villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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七話「万事解決」

 

 

「──で、心配して駆け付けてみればアンタは全快で、親玉もぶっ倒していたと」

「んだな」

「きーっっ!!!! あたし達の心配と覚悟は何だったのよー!!!!」

「ハッハッハ!! 俺様があんなぽっと出の鬼神もどきに負ける筈ねぇだろうが!! 杞憂だったなクロ猫!!」

「ふしゃ──っっ!!!!」

 

 中央区、大通りにある広場にて。飛びかかってくるクロエを大和は笑顔でいなしていた。

 覚醒したクロエの速度は無限速に突入しているが、大和は難なくさばききる。

 

 クロエは抱きかかえられてよしよしされるが、喉を鳴らして首筋に噛みついた。また、背後からも抱きつかれる。

 妹のマシロだった。珍しく怒っている。涙目で頬を膨らませていた。

 

 彼女は大和の背中をポカポカと殴る。

 

「ほんとうに、心配したんですよ……大和さんの、馬鹿ぁ……っ」

「あー、これマジな反応だ」

 

 抱きかかえているクロエもまた瞳を濡らしていた。

 

「そうよ……心配かけさせないでよ、馬鹿っ」

 

 二人から泣きつかれ、大和は「参ったな」と片目を閉じた。

 考えた末に二人纏めて抱き締める。そして優しい声音で囁いた。

 

「悪かったよ、心配かけて」

「「っ」」

「お前らも無事でよかった……」

「あぅ……」

「はぅ……」

 

 姉妹は顔を真っ赤にして俯く。

 大和は笑いながら、二人の髪をくしゃくしゃと撫で上げた。

 

「お前ら二人なら、きっと幸せになれる」

「……幸せって、何よ」

「もしも、その……私達が大和さんを愛していると言ったら、どうします、か……?」

 

 姉妹は顔を真っ赤にしながらも、決意を込めた眼差しを大和に向ける。

 二人からの求愛に対して、大和は……

 

「……もっと良い男を見つけろ、バカ」

 

 額にキスの雨を降らせて遠ざけた。

 尚も抱き付こうとする二人に、大和は告げる。

 

「迎えの闇タクシーが来てるぜ」

「「……」」

 

 姉妹の背後では、仏頂面を披露している死織が絶賛待機していた。

 大和は適当に手を薙ぐ。

 

「戻りな、元の世界へ。……この世界に携わるのはほどほどにな」

「……私達、諦めないからっ」

「絶対、私達を女にしてもらいますっ」

 

 二人はそう宣言して闇タクシーに乗り、去っていった。

 大和はやれやれと肩を竦める。

 

「悪い男に引っ掛かっちまって……あーあーやだやだ」

 

 遠ざかる闇タクシーを一瞥し、大和は踵を返した。

 

 

 ◆◆

 

 

 道中やけに絡んでくる賞金稼ぎや殺し屋を丁寧にかき集めて一ヶ所で鏖殺した後、大和は大衆酒場ゲートに入った。

 店内にいる者達の視線が何時もと違う。

 大和は鼻で笑いながらフヨフヨ漂っている子供幽霊たちに声をかけた。

 

「おい、幽香(ゆうか)

「んん! その声は! 大和かぁ!!」

「兄貴かぁ!!」

「大和さんだぁ!!」

「お久しぶりですぅ!」

 

 大和の体に引っ付く子供幽霊たち。

 死体回収屋『ピクシー』の面々だ。

 親分である幽香は大和の肩辺りで浮遊するとその頭をぎゅーと抱き締める。

 

 桃色の髪が目立つ可憐な美少女だが、その度胸ありあまる性格から子供幽霊たちから慕われている。

 

 彼女の頭を撫でなから、大和は言った。

 

「ゲートを出てすぐ右の細道を真っ直ぐ行くと、空き地がある。そこに死体を沢山積んでおいたから、よければ買い取ってくれ」

「マジか!! マジかマジか!! 人数と種族、あとは大和から見た相場を教えてくれ!!」

「二十人くらいか? デスシティの殺し屋、賞金稼ぎ。後は……喧嘩を売ってきた暴力団の下っ端と邪教徒がチラホラ。種族はバラバラだが、Sクラスも混じってる。売るところに売ればいい値になる筈だ」

「おおー!!!! 素晴らしい!!!! 百点満点だぞ大和くんや!!!!」

「「「「大和くんや!!」」」」

「揃って君付けすんな。安物の護符(タリスマン)で虫除けはしていが、時間が経つとわからねぇ。肉食鼠やら大型の怪物虫が来ねぇ間にとっとと回収するんだな」

「ほんとサンキューな大和!! お礼にほっぺにちゅー♪」

 

 子供らしい口付けを頬にした後、幽香たちは一斉に外に飛び出す。

 

「野郎共!! 荷台の準備だー!! 1号から3号まで展開!! さぁ、お仕事開始だぞーっ!!」

「「「「あいあいさー!!!!」」」」

 

 揃って店を出ていく子供幽霊たち。大和は最後に幽香に口添えした。

 

「あと幽香」

「??」

「いいもんだけ選別しとけ……すぐに追加がくる」

 

 幽香は最初疑問符を浮かべたが、店内を一周見てすぐに察する。

 彼女はあくどい笑みを浮かべた。

 

「ニッヒッヒ、大和さんも悪よのぉ……報酬は後で相談させてもらいまっせ♪」

「おう、いい値を期待してる」

「はいさー!! お前ら追加分の荷台も残しておくんだぞー!! よっしゃいくどー!!」

「「「「らじゃー!!」」」」

 

 魔術改造済みの荷車を引っ張っていく幽香たち。

 大和はその後ろ姿を見届けると振り返った。

 店主であるネメアが微妙な面持ちをしていた。

 大和は思わず吹き出した。

 

「笑わせんなよ、親友」

「お前がもう少し自重してくれたらこんな顔をしなくてもいいんだがな、親友」

「そう言うなって。昔からだろう? もう死ぬまで治らねぇよ」

「はぁぁー」

 

 盛大なため息を吐くネメアの面を拝みながら、大和は何時ものカウンター席に腰かける。

 お決まりの酒とつまみを出して、ネメアはどかりと椅子に座った。

「呆れた」という眼差しを向けられても、大和は何処吹く風である。

 

「血達磨になったそうじゃないか」

「ああ、完璧なカウンターだった。アレは初見殺しだな、俺みてぇな暴力馬鹿はまず食らう」

「油断したのか?」

「まさか、殺す気で殴ったさ。闘気もタップリ込めた。おかげで骨肉削れるわ内臓イカれるわで、大変だったぜ」

「その割には元気そうじゃないか」

「そう見せてるだけさ」

「どうだかな……」

 

 ネメアは煙草を咥えて火を付ける。

 大和は鼻唄混じりにブラックラムをグラスに注いでいた。

 

「そういやぁ、最近多いな。超越者になるのが。こう……条件が緩くなってる気がする。これはアレだ」

「本格的に終末論が近いらしい。何度も言う事だが……」

「四大終末論の時は超越者だらけだったもんな。もう殆どが死んでるが」

「だからこそだろう、数を増やして少しでも踏破の確率を上げる」

「矢鱈滅多だねぇ、世界の意志ってのは」

「ようは防衛本能さ。詳しくは天道に聞け。アイツなら全部知ってる」

「いい。知ってても知らなくてもやる事は変わらねぇから」

 

 大和は煙草を咥えて火を付ける。そして妖艶に、邪悪に笑った。

 

「殺して金を貰って、女をとっかえひっかえ抱いて喜ばせて金を貢がせて、好きなもんを食って寝て遊んで、ムカつく奴はぶっ殺して……その繰り返しだ」

「よくもまぁ、飽きないな」

「これがまた飽きないのよ。もうアレだ、空気吸うようなもんだ。僕が生きるのに必要なのは酸素とお水と、女とお金です。ぶっ殺し甲斐がある奴が適度に絡んでくると尚嬉しいです♪ 絶賛セフレ募集中! 気持ちよくさせてあげるゾ♪」

「死ね、いや本当に」

「死なないんだなーコレが!! オーッホッホッホ!!」

 

 悪役令嬢みたいな高笑いをする大和にネメアはウンザリしたのか、近くで業務をしている野ばらに聞く。

 

「コレを悪鬼扱いできないか、野ばら」

「誠に遺憾だけど、彼は人間よ。でも、そうね……額に角でも生えたら話は別だわ。なんなら外部から取り付けても構わない」

「ほざきやがるぜチンチクリン! カーッカッカッカ!」

 

 大和は一頻り笑うと、テーブルに頬杖をつく。

 そして野ばらに聞いた。

 

「で──どうだ? 超越者になった感想は?」

「至りたくて至ったワケではないわ。……あまりいい気分ではないわね」

「はー、そんな事言ってるとすぐ死ぬぞ」

「……」

「今回は運が良かっただけだ。次もそうとは限らねぇ。……ま、テメェが死んだところで別にどーでもいいんだがな」

「……相変わらずね。吐き気がするわ」

「ハッハッハ!」

 

 適当に笑い飛ばした後、大和は隣で業務をしている一風変わったウェイトレスに視線を向ける。

 クラシカルなメイド服を着た彼女は先日までコテコテの魔女装束を着ていた未知の鬼狩りだ。

 豊満な胸に貼ってあるネームプレートを見て、大和はニヤリと笑う。

 

死音(しおん)ねぇ、物騒な名前だ。異世界の鬼狩り、此処に就職したのか?」

「まぁね。妖仏が滅びた今、音殺の魔女としての宿命は終わった……でも、第二第三の妖仏が出てくる可能性がある。全ての事象現象の元となっているこの世界観なら、それらを未然に防ぐことができるわ」

 

 音殺の魔女こと、死音は大和に微笑み返した。大和は喉を鳴らす。

 

「賢いな。んで、相方はあのチンチクリンか?」

「野ばらよ。名前で呼んであげて」

「嫌いな奴に名前で呼ばれるのって嫌だろう? なぁチンチクリン」

「ええ、あと極力話しかけないで頂戴」

「ほら見ろ、お互いそーいう関係なんだ。野暮ってもんだぜ」

「……貴方はこう、豪放磊落なのね。悪い意味でだけど」

「褒め言葉と受け取っておくぜ。あと、ついでにどうだい今夜……空けておくぜ? 魔界都市のあれこれを教えてやるよ。タップリとな」

「丁重にお断りするわ。また今度にして頂戴」

 

 予想外の返答に、大和は目を丸めた。

 

「……こりゃ驚いた。嫌悪感をまるで感じねぇ」

「お客様は神様、この世界観でも共通でしょう? それなりの対応はするわよ」

「あらいい女、ますます口説きたくなった」

「時間がある時にでも聞いてあげるわ」

「よっしゃぁ♪」

 

 大和は上機嫌に立ち上がる。

 そして飲みかけのラムボトルを掴み、机に勘定を置いた。

 

「ごっそうさん、俺は家でゆっくり休息取るわ。……今回の事件で体がボロボロでよぅ、もう体中がイタイイタイ」

 

 大和が店から出ていくと、殺し屋や用心棒たちが立ち上がる。

 野ばらは呆れながらネメアに聞いた。

 

「止めなくていいの?」

「アイツの三文芝居に引っ掛かる馬鹿が悪い。野ばら、死音……悪いが勘定だけはキッチリ済ませて帰らせてくれ。未払いのまま死なれたら困る」

「わかったわ」

「やれやれ……物騒な都市ね。数多の異世界を渡ってきたけど、これほど殺伐とした場所は無かったわ」

 

 死音はそれでも粛々と業務をこなす。

 店外ではもれなく殺戮パーティーが開催される予定だった。

 

 

 ◆◆

 

 

 ふらりふらりと店を出た大和を囲んだのはデスシティの殺し屋や賞金稼ぎたちだった。

 中には犯罪組織の構成員もいる。

 種族も性別も所属もバラバラだ。本来団結などありえない筈だが、こうして徒党を組んでいるのには理由がある。

 

 今がチャンスなのだ。

 弱っている大和を殺せる絶好のチャンス……

 

 大和の首には莫大な懸賞金がかかっている。

 それこそ天文学的な数字だ。数多の企業、組織、更には神話勢力まで、彼に懸賞金をかけている。

 彼を倒せばこの場にいる全員が一生贅沢三昧で暮らせる。

 

 故に皆必死だった。即興ながらもできる限りの準備をし、最新鋭の武装と兵器を携えている。歴戦の者たちは前線に出て、虎視眈々と大和の首を狙っていた。

 

 当の大和は、大袈裟に両手を広げる。

 

「先の妖仏の一件で俺のブランドがそこそこ落ちてると見た。こうしてお前らが徒党を組んで攻めてきてる辺り、まぁ見くびられてるんだろう。かまわねぇよ、実際血達磨になったんだし」

 

 そう言う大和の背後に細身の男が忍び寄った。

 彼は得物を正確無比に人体の急所、腋下へと滑り込ませる。

 この部位は神経が集中しておりダメージが大きい。止血できず致命傷になりうる。

 今の弱っている大和なら……

 

「早々に不意打ちかよ」

 

 高周波ブレードが音を立てて折れる。

 振り返った大和に、奇襲者は絶望のあまり破顔した。

 大和はその首をへし折る。

 

 彼は空になりかけのラムボトルを呷りながら計算をはじめた。

 

「十、二十、三十、後ろのも含めれば五十人弱か……こりゃあ幽香たちじゃ足りねぇな。他の奴等にも声をかけておこう」

 

 大和は空になったボトルを投げ捨て、呑気に煙草を咥える。

 火を付けている間にやってきた襲撃者たちは大太刀で一閃した。

 

「今回の報酬とさっきの奴等、そんでもってお前らの死体を換金すると……ふむ、当分は女遊びできるな」

 

 大和は脇差しも抜き放つ。

 そして刺客たちに挑発した。

 

「オラ、来いよ底辺ども!! ボロボロの男一人、どうにかしてみせろ!! でねぇと全員俺の小遣いになっちまうぞ!!」

 

 皆、殺意と怒気を爆発させて飛びかかる。

 大和はその全てを殺していった。

 

 大和が瀕死であり、ブランドが落ちた……という情報は、3日も経たずに消える事となる。

 それは、三桁を優に越える挑戦者がもれなく返り討ちに合ったからだ。

 死体回収屋たちはウハウハだった。

 

 最強最悪の殺し屋は、やはりと言うべきか、微塵も衰えていなかった。

 

 

《完》

 

 


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