『
コールに入ればすぐに通話へと入る。
「もしもし、俺だ。今日アレだよな? 約束の日だよな?」
『そうだ』
「それがさぁ、絶賛足止めを食らってんのよ。話を聞けば、このまま大人しくしてれば結構な額を貰えるらしい……俺的にはそっちの方がいいワケ」
『約束はどうなる?』
「内容が違うだろう。てかお前、そろそろ死ぬだろ?」
『…………』
「そんなワケで、もう切るぜ。あばよ、次会う時は地獄だな」
『まだ行くつもりはない』
「無理だって、お前の力じゃ」
『……頼む大和、助けてくれ。後生の頼みだ』
「情でほだされるような男か、俺は」
『この借りは何時か倍にして返す。必ずだ』
「…………はーっ」
大和は大きな溜め息を吐く。
「五分……いいや、三分保たせろ。必ず行く」
『……感謝する』
通話を終えた大和は、改めて中央区の大通りを眺めた。
千を優に越える無人機が殺到している。虎視眈々と、自分の動き伺っている。
一風変わった五名の戦士もいた。ネオナチの軍服を着ているところは変わらないが、彼等は人間である。
武術を極めた超越者……歩兵師団の精鋭たちだ。
住民たちは既に撤退していた。
辺りは静寂に包まれている。
歩兵師団精鋭を代表して、見目麗しい青年が大和に問うた。
「何故です? 現金100億の一括払い……普段の貴方なら快諾してくれたでしょう」
「どうかな」
「……その場の情に動かされるなど、らしくない。失望しました」
冷たく告げられ、大和はわざとらしく両手を広げた。
「失望させちまったか? わりぃわりぃ……三日三晩、酒を飲みまくっててよ。少し酔いが回ってんだ」
「……」
「こんな状態だと、らしくねぇ行動をしちまうかもしれねぇ」
ニヤニヤと笑う大和に対して、青年は忌々しげに吐き捨てた。
「後悔しても知りませんよ。無人機には従来の超越者の戦闘データをインプットさせている。総勢千名に及ぶ超越者を、貴方は同時に相手取らなければならないのです。……三分で攻略するなど不可能だ」
「カップラーメンができる時間だな」
「……舐められたものですね」
「そっくりそのまま返すぜ。このひよっ子どもが……調子に乗ってんじゃねぇ」
大和は大太刀と脇差しを抜き放ち、構えをとる。
そして大声で吠えた。
「ぶっ殺されたくなかったら失せなァ!!!! 今回は手加減できねぇぞ!!!!」
暗黒のメシアは、果たして間に合うのだろうか……?
◆◆
「……不可解。三分間もの間、我々を足止めする事は不可能だ。その確率、0.001%を下回る。……分析の結果、『この時代の人間』特有の悪足掻きだと判断」
「ああ……そうだよ、ただの悪足掻きさ」
寒河は四肢を千切られた状態で、頭から持ち上げられていた。
見るも悲惨な状態である。
大和とは魔眼を通して連絡を取り合っていたのだろう。
自分を持ち上げているゴグ・マゴグに対して、寒河は唾を吐きつける。
濁った血が彼の頬に付着した。
「やらなきゃ何も始まらない……確率どうこうじゃない。俺は、お前を止めなければならない…………俺は、俺の偽善を貫き通す!!!!」
寒河は霊子型ナノマシンを凝縮し、手足を肥大化させる。
そしてゴグ・マゴグの顔面に渾身の右フックを見舞った。
山河を容易に砕く一撃は、しかし彼の頬にシワ1つも残せない。
ゴグ・マゴグは淡々と告げた。
「これより魔眼「メタトロンの目」の摘出を行う」
「神秘の残滓を、人間の想いを、舐めるなよッ!!」
寒河は文字通り、決死の想いで怪物に歯向かった。
一方その頃、ラボ内は大騒ぎになっていた。
侘丸が暴れているのだ。無理矢理外に出ようとする彼を構成員たちが必死に押さえている。
「何故なのですか皆様方!! 父上が死にかけているのですよ!? 何故止めるのですか!!?」
「支部長の命令だからだ!!」
「お願いですッ! 止まってくださいッ!!」
「この……いいから止まれ馬鹿野郎ッッ!!」
「断ります!!!! 拙者は死ぬなら父上の隣で死にたい!!!! 父上のいない世など、生きる価値を見いだせないのです!!!!」
叫んだ侘丸の頬に、張り手が振り抜かれた。
乾いた音が響き渡る。
雪奈が見舞ったのだ。
「言うことを聞きなさい、侘丸」
「何故なのですか……母上、貴女まで……」
「皆、同じ気持ちなのです……!!」
「っ」
雪奈は堪らず泣き叫ぶ。
「私も、他の子達も、すぐに駆けつけたい!! でも、あの人が駄目だと言ったのです!! 命を懸けて、私達を護ると言ったのです!! その覚悟を、想いを、無駄にすることなどできない!!」
ボロボロと涙を流す雪奈。
他の構成員たちもだ。皆、必死に我慢している。
侘丸も泣きそうになりながらも、しかし全く別の事を考えていた。
「父上を想って、見殺しにしろと言うのですか? 父上の意思を継いで生きていけと、そう仰るのですか?」
「……侘、丸?」
侘丸は泣いていた。
泣きながら、笑っていた。
「それが賢い生き方だと言うなら……拙者は、一生馬鹿でかまいませぬ……ッッ」
侘丸は吹っ切れた。
瞬間、その精神は時間を超越し、異空間へと飛ばされる。
第三者により強制的に精神だけを転移させられたのだ。
其処は、途方もない闇の世界だった。
三千世界のあらゆる災禍の内包する無道の世界……
生き血の滴る地面に、侘丸は座っていた。
彼の眼前には形容しがたい何かが蠢いていた。
六つの魔眼を輝かせる、人の形をした黒いモヤだ。
「貴方は? ここは一体……」
《面白いもんを見させて貰った、こんなに気持ちのいい馬鹿を見たのは久々だぜ。俺の生きていた時代にも滅多にいなかった。……たまには全知全能で外界を覗いてみるもんだ》
悪意はない。
この世界は悪意で満ち溢れているのに、『彼』からは一切感じない。
《時間がねぇから単刀直入に言うぜ。俺と魂の契約を交わせ》
「魂の契約……?」
《そうだ。お前は父親を助けられる力を求めている、俺はお前の事を特別気に入った》
「……」
《兄弟分の杯を交わそう、関係は五分だ》
提案をしてきた得体の知れないナニカに対して、侘丸は……
瞬時に土下座した。
「ならばお頼み申す!!!! 兄者!!!!」
《…………兄者?》
「はい!! 無力な拙者を助けてください!! そして導いてください!! ご恩は一生を尽くして返します!!」
《クッ……ハッ!! ハーッハッハッハ!!!!》
ナニカは腹を抱えて笑う。
三千世界が衝撃で震撼する。
ナニカは一頻り笑うと、二個の杯を取り出した。
その中には得体の知れないものが入っていた。
《右は俺の、左はお前の魂だ。これを飲み合う……そうすれば俺達は兄弟分だ》
「はい!!!! 慎んでお受けいたします!!!!」
渡された杯を一気に呷る侘丸。
《よっしゃァ!! じゃあいくか弟者!! 親父を助けによォ!!》
「はい!!!!」
そうして、侘丸は現世へと戻ってきた。
「…………え?」
その声は雪奈が発したものだった。
取り押さえていた筈の侘丸が、何時の間にか通り過ぎていたのだ。
わかった頃には、彼の背中は見えなくなっていた。
第一シェルターが内部から粉砕される。
ゴグ・マゴグは、瀕死の寒河から魔眼を摘出している最中だった。
侘丸は渾身の体当たりを食らわす。
ゴグ・マゴグは驚くほど簡単に吹き飛んでいった。
寒河は致命傷の体を何とか持ち上げて、侘丸を確認する。
何時もの彼ではない。明らかに違う。
そもそも、超越者の中で最上位に位置するゴグ・マゴグを突進で吹き飛ばすことなど不可能だ。
侘丸は何時もの軽い和服の上から、黄金色の豪勢な羽織を羽織っていた。
裏地は鮮血を彷彿とさせる赤色で、額から浮き出ている六つの光源と同じ色をしている。
寒河は思わず囁いた。
「アヴァターラ……」
インド神話の用語。
不老不死の存在、究極の生命体。
超常的な存在をその身に宿す「化身」であり「権化」。
侘丸は力強く叫んだ。
「共に死なせてください!! 父上!! 私は、生きる時も死ぬ時も貴方と共に在りたい!!」
◆◆
「……解析開始」
瓦礫の山を吹き飛ばし、無傷のまま現れたゴグ・マゴグ。
「天使病感染による強化兵士の覚醒……NO。似て非なる存在。純エーテルではなく妖力と神力を確認、解析を続ける」
独り喋りながら向かってくるゴグ・マゴグ。
侘丸と同調している存在は言った。
《弟者、俺と代われ。今のお前じゃキツい》
「ではお頼み申します!! 兄者!!」
侘丸の額から浮き出ていた六つの光が消える。
同時に纏う気が一変した。
侘丸の体を借りたナニカは両手を握り、足を上げ、最後には大きく息を吸う。
そして満足したのだろう、大地が揺れるほどの大爆笑をはじめた。
「ハハハハハハハッ!!!! シャバに出るなんざ何億年ぶりだオイ!! 五感も久々だ!! 摩訶不思議、ってやつだな!! ハハハハハッ!!!! …………にしても、面倒な事になってんなァ。ええ? どうしたよゴグちゃん、神仏殺しはもう飽きたのか?」
「……問おう。名乗れ」
「ハッ!! 数億年前に散々殴ってやっただろうが!! 殴り過ぎて頭のネジが吹っ飛んじまったか!?」
ゲラゲラ笑う侘丸の中にいる存在を、ゴグ・マゴグは知った。
「対象、東洋を代表する怪異『第六天魔王「波旬」』と断定。推定ランク、EX最上位。損傷抜きでの捕縛は不可能と判断。出力抑制装置の解除──完了。これより、撃滅体勢へと移行する」
第六天魔王「波旬」。
『天魔』『他化自在天』『欲界王』
魔王でありながら「天」を司るイレギュラーな存在。天狗と天邪鬼の始祖であり、鬼神王「温羅」と神祖「ドラキュリーナ」と肩を並べる、妖魔の祖神である。
魔王顕現・アヴァターラ。
偶然と、何より侘丸だからこそ導き出せた、天使病の可能性の最果てだった。