villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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序章「黒鬼伝」
一話「復讐依頼」


 

 

 夜。

 デスシティの中央区は活気に満ち溢れていた。

 往来を闊歩する刀剣を背負った人間、屈強なオーク、リザードマン、一つ目妖怪。

 彼等の気を引こうと色香を振りまくダークエルフ、狐娘、雪女、サキュバス。

 上空では烏天狗や妖精、アンドロイドが飛び交っている。

 

 堂々と聳え立つ高層ビルの群れ。

 その合間を謎のエネルギーで滑空する車やバスが通り抜けていく。

 長大に伸びた線路には高速モノレールが走っていた。

 

 星も見えない曇天の夜空。

 数多のサーチライトに照し出されたのは超科学の粋を凝らした飛行船と飛竜種、ワイバーン……

 

 幻想、科学、魔物、アンドロイド、魔法、超能力。

 何でもこざれな超犯罪都市、デスシティ。

 此処は今日も今日とてあらゆる種族と技術でごった返しになっていた。 

 中でも一番の活気を見せる中央区は、まさしくデスシティを象徴する場所である。

 そして、ここには有名な大衆酒場があった。

 

『ゲート』

 

 最悪の治安を誇るデスシティにおいて、数少ない「完全安全地帯」に認定されている場所である。

 西部開拓時代を彷彿とさせる店内には様々な種族が集い、酒を酌み交わしていた。

 

 店内では暴力沙汰厳禁。

 なので客人たちはゆっくりと羽を伸ばしている。

 

 ふと、ある犯罪組織の面々が得物を取り出した。

 商談が成立しなかったのだろう。

 しかし、店主である大男が鋭い眼光を向ければ両者共に生唾を呑み込んで得物をしまう。

 ゲートが何故「完全安全地帯」に認定されているのか──

 それは偏に店主の腕っぷしによるものだった。

 

 店主の名はネメア。

 年齢は三十代ほど。筋骨隆々の肉体、ツーブロックに刈り上げられた金髪。髪と同じ色の瞳。

 服装は白のシャツにジーパン。その上から焦げ茶色のエプロンという簡素なもの。

 

 実力はデスシティでも最強クラス。

「世界最強の傭兵」「傭兵王」の異名を持つこの男は、単身でデスシティに一勢力として君臨できる力を持っている。

 

 乾いた音と共にウェスタンドアが開かれた。

 現れたのは褐色肌の美丈夫、大和だった。

 瞬間、店内の空気がガラリと変わる。

 大和に向けられるのは羨望と恋慕、そして複雑な感情を伴った視線。

 中でも女たちの視線が釘付けになる。

 彼女たちは総じて瞳を潤ませ、うっとりと表情を蕩けさせていた。

 

 逆に男たちはその様子を「面白くない」と思っていた。

 特に自分の女の意識を奪われた者は殺意を込めて大和を睨みつける。

 しかし睨み返されると、わざとらしく視線を逸らした。

 一人の愛人が投げキッスを送ると、大和はウィンクで応じる。

 愛人は熱に浮かされたように天を仰いだ。

 

 歩くたびに女に口説かれながら、それを流し、大和はカウンター席に腰掛ける。

 

 ネメアはというと、半眼で頬杖をついていた。

 見慣れた光景に呆れているのだ。

 大和はニヤリと彼に笑いかける。

 

「よぅ、繁盛してっか?」

「大繁盛だ。お前のおかげで今日の売上は二割増しだな」

「そりゃよかった。奢ってくれてもいいぜ?」

「調子に乗るな。……で、今日は何の用だ?」

「何か依頼ねぇか? 暇でよぉ」

 

 欠伸を噛み殺す大和。

 そんな彼の傍に金髪碧眼のカウガールがやってきた。

 ネメアが雇っているウェイトレスだ。

 

 年齢は二十代前半ほど。

 ボンキュボンのナイスバディ。服装は裾結びのシャツにホットパンツというラフなもの。

 カウボーイハットから出ている癖のある金髪は腰までふわりと流れている。

 ザ・アメリカンな美女は、満面の笑みで大和からオーダーを聞く。

 

「ご注文は如何しますか~♪」

「じゃあ──お嬢ちゃんをお持ち帰りしようかなぁ」

 

 大和はウェイトレスを引き寄せ、甘ったるい声音で囁く。

 逞しい腕に抱かれて、ウェイトレスは顔を真っ赤にした。

 ネメアはすかさず読みかけの新聞紙を折り畳み、大和の頭を叩く。

 

「やめろ馬鹿」

「ケッ、いいじゃんよぅ。ケチくせぇ」

 

 唇を尖らせ、ウェイトレスを離す。

 ウェイトレスは足早に去っていった。

 ネメアは苦々しげに言う。

 

「お前、ウチのウェイトレスを何人駄目にした?」

「さぁな」

「十二人だ。誰かさんに孕まされて、そのまま一人前のシングルマザーだ」

 

 ネメアから向けられる非難の視線を、大和は軽く流す。

 

「知らねぇよ」

「女遊びをやめろ、とは言わん。だが子供を作ったからには最低限の責任を取るべきだ」

「ハッ、殺し屋が子育て? 馬鹿馬鹿しい。俺にできるのは命を奪うことだけだ」

「……」

 

 大和は肩を竦め、ぶっちゃける。

 

「まぁぶっちゃけ、子育て面倒くせぇし? そんな暇あったら新しい女と寝るほうが楽しいし?」

「女を何だと思ってるんだ」

「料理。お前は一種類の料理を食い続けることができるか?」

 

 大和は艶然と笑う。

 どうしようもないロクデナシの発言を、常識外れの色気で有耶無耶にしている。

 まるでご都合主義だ。

 ネメアは呆れて溜め息を吐いた。

 

「……いつか刺されるぞ。顔も知らない息子か娘に」

「華麗に避けて叩っ斬ってやらァ」

「……果てしなく屑だな。一回闇医者に精神改造してもらえ」

「誰がやるかバーカ」

 

 ネメアは鈍痛のする額を押さえる。

 

「ハァ……何で俺、こんな奴と親友なんだろう?」

「つれねぇこと言うなって、親友♪」

 

 ケラケラと笑うロクデナシに、ネメアは肩を竦める。

 彼は背後の棚から封筒を取り出し、大和に差し出した。

 

「ご指名だ。復讐してくれってよ」

「額は?」

「5000万」

「小遣い稼ぎにはちょーどいいな。で──誰を殺せばいい?」

 

 嗤う大和にネメアは淡々と告げる。 

 

「ただの暴力団だな。表世界で好き勝手暴れた挙句、この都市に来たらしい。滞在期間は一ヵ月。その割にはかなり順応してるみたいだ」

「何人」

「約30人」

「全員殺せってか?」

「封筒の中、見てみろ」

 

 ネメアに勧められ、大和は封筒を開ける。

 入っていたのは依頼の詳細と手紙だった。

 手紙には、愛娘を殺された両親の激情が綴られていた。

 大事な一人娘が強姦され、四肢を切断され、グチャグチャにされた後、ドブ川に捨てられたという──

 

 手紙を読み進める大和の唇が半月状に歪む。

 

「何て顔だよ」

 

 ネメアが思わず呟くと、大和はギザ歯を剥き出した。

 

「べっつに~♪ 必死だな~って思ってよ」

「追加の依頼は見たか?」

「要望だろう? 確認したぜ」

「受けてくれるか?」

「勿論」

 

 頷く大和を見て、ネメアは安心する。

 彼はあることを思い出して大和に聞いた。

 

「そういえば、この前引き受けた依頼はどうなった?」

「あ?」

「一週間前、魔女から直接依頼を受けていただろう?」

「んー?」

 

 大和は思い出せないのだろう、顎をさする。

 

「あー、アレか。浮気した魔術師の彼氏を殺してくれってやつ」

 

 内容を聞いたネメアは眉を顰める。

 

「そんなロクでもない内容だったのか……ちゃんと達成できたのか?」

「おうよ。浮気した魔術師と浮気相手の魔女、どっちも叩っ斬ってやったぜ」

「そうか」

「思い出した……」

 

 大和は灰色の三白眼を細める。

 

「依頼主の魔女、中々にイイ具合だった」

「…………」

「バカな女だったなぁ……寂しがり屋なのかビッ〇なのか知んねぇけどよぉ」

「聞かなきゃよかった」

「ハッハッハ」

 

 頭を押さえるネメアを見て大和はケラケラと笑う。

 彼は頬杖をついてネメアに聞いた。

 

「それよりもよぅネメア。お前、こういう依頼をどっから貰ってくるんだよ」

「秘密だ」

「親友だろ~?」

「ぶっ殺すぞ」

「へいへい」

 

 鋭い眼光で射貫かれ、大和は肩を竦める。

 そうして立ち上がった。

 瞬間、今まで聞き耳を立てていた客人たちが一斉に視線を逸らす。

 大和は鼻で笑った。

 

 ネメアは彼に言う。

 

「今回の依頼の報酬、いつも通りお前の口座に振り込んでおく。追加の依頼を達成すればその分も振り込む。いいな?」

「はいよ。じゃーな」

「ああ」

 

 大和は手を上げ、酒場を去っていった。

 

 

 ◆◆

 

 

 酒場を離れる大和、その背に明るい声がかけられた。

 

「やまと~!!」

 

 名前を叫んで寄ってくる少女。可憐な美少女だ。

 年齢は十代前半ほど。綺麗な色の桃髪をツインテールで結んでおり、くりりと丸い双眸が愛くるしい。

 幼いながらも整った顔立ち。服装は今時のカジュアルなもの。

 将来とびきりの美人になりそうな──そんな女の子だ。

 

 しかし、不思議な点が一つある。

 ふよふよと空中を浮遊しているのだ。

 その膝から下は透けている。

 彼女は人間ではない──幽霊だ。

 

「よぅ!」

「よ」

 

 幽霊少女が拳を突き出すと、大和も拳を突き出す。

 コツンと拳を合わせると、幽霊少女はニパっと笑った。

 

「見てたぞ! 相変わらず女ったらしだなー!」

「うるせぇ」

「ハッ!? まさか私も狙われてるとか!? このロリコンめ!!」

「自惚れんな。テメェみてぇなクソガキには興味ねぇよ」

「何をぅ!?」

 

 ガルルと犬歯を剥き出す幽霊少女。

 怒っているつもりだろうが、傍から見れば愛くるしいだけだ。

 大和は肩を竦める。

 

「で、何の用だ幽香(ゆうか)

「ん? ああ、そうそう! 殺しの依頼受けたんだろう? 死体回収させてくれよ!」

 

 不気味な発言。

 しかし大和は嬉しそうに笑う。

 

「話が早くて助かるぜ。明日にでも頼もうと思ってたんだ」

「へへ♪」

 

 幽霊少女、幽香(ゆうか)は嬉しそうにはにかむ。

 彼女は有料で死体を回収する死体回収屋『ピクシー』のリーダーだった。

 大和は死体の詳細を告げる。

 

「数は28だ」

「種族は?」

「全員人間」

「暴力団か?」

「そうだ」

「肉体改造とか劇薬の使用は?」

「ネメアの情報じゃ半数はサイボーグ化してる。そこそこの戦力みてぇだな」

「おおー! サイボーグか! 事実なら相当買い取り価格上がるぞ!」

 

 幽香は嬉しそうに買い取り価格を計算する。

 デスシティの科学水準は表世界より遥かに高い。

 有能なマッドサイエンティストたちと唐突に現れる宇宙人のせいだ。

 幽香は計算しつつ、大和に言う。

 

「えーと、今人間の死体の買い取り価格が5万なんだよ」

「へぇ、羽振りいいな」

「最近、人肉愛好家が増えてるんだ」

「最高だな」

「最高だぜ」

 

 あくどい笑みを浮かべ合う。

 

「そんで? どれくらいになりそうだ?」

「5×28で140万。でもサイボーグだろう? パーツを見なきゃ何とも言えないなぁ。人肉の比率によって価格も変わるだろうし……」

「じゃあ後払いでいい」

「え? いいのか?」

「長い付き合いだしな」

「へへへ……♪」

 

 幽香は嬉しそうにはにかむ。

 その後、不思議そうに首を傾げた。

 

「でもさ? でもさ?」

「?」

「あんな堂々と依頼を引き受けて大丈夫なのか? 酒場の奴ら、み~んな聞き耳立ててたぞ?」

 

 その事かと、大和は鼻で笑う。

 

「かまわねぇよ。邪魔すんなら殺す、そんだけだ」

 

 その発言に、幽香はキラキラと瞳を輝かせた。

 

「おおー! さっすが! デスシティの三羽烏は言うことが違うな!」

「なんだ? ゴマすりか?」

「違うわっ! 私も一度はそんなこと言ってみたいなーって思っただけだ!」

「テメェじゃいつまで経っても無理だよ」

「何をぅ!!?」

「だから、あんま無理すんなよ」

 

 威嚇する幽香の頭を大和はポンポンと撫でる。

 幽香は「うみゅ」と声を漏らした後、気持ちよさそうに目を細めた。

 

「そんじゃ、明日、今ぐらいの時間には終わらせる。準備しておけよ」

「ん! わかった!」

「変更があったら電話する。じゃーな」

「じゃーなー!」

 

 摩天楼の中に消えていく大和に、幽香はぶんぶんと手を振った。

 

 


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