一話「嵐の前の騒がしさ」
日本呪術協会。
日本の退魔機関の総本山である。
土御門家や芦屋家などの陰陽師一族、柳生を筆頭とした退魔剣士の家系などが加盟しており、国内の呪術師、霊能者の殆どが所属している。
霊的な問題から表世界の住民を遠ざけ極秘裏に解決する事を使命としており、その歴史は遥か太古、平安時代初期にまで遡る。
その時代時代の帝に仕え、表世界の秩序を護ってきたのだ。
それ故に強大な権力を誇っており、その発言力は唯一神教の二大派閥であるカトリック、プロテスタントに並ぶほど。
頂点である元老院は世界政府への発言権すら持っている。
彼等は現在、世界の混沌化を確認しつつ慎重に動いていた。
が、此度の事件でいよいよ余裕を保てなくなる。
日本全土の仏閣で不気味な出来事が起こったからだ。
仏像が血の涙を流す──
ある日を境に突如として起こった怪奇現象は土御門家含む陰陽師らの占術により、途轍もない災禍の前触れだと判明した。
日本国内に収まらず、いずれは世界を覆い尽くしてしまう神話規模の災禍だと──
◆◆
「オチありの一発ギャグ、いきまーす!」
「ひゅー! 大和ひゅー!」
腕利きの用心棒の歓声とともに、此度の事件の救世主になる男は伊達眼鏡をかける。
「争いはよくありません! 平和が一番です! 皆、菩薩の様な心を持ちましょう! 世界人類、皆家族だと思って! 愛が大切です!」
「wwwwwwwww」
「優しい気持ちになれましたか? そしたら一ヶ月に一度、一円を寄付しましょう。全人類が一円ずつ出しあえば月になんと76億円も貯まります! 凄いですね! これが愛の力です!」
なんとなくオチがわかった店主は呆れながら問う。
「で、その金は何処に寄付するんだ?」
「勿論、私の口座です!」
「WWWWWWWWWWWWWW」
用心棒は古傷だらけの手でテーブルを叩いた。
「だってそうでしょう! 私の口座に振り込めば私が幸せ! 皆も幸せ! 世界は平和! つまり万々歳!」
「言っている事が支離滅裂過ぎて頭痛くなってきた……」
「腹いてぇ!! ギャーッハッハッハ!!」
額を押さえている店主、ネメア。
大爆笑している腕利きの用心棒、右乃助。
そして凄絶なドヤ顔をかましている殺し屋──大和。
3名はカウンターで騒いでいた。
最も、うるさいのは大和と右乃助だが……
遠くからその様子を見ていた少女ウェイター、黒兎は戦慄した面持ちで言う。
「どうしましょう、野ばら先輩……ネメアさんがタチの悪い酔っ払い共に絡まれています……っ」
「片方は貴女の父親でしょう?」
「知りません。あんな下半身と脳が直結しているようなド畜生など……私、一切関係ありませんから」
「あら、そう。わかったわ」
黒髪を揺らしてもう一人のウェイター、野ばらは業務へと戻る。
彼女もまた、此度の事件に関係していた。
鬼狩りの野ばら──悪鬼羅刹が跋扈していた大正時代を駆け抜けた、史上最強の鬼狩りである。
彼女が関わるという事はとどのつまり、此度の事件は鬼の仕業だ。
しかし、ただの鬼ではなかった。
デスシティにまたしても鮮血の嵐が吹こうとしている。
だがそれは、この都市では日常であった。