前編
大衆酒場ゲートは今宵も魔界都市での憩いの場だった。
しかしとある理由で、客人たちはせわしなくなっている。
「彼女」に見惚れるか驚くかの二択で、本来いる筈のない絶世の美女に慌ただしくなっていた。
それは酒場の常連客も同じで……右乃助は震えながら「彼女」を指さす。
「……お前、もしかしてネメアか?」
「ああ、そうだ」
「性別変わってんじゃねぇか完全に!!」
高身長のダイナマイトボディ欧州系美女がそこにいた。
黄金色の長髪は背中まで伸ばされており、獅子を彷彿とさせる。同じ色の双眸は鋭いがまつ毛か長いせいで凛々しく見えた。
鼻梁は高く、顔の造形は完璧。美の女神も裸足で逃げ出すレベルだ。アラクネや万葉にも劣らないレベルである。
そして何を隠そう、ダイナマイトボディ。
100を優に越えているであろう乳房はエプロンの上からでもクッキリと輪郭が浮かび上がっており、組んでいる腕の上に文字通り乗っている。
腰回りは細く括れ、尻は途轍もなくでかい。太股もまた肉付きがいい。
男なら誰もが夢想する、最高にエロい欧州系美女がそこにはいた。
右乃助はその美貌にやられかけるも、中身がネメアなので何とかこらえる。
視線を外しながら問うた。
「どうしたんだよいきなり……性転換して客引き、なんて性格でもねぇだろう」
「俺も好きでなったワケじゃない。数百年に一度、こうなってしまうのさ。嫌でもな」
「何で?」
「大昔に華仙に診察して貰ったんだが……なんでも鍛練のし過ぎで染色体が馬鹿になってるらしい。体を壊し続けた結果なのだと」
「染色体が馬鹿になるって……どんな鍛練内容だよ」
「まぁ、数日もすれば治る。前もそうだった。だから、当分はこの姿でいるしかない」
「目に毒だってのぉぉぉぉ……っ」
右乃助は項垂れる。
まともにネメアを直視できないのだ。
正直、好みドストライクだった。
まさに理想のグラマー美女。他の客人もそうらしく、顔を真っ赤にしている。
ネメアはそんな事つゆ知らず、肩を揉んだ。
「この姿は異常に肩が凝る。重いし作業の邪魔だ、この胸……どうにかならないものか。アラクネや死織はよくこんなものを年中ぶらさげていられるな」
「やめろネメアテメェ!! 肩を揉むのはいいが持ち上げるのはやめろ!! マジで!!」
「いや……中身は男だぞ。何を言っているんだ?」
むんずと持ち上げている特大の乳房は男にとって致命的な毒だ。
現に店内の男たちは鼻血を吹き出している。
流石のネメアも気付いたのだろう、やれやれと肩を竦めた。
「容姿でここまで変わるものか……呆れるな」
「だったらもうちょい不細工になりやがれぇぇぇ……ッッ」
「人の目を見て言え」
「馬鹿!! 近寄るな!! イイ匂いがした!! ばっか煙草吸えバッカ!!」
挙動不審になっている右乃助を見て、思わず呆れるネメア。
高鳴る心臓を押さえる右乃助の袖を、不意に掴む者がいた。
太陽の様な可憐な美少女だった。
南国生まれなのだろう、綺麗な褐色肌をしている。白のワンピースと麦わら帽子がよく似合っていた。
彼女はぱっちり二重から灰色の瞳を覗かせて、右乃助に聞く。
「ねぇおじさん」
「あ? どうした? てか見ねぇ顔だな。大丈夫か? 付き人は? 親は?」
「大丈夫。ねぇねぇ、聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「お、おう……」
こんな可愛い少女から請われると、嫌でも応じなければならない。
意外に紳士な右乃助に、褐色肌の少女は鈴の音の様な声を響かせた。
「おじさんは店主さんと私、どっちが素敵に見えるかな……?」
「はぁ? お前そりゃ、店主に決まってんだろ。中身男だけど。……おら、ませてねぇで保護者んところ帰んな、『お嬢ちゃん』」
「誰がお嬢ちゃんだってェ……アア゛? 調子に乗るのも大概にしろよ右乃助ェ……」
その頭を掴み、ギザ歯を覗かせた美少女。
右乃助は顔面を蒼白にして叫んだ。
「ぎょえええええええええ!!!! 大和がロリっ子になったァァァァ!!!!」
「うっせぇぞ似非紳士!!!! 黙ってろ!!!!」
鳩尾を膝蹴りで的確に打ち抜かれ、右乃助は堪らずダウンした。
珍事件の始まりである。