客たちを無理矢理外に放り出す。

 

 店内は一変して静かになった。

 ブルージーなbgmが寂しげに響いている。

 

 女たちの吐息がかかり、多数の手が体を這う。

 大和は嗤いながら手を叩いた。

 

「三日間、俺の貸しきりだ!! 好きなだけ飲め!! 踊れ!! 全部奢ってやる!! 俺を散財させてみせろ!!」

「きゃー太っ腹ぁ! さすが大和さまぁッ♪」

「私、飲みたいお酒あったのぉ!」

「取り敢えずロマネ・コンティ! あそこの! 一番高いやつ!」

 

 どれだけ高い酒を頼まれても、大和は笑いながら見守っていた。

 

 そんな彼の唇を甘噛みするエルフ。

 ルビーである。

 彼女は大和の唇を舐めて、自らの秘部に手をあてがわせた。

 髪と同じ色の茂みは、大量の蜜で湿っていた。

 

 ルビーは官能的な声音で囁く。

 

「ねぇ……さっきの続き、しましょう? 二人きりで。……ワンルーム、あけておくから」

「OK、立てなくしてやる」

「あぁ、素敵……っ♡」

 

 蕩けているルビーを抱え、大和は個室へと入っていった。

 他の踊り子たちは羨ましそうにしながらも、自分達の番が巡ってくる事を確信し、酒を頼みまくる。

 

 その後、三日三晩淫蕩な宴が繰り広げられた。

 後に店のオーナーは「男にとっての極楽浄土ですよ……体と財布が保てばの話ですが」と語った。

 


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