「ギャグってのは、真面目にやるから面白いんだよ」
「俺の中では盛大にスベってたが?」
「だとさ、右乃助。どう思うよこの堅物」
「なんつーか、頑固爺?」
「外に放り出すぞ、いい加減にしないと」
「「すんません」」
金髪の偉丈夫、ネメアは不機嫌そうにセブンスターをふかす。
そして読みかけの新聞に視線を戻した。
「……最近、妙な生き物がウロついているな」
「ああ、数日前からか? 結構な被害が出てるらしいぜ。仏の姿形をした妖魔だろう?」
右乃助の言葉にネメアは頷く。
大和は興味無さげにグラスに口付けした。
右乃助はその話題を掘り下げる。
「西区を根城にしてるみてぇだ。何件か護衛の依頼がきたが、断ったよ。……ネメアは仏の姿形をした妖魔って聞いたことあるか?」
「いいや、仏像に取り憑いた妖魔が出たという話は聞いた事があるが、ここまでの規模は始めてだな」
「やっぱり。信頼できる情報屋にも聞いてみたんだが、今回の騒動、どうもおかしい。となると……」
右乃助が思案する中、ネメアが告げる。
「新手の生体実験か、新種族の誕生か……あるいは異世界からの侵略者か」
「最後だろう、妥当なのは」
ラムを飲んでいた大和が唐突に言う。
「一つ目なら五大犯罪シンジケートが許さねぇ。二つ目にしては規模がでかい。消去法で三番だ」
「そうだな。確かに一番可能性が高い。邪神群の奉仕種族が初めて出現した際も、こんな感じだった」
ネメアの言葉に頷きながら、大和はテーブルにグラスを置く。
「詳しくは知らねぇが、話を聞く限りじゃあ侵略者のやり口だ」
「お前らがそう言うんだから、恐らくそうなんだろうな」
右乃助は苦笑する。
大和とネメアは格の違う存在だ。
数億年も前から幾度となく世界を救っている大英傑、神魔霊獣も恐れおののく最強の男たち……
その経験値と観察眼は何よりも頼りになる。
大和はブラックラムをトクトクとグラスに注いだ。
「仮にそうだとしたら……そろそろ動くな」
「そうだな、何時騒動になってもおかしくない」
「うへぇ……表世界に暫く逃げてようかなぁ」
右乃助の言葉に、大和は喉を鳴らす。
「いいんじゃねぇの? 少なくともこの都市よりは安全だろうさ」
「そうとは言い切れないぞ。事の発端は表世界だ。いざという時、あちら側で被害が出る可能性がある」
「ちょっと待て!! なら安全な場所なんてねぇじゃん!!」
「「諦めろ」」
「オーマイガーっっ!!」
悲鳴を上げている右乃助を見て、二人はやれやれと肩を竦める。
元より安全な場所などない。
この業界に携わっている以上、大なり小なり命の危機に晒される。
厳つい容姿の癖にウサギ並みの臆病さを見せられ、大和はげんなりした様子でネメアに言った。
「コイツ、この酒場に宿泊させてやったら?」
「ふざけるな。従業員ならまだしも……うちはホテルじゃないんだぞ」
「だって一番安全じゃん、此処」
「営業時間外になれば外に放り出す」
「酷い!! 酷すぎる!! ネメアの鬼!! 悪魔!!」
「ほざいてろ酔っ払いが」
一刀両断され、右乃助は項垂れる。
大和は面倒になったので、煙草をふかせていた。
すると、店内が騒がしくなる。
大和はゆっくりとそちらへ振り返った。
そして、何時ものらしい笑みを浮かべる。
「……それなりに荒れそうだな」
深海を思わせる蒼づくめの美女。
その身から醸し出される得体の知れない雰囲気に、ネメアは眉間に皺を寄せた。
◆◆
鍔広の魔女帽子、コルセット、ロングスカート。ラバー製の長手袋に足元は拍車付きのロングブーツ。身に纏うマントも深い蒼をたたえている。
黄金祭壇の魔女でも着ない、時代遅れの正装だ。
顔立ちは可憐でありながら妖艶と、これまたある意味魔女らしい。
ゲートの客人たちは警戒していた。
驚くでもなく、敵意を向けるでもなく、ただ単純に警戒している。
彼女の纏う雰囲気がそもそも「違う」のだ。この世界の存在ではない。
痺れを切らしたオークたちが懐に手を入れた。
が、大袈裟に紫煙をふかせたネメアを見てすぐに手を挙げふ。
彼の逆鱗に触れてしまうほうが恐ろしいのだろう。
魔女は大和たちに近いカウンターに腰掛けた。
そしてネメアに注文する。
「ストレートティーをいただけるかしら? アイスで」
「この世界の通貨は持っているか?」
核心を突く問いに、魔女は肩を竦めた。
「宝石とかではダメかしら?」
「構わないが、高く付くぞ」
「結構よ」
今の会話でわかった事がある。
彼女がこの世界の住民ではない事。
そしてこの様な状況に慣れている事。
(ふぅん……それなりにデキるな)
大和は彼女の実力を早々に見極めていた。
ネメアもである。
微妙な空気が流れる……大和は横でこっそり逃げようとしている右乃助の襟元を掴む。
ぐぇぇ、と蛙が潰れた様な声が響いた。
魔女は何を思ってか、ネメアに告げる。
「私は音殺の魔女。今、この世界を苗床にしようとしている悪鬼『
「それで? 酒場の店主である俺に何の関係がある?」
「……貴方たちの世界が滅びようとしているのよ?」
「関係ないな。少なくとも俺には」
ネメアの反応と、茶化す様な笑みを向けてくる大和を見比べて、魔女は深い溜め息を吐く。
「そう……そういう場所なのね、此処は」
「わからないか?」
「確かめたかったのよ。でも案の定だった……とても怖い場所なのね」
「ああ、そうだ」
ネメアは魔女の前にアイスティーを置く。
彼女はルビー、サファイヤなどの宝石を幾つか置き、アイスティーを飲み始めた。
「……お隣さんは、人の皮を被った獣かしら?」
魔女が流し目を向けると、大和はギザ歯を剥く。
並の女なら魔性の色香に陶然としてしまうだろうが、彼女は違った。
優々と流してみせる。
「大胆な人は嫌いなの。特に貴方みたいな野獣みたいな人は……」
「気持ちよくさせてやるぜ?」
「呆れた……」
「返事は?」
「Noよ、わかりきってるでしょう」
「そら残念」
大和は愉快そうに両手を広げる。
魔女は相手にするのも馬鹿らしいと考え、ネメアに向き直った。
「それで、話の続きなんだけど」
「話す事なんて何もないぞ」
「聞いて頂戴。貴方に関係のある話だから」
「……」
ネメアは仏頂面で腕を組む。
魔女は微笑むと、視線を移した。
その先には黒髪の少女ウェイター、野ばらがいた。
「先日、そこのお嬢さんが妖仏を何体か斬り捨てているのを目撃してね。話を聞いてみたかったのよ」
「あー……」
ネメアは思わず頭を押さえた。
予想外の一撃だった。
当の野ばらは素っ気なく告げる。
「鬼だから斬った、他意は無いわ」
「そう簡単に斬れる奴等ではないわ」
「鬼なら斬る……それだけよ」
「ふふふ……是非とも協力して貰いたいわ。この世界の鬼狩りさん」
「…………」
「報酬はいるかしら?」
「少し黙ってて」
野ばらはネメアの元まで赴き、その目を見つめる。
「店長……いいかしら?」
「止めてもいくんだろう?」
「ええ」
「なら行ってこい。ただし、無茶はするなよ」
「大丈夫よ。……相変わらず心配性ね」
うっすらと微笑むとエプロンを脱ぎ、壁に立て掛けてあった仕込み傘を手に取る。
そうして件の魔女に声をかけた。
「いきましょう」
「頼りにしてるわ」
並ぶ女達は、世界観こそ違うものの最強の鬼殺したちだ。
その気迫に客人らは恐れ戦き道を空ける。
世界最強の殺し屋は笑いながらその後ろ姿を眺めていた。
「面白くなってきた」