Villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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六話「可能性」

 

 

 

 覚醒した侘丸こと第六天波旬は……ゴグ・マゴグにぶん殴られてラボにめり込んでいた。

 寒河は思わず呆気に取られてしまう。

 

 分厚い壁から自分を引っこ抜いた波旬は、思わず呵々大笑した。

 

「やっぱ無理!! 正面から殴り合うのは!! 俺本体ならともかく、弟者の肉体は貧弱過ぎる!! 十万分の一の力も出せやしねぇ!! んん? いや、超越者でもねぇ人間にしては頑丈なほうか……まぁ、細けぇ事はどうでもいい!!」

 

 波旬は地面に降り立ち不敵に笑う。

 

「並の超越者「程度」の力は出せる……ならばよし。後は小細工でどうにでもなる。父上とやら!! 救援は呼んでいるか!!」

「世界最強の殺し屋、大和が来てくれる。あと2分だ」

「アイツか!! そりゃ安心だ!! しかし2分かァ……長ぇなァ」

 

 目を細める波旬に対して、ゴグ・マゴグは淡々と告げる。

 

「仮称『アヴァターラ』。推定ランク変更。EX最上位からSクラスへ。宿主の力量不足による大幅な出力低下を確認。撃滅体勢は継続。…………捕縛可能な場合、実行へと移す」

「捕縛!? 俺を!? 舐められたもんだぜこのポンコツがァ!! やれるもんならやってみやがれってんだ!!」

 

 波旬は怒りながらも笑っていた。

 この状況を、どこか楽しんでいるように見えた。

 

 

 ◆◆

 

 

 ゴグ・マゴグ。

 神仏を終極──即ち消滅させるために製造された究極の殺戮兵器(キリング・マシーン)

 神仏に対しての戦闘力は文字通り破格の一言であり、例外を除けば一神話を単独で滅ぼせる。

 神滅狼フェンリルに匹敵する無敵の神殺しだ。

 各神話がネオナチスに手を出せない最大の理由は彼にある。

 

 波旬とゴグ・マゴグは凄絶な殴り合いを展開していた。

 余波で大地が砕け、天が割れ、魔界都市が悲鳴を上げる。時空間が湾曲し、その影響で様々な天変地異が発生する。

 神魔の闘争──神話を代表する者同士の戦いである。

 

 一見すれば互角に殴り合っているように見える。

 が、実際は波旬が小細工を弄して何とか凌いでいる状態だった。

 ゴグ・マゴグは捕縛のチャンスを虎視眈々と伺っている。

 

 ゴグ・マゴグは神殺しの権能以前に単純な能力を持っている。

 硬さと、重さだ。

 

 世界最強の頑強さと重量。

 旧人類の超化学の粋を尽くして製造されたボディーは門外不出の特殊合金製。更に古代魔導の術式を幾重にも組み込まれている。

 最先端をゆくネオナチの科学班でも未だ解明できていない、オーバーテクノロジーの塊だ。

 

 その硬度は数億年もの間、目立った外傷を負った事がないほど。重量に関しては封印術式を開放すれば世界がぺしゃんこになるレベルである。

 

 世界最強の硬さと重さ。

 即ち最強の盾、無敵の矛。

 防御などしなくていい。適当に殴る蹴るをするだけで万物が砕け散る。

 非常にシンプルで、だからこそ厄介極まりない。

 

 波旬はそんな彼の猛攻を捌き切っていた。

 手加減されているとは言え、完璧に捌ききるのは困難を極める筈──

 両者との間には蟻と象、いいやそれ以上の差がある。

 

 波旬は己が権能の一端を発動させていた。

『反転』『反射』

 天邪鬼の祖神である彼は事象現象問わずあらゆるものを逆さまにできる。

 これによりゴグ・マゴグの剛拳と渡り合っているのだ。

 

「対象、時間稼ぎに集中している模様。制限時間内の捕縛は困難と判断。生死を問わない強制連行を実行に移す」

 

 ゴグ・マゴグがその気になった。もう小細工は通用しない。反転、反射の権能も悉く粉砕される。

 

 無機質な銀色の眼が不気味に輝いた。

 容赦のない貫手が侘丸の胸を穿つ。

 

「クソッ…………タレぇッ」

 

 ゴグ・マゴグは侘丸の心臓を抜き取った。

 亡骸は無造作に放り投げる。

 彼は、未だ脈打っている心臓を確認した。

 

「長期保存可能と判断。第二目的であるメタトロンの目の摘出を再開する」

「ふざ、けるな……ッッ」

 

 歩み寄ってくる殺戮マシーンに対して、寒河は途轍もない憎悪を覚えた。

 霊子型ナノマシンが活性化するが、それでも現状は覆らない。

 

 何十万と集おうが、所詮は神秘の残滓。

 神秘そのものであるゴグ・マゴグに勝てる道理などない。

 

 それでも寒河は立ち上り、己を奮い立たせた。

 

《ま、落ち着けや父上……俺ぁ、この程度じゃ死なねぇよ》

「!」

 

 ゴグ・マゴグの手元から、いつの間にか心臓が消えていた。

 代わりに侘丸が、波旬が懐に入っている。

 瀕死の概念を反転させたのだ。

 

 波旬は豪快に拳を突き上げる。

 

「食らいやがれ!! 弟者の怒りのこもった鉄拳を……!! 人の親父に、何しさらしてんだクソッタレぇぇぇぇッッ!!!!」

 

 渾身のアッパーだった。

 タイミングも角度も完璧。

 衝撃は分厚い曇天を貫き、辺り一帯に特大の衝撃波を発生させる。

 

 しかし──ゴグ・マゴグは不動だった。

 宙に浮きすらしない。

 今の波旬が出せる最強の一撃も、彼には通用しなかった。

 

 ゴグ・マゴグは視線を波旬に定め、告げる。

 

「天使病患者の覚醒の原理、及び仮称アヴァターラのデータを習得。メタトロンの目の必要性を懸念。データを本部に送信。…………新たな命令を受諾。これよりこの場にいる関係者を抹消する」

 

 ゴグ・マゴグの目が不気味に輝く。

 波旬は慌てて叫んだ。

 

「父上とやら!! 救援はまだか!? これ以上は無理だぜ!!」

「残り1分……万事休すか」

 

 ゴグ・マゴグは拳に極大の純エーテルを溜める。

 一撃で全て終わらせるつもりだ。

 あんなものを放たれた暁にはラボどころか魔界都市が消し飛ぶ。

 

 何とか止めようとするが、既に遅い。

 終焉へと導く一撃が放たれる。

 しかしその直後に何かが降ってきた。

『彼』は終焉そのものを片手で受け止める。

 込められていた莫大なエネルギーを全て体内に吸収した。

 余波だけが辺りを吹き抜ける。

 

 彼は嗤う。

 妖艶に、邪悪に。

 

「ギリギリセーフだったな、三分じゃ間に合わなかったぜ」

 

 暗黒のメシア。

 彼はそう言いながらゴグ・マゴグの拳を握り締めた。

 

 

 ◆◆

 

 

「……不可解。歩兵師団の精鋭五名と機甲師団の隊員千名以上。三分で攻略する事自体不可能な筈だ。それをたった二分で」

「俺を誰だと思っていやがる」

「…………」

「数億年前のポンコツコンピューターでこの俺の力を推し量ろうなんざ、失礼にも程があるぜ」

 

 直後、地面が陥没した。

 桁外れの力場が発生し、時空間が捩じ曲がる。

 両者による腕力勝負だ。

 

 地表に亀裂が入り、地盤が大きくズレる。

 高層ビル群が倒壊するほどの地殻活動が起こる中、大和は鼻で笑っていた。

 

「やめとけって、お前と俺は相性最悪だ」

「…………」

「硬くて重い、ただそれだけだろう?」

 

 大和はゴグ・マゴグから手を離す。

 ゴグ・マゴグは弾丸の様に跳んでいった。

 

 彼が一際力んだ瞬間に手を離したのだ。

 結果として、ゴグ・マゴグは自分の力で吹き飛んでいった。

 

「テメェみてぇな能力ゴリ押しの馬鹿は絶好のカモなんだよ。……で、どうする。まだやるか?」

 

 数十キロメートル先まで飛んでいったゴグ・マゴグ。

 彼は瓦礫の山を吹き飛ばすと、何事もなかったかの様にコートに付いた埃を払う。

 

「暗黒のメシアとの戦闘は非効率的と判断。任務を中断し、本部へと帰投する」

 

 ゴグ・マゴグはあっさりと撤退した。

 それに応じてラボをとり囲んでいた無人機たちも姿を消す。

 

 大和はやれやれと肩を竦めた。

 

「終わったな。……あーあー面倒くせぇ、だから貸し借りを作るのは嫌なんだよ」

 

 気を失った侘丸を必死に抱き止める寒河……それを眺めながら、大和は不機嫌そうに煙草を咥えた。

 

 

 ◆◆

 

 

 数日後、特別医療室にて。

 ラボの修復、改築が終わった頃に侘丸は目を覚ました。

 まずは構成員と雪奈にこっぴどく叱られた。

 数時間にも渡る説教は侘丸を精神的に瀕死寸前まで追い込んだ。

 しかし最後には「無事でよかった」と泣かれた。

 侘丸は改めて、家族の大切さを思い知った。

 

 次に、寒河と視線を合わせた。

 彼は説教に参加していない。

 なんなら侘丸に一言も声をかけていない。

 小犬の様に震えている侘丸を、寒河は優しく抱き締めた。

 

「怒りはしないさ……無事でよかった」

「~っっ」

 

 侘丸は瞳を潤ませ、寒河の胸に顔を埋めた。

 決してこの人の側を離れないと、固く誓った。

 

《あーあー、王道展開だねぇ全く。今読んでる週刊少年誌並にベタな展開だ》

「!」

 

 侘丸は慌てて声の主を確認する。

 隣のベッドには、見たこともない美男が寛いでいた。

 黄金色の癖のある長髪を腰まで流した魔性の男である。

 

 王族を彷彿とさせる豪勢な衣装を纏った姿はサマになっていた。過度に付けた黄金の装飾品も嫌みになっていない。2メートル近い長身痩躯の肉体、妖艶な色香を放つ顔立ち。

 額には六つの刻印が刻まれている。

 

 侘丸は満面の笑みを浮かべて挨拶した。

 

「おはようございます!!!! 兄者!!!!」

《もう昼間だっての。しかし元気そうで何よりだぜ。弟者》

「はい!! 拙者はもう元気です!! 兄者の、そのお姿は……?」

 

 侘丸は疑問に思う。

 その袖を引っ張るものがいた。雪奈だ。

 

「こらっ、侘丸っ。もっと礼を尽くしなさいっ。この御方は怪異の祖神の一角……本来、私たちが謁見に賜る事すら奇跡に等しいほどの御方なのですよっ」

 

 現に構成員たちも寒河も、片膝を付いて敬意を表している。

 しかし第六天魔王は気だるそうに手を振った。

 

《気にすんな、お前らは弟者の家族だ。なら俺の家族みてぇなもんよ》

「しかし……!」

「さっすが兄者!! 懐が深い!! 拙者感服いたしました!!」

《ハハハハハハ!! そうかそうだろう!! ほれ、近うよれ弟者!! 可愛がってやる!!》

「兄者ーっっ♪♪」

《おーよしよしよし!! 可愛いなぁ弟者は!! これからは俺が側にいてやるからな!!》

「ありがとうございます!! 嬉しいですっ!!」

 

 まるで小犬と飼い主。

 しかし波旬が侘丸を気に入っている事は、異端審問会にとっては僥倖でしかない。

 

 侘丸を愛でつつ、波旬は話を再開した。

 

《んで、弟者よ。俺はお前が気に入ったのと、今の世界で遊んでみたかったので、封印を解いて出てきたんだよ》

「なんと!! 兄者は封印されていたのですか!!」

《インド神話の奴等と仏たちにな。まぁ、当時退屈だったから適当に応じたんだよ。出ようと思えば何時でも出れた。ただ、出る気が無かっただけだ》

 

 波旬という存在がどれほど出鱈目なのかがわかる。

 寝そべりながら少年誌を読み、ポテチとコーラーを横に置いている姿はかなり俗物的だが……

 

《そういう訳で、俺はこれからお前たちの世話になるワケだ。インド神話や仏たちから目を付けられる事になるが、利点のほうが多いだろう? なぁ父上》

 

 寒河は頷く。

 

「むしろありがたい。古の魔王の加護を授かれるんだ。まず家族の安全が保証される」

《安心しろ。今度あのポンコツマシーンが攻めこんできたら頭のネジを全部ふっ飛ばしてやる。万全の状態なら負ける気がしねぇ》

「天使病の研究が飛躍的に進む。難題だった男性戦士の覚醒もアヴァターラという方法で解決するだろう」

《まぁ、そこらへんはボチボチだな。俺の配下の天狗や天邪鬼、その他の魔王たちには話を付けておくが、応じるかはソイツら次第だ。絶対とは言えねぇ》

「それでもいい。努力をする意味が生まれたのだから」

 

 波旬はケラケラと笑った。

 悪意はなかった。

 

《お父様は弟者と違って頭がいいな》

「兄者!!?」

《んんー? 弟者は馬鹿でいいぞー、俺が面倒見てやるからなー》

「ううーん?? それはいいのでしょうか? ううん??」

 

 悩んでいる侘丸を取り合えず置いておいて、波旬は寒河に告げる。

 

《俺の部下は俺の部下のままって事で……いいんだよな?》

「勿論だ。そもそも異端審問会の全戦力を投入しても、貴方の抱える総戦力には遠く及ばない」

《だな。明けの明星を含めた堕天使数体くらいしか相手にならねぇ》

「……」

《しかし、俺は父上の命令には従うぜ。何せ弟者がアンタを慕っているからな》

「……感謝する」

《いいって事よ。アンタもアンタで、野望達成に一気に近付けただろう?》

「…………」

 

 寒河は何も言わない。

 この一件を高く評価された寒河は異端審問会の副首領に昇格した。

 これは明けの明星を除けば最高の位である。

 今後、寒河に数々の恩恵をもたらすだろう。

 同時に無理難題も増えてくるだろうが……

 

《つーワケで、俺ぁこれから大和と遊んでくる。久々にそういう遊びもしたくなった》

「兄者!! 拙者もお付きあいいたしますぞ!!」

《弟者にはまだ早ぇ……てか、そもそも寝とけよ。病み上がりだろう? 元気になったら稽古を付けてやる。仮にも俺の契約者だ、もっと強くなって貰わねぇと困る》

「わかりました!! では寝ます!! 皆様おやすみなさい!!」

 

 侘丸は布団に潜って3秒後に鼻提灯を膨らませた。

 あまりにアレな行動に雪奈と構成員たちは頭を抱える。

 波旬はケラケラ笑うと立ち上り、寒河の横を通り過ぎた。

 その際、彼の耳元で囁く。

 

《大和があの時言った言葉……忘れんなよ。アンタはそれさえ忘れなければ必ず成功する》

「……ああ、忘れないとも」

 

 寒河は頷く。

 そして大和が言い残した言葉を思い返した。

 

 ──お前の野望……他の奴等と力を合わせりゃチャンスがあるかもな。神秘の残滓も、積もれば「本物」になれるだろうよ。 

 

(お前の言う通りだよ、大和。俺一人では到底成し得ない夢だ。……でも、この子達とならきっとできる)

 

 寒河は侘丸と、彼を囲んでいる家族たちを見て微笑む。

 それは数年ぶりに浮かべた、彼本来の、柔らかい笑みだった。

 

 

《完》

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