「てか、何で毎度お前とこの期間被るんだよ」
「知らん。偶然か? 鍛練の内容は違う筈だが……」
「う、うーん……」
右乃助は目を覚ます。
鳩尾からの鈍痛に吐き気を催すものの、何とか起き上がった。
その眼前には、青と白の芸術的な縞模様があった。
「おうコラ、なに人のパンツ拝んでんだよ。金払え、金。一秒1000万な」
便所サンダルが顔にめり込む。
右乃助は堪らず悲鳴を上げた。
「ギャー!! 汚ねーッ!! 顔面に便所サンダルとか! ペッペッぺ! あと野郎の下着見て1000万とか、魔界都市でも聞いたことねぇよ!! 悪質すぎるだろ!!」
「黙れ」
「ぎゃー!!」
再度便所サンダルで蹴られて悶絶する右乃助。
取り敢えずハンカチで顔面を拭きまくった後、恐る恐る顔を上げた。
「どうした右乃助クン、そんなお化けを見た様な顔して」
見目麗しい美少女。だが褐色肌に灰色の双眸、凶悪なギザ歯は間違いない……
「大和……何の冗談だよ、その姿は」
「ネメアと同じだ。染色体イカれて女体化したんだよ」
「何でよりによってテメェがロリなんだよ!!!!」
「知るか!!!! むしろ俺が知りてぇわ!!!!」
お互い両手を広げて怒鳴り合う。
大和は不機嫌極まりないといった様子でネメアの巨乳を揉んだ。
「俺もコイツみてぇなドスケベボディになる筈だったんだよ!!」
「やめろ、揉むな。気持ち悪い」
「羨ましい……じゃくて、そこ代われよ大和!!」
「何故言い直した?」
「お黙り!! このムッツリスケベ!!」
大和に便所サンダルでビンタされ、右乃助は敢えなく崩れ落ちた。
「酷い……酷すぎる……ッ。この鬼畜! 外道!」
「ハッ!! 俺に勝とうなんざ百万年早いぜ糞餓鬼が!!」
カウンター席に乗りながら呵々大笑する大和。
褐色ロリが厳つい男を屈服させるという摩訶不思議な光景だが、今の大和を見て客人たちは改めて目を丸めた。
滲み出る色気と殺気は何時もと変わらない。容姿だけ、美少女ならぬ美幼女。
華奢な体付きにうっすら輪郭を浮かべる乳房は中々に蠱惑的である。
ネメアはある推測を立てた。
大和の容姿は彼自身の深層心理に影響を受けている。
彼の本質は子供だ。徹底的なジャイアニズム主義者、その在り方を年齢として現すなら、今の容姿に違和感はない。
根拠は無いがなまじ説得力があるので、ネメアは頭を押さえた。
「あ~あ~糞ダリィ、数日間は仕事できねぇよコレ。こんな容姿じゃあ話になんねぇ。ロリっ子の殺し屋とか需要あんのかよ」
「極一部の変態にはありそうだが……」
「黙れ右乃助、なんで俺が変態どもを喜ばせなきゃなんねぇんだよ」
大和は心底不機嫌そうに煙草を咥え、火を付ける。
容姿が容姿なだけに、とても危険な光景だった。
「その容姿で煙草吸うな」
「中身はおっさんだっての」
大和はうるさい右乃助の背中を踏んで歩いていく。
潰れた蛙の様な声が響いた。
紫煙をぶはーと吹きながら彼は振り返る。
「面倒くせぇのに絡まれる前に家に帰るわ。お前もほどほどにな、ネメア。その容姿だ、絡まれやすいと思うぜ」
「普段のお前みたい奴とかか?」
「そうそう。は~あ~、時期が重なってなかったらデートにでも誘うんだが」
「喜んで付き合うぞ」
「はぁ? 何でだよ?」
「虫除け」
「蚊取り線香かよ俺は」
顔を顰めた大和に思わず噴き出すネメア。
大和はやれやれと肩を竦め、麦わら帽子を被った。
「元に戻ったらまた来るわ」
「じゃあな」
「おう、ばいび~」
ネメアは手を振って大和を見送る。
その横顔を間近で見て、右乃助は微笑んだ。
「ネメア……お前、女になると表情が豊かになるな」
「そうか?」
「ああ、何時も仏頂面だから……こんな感じで大和とやり取りしてるのかって思った」
「……ううむ。男に戻ったら愛想笑いの練習でもしてみるか?」
「いや、いいんじゃねぇの? 男の方はあれ位が丁度いい」
「なら今は?」
「もっと笑顔で! はいはい、今スマホ出すから! おじさん張り切って撮っちゃうから!」
「やめろ馬鹿が」
「んごぉ!!?」
魔闘気で超強化された新聞で殴られ、右乃助はカウンターに突っ伏した。
ネメアは溜め息を吐きながら店の外を見つめる。
何やら騒がしくなっていた。
「大和ォォ……っっ、安心していいんだよっ。僕にその身を委ねて、ね?」
「それ以上近付いたら殺すぞナイア、マジで」
「大和がいけないんだよ。そんな姿で無防備に歩いてるから……思わず襲っちゃったじゃないか」
「いきなりスカートの下潜りやがって……変態かテメェは」
「変態で結構。でゅふふふふふ……さぁ、僕と一緒にめくるめく快楽の世界へ行こう!」
「断固拒否する」
「触手で絡めてトロトロにしてあげるから……そう!! エロ同人みたいに!!」
「成る程。ようは俺で遊びたいと? 中身おっさんのロリがあんあん喘ぐのを見たいと? 趣味悪いぜ」
「フフフ……何を勘違いしているんだい? 触手で弄ぶだけ? 愛してやまない君を? そんな馬鹿な……」
「?」
「今日から君はママになるんだよ!!!! 孕ませてやる!!!! いいからこっち来いオラァ!!!!」
「ひぇ……っっ、ヤバイ!! 目がガチだ!! コイツ、俺を本気で孕ませるつもりだ!!」
「もう名前も決めてあるんだよ男女ともにぃ!!!! 家族でサッカーできるように頑張ろうね!!!!」
「ダッシュ、本気ダッシュ……! 疾走れ、誰よりも速く……!」
「逃がさねぇぞオラァン!!? 今日からできちゃった婚するんだよ君は!!!!」
あまりに酷い会話内容に、ネメアは思わず目眩を覚えた。
取り敢えず、今は親友の無事を祈るしかなかった。
◆◆
一方、同時刻。大和とネメアとはまた違う理由で性転換事件が起こっていた。
南極大陸の地下深く、第三帝国ネオナチスの総本部にて。
泣く子も黙る最強最悪の魔王、ソロモン閣下は私室でハニートラップの練習をしていた。
「……こうか? ううむ、それともこうか?」
等身大の鏡の前でポーズを取っている。
容姿は何時もの美少年ではなく、見目麗しい美少女になっていた。
艶やかな黒髪を揺らして、適度な膨らみを持つ乳房を強調している。
「もっと淑やかなほうがいいか? しかしアイツの気を引くためにはもっと色気を磨かなければ……もう少し胸囲を上げたほうがいいか? 男は豊満な乳房に性的興奮を覚えるという。……大和を魅了し副首領にするためには、これくらいしなければな。むしろ抱かれるのもやぶさかでは……」
頬を紅潮させブツブツと呟く。
彼はとある一件以降、大和を是が非でもネオナチに加入させるつもりでいた。
そのためなら性転換するのもやぶさかではない程に大和を気に入っている。
鏡の前で何度目かのセクシーポーズを決める。
しかし納得できない。
「うむ……男心を揺さぶるノウハウが今の私には足りぬな」
試行錯誤しているソロモン。
彼はふと気付いた。窓際から顔を覗かせている、各師団の大隊長たちに……
「……コレは放っておくべきだな」
「そうだな」
「……」
歩兵師団大隊長、ウォルケンハインは現場から離れていく。
空挺師団大隊長ニーズヘッグ、機甲師団大隊長ゴグ・マゴクもまた然り。
逆に山岳師団の大隊長、崇徳上皇は戦慄した面持ちで言った。
「色恋を覚える時期か……ソロモンっっ」
「いや、相当拗らせてるでしょうアレ……取り敢えず見なかった事にしましょう」
そそくさと現場を離れていく大隊長たち。
ソロモンは顔を真っ赤しなからも、底冷えするような声音で告げた。
「お前たち……この事は他言無用だ。でなければ、お前たちを殺さなければならなくなる」
「へいへい、仰せのままに」
「了解した」
「…………」
「まぁアレだ。影ながら応援しているぞ、ソロモン」
「頑張れー」
「うるさい、さっさと失せろ」
超濃度の殺意を向けられ、大隊長たちは部屋から離れていった。
ソロモンは鼻を鳴らすと、再度写し鏡で己の姿を確認する。
「やはり胸だな……もう少し大きいほうがいい。後は女らしさを覚えれば……フフフ、覚悟しておけよ大和。お前は絶対に私のものにしてやる」
ソロモンは並々ならぬ熱意で女らしさを磨いていた。
後に彼と再開した大和がどんな反応をするのか……それは近い内に明らかになる。
今の大和はそれよりも、狂った這い寄る混沌から逃げる事で精一杯だった。
数日後、なんとか逃げ切った大和は改めてナイアほど面倒くさい女はいないと痛感することとなる。
《完》