西区に続く中央区、三番通りで。
異形の怪異で溢れ返るこの場所に、菊の花模様が鮮やかに舞っていた。
右手で抜けば万物を断ち切り、左手で抜けば鬼の首を落とす……武仙、
その冴えは見事という他無い。
妖仏たちを瞬く間に細切れにした。
仕込み刀が納まれば、肉と融合した瓦礫が辺りにばらまかれる。
鬼の亜種、
その性質を把握しきれていない野ばらは、専門家に聞く。
「この鬼……憑依できる対象は無機物、有機物を問わないのよね?」
「ええ、何にでも憑依できるわ。だから根源を叩かなければならない」
「さっき、酒場を出た際に襲ってきた奴等は中々手強かった。強さに個体差はあるのかしら?」
「例外を除いて一貫しているわね。最初は雑魚だけど、吸収した量と質に比例して強くなっていく……長く放置しておくと危険だわ」
「短期決戦ね、了承したわ」
静かに頷いた野ばらに、音殺の魔女は柔らかな笑みを向ける。
それは信頼の証たった。
「本当に助かるわ。……今回は私一人じゃ厳しそうだったから」
「運が良かったわね」
「ええ、本当に」
音もなく忍び寄ってきた妖仏を、野ばらは容赦なく斬り刻む。
音殺の魔女も特殊なエレキギターで破邪の調べを奏でた。
群がっていた妖仏は内側から爆発四散する。
野ばらはスッと目を細めた。
異界の鬼狩りの戦い方は実に面妖である。
甲虫類を彷彿とさせるフォルムのエレキギターから発せられる特殊な音波によって、鬼を内側から破壊する。
更に物理的な高圧電流を飛ばしたり、弦を外して鋼糸術を披露したりしていた。
テクニカルな戦い方だが、付け入る隙が殆どない。極限まで洗礼されている。
野ばらは口に出さないものの、感心していた。
西区の前までやってきた二名。彼女たちを待ち構えていたのは、仏の姿形をした悪鬼たちだった。
皆独自の進化を遂げている。今までの有象無象とは明らかに格が違う。
野ばらは腰を落とし、魔女は弦に指をかけた。
「背中は任せて頂戴」
「頼りにしているわ」
飛びかかってきた妖仏を野ばらは無慈悲に斬り捨てる。
音殺の魔女も破邪の旋律を奏で、同時に高圧電流を叩き落とした。
最強の鬼狩りたちの戦いぶりに、妖仏たちもたじたじとしていた。
短期決戦……二名は宣言通り、敵の本拠地へと突撃していった。
◆◆
中央区でも一等高級なホテル「
魔の旅館「
正統派の高級ホテル。この都市に馴れていない、または住民たちと関わりたくない者たちがこぞって泊まりに来る。
此処のスイートルームを、大和たちは贅沢に使っていた。
本来一泊数千万はするものの、大和は顔パスで通して貰う。
彼はこのホテルの「契約者」だった。
契約者とは魔界都市ならではの用語。「この店で迷惑行為をしたら○○を呼びますよ」という、いわゆるケツ持ちである。
魔界都市には法律が存在しない。
弱肉強食という法則がのさばっている。
故にあらゆる犯罪行為が日常化している。
経営者たちは、自分の城を襲撃されないための「驚異」を金で買うのだ。
暴力はそれ以上の暴力で黙らせる……
そうなると、化け物だらけの住民の中でも選りすぐりの化け物が求められる。
結果、大和という存在がブランドとして輝く。
神魔霊獣が畏れる世界最強の殺し屋。
桁外れの暴力を誇る人の姿をした怪物。
彼の名前を聞いただけでデスシティのあらゆる存在が震え上がる。
契約者として、彼以上に魅力的な存在はいない。
後は経営者たちの争奪戦だ。
皆こぞって自分の城の魅力を見せ、莫大な契約金を提示する。
大和も馬鹿ではない。相手を選ぶ。
結果、彼と契約できた組織は四つ。
魔性の三ツ星旅館『
中央区の最高級ホテル『
世界最大の闇オークション『アガルタ』。
そして闇バス、闇タクシーを始めとした運送業全般を取り仕切る『魔界都市交通株式会社』。
この四社、ないし勢力は大和の名前を自由に扱える。
その代わり、大和は莫大な契約金を貰っていた。
閑話休題。
三百階建ての超高層ビルの屋上で。
広すぎるスイートルームの端っこで、妹マシロは物思いに耽っていた。
窓から覗ける景色を胡乱な眼差しで見つめている。
ワイバーンやドラゴン、飛空車が飛び交い、路地裏では麻薬中毒者と邪教徒たちが争いを起こしている。
魔導具や
ローブを纏った魔道士に甲冑姿の戦闘士、スーツ姿の殺し屋に帯刀した侍風の若者が通りを歩いていく。
毒々しいネオンは七色に輝き、硝煙と血と、断末魔の悲鳴と嬌声が魔界都市を彩っていた。
これが世界の本当の姿。
此処は自分達が住む世界の「悪い部分」をかき集めた場所。
光と影でいうならば、影──
影は光が無ければ生まれない。
そして光が強くなるほど、影は濃くなる。
まるで吸い込まれる様に都心部の光景に見入っている妹に対して、クロエは唇を尖らせた。
「ダメよマシロ、そんなに見つめちゃ……この都市の在り方は目に毒だわ」
「でもね、お姉ちゃん……私は目を逸らしたくないの」
「……」
「この都市があるから表世界がある……表裏一体だよ。私たちは、知らなきゃいけない」
「……知らなくてもいいのに」
「え……?」
思わず振り向いたマシロに、クロエは既に背を向けていた。
「少しアイツと話してくる。数時間の休憩とかマジ意味わからないし。理由を聞いてくるから、マシロは休んでなさい」
「……うん、わかったよ。お姉ちゃん」
マシロは敢えて何も言わなかった。
クロエが自分の事を第一に思ってくれている事は嬉しい。
だが……いいや、だからこそ……二人の意識に、違いが出始めていた。
◆◆
大和は煙草をふかしながら魔界都市の掲示板を確認していた。
依頼を受けた後だが、敢えて静観の姿勢を取っている。
珍しい事だが、これには理由があった。
(七魔将、ネオナチ、リベリオン。この三勢力が関わってないとは限らねぇ。もしもの事がある──最悪の場合は俺一人での仕事になる)
この事件、第六感が妙にザワついた。
もしもの事があれば……
「面倒くせぇ……俺も相応の覚悟をしなきゃなんねぇか」
吸い殻を灰皿に押し込め、大和は眉根をひそめる。
こういう事柄は、大概悪い方向へ進むものだ。
「……まぁ、慌ててもしゃあねぇ」
結果は数時間以内に必ず出る。知り得るものは知り得る。
最悪の事態になる直前に一気にカタを付ける。
兵法、これ全て山津波の如し。
時を待ち、ありたけ費やし全てを潰す。
それが一番効率的なのだ。
大和は一旦休憩に入った。
そんな時だった。
「大和、今いいかしら? いいなら入るわよ」
「いいぜ、どうした?」
クロエが入ってきた。
わざわざ別室にしたのだから、寛いでおけばいいものを……と大和は思う。
クロエは何時になく真剣な表情をしていた。
ソファーで寛いでいる大和の元まで歩み寄ると、歯切れ悪そうに告げる。
「マシロがアンタに気があるの……知ってる?」
「なんだよいきなり」
「答えてよ」
潤んだ瞳で睨まれ、大和は仕方なく答えた。
「知ってるさ。俺が朴念仁に見えるか?」
「……あの子、アンタに憧れてて、アンタと同じ目線で世界を見ようとしてる。……ダメなのよ、それは。あの子は繊細だから、この世界の抱えている闇に耐えきれない」
「そうだな」
「……っ」
クロエは思わず怒鳴る。
「私は……!! あの子に幸せになって貰いたいの!! アンタみたいな碌でなしに影響されて、不幸な目にあって欲しくないの!!」
「それは、俺に言う事か?」
「……?」
大和は心底不思議そうに言う。
「俺じゃなくて、マシロに言うべき事なんじゃないのか?」
「っっ」
「わかったならUターンだ」
「アンタさえ、アンタさえいなければ……!!」
クロエの堪忍袋の緒が切れる。
激情が爆発する。
「アンタに何がわかるのよ!! 私にはあの子しかいない!! 唯一無二の肉親……あの子を護るためなら何でもするわ!! アンタみたいな……肉親を平気で殺せる様なド畜生にあの子を穢されるなんて、我慢ならないのよ!!」
クロエはマシロの事を本当に大切に思っていた。
だからこそ、大和に啖呵をきった。
その言葉を聞いて大和は……悲しそうな顔をした。
クロエは逆に驚いてしまう。
「何で……何でアンタが、そんな顔すんのよ……っ」
「不器用な奴……」
大和は立ち上り、クロエに歩み寄る。
臨戦態勢に入る彼女を、優しく抱き寄せた。
その金髪をクシャクシャと撫でてやる。
クロエは、途端に破顔した。
泣きそうな子供の様な顔になる。
「ちが…………ちがうのよっ、アンタの事、嫌いだけど本当は好きで、でもマシロもアンタの事が好きで……私、どうしていいかわからなくて……それっぽい理由で、アンタを遠ざけようとして……っ」
「いいんだよ、それっぽい理由にも正当性があった。だから戸惑ったんだろう?」
「っ、で、でも、アンタの事を、全く考えなくて……私、最低で……」
大和はクロエを抱き締める。
強く、優しく……
クロエは震えながら言った。
「……いいの……? こんな面倒くさい女に、好意を抱かれて」
「面倒くさい女? 自惚れんな、お前なんて可愛い子猫みてぇなもんだよ」
「っ……バカ、バカバカ、死ね……この碌でなしっ」
クロエは大和の胸襟を掴んで引き寄せる。
どれだけ悪口を言っても、もう隠せない。
想いが溢れ出る。
キスを交わした。
触れるだけの、初な口付けだった。
「……ほんと、可愛いやつ」
「……うるさい、黙れっ」
そう言いながらも、クロエは大和に抱き付く。
そんな時である──部屋の窓から得体の知れない者たちが顔を覗かせたのは。
仏の顔をした悪鬼羅刹。
彼等は無慈悲に大和たちへと銃口を向ける。
魔界都市の戦車でも吸収したのだろう、『99mm/82口径対怪異用徹甲榴弾』が発射された。
大型怪異の装甲を易々貫き爆散させる、極めて殺傷力の高い砲弾である。
複数の妖仏によって連発され、大和たちがいたスイートルームは容易く消し飛んだ。
別室のマシロもろとも蹂躙される……筈だった。
「この不細工どもが……夜這いの仕方まで不細工とあっちゃあ、庇いきれねぇな」
真紅のマントが翻る。
クロエとマシロ、二名を抱く事で庇った大和はゆらりと振り返る。
そして裏拳を放った。
発生した拳圧は破壊の概念そのもの。
妖仏どころか大気を消し飛ばし、その場の時空間を極端に歪ませる。
後詰の妖仏たちも巻き込まれて粉々に砕け散った。
大和は鼻を鳴らし、遠く西区を見つめる。
巨大過ぎる千手観音が顕現していた。一区画で胡座を描いている。
立ち上がれば曇天を貫いてしまうほどだ。同時に途方もない魂の質量を感じる。
あれはただの妖魔にあらず──
「鬼神の、その更に上か……悪い予感は当たるもんだ」
大和は姉妹に問うた。
「いけるか? いけねぇなら俺一人でいく」
「……舐めないで! 私たちも戦えるわ!」
「お姉ちゃん……」
マシロは姉の横顔を見て全て悟ったのだろう……嬉しそうに微笑む。
次には大和に向かって強く頷いた。
「大丈夫です大和さん……今の私たちなら、いけます!」
「そうか……なら行くぜ! 鬼退治だ!」
「ええ!!」
「はい!!」
大和は跳ぶ。目指すは妖仏の黒幕。鬼狩りコンビと共に、異世界の悪鬼を打ち倒すのだ。