Villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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五話「アヴァターラ」

 

 

Sleeping Beauty(眠れる森の美女)』から出た大和は、久々の外の空気を堪能しながら寒河に電話をした。

 コールに入ればすぐに通話へと入る。

 

「もしもし、俺だ。今日アレだよな? 約束の日だよな?」

『そうだ』

「それがさぁ、絶賛足止めを食らってんのよ。話を聞けば、このまま大人しくしてれば結構な額を貰えるらしい……俺的にはそっちの方がいいワケ」

『約束はどうなる?』

「内容が違うだろう。てかお前、そろそろ死ぬだろ?」

『…………』

「そんなワケで、もう切るぜ。あばよ、次会う時は地獄だな」

『まだ行くつもりはない』

「無理だって、お前の力じゃ」

『……頼む大和、助けてくれ。後生の頼みだ』

「情でほだされるような男か、俺は」

『この借りは何時か倍にして返す。必ずだ』

「…………はーっ」

 

 大和は大きな溜め息を吐く。

 

「五分……いいや、三分保たせろ。必ず行く」

『……感謝する』

 

 通話を終えた大和は、改めて中央区の大通りを眺めた。

 千を優に越える無人機が殺到している。虎視眈々と、自分の動き伺っている。

 

 一風変わった五名の戦士もいた。ネオナチの軍服を着ているところは変わらないが、彼等は人間である。

 武術を極めた超越者……歩兵師団の精鋭たちだ。

 

 住民たちは既に撤退していた。

 辺りは静寂に包まれている。

 

 歩兵師団精鋭を代表して、見目麗しい青年が大和に問うた。

 

「何故です? 現金100億の一括払い……普段の貴方なら快諾してくれたでしょう」

「どうかな」

「……その場の情に動かされるなど、らしくない。失望しました」

 

 冷たく告げられ、大和はわざとらしく両手を広げた。

 

「失望させちまったか? わりぃわりぃ……三日三晩、酒を飲みまくっててよ。少し酔いが回ってんだ」

「……」

「こんな状態だと、らしくねぇ行動をしちまうかもしれねぇ」

 

 ニヤニヤと笑う大和に対して、青年は忌々しげに吐き捨てた。

 

「後悔しても知りませんよ。無人機には従来の超越者の戦闘データをインプットさせている。総勢千名に及ぶ超越者を、貴方は同時に相手取らなければならないのです。……三分で攻略するなど不可能だ」

「カップラーメンができる時間だな」

「……舐められたものですね」

「そっくりそのまま返すぜ。このひよっ子どもが……調子に乗ってんじゃねぇ」

 

 大和は大太刀と脇差しを抜き放ち、構えをとる。

 そして大声で吠えた。

 

「ぶっ殺されたくなかったら失せなァ!!!! 今回は手加減できねぇぞ!!!!」

 

 暗黒のメシアは、果たして間に合うのだろうか……? 

 

 

 ◆◆

 

 

「……不可解。三分間もの間、我々を足止めする事は不可能だ。その確率、0.001%を下回る。……分析の結果、『この時代の人間』特有の悪足掻きだと判断」

「ああ……そうだよ、ただの悪足掻きさ」

 

 寒河は四肢を千切られた状態で、頭から持ち上げられていた。

 見るも悲惨な状態である。

 大和とは魔眼を通して連絡を取り合っていたのだろう。

 

 自分を持ち上げているゴグ・マゴグに対して、寒河は唾を吐きつける。

 濁った血が彼の頬に付着した。

 

「やらなきゃ何も始まらない……確率どうこうじゃない。俺は、お前を止めなければならない…………俺は、俺の偽善を貫き通す!!!!」

 

 寒河は霊子型ナノマシンを凝縮し、手足を肥大化させる。

 そしてゴグ・マゴグの顔面に渾身の右フックを見舞った。

 山河を容易に砕く一撃は、しかし彼の頬にシワ1つも残せない。

 

 ゴグ・マゴグは淡々と告げた。

 

「これより魔眼「メタトロンの目」の摘出を行う」

「神秘の残滓を、人間の想いを、舐めるなよッ!!」

 

 寒河は文字通り、決死の想いで怪物に歯向かった。

 

 一方その頃、ラボ内は大騒ぎになっていた。

 侘丸が暴れているのだ。無理矢理外に出ようとする彼を構成員たちが必死に押さえている。

 

「何故なのですか皆様方!! 父上が死にかけているのですよ!? 何故止めるのですか!!?」

「支部長の命令だからだ!!」

「お願いですッ! 止まってくださいッ!!」

「この……いいから止まれ馬鹿野郎ッッ!!」

 

「断ります!!!! 拙者は死ぬなら父上の隣で死にたい!!!! 父上のいない世など、生きる価値を見いだせないのです!!!!」

 

 叫んだ侘丸の頬に、張り手が振り抜かれた。

 乾いた音が響き渡る。

 雪奈が見舞ったのだ。

 

「言うことを聞きなさい、侘丸」

「何故なのですか……母上、貴女まで……」

「皆、同じ気持ちなのです……!!」

「っ」

 

 雪奈は堪らず泣き叫ぶ。

 

「私も、他の子達も、すぐに駆けつけたい!! でも、あの人が駄目だと言ったのです!! 命を懸けて、私達を護ると言ったのです!! その覚悟を、想いを、無駄にすることなどできない!!」

 

 ボロボロと涙を流す雪奈。

 他の構成員たちもだ。皆、必死に我慢している。

 

 侘丸も泣きそうになりながらも、しかし全く別の事を考えていた。

 

「父上を想って、見殺しにしろと言うのですか? 父上の意思を継いで生きていけと、そう仰るのですか?」

「……侘、丸?」

 

 侘丸は泣いていた。

 泣きながら、笑っていた。

 

 

 

「それが賢い生き方だと言うなら……拙者は、一生馬鹿でかまいませぬ……ッッ」

 

 

 

 侘丸は吹っ切れた。

 

 瞬間、その精神は時間を超越し、異空間へと飛ばされる。

 第三者により強制的に精神だけを転移させられたのだ。

 

 其処は、途方もない闇の世界だった。

 三千世界のあらゆる災禍の内包する無道の世界……

 

 生き血の滴る地面に、侘丸は座っていた。

 彼の眼前には形容しがたい何かが蠢いていた。

 六つの魔眼を輝かせる、人の形をした黒いモヤだ。

 

「貴方は? ここは一体……」

《面白いもんを見させて貰った、こんなに気持ちのいい馬鹿を見たのは久々だぜ。俺の生きていた時代にも滅多にいなかった。……たまには全知全能で外界を覗いてみるもんだ》

 

 悪意はない。

 この世界は悪意で満ち溢れているのに、『彼』からは一切感じない。

 

《時間がねぇから単刀直入に言うぜ。俺と魂の契約を交わせ》

「魂の契約……?」

《そうだ。お前は父親を助けられる力を求めている、俺はお前の事を特別気に入った》

「……」

《兄弟分の杯を交わそう、関係は五分だ》

 

 提案をしてきた得体の知れないナニカに対して、侘丸は……

 瞬時に土下座した。

 

「ならばお頼み申す!!!! 兄者!!!!」

《…………兄者?》

「はい!! 無力な拙者を助けてください!! そして導いてください!! ご恩は一生を尽くして返します!!」

《クッ……ハッ!! ハーッハッハッハ!!!!》

 

 ナニカは腹を抱えて笑う。

 三千世界が衝撃で震撼する。

 

 ナニカは一頻り笑うと、二個の杯を取り出した。

 その中には得体の知れないものが入っていた。

 

《右は俺の、左はお前の魂だ。これを飲み合う……そうすれば俺達は兄弟分だ》

「はい!!!! 慎んでお受けいたします!!!!」

 

 渡された杯を一気に呷る侘丸。

 

《よっしゃァ!! じゃあいくか弟者!! 親父を助けによォ!!》

「はい!!!!」

 

 そうして、侘丸は現世へと戻ってきた。

 

「…………え?」

 

 その声は雪奈が発したものだった。

 取り押さえていた筈の侘丸が、何時の間にか通り過ぎていたのだ。

 わかった頃には、彼の背中は見えなくなっていた。

 

 第一シェルターが内部から粉砕される。

 ゴグ・マゴグは、瀕死の寒河から魔眼を摘出している最中だった。

 

 侘丸は渾身の体当たりを食らわす。

 ゴグ・マゴグは驚くほど簡単に吹き飛んでいった。

 寒河は致命傷の体を何とか持ち上げて、侘丸を確認する。

 

 何時もの彼ではない。明らかに違う。

 そもそも、超越者の中で最上位に位置するゴグ・マゴグを突進で吹き飛ばすことなど不可能だ。

 

 侘丸は何時もの軽い和服の上から、黄金色の豪勢な羽織を羽織っていた。

 裏地は鮮血を彷彿とさせる赤色で、額から浮き出ている六つの光源と同じ色をしている。

 

 寒河は思わず囁いた。

 

「アヴァターラ……」

 

 インド神話の用語。

 不老不死の存在、究極の生命体。

 超常的な存在をその身に宿す「化身」であり「権化」。

 

 侘丸は力強く叫んだ。

 

「共に死なせてください!! 父上!! 私は、生きる時も死ぬ時も貴方と共に在りたい!!」

 

 

 ◆◆

 

 

「……解析開始」

 

 瓦礫の山を吹き飛ばし、無傷のまま現れたゴグ・マゴグ。

 

「天使病感染による強化兵士の覚醒……NO。似て非なる存在。純エーテルではなく妖力と神力を確認、解析を続ける」

 

 独り喋りながら向かってくるゴグ・マゴグ。

 侘丸と同調している存在は言った。

 

《弟者、俺と代われ。今のお前じゃキツい》

「ではお頼み申します!! 兄者!!」

 

 侘丸の額から浮き出ていた六つの光が消える。

 同時に纏う気が一変した。

 

 侘丸の体を借りたナニカは両手を握り、足を上げ、最後には大きく息を吸う。

 そして満足したのだろう、大地が揺れるほどの大爆笑をはじめた。

 

「ハハハハハハハッ!!!! シャバに出るなんざ何億年ぶりだオイ!! 五感も久々だ!! 摩訶不思議、ってやつだな!! ハハハハハッ!!!! …………にしても、面倒な事になってんなァ。ええ? どうしたよゴグちゃん、神仏殺しはもう飽きたのか?」

「……問おう。名乗れ」

「ハッ!! 数億年前に散々殴ってやっただろうが!! 殴り過ぎて頭のネジが吹っ飛んじまったか!?」

 

 ゲラゲラ笑う侘丸の中にいる存在を、ゴグ・マゴグは知った。

 

「対象、東洋を代表する怪異『第六天魔王「波旬」』と断定。推定ランク、EX最上位。損傷抜きでの捕縛は不可能と判断。出力抑制装置の解除──完了。これより、撃滅体勢へと移行する」

 

 第六天魔王「波旬」。

『天魔』『他化自在天』『欲界王』

 魔王でありながら「天」を司るイレギュラーな存在。天狗と天邪鬼の始祖であり、鬼神王「温羅」と神祖「ドラキュリーナ」と肩を並べる、妖魔の祖神である。

 

 魔王顕現・アヴァターラ。

 偶然と、何より侘丸だからこそ導き出せた、天使病の可能性の最果てだった。

 

 

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