villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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三話「怪異」

 

 

 天使殺戮士の内、キザな青年、斬魔は軽薄に笑う。

 

「簡潔に言わせてもらうぜ。お宅んところの研究、今すぐ止めてくんね? それ以上やられると、こっちとしては見過ごせねぇのよ。アンタらを『敵対勢力』とみなさなきゃなんなくなる」

「今更だな」

「お互い血を見ずに済む、めでたくハッピーエンドを迎えようや」

「それはお前たちのハッピーエンドであって、俺たちのものではない」

「……だとさ? どうするよ相棒」

 

 バァンと、何かが爆発した音がした。

 特大の薬莢が乾いた音とともに地面へ落ちる。

 えりあが発砲したのだ。

 寒河の首から上が綺麗に消し飛んでいた。

 

 斬魔は思わずジト目を向ける。

 

「いきなりだな」

「天使病の疾患者は殺す、わたしたちの唯一絶対の使命よ」

「わかってるけどさー」

 

 斬魔は寒河に視線を戻す。

 見るに耐えない状態だった筈の顔はいつの間にか元通りになっていた。

 いいや、まだ修復中である。

 その証拠に頬の肉がまだ蠢いていた。

 骨肉を即興で構築しているのだろう、異様な音を立てている。

 

 寒河は隣で激昂している雪奈を制しつつ、冷淡な声音で告げた。

 

「今の発砲も、迎撃兵器の破壊も、不法侵入も、見なかった事にする。……だから引いてくれ。俺は、無用な戦闘を好まない」

「それは貴方の基準でしょう、Mr.寒河」

「…………」

「端から相容れない、だから発砲した……察して頂戴。わたしは無駄な問答が嫌いなの」

「……後悔しても知らないぞ」

 

 携えていた魔改造式アサルトライフルを構える寒河。

 えりあは何も言わず狙いを定めた。

 斬魔はやれやれと肩をすくめる。

 

「おっかねぇ……できれば戦いたくなかったなぁ、アンタとは」

 

 斬魔も、えりあも、寒河という男を最大限に警戒していた。

 何故なら、彼は特別な怪異だからだ。

 

 

 ◆◆

 

 

天使喰らい(エンジェル・イーター)

 

 数年前に現れた正体不明の怪異。

 プロテスタント、カトリック、両宗教から指名手配されている特A級危険生物だ。

 天使病の患者を好んで喰らい、その力を自由に行使できる。

 この存在は何故か、天使病患者を優先的に補食した。

 数年間に渡り補食した患者の数は優に十万を越える。

 ある時は一都市を壊滅させた天使病の大群をその都市諸とも吸収した事があった。

 

 その正体は天使病患者の突然変異種であり、極めてイレギュラーな存在。

 理性を保ちつつ天使病の力を行使できる、ある意味での新人類だった。

 

 超越者ではない。しかしそれに準ずる力を誇っている。

 山河を砕く筋力は鬼神に劣らず、あらゆるダメージを即時回復させる再生能力は真祖の不死性と大差ない。

 

 表世界の住民が勝てる存在ではない。

 そう、極一部を除いては──

 

 寒河が魔改造式アサルトライフルを構えた瞬間、銃身が爆発する。彼の両腕諸とも吹き飛んだ。

 えりあのの放った弾丸が銃口へと侵入し、炸裂したのだ。

 人智を逸脱した射撃精度──

 

 縮地を用いて懐に入ってきた斬魔は即座に抜刀一閃。寒河の首を跳ばす。

 コンマ一秒の出来事……常人には到底理解できない領域だ。

 

 天使殺戮士は人類の中では最強クラスの存在だ。

 世が世なら英雄として讃えられていただろう。

 

 しかし、勘違いしてはいけない。

 寒河は既に人間ではないのだ。

 跳んだ首を修復した左手で掴み、無理矢理くっつける。

 同時に右腕に禍々しい鎌状の長剣を生やした。

 

 振るわれた斬撃は荒々しくも何処か正確で──斬魔は死神姉妹の妹を連想しながら、黒金の鞘でいなす。

 大地が裂け、遥か遠方に聳え立つビルの一柱が両断された。

 斬魔は突風で髪を靡かせながら、ニヒルに笑う。

 

「あーあーやり難いなァ! 人間の形をした患者とやり合うってのはよぉ!」

「だったら笑うな、破綻者か?」

「お互い様だろう? こんな稼業やってる奴ぁ頭のネジが緩んでるもんだぜ!」

 

 斬魔は半身を逸らして、飛んできた迎撃兵器の残骸を避ける。

 寒河が腕を伸ばして引っ張ってきたのだ。

 数トンはあろう鋼鉄の塊は、掠っただけで致命傷を負う。

 

「馬鹿げた筋力だな! おまけにその再生能力──アンタ、一体何人の患者を喰った!」

「お前は、今まで食ったパンの枚数を覚えているのか?」

「ブッ! ちょっ待て! いきなりジ○ジョネタ突っ込むんじゃねぇよ! 俺そういうのに弱いから!」

「ジョ○ョ……? 知らない名だ」

「ナチュラルなのかよやり難ぃ……!!」

 

 斬魔は緩む頬を絞めながら、振るわれる斬撃を凌いでいた。

 一方……

 

「……貴女は、そう、妖怪ね。なら頭だけ残しておけばいいかしら。死なないでしょう?」

「ええ、死にませんとも……ですが私は貴女を許しません。よくも……よくも寒河様に銃口を向けましたね!! 氷付けにして、生きたまま砕いてさしあげます!!」

「ああ……そういう関係なの。化けもの同士、お似合いだわ」

「貴女には……死人にはわからないでしょう。恋する乙女の力など!!」

「わからないわ。そんなもの必要ない」

 

 えりあは躊躇なく発砲する。

 放たれた無数の弾丸を、雪奈は吹雪を纏って防いだ。

 その手には鉄扇が携えられている。

 日本舞踏を連想させる体捌きで、彼女は絶対零度の冷気を操った。

 

「お見せしましょう、雪女の吹雪舞……死ぬ前にせめて美しいものを拝みなさい」

「ナルシストね、貴女とは性が合わなさそう」

 

 えりあは愛銃、対天使病拳銃「Danse Macabre」からマガジンを取り出す。

 何時もの「祝福儀礼済み13mm劣化ウラン弾」から、雪女に適した魔弾へと切り替えた。

 

 

 ◆◆

 

 

 暴力同士のぶつかり合い。寒河は勿論だが、斬魔の剣技も武術のそれではない。

 人外を殺すための、文字通りの魔剣。

 型に嵌まらず、しかし滑らかで、斬れ味は鋼鉄を易々と両断する。

 

 空中で不安定な体勢の筈なのに、銀光一閃を放てば寒河の右半身がストンと分かれた。

 寒河は追撃で触手を伸ばすも、斬魔は異様な操身方で躱す。

 それどころか、触手を足場してした。

 

「えげつねー、めっちゃ腕伸びるじゃん。将来の夢は海賊王か?」

「俺にわかる内容で話せ」

 

 寒河は触手から更に触手を生やして斬魔の足を拘束する。

 そしてたっぷりと遠心力を乗せて近くのビルに放り投げた。

 衝撃で辺りに地鳴りが響き渡る。

 

「……チッ」

 

 思わず舌打ちする寒河。

 あまりにも手応えがなかったからだ。

 触手から目を生やして覗くと、叩き付けた筈のビルの側面は六角形に斬られていた。

 そして斬魔は、鞘で掬い上げたベッドの上で寛いでいる。

 壁に立て掛けられている形のベッドは、衝撃を吸収する緩和材の役目を果たしたのだろう。

 

 斬魔はベッドのスプリングで遊ぶ。

 

「このベッドいいな、女の子と寝る時に疲れなさそうだ」

「お前もそういう男か」

 

 寒河は触手の先端から無数の針を飛ばす。

 斬魔はスプリングを利用して跳躍、針の弾幕を通り抜けた。

 最初から弾道がわかっているのだろう、半身を逸らしながら抜けていく。

 まるでハリウッド映画のアクションシーンだ。

 

 斬魔は、人間の理想の動きをそのまま実現できる。

 故に魔人……

 

 またも伸びてくる触手に黒金の鞘を滑らせて、その上に乗る。

 そしてノリノリでサーフィンごっこをはじめた。

 

「フーっ!!!! 触手の荒波だぁ!! 楽しんでいくぜ!!」

 

 触手を滑っていけばその先に寒河がいる。

 もっとも、殺意満々の迎撃を避けなければならないが……

 寒河は足場にされている触手の中間を爆発させる。

 数多の肉片が飛び散り、強酸性の液がばらまかれる。

 

 斬魔は咄嗟に足先で鞘を回転させ、風圧で防御した。

 そのまま鞘を蹴り飛ばし、寒河の眉間を狙い撃つ。

 神聖文字による障壁で阻まれてしまったが、立て続けに本身を投げて鞘に勢いよく納めた。

 二重の衝撃波が生れる。

 我流の浸透勁だ。直接エネルギーが徹される。

 しかし、寒河にダメージは通らなかった。

 

 咄嗟に見せた武術に驚いている寒河の眼前に羽の様に現れた斬魔。

 彼は重力で落ちかけている黒鞘を握り、濡れた唇を歪める。

 

「その神聖文字の羅列……天使の羽衣(エンジェルベール)か。硬いけど、まぁ」

 

 斬風が吹き荒れる。

 数多の斬線を刻んで崩壊したエンジェルベールを見届け、斬魔は嘯いた。

 

「コツさえわかれば斬れなくはねぇ」

「出鱈目な……近代技術では突破不可能な神域の権限だぞ」

「神秘の名残を斬り捨てるのが俺たちの役目だからな」

 

 事象現象問わずあらゆる攻撃を遮断するエンジェルベールを「斬る」など人間には不可能な筈だ。

 

 これが天使殺戮士かと、寒河は素直に感心していた。

 

 その眼前で抜刀の体勢に入った斬魔。

 寒河は逃げない。右手に発現させた魔剣を本気で振るう。

 

 散る、火花が。

 まるで花火の様に舞い散る。

 超高速の斬撃の応酬は音を置き去りにし、両者の超感覚を覚醒させた。

 一秒が途方もなく長く感じる。

 両者は既に千以上の剣撃を交えていた。

 

 本来であれば本職である斬魔に分がある筈……

 しかし押されているのは斬魔であり、頬と肩に切り傷が走った。

 

 彼は一度下がる。

 衝撃で痺れている手をグッパーして、全身の裂傷を確かめた。

 そして参ったと言わんばかりに両手を広げる。

 

「十七回は殺せた筈だ……ズルいぜその体。素の筋力もそうだが、筋肉繊維を独立して動かせるだろう? あと、人間の手首はそんなグルグル回らねぇ」

「……」

「それとわかったぜ、アンタの力の源が」

 

 斬魔は自分の目を指す。

 その顔は何時になく真剣だった。

 

「その眼、何処で手に入れた。その眼だけ明らかに違う。ソレは、人類には過ぎたもんだ」

「俺は既に人類ではない」

「アンタの体で大量に蠢いている霊子型ナノマシンも、ソレで操作してるんだろう? でなきゃアンタという存在を証明できねぇ」

 

 沈黙は是なり──

 寒河の反応を見て、斬魔はため息を吐いた。

 

「面倒くせぇなぁ──そうは思わねぇか、相棒」

 

 そう言う斬魔の隣にえりあが降り立った。

 片腕が凍結しているが、目立った外傷はない。

 寒河の隣に現れた雪菜もまた、息を切らしているが目立った傷はなかった。

 

 両者の実力は拮抗している。

 今のところは──

 これ以上続けると、どちらかが必ず死ぬ。

 

 えりあは凄まじい速度でやってくる強大な気配を感じて、二丁拳銃を下ろした。

 

「潮時ね。色々と準備が足りなかった。流石に貴方たちの領地で戦うと勝ち目が無い」

「何を言って……!! そう易々と逃がすと思わないでくださいまし!!」

 

 激昂する雪奈を寒河は手で制する。

 

「……疾く去れ、処刑人たちよ。お前たちと俺たちは決して相容れない」

「一つだけ、聞かせて頂戴。貴方は何を成したいの? その身を怪異に堕として、犯罪組織と手を組んでまで……目指すものは何?」

 

 寒河はハッキリと、えりあの目を見て答える。

 

「人類の死因、その一つを減らしたい」

「……それが、たとえ必要なものだとしても?」

「ああ、当該者だけで収まるのならまだいい。しかし「それ」は周囲を巻き込んで滅茶苦茶にする。……だから解明する」

「……そう」

 

 えりあはそれ以上何も言わず、踵を返した。

 斬魔は去り際に言い残す。

 

「その夢、アンタだけじゃ到底背負えねぇ……覚悟しときな」

 

 魔人たちは夜の帳に消えていく。

 直後にルプトゥラ・ギャングの武闘派たちが来た。

 事態は一旦、収まった。

 

 

 ◆◆

 

 

 ルプトゥラ・ギャングの武闘派たちには、バイト感覚で雇われた殺し屋がいる。

 その中には、とんでもない破綻者が混じっていた。

 

「あれー? あれれー? せんぱーい! 殺していい奴がいませーん!」

「逃げやがったな、あのファッキンプロテスタントども」

「うえ゛ーっっ、プロテスタントの連中嫌ーい! 死なない女いるしぃ、妙にウザったいしぃ、もっと殺し甲斐のある奴等とかいないんですかぁ? ヤクザとかぁ、マフィアとかぁ、子供とか♪♪」

「お前も大概CRAZYだな……サーシュ」

「キャハハハハハ♪ デスシティの住民に言うことですかそれぇ♪」

 

 建築物から飛び降りてきたのは、ゴシックパンク風の美女だった。

 肩辺りまで乱雑に伸ばされた黒髪、前髪に少し入った金色のメッシュ。

 端正な顔立ちをしているが、笑顔に途轍もない邪気が混じっている。

 大和以上のものを隠し持っている。

 極めて純粋で単純な、外道畜生だ。

 

 彼女……サーシュは過剰につけたバッチやアクセサリーをジャラジャラ鳴らして寒河に近寄る。

 

「貴方がこのラボの支部長さん? いい感じに歪んでるわねー♪ 好きよ、貴方みたいな男。滅茶苦茶にしてやりたくなる……っ♪」

 

 溢れ出た邪悪な気に、寒河は思わず顔を顰めた。

 そんな彼の頬をサーシュは不意打ち気味にペロリと舐める。

 寒河は思わず一歩引いた。

 

「何の真似だ」

「んんー? 味見ぃ? 予想通りの味でよかった♪ 貴方……優しいのね。真面目で、正義感が強くて……偽善者の典型よ♪ キャハハハハハ!」

「この……なんて無礼ではしたない女!!」

 

 雪奈が吠えるが、サーシュはケタケタと笑うだけ。

 

「いい男にはいい女が似合うわねぇ! 毎度そう。もう何度も見てきて、でも飽きない……♪ 貴方たち、ロクな最期を遂げられないわよん♪」

「……ッッ!!」

 

 冷気を迸らせる雪奈を寒河が制する。

 そして呆れた声音で言った。

 

「知ってるさ、そんな事……だから茶化すな」

「んふふー♪ 枯れてるわねー! そういうのもアリ!」

 

 サーシュは元いた場所に戻る。

 多数の戦闘員を待機させていたルプトゥラ・ギャングの古参……百戦錬磨のベテラン、マイクは訛りの効いた英語で言った。

 

「ヘイ、DOCTOR。もう大丈夫なのか?」

「ああ、アンタたちのおかげて助かった」

「そうかい。じゃあ俺たちはHOMEに戻る。また何かあったら呼んでくれよ」

「ああ」

「あと……おクスリの開発、期待してるぜ。アンタは腕がいい。くれぐれも、期待を裏切らないでくれよ」

「……」

 

 寒河は無言を貫く。

 マイクは鼻で笑うと、部下たちを連れて帰っていった。

 

 寒河の側に雪奈がつく。

 彼女は涙眼で言った。

 

「何で……何で皆、貴方の邪魔をするのでしょう……貴方は、本当に皆の事を思って」

「やめろ、いいんだ……これは俺の選んだ道だから」

「っ」

「……帰ろう、ラボへ」

「……はいっ」

 

 

 ◆◆

 

 

 一方その頃、天使殺戮士のコンビは……

 

「なぁえりあ」

「何よ」

「さっき見様見真似で鎧徹し、俗に言う浸透勁ってやつをやってみたんだけどよ。これが上手くいったんだわ。ありゃあエンジェルベールじゃなかったら抜いてたね」

「そう、凄いじゃない」

「で、本題はここからなんだが……」

「?」

 

「女の子とのセックスの際、この技術使えないかなって。こう、奥に直接衝撃を徹す! みたいな……」

 

「…………」

「あっヤベ」

 

 その夜、魔界都市の何処かで若者の断末魔の悲鳴が響いたそうな……

 

 






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