Villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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四話「愛とは」

 

 

 

 西区に続く中央区、三番通りで。

 異形の怪異で溢れ返るこの場所に、菊の花模様が鮮やかに舞っていた。

 

 右手で抜けば万物を断ち切り、左手で抜けば鬼の首を落とす……武仙、役小角(えんのおづの)直伝の鬼狩りの剣技である。

 その冴えは見事という他無い。

 妖仏たちを瞬く間に細切れにした。

 仕込み刀が納まれば、肉と融合した瓦礫が辺りにばらまかれる。

 

 鬼の亜種、妖仏(ようぶつ)

 その性質を把握しきれていない野ばらは、専門家に聞く。

 

「この鬼……憑依できる対象は無機物、有機物を問わないのよね?」

「ええ、何にでも憑依できるわ。だから根源を叩かなければならない」

「さっき、酒場を出た際に襲ってきた奴等は中々手強かった。強さに個体差はあるのかしら?」

「例外を除いて一貫しているわね。最初は雑魚だけど、吸収した量と質に比例して強くなっていく……長く放置しておくと危険だわ」

「短期決戦ね、了承したわ」

 

 静かに頷いた野ばらに、音殺の魔女は柔らかな笑みを向ける。

 それは信頼の証たった。

 

「本当に助かるわ。……今回は私一人じゃ厳しそうだったから」

「運が良かったわね」

「ええ、本当に」

 

 音もなく忍び寄ってきた妖仏を、野ばらは容赦なく斬り刻む。

 音殺の魔女も特殊なエレキギターで破邪の調べを奏でた。

 群がっていた妖仏は内側から爆発四散する。

 

 野ばらはスッと目を細めた。

 異界の鬼狩りの戦い方は実に面妖である。

 

 甲虫類を彷彿とさせるフォルムのエレキギターから発せられる特殊な音波によって、鬼を内側から破壊する。

 更に物理的な高圧電流を飛ばしたり、弦を外して鋼糸術を披露したりしていた。

 テクニカルな戦い方だが、付け入る隙が殆どない。極限まで洗礼されている。

 

 野ばらは口に出さないものの、感心していた。

 

 西区の前までやってきた二名。彼女たちを待ち構えていたのは、仏の姿形をした悪鬼たちだった。

 皆独自の進化を遂げている。今までの有象無象とは明らかに格が違う。

 

 野ばらは腰を落とし、魔女は弦に指をかけた。

 

「背中は任せて頂戴」

「頼りにしているわ」

 

 飛びかかってきた妖仏を野ばらは無慈悲に斬り捨てる。

 音殺の魔女も破邪の旋律を奏で、同時に高圧電流を叩き落とした。

 

 最強の鬼狩りたちの戦いぶりに、妖仏たちもたじたじとしていた。

 短期決戦……二名は宣言通り、敵の本拠地へと突撃していった。

 

 

 ◆◆

 

 

 中央区でも一等高級なホテル「Elysium(エリュシオン)」にて。

 魔の旅館「紅瓢亭(べにひさご)」より魔界都市らしさは薄くなっているが、それが返って人気の理由となっていた。

 正統派の高級ホテル。この都市に馴れていない、または住民たちと関わりたくない者たちがこぞって泊まりに来る。

 

 此処のスイートルームを、大和たちは贅沢に使っていた。

 本来一泊数千万はするものの、大和は顔パスで通して貰う。

 

 彼はこのホテルの「契約者」だった。

 契約者とは魔界都市ならではの用語。「この店で迷惑行為をしたら○○を呼びますよ」という、いわゆるケツ持ちである。

 

 魔界都市には法律が存在しない。

 弱肉強食という法則がのさばっている。

 故にあらゆる犯罪行為が日常化している。

 

 経営者たちは、自分の城を襲撃されないための「驚異」を金で買うのだ。

 暴力はそれ以上の暴力で黙らせる……

 そうなると、化け物だらけの住民の中でも選りすぐりの化け物が求められる。

 結果、大和という存在がブランドとして輝く。

 

 神魔霊獣が畏れる世界最強の殺し屋。

 桁外れの暴力を誇る人の姿をした怪物。

 彼の名前を聞いただけでデスシティのあらゆる存在が震え上がる。

 契約者として、彼以上に魅力的な存在はいない。

 

 後は経営者たちの争奪戦だ。

 皆こぞって自分の城の魅力を見せ、莫大な契約金を提示する。

 大和も馬鹿ではない。相手を選ぶ。

 結果、彼と契約できた組織は四つ。

 

 魔性の三ツ星旅館『紅瓢亭(べにひさご)』。

 中央区の最高級ホテル『Elysium(エリュシオン)』。

 世界最大の闇オークション『アガルタ』。

 そして闇バス、闇タクシーを始めとした運送業全般を取り仕切る『魔界都市交通株式会社』。

 

 この四社、ないし勢力は大和の名前を自由に扱える。

 その代わり、大和は莫大な契約金を貰っていた。

 

 閑話休題。

 

 三百階建ての超高層ビルの屋上で。

 広すぎるスイートルームの端っこで、妹マシロは物思いに耽っていた。

 窓から覗ける景色を胡乱な眼差しで見つめている。

 

 ワイバーンやドラゴン、飛空車が飛び交い、路地裏では麻薬中毒者と邪教徒たちが争いを起こしている。

 魔導具や護符(タリスマン)を販売する出店がズラリと並び、重火器から戦車まで取り寄せる武器屋が自慢の商品を宣伝している。

 ローブを纏った魔道士に甲冑姿の戦闘士、スーツ姿の殺し屋に帯刀した侍風の若者が通りを歩いていく。

 毒々しいネオンは七色に輝き、硝煙と血と、断末魔の悲鳴と嬌声が魔界都市を彩っていた。

 

 これが世界の本当の姿。

 此処は自分達が住む世界の「悪い部分」をかき集めた場所。

 光と影でいうならば、影──

 

 影は光が無ければ生まれない。

 そして光が強くなるほど、影は濃くなる。

 

 まるで吸い込まれる様に都心部の光景に見入っている妹に対して、クロエは唇を尖らせた。

 

「ダメよマシロ、そんなに見つめちゃ……この都市の在り方は目に毒だわ」

「でもね、お姉ちゃん……私は目を逸らしたくないの」

「……」

「この都市があるから表世界がある……表裏一体だよ。私たちは、知らなきゃいけない」

「……知らなくてもいいのに」

「え……?」

 

 思わず振り向いたマシロに、クロエは既に背を向けていた。

 

「少しアイツと話してくる。数時間の休憩とかマジ意味わからないし。理由を聞いてくるから、マシロは休んでなさい」

「……うん、わかったよ。お姉ちゃん」

 

 マシロは敢えて何も言わなかった。

 クロエが自分の事を第一に思ってくれている事は嬉しい。

 だが……いいや、だからこそ……二人の意識に、違いが出始めていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 大和は煙草をふかしながら魔界都市の掲示板を確認していた。

 

 依頼を受けた後だが、敢えて静観の姿勢を取っている。

 珍しい事だが、これには理由があった。

 

(七魔将、ネオナチ、リベリオン。この三勢力が関わってないとは限らねぇ。もしもの事がある──最悪の場合は俺一人での仕事になる)

 

 この事件、第六感が妙にザワついた。

 もしもの事があれば……

 

「面倒くせぇ……俺も相応の覚悟をしなきゃなんねぇか」

 

 吸い殻を灰皿に押し込め、大和は眉根をひそめる。

 こういう事柄は、大概悪い方向へ進むものだ。

 

「……まぁ、慌ててもしゃあねぇ」

 

 結果は数時間以内に必ず出る。知り得るものは知り得る。

 最悪の事態になる直前に一気にカタを付ける。

 

 兵法、これ全て山津波の如し。

 時を待ち、ありたけ費やし全てを潰す。

 

 それが一番効率的なのだ。

 

 大和は一旦休憩に入った。

 そんな時だった。

 

「大和、今いいかしら? いいなら入るわよ」

「いいぜ、どうした?」

 

 クロエが入ってきた。

 わざわざ別室にしたのだから、寛いでおけばいいものを……と大和は思う。

 

 クロエは何時になく真剣な表情をしていた。

 ソファーで寛いでいる大和の元まで歩み寄ると、歯切れ悪そうに告げる。

 

「マシロがアンタに気があるの……知ってる?」

「なんだよいきなり」

「答えてよ」

 

 潤んだ瞳で睨まれ、大和は仕方なく答えた。

 

「知ってるさ。俺が朴念仁に見えるか?」

「……あの子、アンタに憧れてて、アンタと同じ目線で世界を見ようとしてる。……ダメなのよ、それは。あの子は繊細だから、この世界の抱えている闇に耐えきれない」

「そうだな」

「……っ」

 

 クロエは思わず怒鳴る。

 

「私は……!! あの子に幸せになって貰いたいの!! アンタみたいな碌でなしに影響されて、不幸な目にあって欲しくないの!!」

「それは、俺に言う事か?」

「……?」

 

 大和は心底不思議そうに言う。

 

「俺じゃなくて、マシロに言うべき事なんじゃないのか?」

「っっ」

「わかったならUターンだ」

「アンタさえ、アンタさえいなければ……!!」

 

 クロエの堪忍袋の緒が切れる。

 激情が爆発する。

 

「アンタに何がわかるのよ!! 私にはあの子しかいない!! 唯一無二の肉親……あの子を護るためなら何でもするわ!! アンタみたいな……肉親を平気で殺せる様なド畜生にあの子を穢されるなんて、我慢ならないのよ!!」

 

 クロエはマシロの事を本当に大切に思っていた。

 だからこそ、大和に啖呵をきった。

 

 その言葉を聞いて大和は……悲しそうな顔をした。

 クロエは逆に驚いてしまう。

 

「何で……何でアンタが、そんな顔すんのよ……っ」

「不器用な奴……」

 

 大和は立ち上り、クロエに歩み寄る。

 臨戦態勢に入る彼女を、優しく抱き寄せた。

 その金髪をクシャクシャと撫でてやる。

 クロエは、途端に破顔した。

 泣きそうな子供の様な顔になる。

 

「ちが…………ちがうのよっ、アンタの事、嫌いだけど本当は好きで、でもマシロもアンタの事が好きで……私、どうしていいかわからなくて……それっぽい理由で、アンタを遠ざけようとして……っ」

「いいんだよ、それっぽい理由にも正当性があった。だから戸惑ったんだろう?」

「っ、で、でも、アンタの事を、全く考えなくて……私、最低で……」

 

 大和はクロエを抱き締める。

 強く、優しく……

 クロエは震えながら言った。

 

「……いいの……? こんな面倒くさい女に、好意を抱かれて」

「面倒くさい女? 自惚れんな、お前なんて可愛い子猫みてぇなもんだよ」

「っ……バカ、バカバカ、死ね……この碌でなしっ」

 

 クロエは大和の胸襟を掴んで引き寄せる。

 どれだけ悪口を言っても、もう隠せない。

 想いが溢れ出る。

 

 キスを交わした。

 触れるだけの、初な口付けだった。

 

「……ほんと、可愛いやつ」

「……うるさい、黙れっ」

 

 そう言いながらも、クロエは大和に抱き付く。

 そんな時である──部屋の窓から得体の知れない者たちが顔を覗かせたのは。

 

 仏の顔をした悪鬼羅刹。

 彼等は無慈悲に大和たちへと銃口を向ける。

 魔界都市の戦車でも吸収したのだろう、『99mm/82口径対怪異用徹甲榴弾』が発射された。

 大型怪異の装甲を易々貫き爆散させる、極めて殺傷力の高い砲弾である。

 複数の妖仏によって連発され、大和たちがいたスイートルームは容易く消し飛んだ。

 

 別室のマシロもろとも蹂躙される……筈だった。

 

「この不細工どもが……夜這いの仕方まで不細工とあっちゃあ、庇いきれねぇな」

 

 真紅のマントが翻る。

 クロエとマシロ、二名を抱く事で庇った大和はゆらりと振り返る。

 そして裏拳を放った。

 

 発生した拳圧は破壊の概念そのもの。

 妖仏どころか大気を消し飛ばし、その場の時空間を極端に歪ませる。

 後詰の妖仏たちも巻き込まれて粉々に砕け散った。

 

 大和は鼻を鳴らし、遠く西区を見つめる。

 巨大過ぎる千手観音が顕現していた。一区画で胡座を描いている。

 立ち上がれば曇天を貫いてしまうほどだ。同時に途方もない魂の質量を感じる。

 

 あれはただの妖魔にあらず──

 

「鬼神の、その更に上か……悪い予感は当たるもんだ」

 

 大和は姉妹に問うた。

 

「いけるか? いけねぇなら俺一人でいく」

「……舐めないで! 私たちも戦えるわ!」

「お姉ちゃん……」

 

 マシロは姉の横顔を見て全て悟ったのだろう……嬉しそうに微笑む。

 次には大和に向かって強く頷いた。

 

「大丈夫です大和さん……今の私たちなら、いけます!」

「そうか……なら行くぜ! 鬼退治だ!」

「ええ!!」

「はい!!」

 

 大和は跳ぶ。目指すは妖仏の黒幕。鬼狩りコンビと共に、異世界の悪鬼を打ち倒すのだ。

 

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