一話「天使殺戮士」
天使──
この単語を聞いて、諸人は何を想像するだろう?
純粋無垢な存在。
神の御使い。
汚れを知らぬ者達。
天界の住民。
昨今、様々なイメージで語り継がれる神秘の代名詞。
彼等の「真実」を知る者は、意外にも少ない。
天使とは、「神」が創造した最古のプログラムである。
超常の力を用いて製造された「高次元霊体」という名称のアンドロイド。
世界の秩序を促進し、時に「天罰」という名の災害を齎す戦略兵器。
それが、天使という存在──
しかし現代において、彼等は絶滅している。
当時の人間達によって一体残らず破壊されたのだ。
しかし、天使は再臨を果たしていた。
その方法とは、最新科学でも解明できない超々極小レベルの霊子型ナノマシンによって引き起こされる、
天使病──そう呼ばれるこの奇病は、何度も世界を滅ぼしかけてきた。
しかし、その度に「とある魔人達」が患者達を鏖殺していた。
天使殺戮士。
彼等はキリスト教の一派、プロテスタントが誇る最終兵器である。
◆◆
超犯罪都市デスシティは今日も今日とて混沌であり、冒涜的であり、胡乱だった。
世界の果てに存在する幻の魔界都市は、犯罪者の楽園。
あらゆる犯罪を肯定し、あらゆる悪徳を容認する。
人外達の隠れ蓑という側面を持つこの都は、様々な種族でごった煮状態になっていた。
エルフ、ダークエルフ、ゴブリン、オーク、ドワーフ、ドラゴン。
他にも悪魔、妖怪、魔獣、吸血鬼、アマゾネスなど──
どんな存在でも受け入れる。だから、世界の理から外れた者達が集まってくる。
此処は闇の世界。
知られてはいけない、世界の負の側面そのもの。
晴れる事の無い曇天の夜空には、数多のテールライトが浮かび上がっていた。
中心地、花の大通りは凶悪な住民達で溢れ返っている。
ヤクザ達が銃撃戦を繰り広げ、その頭上を蟲人達が飛んでいく。
色気を振りまく娼婦が道端を彩り、ヘロ○ンで我を忘れている中毒者が笑顔で倒れている。
エルフが自慢の強弓でアンドロイドを打ち抜けば、仕返しにとレーザーライフルが放たれた。
怪しい魅力の中に、強烈な死を内包している。
それが、超犯罪都市デスシティ。
胡乱なるかな、魔界都市──
そう感慨に耽りながら、中央区の様相を眺める一人の青年がいた。
彼は黒鉄の長棒で、肩をとんとんと叩いている。
その背に抱えているのは、身長を優に超える巨大な棺桶だった。
人を収めるにはあまりに大き過ぎる。
コレだけで、青年が魔界都市に相応しい来訪者である事がわかる。
ふと、オークの集団がその異様な棺桶にぶつかった。
余所見していたのだろう。
オーク達は尻餅を付いた。
まるで、電柱にでもぶつかったかのようなリアクションだった。
何事かと瞠目するオーク達。
鋼鉄製であろう黒鉄色の棺は、オーク達の醜い阿呆面を鏡写しにしていた。
オークは屈強な種族である。
身長2メートル、体重300キロを平均とする彼等に尻餅を付かせるなど、ただ事では無い。
「……こんのッ」
オーク達の眉間に青筋が立った。
彼等は自分達に恥をかかせた存在を許さなかった。
余所見をしていた事など棚の上だ。
しかし、彼等は一瞬にして怒気を失った。
振り返った青年が、あまりに美しかったからだ。
思わず見惚れてしまうほど、青年は完璧な容姿を誇っていた。
まるで新雪のような白い肌。
鼻梁は高すぎず低すぎず、絶妙なラインを描いている。
瑞々しい唇は、思わず吸いつきたくなってしまいそうで──
長めのまつ毛はえもいわれぬ色気を放っている。
鋭利な双眸。
長身痩躯の肉体が、改めて彼を「男」だと認識させる。
赤茶色の髪はある程度の長さで整えられており、耳元のピアスが「若々しさ」を象徴していた。
服装は黒色のレザーコートに皮のパンツ。
短調であるが故に着る者を選ぶ服だが、青年は見事に着こなしている。
絶世の美青年を前に、オーク達は放心していた。
ただただ見惚れていた。
当の青年は振り返ると、バツが悪そうにオーク達に手を差し伸べる。
「悪ぃ、余所見してた。大丈夫か?」
手を差し伸べられたオークは数秒の間、思考を停止させていた。
暫くして意識を覚醒させると、恐る恐る青年の手を握る。
その様子は、まるでアイドルと握手するファンのようだった。
「あ、ああ……こっちもすまねぇ。余所見をしてた」
青年の手を握りながら、ほんのり頬を染めるオーク。
周囲の仲間達は、彼を羨ましそうに見つめていた。
青年は屈託のない笑みを返す。
「そうか、怪我とかしてねぇか?」
「大丈夫だ、心配いらねぇ……」
「よかった。じゃ、俺はもういくから」
青年は手を離す。
オークは名残惜しそうにしていた。
青年は歩みを再開しながら、棺桶式のトランクを「よいしょ」と背負う。
周囲の女達が色めき立った。
ダークエルフや悪魔の女の子達だ。
彼女達は青年に熱い視線を送っていた。
その視線に気づいた青年は彼女達に投げキッスを送る。
「あぅ……ッ♪」
「あぁ……かっこいぃ♪」
骨抜きにされた少女達。
彼女らを一瞥し、青年は歩き始める。
間も無くして、中央区でも有名な大衆酒場に到着した。
青年は細い顎をさする。
「なる程……ここが大衆酒場ゲートねぇ」
そう呟き、青年は薄桃色の唇を歪めた。
そうして、入口のウェスタンドアを開く。
店内の喧騒がピタリと止むが、青年は気にせずブーツを踏み鳴らした。
彼の名は
天使殺戮士とは、唯一神教の一派、プロテスタントが誇る最高戦力八名。
対天使病のプロフェッショナル達、人智を逸脱した魔人達だ。
──超犯罪都市に、大きな波乱が訪れようとしていた。