villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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三話「憶測と特務機関」

 

 

 右乃助は締まった襟元を緩めながら怒鳴る。

 

「ゲホゲホ……っ! この、大和テメェ!! 何しやがる!!」

「あのまま外出てたら、巻き添え食らってたぞ」

「は……?」

 

 瞬間、外で大爆発が起こる。

 同時にこの世のものと思えない邪悪な気が迸り、断末魔の悲鳴が聞こえてきた。

 外では地獄も生温い光景が広がっているだろう。

 

 現になんとか店内に這って入ってきた獣人が血塗れのまま絶命した。

 右乃助は顔を真っ青にする。

 

 大和はケラケラと笑った。

 

「音殺の魔女、だったか? あのアマ、この世界でいうところの天使殺戮士だ。ソレ専門の掃除屋……当然、妖仏とやらに恨まれてる。近くにいると危ねぇぞ」

「お前、さっき平然とベッドに誘ってたじゃねぇか……」

「イイ女は口説くもんだ。たとえリスクを伴ってもな」

 

 大和は足を組んでテーブルに寄りかかる。

 

 大きな地鳴りが響き渡る。高層ビルが倒壊しているのだろう。

 外では強大な妖気と鋭い剣気、そして軽快な音と共に弾ける破邪の気を感じられた。

 

 大和はブラックラムを飲みながら考察を始めた。

 

「妖仏とやらは鬼の亜種。成る程、あのチンチクリンが出るわけだ。悪鬼滅殺──大正時代の鬼狩りはそれしか考えてねぇ」

「……」

 

 ネメアは複雑な面持ちをしている。

 大和は気にせずグラスに口づけした。

 

「異世界の鬼狩りとこの世界の鬼狩りがタッグを組むか……いいねぇ、夢の共闘ってやつだ。ただそう単純にはいかねぇ。他の勢力が絡んでくる」

 

 大和はブラックラムを飲み干すと、店内を見渡す。

 

「テロ組織も気になるところだが、その前にだ……そぅれ見てみろ。店の中が騒がしくなってきやがった。マッドサイエンティストや暴力団が妖仏に懸賞金をかけはじめたんだろう。ククク、騒がしくなってきた」

 

 大和は面白そうにしながら席を立つ。

 勘定をテーブルに置いた彼に、右乃助は聞いた。

 

「どうしたんだよ、依頼はまだ来てねぇだろう?」

「もう来てるだろうさ。ただまぁ……もう少し伸ばせる」

「うへぇ」

 

 右乃助は思わず舌を出した

 大和の言葉の意味が理解できたからだ。

 

「ようするにアレだ。『僕のブランド的にもう少し報酬額を上げて欲しいなー』って事だ」

「いいねぇその例え、百点満点を上げようじゃないか右乃助クン」

「素晴らしいズル賢さ、さっすが大和サンですわ」

「「ハッハッハ!」」

 

 笑いあう二人。

 ネメアは呆れて何も言えなかった。

 究極的に言えば自分も同じ穴の狢なので、何も言えない。

 

 大和は笑う。

 何時も通りに。

 

「そーいうワケで、俺は相場が決まるまで観戦でもしてるぜ。鬼狩りタッグのアクションシーン、暇つぶしにはなるだろう」

 

 大和は店から出ようとする。

 

 そんな彼の眼前に、魔界都市らしからぬ雰囲気を纏う二人の美少女が現れた。

 彼女たちを見て、大和は口笛を吹く。

 

「ひゅー♪ 実に早い対応で感服するぜ、努ちゃん」

 

 総理大臣、大黒谷努が抱えている秘密組織、特務機関のエージェント。

 彼女たちの登場は、相場が決まったという事だ。

 

 

 ◆◆

 

 

 二人は姉妹だった。その証拠に、顔の造形が似ている。

 それぞれ絶世の美少女だ。あらゆる美が揃うデスシティでも充分通用するレベルである。

 

 姉の方は勝ち気で、何処か排他的な印象を受ける。

 肩辺りで整えられたプラチナブロントの髪、黒色の鋭利な双眸。体型はスレンダーながらも出るところは出ている。服装は特務機関に支給されている制服だ。

 

 彼女は桃色の唇を噛み締めて、大和を睨んでいた。

 

 妹の方は穏やかで、聖母の様な印象を受ける。

 ツーサイドアップにされた黒色の長髪、同じ色のとろんとした瞳。

 体型は姉よりも豊満で、ある意味理想の体型。

 服装は特務機関の制服。

 彼女は姉とは対照的に、柔らかい笑みを浮かべていた。

 

「依頼よ糞野郎、さっさと準備しなさい」

「それが人にものを頼む態度かよ。クロエ」

「お久しぶりです大和さん……依頼のお話があるのですが、よろしいでしょうか?」

「おう、いいぜマシロ。……ったく、姉ちゃんと違って可愛いなぁお前は」

 

 大和はマシロを抱き寄せる。

 顔を赤くしている妹を見て、クロエは怒りながらその間に割って入った。

 

「ちょっと!! やめなさいよ変態!! セクハラよ!! セクハラ!!」

「るっせぇなぁ……ニャーニャー喚くじゃねぇよクロ猫」

「クロエよ!! 相変わらずムカつく男ね!!」

「へいへーい、クロエさんやーい」

「頭撫でるな!! ぶっ飛ばすわよ!!」

 

 野良猫をあしらう様に彼女をまくと、大和は元いた席に戻る。

 そして隣の席をポンポンと叩いた。

 

「座れよ、話を聞くついでに奢ってやっから」

「……飲み物に媚薬とか入れたりしないでしょうね?」

「ちょ、お姉ちゃん! それは失礼だよ!」

 

 マシロが諌めるも、クロエは怪訝な面持ちを崩さない。

 そんな彼女を、大和は豪快に笑い飛ばした。

 

「ハッハッハ!! エロ本の見すぎだぜ!! このムッツリスケベが!!」

「なっ!?」

「媚薬だのいかがわしい魔術だので女を堕とすなんざ三流のする事だ。……本当の男ってのは自分の力で女を堕とす」

「……っ」

 

 クロエは恥ずかしさの余り顔を真っ赤にする。

 逆にマシロは笑顔で大和の隣に座った。

 

「邪悪ですけど……やっぱり素敵です、大和さん♪」

「カッカッカ! そうだろう!」

 

 上機嫌に笑いながら、大和は聞く。

 

「そういやぁ、外は今どんぱち騒ぎだろう? よく来れたな」

「私たちの実力、知ってるでしょ? 舐めないで頂戴」

「正直、お前らが来るのは予想外だった。候補的には三番目だったんだが……」

「はぁ? 何よいきなり」

「頭使え、馬鹿ネコ」

 

「ふしゃー!!!!」

 

 飛び付いてきたクロエの襟元を掴み、ぶら下げながら大和は続ける。

 

「依頼人の候補だよ。第一に日本呪術教会、第二に五大犯罪シンジケート、三番目が努ちゃんだった」

「離しなさいよ馬鹿ー!!」

「あーうるせぇ、うるせぇよお前。ちょっと黙っとけ」

「むぎゅっ」

 

 クロエを胸板に押し付ける。

 尚も暴れるので、強靭な腕で抑えてしまう。

 マシロは実の姉の暴れっぷりに苦笑いを浮かべていた。

 

 大和はやれやれと肩を竦めながら話を再開する。

 

「で、お前らが来たってことは? どうなった」

「元老院の方々が世界政府に救援を求める……という形で圧力をかけてきたんです。消去法で総理大臣に火の粉が舞ってきて……」

「あーあー努ちゃんかわいそー、そのうち依頼来そうだな。元老院殺してくれって」

「今回は相当癪に触ったみたいで……滅多に怒らない総理大臣が額に青筋を浮かべていました」

「ハハハ! それマジなやつだ! ヤベェぞ元老院! まぁ……度が過ぎればすげ替えるだろうさ。努ちゃんならな」

 

 さらっと恐ろしい事を言った大和に、マシロは純粋に恐怖を抱く。

 

 彼は単純な男である。

 強く、美しく、頭が良い……

 それが美点かと問われれば、悩ましいものだ。

 人間とは複雑な生き物であり、単純も過ぎれば共感性を失い、孤独になってしまう。

 

 しかし、彼は孤高だった。

 強大過ぎる一個人。何人にも媚びず、従わず、思うがままに振る舞う。

 喜怒哀楽を謳歌し、善悪の概念すら粉砕する。

 

 まさしく益荒男。

 マシロが大和に抱いているイメージは、虎であった。

 神魔霊獣を喰らい畏怖させる猛虎……

 

 はじめは恐怖を抱いた。次に羨望を抱いた。

 自分もそう生きられたら……と思った。

 でも無理だった。世界は思ったよりも複雑で、残酷で……

 とてもではないが、彼の様には生きられなかった。

 

 自由とは責任を伴うものだ。

 その責任を背負えるかどうか……

 清濁併呑し、それでも己の信念を貫き通す覚悟があるかどうか。

 

 邪悪でも、その在り方はとても眩しくて……

 マシロは思わず手を伸ばしてしまった。

 その手を大和はからかう様に握る。

 

「どうした、手を伸ばしたりなんかして」

「えっ、あっ……そのっ」

 

 気恥ずかしさで頬を赤らめるマシロに、大和は笑いかける。

 優しい笑みだった。

 

「天然なところあるよな、お前って」

「……~っ」

 

 プシュー、マシロは顔から湯気を噴き出す。

 大和は懐で丸まっているクロエに視線を落とした。

 

「お前は、よーやく大人しくなったか」

「うっさい……マシロに手を出したら、許さないわよっ。あと男臭い……っ♡」

 

 キッと睨み付けるも、目がトロンとしていた。

 大和は彼女の頭をポンポンと撫でる。

 

「依頼は受けるぜ。努ちゃんなら俺の相場を理解してるだろう」

「五十億……」

「妥当だな。そんじゃ、ちょっくら仕事するか」

 

 大和はクロエを抱えたまま立ち上がる。

 そしてマシロに手を伸ばした。

 

「さぁお嬢さん、よかったら抱えていきましょう。この都市は危ないんで」

「……あぅ、その……よろしくお願いしますっ♡」

 

 片手ずつで姉妹を抱えると、店を出ていく。

 その背中を見送った右乃助は、感心とも飽きれとも言える溜め息を吐いた。

 

「アイツの美貌ってアレだな、チートだ」

「美貌だけならあそこまでならない。……全く、天然の女たらしだよ」

 

 ネメアも飽きれていた。

 

 二名の鬼狩りと三名の凸凹コンビによる妖仏狩りがはじまる。

 しかしこの妖仏なる存在、生半可なものではなかった。

 

 後に大和は鮮血に溺れる事になる。

 そんな事、誰も予想できなかった。

 


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