villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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二話「異世界の鬼狩り」

 

 

「ギャグってのは、真面目にやるから面白いんだよ」

「俺の中では盛大にスベってたが?」

「だとさ、右乃助。どう思うよこの堅物」

「なんつーか、頑固爺?」

「外に放り出すぞ、いい加減にしないと」

 

「「すんません」」

 

 金髪の偉丈夫、ネメアは不機嫌そうにセブンスターをふかす。

 そして読みかけの新聞に視線を戻した。

 

「……最近、妙な生き物がウロついているな」

「ああ、数日前からか? 結構な被害が出てるらしいぜ。仏の姿形をした妖魔だろう?」

 

 右乃助の言葉にネメアは頷く。

 大和は興味無さげにグラスに口付けした。

 右乃助はその話題を掘り下げる。

 

「西区を根城にしてるみてぇだ。何件か護衛の依頼がきたが、断ったよ。……ネメアは仏の姿形をした妖魔って聞いたことあるか?」

「いいや、仏像に取り憑いた妖魔が出たという話は聞いた事があるが、ここまでの規模は始めてだな」

「やっぱり。信頼できる情報屋にも聞いてみたんだが、今回の騒動、どうもおかしい。となると……」

 

 右乃助が思案する中、ネメアが告げる。

 

「新手の生体実験か、新種族の誕生か……あるいは異世界からの侵略者か」

「最後だろう、妥当なのは」

 

 ラムを飲んでいた大和が唐突に言う。

 

「一つ目なら五大犯罪シンジケートが許さねぇ。二つ目にしては規模がでかい。消去法で三番だ」

「そうだな。確かに一番可能性が高い。邪神群の奉仕種族が初めて出現した際も、こんな感じだった」

 

 ネメアの言葉に頷きながら、大和はテーブルにグラスを置く。

 

「詳しくは知らねぇが、話を聞く限りじゃあ侵略者のやり口だ」

「お前らがそう言うんだから、恐らくそうなんだろうな」

 

 右乃助は苦笑する。

 大和とネメアは格の違う存在だ。

 数億年も前から幾度となく世界を救っている大英傑、神魔霊獣も恐れおののく最強の男たち……

 

 その経験値と観察眼は何よりも頼りになる。

 

 大和はブラックラムをトクトクとグラスに注いだ。

 

「仮にそうだとしたら……そろそろ動くな」

「そうだな、何時騒動になってもおかしくない」

「うへぇ……表世界に暫く逃げてようかなぁ」

 

 右乃助の言葉に、大和は喉を鳴らす。

 

「いいんじゃねぇの? 少なくともこの都市よりは安全だろうさ」

「そうとは言い切れないぞ。事の発端は表世界だ。いざという時、あちら側で被害が出る可能性がある」

「ちょっと待て!! なら安全な場所なんてねぇじゃん!!」

「「諦めろ」」

「オーマイガーっっ!!」

 

 悲鳴を上げている右乃助を見て、二人はやれやれと肩を竦める。

 元より安全な場所などない。

 この業界に携わっている以上、大なり小なり命の危機に晒される。

 

 厳つい容姿の癖にウサギ並みの臆病さを見せられ、大和はげんなりした様子でネメアに言った。

 

「コイツ、この酒場に宿泊させてやったら?」

「ふざけるな。従業員ならまだしも……うちはホテルじゃないんだぞ」

「だって一番安全じゃん、此処」

「営業時間外になれば外に放り出す」

 

「酷い!! 酷すぎる!! ネメアの鬼!! 悪魔!!」

 

「ほざいてろ酔っ払いが」

 

 一刀両断され、右乃助は項垂れる。

 大和は面倒になったので、煙草をふかせていた。

 

 すると、店内が騒がしくなる。

 大和はゆっくりとそちらへ振り返った。

 そして、何時ものらしい笑みを浮かべる。

 

「……それなりに荒れそうだな」

 

 深海を思わせる蒼づくめの美女。

 その身から醸し出される得体の知れない雰囲気に、ネメアは眉間に皺を寄せた。

 

 

 ◆◆

 

 

 鍔広の魔女帽子、コルセット、ロングスカート。ラバー製の長手袋に足元は拍車付きのロングブーツ。身に纏うマントも深い蒼をたたえている。

 

 黄金祭壇の魔女でも着ない、時代遅れの正装だ。

 顔立ちは可憐でありながら妖艶と、これまたある意味魔女らしい。

 

 ゲートの客人たちは警戒していた。

 驚くでもなく、敵意を向けるでもなく、ただ単純に警戒している。

 彼女の纏う雰囲気がそもそも「違う」のだ。この世界の存在ではない。

 

 痺れを切らしたオークたちが懐に手を入れた。

 が、大袈裟に紫煙をふかせたネメアを見てすぐに手を挙げふ。

 彼の逆鱗に触れてしまうほうが恐ろしいのだろう。

 

 魔女は大和たちに近いカウンターに腰掛けた。

 そしてネメアに注文する。

 

「ストレートティーをいただけるかしら? アイスで」

「この世界の通貨は持っているか?」

 

 核心を突く問いに、魔女は肩を竦めた。

 

「宝石とかではダメかしら?」

「構わないが、高く付くぞ」

「結構よ」

 

 今の会話でわかった事がある。

 彼女がこの世界の住民ではない事。

 そしてこの様な状況に慣れている事。

 

(ふぅん……それなりにデキるな)

 

 大和は彼女の実力を早々に見極めていた。

 ネメアもである。

 

 微妙な空気が流れる……大和は横でこっそり逃げようとしている右乃助の襟元を掴む。

 ぐぇぇ、と蛙が潰れた様な声が響いた。

 

 魔女は何を思ってか、ネメアに告げる。

 

「私は音殺の魔女。今、この世界を苗床にしようとしている悪鬼『妖仏(ようぶつ)』を殲滅しに来たの」

「それで? 酒場の店主である俺に何の関係がある?」

「……貴方たちの世界が滅びようとしているのよ?」

「関係ないな。少なくとも俺には」

 

 ネメアの反応と、茶化す様な笑みを向けてくる大和を見比べて、魔女は深い溜め息を吐く。

 

「そう……そういう場所なのね、此処は」

「わからないか?」

「確かめたかったのよ。でも案の定だった……とても怖い場所なのね」

「ああ、そうだ」

 

 ネメアは魔女の前にアイスティーを置く。

 彼女はルビー、サファイヤなどの宝石を幾つか置き、アイスティーを飲み始めた。

 

「……お隣さんは、人の皮を被った獣かしら?」

 

 魔女が流し目を向けると、大和はギザ歯を剥く。

 並の女なら魔性の色香に陶然としてしまうだろうが、彼女は違った。

 優々と流してみせる。

 

「大胆な人は嫌いなの。特に貴方みたいな野獣みたいな人は……」

「気持ちよくさせてやるぜ?」

「呆れた……」

「返事は?」

「Noよ、わかりきってるでしょう」

「そら残念」

 

 大和は愉快そうに両手を広げる。

 魔女は相手にするのも馬鹿らしいと考え、ネメアに向き直った。

 

「それで、話の続きなんだけど」

「話す事なんて何もないぞ」

「聞いて頂戴。貴方に関係のある話だから」

「……」

 

 ネメアは仏頂面で腕を組む。

 魔女は微笑むと、視線を移した。

 その先には黒髪の少女ウェイター、野ばらがいた。

 

「先日、そこのお嬢さんが妖仏を何体か斬り捨てているのを目撃してね。話を聞いてみたかったのよ」

「あー……」

 

 ネメアは思わず頭を押さえた。

 予想外の一撃だった。

 

 当の野ばらは素っ気なく告げる。

 

「鬼だから斬った、他意は無いわ」

「そう簡単に斬れる奴等ではないわ」

「鬼なら斬る……それだけよ」

「ふふふ……是非とも協力して貰いたいわ。この世界の鬼狩りさん」

「…………」

「報酬はいるかしら?」

「少し黙ってて」

 

 野ばらはネメアの元まで赴き、その目を見つめる。

 

「店長……いいかしら?」

「止めてもいくんだろう?」

「ええ」

「なら行ってこい。ただし、無茶はするなよ」

「大丈夫よ。……相変わらず心配性ね」

 

 うっすらと微笑むとエプロンを脱ぎ、壁に立て掛けてあった仕込み傘を手に取る。

 そうして件の魔女に声をかけた。

 

「いきましょう」

「頼りにしてるわ」

 

 並ぶ女達は、世界観こそ違うものの最強の鬼殺したちだ。

 その気迫に客人らは恐れ戦き道を空ける。

 

 世界最強の殺し屋は笑いながらその後ろ姿を眺めていた。

 

「面白くなってきた」

 


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