villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

20 / 255
胡乱な住民達 後編

 

 

 大和とアラクネ。

 二人は互いに本気で殺意を抱いていた。

 

 ネメアは呆れ顔で二人に呼びかける。

 

「お前等、そんなところで喧嘩してないでこっちに来い」

「「……フンっ」」

 

 視線を外して歩き始める二人。

 そんな彼等に対し、客人達は意図せず一歩引いた。

 今の殺気で感じ取ってしまったのだ。

 

 下手に関わったら殺される──と。

 

 命の危機に対し、過剰に反応するのは超犯罪都市の住民の性だ。

 命の価値が極めて軽いこの都市において、住民達の生存本能は野生動物をも凌ぐ。

 

 デスシティに悪名轟かす三羽烏が互いに殺気を向けあったのだ。

 むしろ、当然の反応と言える。

 

 カウンターまでやって来た二人に対し、ネメアは溜息交じりに問うた。

 

「お前ら、どうしてそんなに仲が悪いんだ? 昔は恋人同士だったじゃないか」

 

 酒場の空気が凍てついた。

 今、一番聞いてはいけない内容だった。

 現に、大和とアラクネは苦虫を噛み潰したような表情をしている。

 

「ネメア……そりゃぁお前、言っちゃいけねぇ事だぜ」

「嫌な事思い出させないでよ。鳥肌が立ったじゃない……」

 

 二人は顔を真っ青にしていた。

 余程精神的ダメージを負ったのだろう。

 大和は最早白くなりつつある顔を手で押さえる。

 

「ハァ……最悪だぜ。過去にこんな淫乱女と付き合ってたなんて」

「それは私のセリフよ、万年発情期のゴリラ野郎。本来なら賠償金を請求してもいいくらいだわ」

 

「おう、表出ろや糞アマ。その無駄に綺麗な顔ボコボコにしてやる」

「そう、なら幽香ちゃんに予め電話しときなさい。自分は五分後に手頃なサイコロミートになってるって」

 

「……」

「……」

「ハッハッハ」

「うふふ」

 

 二人は何故か笑った後、強烈な殺気を込めて呟く。

 

「「殺してやるッ」」

 

 凶悪な形相に変貌した二人に、客人達は恐怖で悲鳴を上げた。

 ネメアはすかさず仲裁に入る。

 

「落ち着け。ここで殺し合いは御法度だ」

「……」

「……」

 

 それでも睨み合いを止めない二人。

 ネメアはその短く刈った金髪をかいて、溜息を吐いた。

 

「ハァ……どうしてお前らはそう、仲が悪いんだ?」

 

 ネメアの問いに、大和とアラクネは互いに人さし指を突きつける。

 

「この女は顔と身体は最高なんだが……」

「この男はモノとテクは最高なんだけど……」

 

「「性格が屑すぎる」」

 

 真顔で声まで合わせてくるので、ネメアは何とも言えない声を漏らした。

 

「いや……お前ら……どっちもどっちだぞ」

 

 至極最もな意見。

 客人達もうんうんと頷いた。

 

 大和とアラクネは非難の声を上げた。

 自分を援護するようネメアに呼びかける。

 

「ハァ!? 何言ってんだネメア! お前は俺の味方だよな!?」

「何言ってんの!? ネメアは私の味方に決まってるじゃない!」

「テメェは黙ってろスーパービッ○!」

「あーわかった、わかったわ。完全にプッツンきちゃったわよ私は……マジで細切れにしてあげる!」

「上等だ、ぶっ殺してやるよッ」

 

 臨戦態勢に入る二人。

 ネメアはその間に無理やり割って入った。

 

「そこまでだ。喧嘩なら外でやってくれ……と言いたいところだが。お前ら、自分が呼ばれた理由を思い出してみろ」

「「……」」

「俺の買い物に付き合ってくれるんだろう? 喧嘩なら後にしてくれ」

 

 二人の肩をポンポンと叩き、ネメアはエプロンを脱ぎ始める。

 二人は渋々臨戦態勢を解いた。

 

「ったく、ネメア。買い物なら俺だけ呼べよ。なんでコイツを呼ぶんだ」

「そうよネメア。私達が仲悪いのは知ってるでしょう?」

 

 二人の文句に、ネメアはきょとんと目を丸めた。

 次に悪戯っぽく笑う。

 まるで子供の様な笑顔だった。

 

「俺はお前達と仲が悪いわけじゃないからな」

「「……」」

 

 純粋無垢な言葉。

 二人は毒気を抜かれたようだった。

 

「……しゃあねぇなァ」

「仕方ないわね」

 

 三羽烏は、三人揃えば丁度いい塩梅になる。

 三人は元々チームだったのだ。

 

 過去、三人揃えば殺せぬ存在はいないと謳われた伝説の組み合わせ。

 邪神すら敵対する事を避けた殺戮のプロフェッショナル達。

 

 その団結力は未だ健在。

 現在は腐れ縁とも呼べる関係だった。

 

 ネメアはふと、思い出したように大和に言う。

 

「ああ、そうだ大和」

「なんだよ」

「この前弟子を毒殺した時、お仕置きの内容は後で考えておくって言ったよな?」

「ゲェ……覚えてやがったか。チャラにしてくれよ、反省してっから」

「口でならなんとでも言える。お前にはキッチリ反省してもらうつもりだ」

 

 この前の弟子を殺した案件──疾風(はやて)の事だ。

 大和は彼を酒場で毒殺しようとした。

 最終的に未遂で終わったものの、ネメアの怒りは激しかった。

 

 お仕置きの内容は既に決まっているようだ。

 ネメアは腰に手を当てる。

 

「買い物に行く間、この店を守る奴がいなくなる。だから、信頼できる奴を準備した」

「?」

 

 大和は首を傾げた。

 ネメアの意図が読めなかったのだ。

 

「それと俺のお仕置き、何の関係があるんだよ?」

「すぐにわかるさ────ニャル」

 

「待ってましたァァァァァ!!!!」

 

 名前を呼ばれ、颯爽登場した褐色肌の美女。

 異空間をぶち抜き現れた出鱈目さもさることながら、アラクネに勝るとも劣らぬその美貌。

 銀髪赤目。ライダースーツに包まれた肢体はまさしく極上の女体。

 童顔ながらも、その美貌は国を傾けられる。

 

 彼女は先端のアホ毛をフリフリ揺らしながら、格好よくポーズを決めた。

 

「這いよる混沌! ニャルさん、ただいま参上! ネメア! 約束は守ってくれるよね!?」

 

 褐色肌の美女、ニャルの問いにネメアは鷹揚に頷いた。

 

「ああ。俺がいない間、店番を頼む。そしたら三日間、大和を好きにしていい」

「やったぁ!! 大丈夫だよネメア! 僕がいれば百人力さ! 全身全霊でこの店を守ってあげるよ!」

 

 きゃっきゃと騒ぐニャル。

 ネメアはそんな彼女を指さし、大和に告げた。

 

「というわけだ。お仕置きはコレな」

 

 

「…………」

 

 

 大和は硬直した。

 その間、実に7秒。

 

 この間に客人達は我先にと店外へ逃走していた。

 右之助と死織も、血相を変えて飛び出していく。

 店内は阿鼻叫喚の大パニックになっていた。

 

 当たり前である。

 ニャルの素性を知っていれば逃げない筈はない。

 何せ彼女は、デスシティでも特に畏怖される種族──邪神。

 その代表格なのだから。

 

 ナイアルラトホテップ。

 またの名をニャルラトホテプ。

 

『這い寄る渾沌』

『無貌の神』

『闇をさまようもの』

『大いなる使者』

 

 邪神の中でも別格の力を誇る『外なる神』の一柱。

 中でも最も著名で、最も慕われている邪神。

 クトゥルフ神話が誇る最強最悪のトリックスターである。

 

「ハァァ!!!?」

 

 正気に戻った大和は大声を上げた。

 ニャルはというと、体をクネクネくねらせている。

 可愛いが、どちらかというと不気味だった。

 

「フフフっ、そう照れないでよ大和っ。大丈夫だよ。僕、大和の事なら何でも知ってるから。大和の望む事、全部してあげられるよッ」

 

 自分で言っていて恥ずかしかったのだろう。

 ニャルは最後に「きゃっ」と頬を朱に染めた。

 

 国も傾けられそうな超絶美女にここまで言われるとは、男冥利に尽きる。

 しかし彼女の正体を知っている大和にとって、男冥利も糞もなかった。

 

 彼はネメアに猛抗議する。

 

「ネメア! お仕置きの内容にしちゃキツすぎないか!?」

「キツくないとお仕置きにならないだろう?」

「ぬおおッ」

 

 真顔で告げるネメアに、大和は頭を抱える。

 相当嫌なようだ。

 

「……?」

 

 そんな彼の腹に、ニャルが抱きついた。

 彼女は瞳を潤ませながら大和を見上げている。

 

「ねぇ大和……僕のこと、そんなに嫌い?」

「……」

「構って貰えないのは別にいいんだけど……たまには、構って欲しいな……っ」

 

 何時ものハイテンションはどこへいったのか──

 自慢のアホ毛もしおれている。

 微かに震えるその肩を見て、大和は諦めたように三白眼を閉じた。

 

「……わーったよ」

 

 苦笑いし、ニャルの頭をくしゃりと撫でる。

 ニャルは徐々に笑顔を浮かべ、最後は満面の笑みで大和に抱きついた。

 

「やったー!! 大和ォ!! だいダイ大好き愛してる!! 全次元全位相で一番愛してる!! んちゅー♪」

 

 ニャルはジャンプして大和の頬にキスする。

 その後、勢いよくカウンター席に飛び移った。

 

「よっしゃー!! 元気百倍やる気千倍!! 今ならクトゥグアの奴にだって勝てるよ!! 安心してねネメア!! 今の僕はスーパーナイアちゃんレベル3だから!!」

 

 ハイテンションでポーズを決めるニャル。

 何時も通りの彼女だった。

 ネメアは苦笑しつつ頷く。

 

「ああ、任せた」

「なるべく早く帰ってきてね!! お酒とかおつまみなら出せるけど、流石に料理は出せないから!!」

 

 アホ毛をびっちんびっちん振っているニャル。

 アラクネがネメアに聞いた。

 

「ねぇ、大丈夫なの? お客さん全員逃げちゃったじゃない」

「別にいいさ。今日のノルマは達成してる」

 

 二人の会話に聞いていたニャルが、ハイハイと手を挙げる。

 

「大丈夫だよ! 友達呼ぶからさ! クトゥルフちゃんと深きものども、シュブ=ニグラスちゃん! あとは妹も!」

 

 想像を絶するメンバーを連ねてみせるニャル。

 ネメアは若干引きながらも頷いてみせた。

 

「ま、好きにしてくれ。うちはルールさえ守ってくれれば誰でも歓迎だ。だが……深きものどもの魚臭さだけは注意してくれ」

「わかった! 迷惑にならないようにしてって言っておく!」

「ありがとう。じゃ、頼んだ」

「うん!!」

 

 ネメアは踵を返す。

 その隣に面白可笑しそうに笑うアラクネと、何とも言えない表情の大和が続いた。

 

 ふと、大和はニャルに振り返る。

 盛大な投げキッスを送られた。

 大和は頭をかいた後、何時も通りの妖艶な笑みを返す。

 

「はぅぅッ!」

 

 ニャルの乙女心が打ち抜かれた。

 そのまま床へと崩れ落ちる。

 

「……でへへ~っ♪ 頑張らなきゃ~♪ そしたら大和と……でへへ~っ♡♡」

 

 緩みきった笑顔。

 アホ毛はハート型に変わっている。

 こうしていると、這い寄る渾沌も恋する乙女にしか見えなかった。

 

 

 ◆◆

 

 

 店外へ出た三人。

 デスシティの三羽烏が揃って歩くと、勝手に道ができあがる。

 

 大和は黒髪をかき上げつつ、煙草に火を点ける。

 そしてネメアに聞いた。

 

「で、何を買うんだよネメア。食材とかか?」

「いいや、今回は日用品や服を買いたい。店に飾れるモノがあれば尚いいな」

「ふぅん」

「お前らはセンスいいから、頼りにしてる」

 

 ネメアの発言に、アラクネは嬉しそうに笑う。

 

「任せなさいな。色々アドバイスしてあげるから、一緒に選びましょう♪」

 

 腕に絡みついてきたアラクネに、ネメアは苦笑する。

 大和は美味そうに煙草を吸っていた。

 

「……」

 

 唐突に、大和は立ち止まる。

 背後に振り返ると、雑踏の中から視線と殺意を感じとった。

 彼は二人に背を向けたまま告げる。

 

「お前ら、先に行っとけ。ちょいと野暮用ができた」

「「……」」

 

 ネメアもアラクネも察していた。

 ネメアは大和に聞く。

 

「手伝わなくて大丈夫か?」

「ああ」

「……そうか、なら俺たちは先に行くぞ」

 

 ネメアは歩き始める。

 対してアラクネは、大和に満面の笑みを向けた。

 中指を立てながら。

 

「そのまま死んじゃなさい、バーカ」

「テメェが死ね」

 

 互いに中指を立て合う。

 アラクネは「あっかんべー」と舌を出すと、ネメアの後を追って行った。

 二人はそのまま雑踏を割いていく。

 

 彼等がいなくなった頃には、大和は四方八方を囲まれていた。

 人間を中心にエルフ、オーク、虫人、幽霊、サイボーグ。

 種族は様々だが、その身に染み付いている血の臭いが彼等の職業を教えてくれる。

 大和は同業者達を一望した後、ギザ歯を剥きだした。

 

「テメェらも懲りねぇなぁ、いくら殺しても湧いてきやがる……誰に依頼されたんだ? 富豪か? 政治家か? それとも……ただの八つ当たりか?」

 

 殺し屋達は答えない。

 無言で得物を構える。

 大和も返答など期待していなかった。

 

「そうそう……」

 

 大和は顎をさする。

 

「今から買い物だってのに、手持ちの金が少なかったんだ。これくらいの人数なら、小遣い稼ぎに丁度いい」

 

 嗤い、得物である赤柄巻の大太刀に手を添える。

 

 殺し屋達は何も言わない。

 激情を押し殺し、大和に襲いかかる。

 

 大和は口の端を歪めて、大太刀を抜刀した。

 

 

 ──狂乱の都市、デスシティ。

 此処は冒涜的な神々すら受け入れる矛盾の坩堝。

 悪による悪のための、悪の世界。

 

 この中で、一際暗い輝きを放つ男が一人。

 

 大和。

 人間でありながら神を超える容姿と腕力を誇るイレギュラー。

 そして、その類稀なる才能を己のためだけに用いる俗物。

 

 血の臭いと雄の香りを撒き散らすこの男は、これから先多くの存在を殺めていくだろう。

 多くの女を虜にしていくだろう。

 

 

「楽しかっただろう? 死のダンスは」

 

 

 物言わぬ屍達に囲まれ、大和は結った黒髪をかき上げた。

 灰色の三白眼を細め、ギザ歯を覗かせる。

 

「俺は楽しかったぜ。殺しも、女も、酒も、博打も──楽しんだ者勝ちだ」

 

 大和は誰よりも人生を楽しんでいる。

 だからこそ、その笑みは魔界都市の住民を虜にしてやまない。

 かの這い寄る混沌も夢中になっていた。

 

 物語はまだ終わらない。

 大和に殺しの依頼が届く限り。

 魔界都市が在る限り。

 物語は永遠に続いていく。

 

 さぁ、堕ちよう──

 これは、暴力と淫蕩に酔い痴れる反英雄譚。

 

 

《完》

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。