ダンスバー『
「相も変わらず不愉快な男だ。……まるで変わらない。忌々しい過去を思い出させてくれる」
当時、しがないルポライターだった寒河。
ここ数年で数多の死地を潜り抜け、飛躍的な進化を遂げていた。
世界の闇を知る事ができた。
強大な力を手に入れる事ができた。
新たな夢を見つける事ができた。
しかし、その代償はあまりにも大きかった。
「数年前の、好奇心だけで動いていた自分を呪ってやりたい。……知らなければいい事があった」
自分の手を見つめる。
ゴツゴツとした人間の男の手だ。
しかし時折、形容しがたい異形が蠢いていた。
寒河は顔を上げ、紫煙を吐き出す。
「……帰るか、ラボへ」
その声には後悔と、歪んだ希望が含まれていた。
◆◆
ラボは南区の片隅にひっそりと建っている。
最新鋭の施設のため窃盗、強襲の危険性があったがルプトゥラ・ギャングの土地になったことで解決した。
襲撃者といえば野生の魔物がクスリでおかしくなった住民くらい。
その程度なら常に配備させている構成員と迎撃兵器でどうにかなる。
更に、定期的にルプトゥラ・ギャングの武闘派集団が巡回しにきてくれるので、デスシティでもかなり珍しい安全地帯となっていた。
不可視のレーザー網と迎撃兵器を生体認証でパスし、寒河は警邏をしている構成員たちに挨拶する。
青年少女たちは生真面目に敬礼した。
「お勤めご苦労様です! 支部長!」
「ラボ内外で目立った異常はありません!」
「ありがとう。お前たちも無理はするな、危険だと思ったらすぐにラボの中に避難するんだ」
「「はい!!」」
「あと……今夜は和食らしい。楽しみにしててくれ」
「ありがとうございます!」
「楽しみであります!」
とびきりの笑顔を向けられたので、寒河は苦笑を返す。
彼は異端審問会の構成員たちから慕われていた。
彼を追ってわざわざデスシティに付いてきた者がいるほどである。
寒河としては、当たり前の気配りをしていただけだった。
異端審問会の実験内容上、構成員は将来性のある若者達で固められている。
寒河は数少ない年配者として彼らの身を案じ、大切にしていた。
言葉に出さなくても、想いは伝わる。
此処の支部長に彼が任命されたのも、寒河なら付いていくという者が多かったからだ。
寒河は責任感をほどほどに感じていた。
感じすぎるはよくない。ただ感じないのは駄目。
彼らの将来性を第一に考え、適度な距離感を保つ。
それが寒河の考え方だった。
「おかえりなさいませ、旦那様」
「……あ、ああ、ただいま」
第一シェルターの前には、神秘的なオーラを放つ大和撫子が佇んでいた。
容姿的年齢は十代後半ほど。綺麗な灰色のショートヘアーに濃紺色の瞳、新雪を連想させる純白の肌。
均整のとれ過ぎた顔立ちは可憐さを通り越して神々しくもある。
純白の和服を着た慎ましやかな姿は、ある「有名な妖怪」を連想させた。
──雪女である。
実際、彼女は雪女だった。
寒河はなんとも言えない難しい表情で言う。
「その……
「私は貴方様を敬愛しております。故に、旦那様です」
「いや……」
困惑している寒河に、雪奈は悪戯っぽく微笑んだ。
「半分冗談です」
「半分か」
「ええ。当時特務機関から追われていた私を庇い、救い、この心を奪った責任はきっちりと取って貰います」
「……」
一年前にこの娘を救い、それから関係は続いている。
一線は越えていない。微妙な距離感だった。
「……俺の気は変わらないからな」
「変えてみせますとも」
相も変わらず強情な女なので、寒河はかえって安心する。
漆黒のコートを脱ぐとそれを手に取り、雪奈は三歩後ろを歩いた。
「夕食の準備は整っております」
「ありがとう。お前の造る料理はとても美味しい。構成員や被験体の子供たちも喜ぶだろう。彼らに声をかけておいてくれ。俺も、資料を纏めたら向かう」
「かしこまりました」
頭を下げた雪奈を一瞥し、寒河は自身の事務室へと入る。
山になった資料、複数台設置されたスーパーコンピューター、そして天使病の研究には欠かせない医薬品の数々。
寒河は処理しなければならない書類の山を一旦端に寄せ、今日の被験体たちの体調グラフを確認した。
専門用語のオンパレードだが、寒河は手早く処理していく。
「やはり覚醒……疑似的な堕天使化は女性にしかできないか。事実、本部に居る覚醒者は例外を除いて全員女性……純粋天使、堕天使問わず性別が女だった事が関係しているのか? それとも女性の方が生来の魔術適正が高いから? ……ううむ」
寒河は眉間を揉みながら思案し続ける。
「新たな問題の浮上だ。しかし解決策は複数出ている……仙道を含めた東洋系の術式は実に素晴らしい。特に性別を問わない点が優秀だ。もう少し資料が欲しいところだが……」
寒河はサングラスの奥に隠した「魔眼」を輝かせる。
「嫌な気配がする。侵入者か」
即断即決。
寒河はスーパーコンピューターをとおして警報を鳴らす。同時に警戒レベルを数段階上げた。
警邏していた構成員たちをラボへ避難させ、迎撃兵器を最大出力に切り換える。
更にルプトゥラ・ギャングの武闘派集団にメールを送った。
警報が鳴り響く中、寒河は壁に立てかけてあった魔改造アサルトライフルを手に取る。
部屋を出ると既に雪奈と構成員たちが待機していた。
「被験体の子供たち、並びに同調率が低い者たちを最終シェルターに避難させるんだ。戦闘訓練を積んだ者たちは入り口、内部で半々に分かれろ。件の侵入者は、俺と雪奈でどうにかする」
『了解です!!』
若いとはいえ訓練された兵士、迅速な行動ができる。
寒河は雪奈から漆黒のコートを羽織らせて貰うと、共に入り口まで歩いていった。
雪奈は問う。
「数週間ぶりですね。また馬鹿な暴力団でしょうか?」
「いいや、違うな。動きが速すぎる。無駄もない。既に半数の迎撃兵器が破壊されている」
「なんと……!」
「気を引き締めろ。この気配……間違いなく奴らだ」
寒河は第一シェルターの扉を開く。
中央区のネオンが遠く輝きだした時間帯、その眩い光を背にしている二名の男女がいた。
寒河は冷たい声音で告げる。
「お引き取り願おうか、お二方」
「そうはいかねぇ。無理矢理人ん家に入り込んだんだ、やるべき事を済まさねぇとな」
「……」
片や、軽薄な印象を受けるキザな青年。
赤茶色の髪に派手なピアス、そして黒一色の服装をしている。
その手には漆黒の長棒が携えられていた。
もう片方は生気を感じさせない美女。
青い衣装と水色のスカーフをはためかせている。
その両手には鉄塊とも呼べる巨大な自動拳銃が握られていた。
寒河はあえてジョークを言う。
「宗教勧誘ならお断りだ。生憎、うちは仏教でね」
「つまらないジョークはいいわ。……わたしたちは警告をしに来たのよ、Mr.寒河」
「……参ったな、遂に君たちに目を付けられてしまったか。天使殺戮士」
二大宗教の一角、プロテスタントが誇る最大戦力。
天使病を疾患した存在を殺戮する、ただそれだけを使命にする八人の魔人たち。
天使殺戮士。
その代名詞ともいえる一組の男女。
斬魔&えりあ……彼らに対して、寒河は酷く冷ややかな視線を向けた。
その視線には、憎悪すらこもっていた。