「ぬおお大丈夫ですか父上ー!!!! 拙者が今から参戦し、敵を鏖殺してやりますぞー!!!! 何処ですか我々の敵はー!!!!」
「いや、もう終わったから……取り合えず落ち着け、
ラボの中で、暴れ回る少年を構成員たちが必死に取り押さえていた。
手軽な和服を着たハキハキとした少年である。
女の子にも見える端正な顔立ち。艶やか黒髪は侍の様に結い纏めてある。
全身から生気が漲っており、それをそのまま力に変換していた。
侘丸と呼ばれた少年は途端に暴れるのを止め、満面の笑みを浮かべる。
「そうでありますか!! いやはや流石父上!! 我々の親元であらせられる!! その武勇、まこと天晴れです!! これは余計な心配でしたな!!」
ナッハッハと爆笑する侘丸に、構成員たちは揃ってドロップキックをかました。
『何笑ってんだテメー!!!!』
「へぶらぁ!!!?」
数名がかりのドロップキックに、侘丸はあえなく吹き飛ばされる。
構成員たちは何処からともなく鎖を持ってくると、彼をふん縛って強烈なお尻ぺんぺんを始めた。
「命令には従え!! 支部長の命令は絶対だ!! 何故従わない!!」
「駄目な子はお尻ぺんぺんの刑です!! 容赦なくいきますよ!!」
「お前の暴走を止める俺らの身になれ!! 馬鹿野郎この野郎!!」
「ギャー!! 何故!? 何故でありますか!!? 拙者は敬愛する父上と母上を助けたい一身で突撃しようとしたまで!! 何故そんなに怒るでのありますか!? ヒギャー!!!! お尻ぺんぺん痛いィィィィ!!!! キツイであります!!!!」
構成員たちは怒っていた。
が、それも愛故である。
構成員たちは皆、侘丸の事を弟の様に可愛がっていた。
猪突猛進なところがあるが裏表なく、礼儀を弁え、笑顔で甘えてくる。
皆、彼が大好きなのだ。
故の、お尻ぺんぺんの刑である。
泣きながらも刑を受けている侘丸の前に、雪奈が現れた。
彼女は穏やかな笑みを浮かべていた。
最も、その眉間には青筋が立っているが……
「侘丸……貴方にはもう一度、躾を施さなければならないようですね」
「母上!! これは拙者の生き様!! 変えるつもりは毛頭ございませぬ!! 家族を、貴女たちを護れるのであればこの命、差し出してでも敵対者を刈ってみせましょう!!」
「命令は素直に聞きなさい!! そして周りの人達の苦労を考えなさい!! 馬鹿は馬鹿でも限度があります!! お仕置、最大出力です!! 氷の鞭でそのお尻、しばいてあげます!!」
「のぉぉぉぉぉ!!!! 駄目であります!! 母上のそれは本当に痛く……ひぎぃぃぃぃぃ!!!!」
鬼の形相で鞭を振るう雪奈。
現在進行形で泣きっ面をさらしているこの少年こそ、寒河が可能性を感じている天才児である。
しかし、良くも悪くも猪武者な性格のせいで寒河たちの苦労は絶えなかった。
◆◆
「拙者、皆を護れる強い男になりまする!!!!」
侘丸が最初に放った言葉だ。
雪奈から教えられた古めかしい言葉使いで、彼は太陽の様な笑みを浮かべたのだ。
寒河が世話をしている被験体は全員デスシティの孤児である。
死にかけていたところを寒河が引き取ったのだ。
三食と寝所、身の安全を保証する代わりに、実験に付き合ってもらう……
「悪魔の所業だ」と、寒河は自嘲していた。
たとえ子供たちの体に合わせた無理のない実験だったとしても、非人道的である事には変わりない。
だから寒河は、子供たちに「当たり前の幸せ」を与えている。
自己満足だ。偽善者と罵られても仕方ない。
しかし、寒河はやめるつもりはなかった。
自らの野望のために、本当に抱いている感情を押し殺した。
天使殺戮士の襲撃から3日後……
今日は大和と実力テストの日である。
寒河はほぼ付きっきりで被験体、侘丸の体調管理をしていた。
「ふむふむ……」
施設の一室で。侘丸は東洋系魔術の資料を熟読していた。
猪突猛進なところがあるが、誰よりも勉強熱心な努力家でもある。
寒河は一瞬表情を曇らせ、聞いた。
「……なぁ、侘丸」
「ん! 何でありましょう!」
向けられた無邪気な笑みに耐えつつ、寒河は続ける。
「お前は……幸せか?」
「勿論!! 拙者は幸せでございまする!! 拙者だけではない!! 父上に拾われた者は皆幸せ者でござる!!」
「……なんで」
「野垂れ死ぬ運命だった我々を救い、愛してくれた。……当たり前の幸福というものを教えてくれた!! 貴方の事を何も知らない輩はほざくでしょう、偽善的だと……ハッハッハ!! 糞食らえでございまする!! 口だけ達者な阿呆ども!! 奴等は我々を助けてくれなかった!! でも貴方は、貴方だけは、違った!!!!」
侘丸は勢いよく寒河に抱きつく。
少女の様な甘い匂いがした。顔立ちも可憐なので、変に意識してしまう。
侘丸は寒河の胸にグリグリと顔を埋める。
「大好きです父上!!!! 母上も先輩方も子供たちも、みんな貴方が大好きです!! 拙者は幸せ者です!!!! 貴方の息子になれて!!!! だから……ありがとうございます!!!!」
「…………っ」
寒河の頬に、静かに雫が伝った。
それを隠すように侘丸を強く抱き寄せる。
「ああ……俺も、幸せだよ。お前たちみたいな息子を持てて。……愛している。絶対に幸せにしてやるから」
「~っ♪」
侘丸はぎゅうううと、寒河を抱き返す。
誰が何と言おうと、彼らの絆は、愛は本物だった。
「…………!!」
しかし平和な時間は長く続かない……
寒河は弾かれる様に施設外へ魔眼を向けた。
◆◆
「……侘丸、少し早いが昼食にしよう」
「んん!! わかりました!! では拙者は皆の衆に食堂に集まるよう伝えて参りまする!!」
「ありがとう」
頭を撫でられ上機嫌になった侘丸は、風の様に走り去っていった。
その背を見届け、寒河は一度深呼吸をする。
体が震えていた。
既にルプトゥラ・ギャングには連絡を入れてある。
しかし返信がない。恐らく足止めされているのだろう。
今回の襲撃者は今までとは別次元だ。
ルプトゥラ・ギャングの精鋭たちであろうと、苦戦は必至。
寒河は覚悟を決めて部屋を出た。
第一シェルターの前まで行くと、雪奈が佇んでいた。
彼女は震えながら首を横に振るう。
「駄目です、行かないでください……っ」
「…………」
「勝敗以前の問題です。此処を出れば、貴方様は死んでしまう……だから」
「俺が出なければ全員死ぬ」
寒河は雪奈の横を通り過ぎた。
「子供たちを頼む……決して外に出さないでくれ。構成員たちには既にメールで伝えてある」
「……っ」
「……すまない」
「旦那、様……っ」
雪奈は振り返る事ができなかった。
彼の覚悟を踏み躙ることなどできなかった。
第一シェルターを開き、外へ出る寒河。
ラボの周りは襲撃者たちで溢れ返っていた。
その全てが無人機……俗に言うサイボーグである。
総数100機以上。
そして服装は、見事な金細工の施された漆黒の軍服とコート。
髑髏のエンブレムが付いた軍帽。そして
間違いない。
「死ぬ時は意外とアッサリしている……せめて最期の一服でも楽しもうか」
「不可解。心拍数を把握したところ、対象の言葉は虚偽に満ちている」
「…………」
寒河は紫煙を燻らせると、声の主を確かめた。
耳までかかる程度の銀髪と無機質な瞳が特徴的な美男である。
その在り方は、まさしく無機物。
欲望も願望も無い。ただただ淡々としている。
第三帝国ネオナチス、機甲師団──その大隊長であり、唯一神に抗った旧人類が創造した対神仏用終極兵器。
ゴグ・マゴグ。
彼は漆黒のコートを靡かせながら告げた。
「当方の授かった命令は二つ。魔眼「メタトロンの目」の摘出と優秀な被験体の選別、そして回収だ」
「嫌だと言ったら?」
「対象に当方への命令権限はない。……これよりメタトロンの目の摘出を開始する」
寒河は吸いかけのエコーを地面に吐き捨てた。
命を懸けた防衛戦の始まりである。